第18章 手を取り合って
クロトが事件に巻き込まれてそれから数日、私達はしばらくこの街に滞在することに決めた。
クロトの旅の疲労を癒すために……今なら彼女の想い人のピエールもいる。
彼がいれば彼女は無理をすることもない筈と、クロトのことはピエールに任せて私はあの教会に足を運んでお手伝いを続ける事にした。
もちろん慈善事業の為でもあるけれど、私の目的はもうひとつ……癒しの魔法をしっかりと習得するそのためにテレーズさんやロトさんに教えを請うのだ。
彼女達は高位の癒しの魔法を習得している。
私もその魔法を習得することができたなら……今よりももっと助けになれる筈だとそう思ったから。
何度も何度も魔法の練習を重ね、教会で祈りを捧げて、夜は魔導書を読んで……そのうち滞在してる間は彼女達と同じ生活をしてみようと考えるようになった私は宿に戻らず教会の部屋を借りて生活するようになった。
チリリと音を立てて蝋燭の火が揺れる。
灯りに誘われて羽虫がふわりと目の前を横切っていく。
読んでいた本を閉じて蝋燭の火を消せば室内に暗闇が広がり辺りは静寂に包まれる。
窓際のベッドの方へと視線を向ければ、そこには優しく静かな青い光が差し込んでいて……
青い……青い優しい光……
あの日と同じ優しく静かな青い光が……
あの日の光景が浮かんでくる……月明かりに照らされた教会で二人、誓いを交わした青く美しい夜の日の出来事が……
「……セデル……」
胸の奥が切なく痛む。
今あなたはどこで何をしているの?
私の知らない遠い場所で……あなたは今何をしているのだろう……?
私はあの日あなたに誓った……ずっと待っていると……あなたに心を縛られる事を望んであなたのお母様の指輪を薬指に通して……口付けを交わし、神様に見守られながらあなたの妻になった。
あの日のこと……忘れた事はありません。
私は今もあなたの帰りを待っている。
あなたの無事を願い神様に祈りを捧げて……
沢山……沢山……
でも時折ふと思うのです……私の心が弱いからこんな風に不安になってしまうのではないかと。
あなたの無事を信じることができずに神様に祈りを捧げて不安を紛らわそうとしているのではないか……と。
違う……違う……私は自分の心を誤魔化す為に祈ってなんかいない……!
私はあの人を信じている。
今は会えなくてもいつか必ず会える。
幼い時のように……離ればなれになってもまた出会えたように……
瞼を閉じ眠りに落ちる。
その日見た夢は懐かしい……あの白い屋敷の庭園での夢だった。
あなたが暮らしていた白い屋敷……幼いあなたに誘われて手を繋いで二人で歩いた広いお庭。
「どこに行くの?」と私が問えばあなたは優しく微笑んで「お前に見せたい場所がある。」と答えた。
ふと屋敷の方へと視線を向ければ綺麗な女の人が私達の姿を見て微笑んでる姿が見えた。
あの人がセデルのお母様……。
豊かな美しい金の髪に白磁のような肌と赤い唇……お話に出てくる女神様のような……とても綺麗な人だった。
連れて行かれた先はあなたのお母様が育てていた葡萄棚。
蔓が這い、青々とした葡萄の葉に覆われ、紫の大粒の果実が幾重にも重なり一つの房となり、甘い香りを周囲に漂わせていた。
これは夢……今は訪れることのできない白い屋敷の幼い頃の私とあなたの夢……
「セデル……もう戻りましょう?お母様に怒られてしまったら……」
「大丈夫だ。母上もちゃんと知っている。ノルン、ほら。一つ食べてみろ。」
今思えば、彼のお母様に……ううん、彼のお父様にも……私はこの場にいることを許されていたのだろう……
そうでなければ私のような平民が貴族の家に遊びに行くなど……許される事ではなかったのだから。
はじめは鉄格子の門を挟んで言葉を交わすだけで幸せだった。
それがいつの間にか庭へ誘われ、手を繋ぎ一緒に歩いて……それだけでは足りないもっと一緒にいたいと、どんどん欲が出てきている自分に私は気づいていた。
彼の優しさに……彼の両親の優しさに私はすっかり甘えてしまっていたのだ……。
葡萄の葉から木漏れ日が差し込んでいた。
優しい光に照らされた一房の葡萄を二人で分けあって食べた。
決して忘れる事のない幼い日の思い出。
「甘くて……美味しい……」
「そうか。」
交わした言葉は少なかった。けれど、私はこの時からずっとあなたに心を奪われていたのだ。
幼い心が恋に変わって私の背中の羽根も綻びかけていたのだ……。
あの出来事がなかったら……どうなっていたのだろう……私達は今とは違った道を歩んでいたのだろうか。
あの出来事がなかったら……あなたはどんな人生を歩んでいたのだろう……。
ああ……またそんな夢を見てしまった。
朝から夢に引きずられて恋しい気持ちでいっぱいになってしまっていた……
あとでクロトに会いに行こう……
修行が終わるまでは戻らないつもりだったけれど……彼女の優しさに甘えてしまうのが嫌で教会に滞在していたけれど……このままでいるのも辛い。
彼女と話せば寂しい気持ちも紛れる。
こんな弱い自分を誰かに見せるのは嫌なのだけれど……
彼女にだけは自分の全てを打ち明けられるから。
それに、元気になった彼女の顔も見たい。
クロトも私と同じようにずっと恋しい人に会えなかったから……ようやく会えたピエールとの時間を沢山作ってもらいたかったというのも教会に滞在した理由の一つだ。
今頃きっと以前より元気になった彼女に会えるだろうと、そんな事を考えながら私は今日もお手伝いを始めた。
沢山の洗濯物を抱えて庭に出る。
シーツを一つ手にとって物干し竿に干していく。
青い空の下、暖かな太陽の日差しを受けて風に煽られふわりふわりとはためく白い布。
洗濯物を全て干し終えて顔を上げたその時だった。
柔らかい何かが足に触れて驚き反射的に視線を下へと向ける。
そこにいたのは私の足にすり寄る一匹の猫。
可愛い仕草で私を見上げて甘い声でニャァと鳴く。
「あら、どこから来たの?」
野良猫だろうか……?首輪をしていない。
その猫は私の足元から離れようとせず、すりすりと顔を押し付けるようにしながらすり寄り、尻尾を高く上げて甘えた声で鳴いて、私を見上げた瞳は少し鋭くて……あの人と同じ青い瞳で私の顔をじっ……と見つめた。
「帰るところがないの?」
猫は答えない。
けれど去ることもしない。
私の言葉をわかっているかのように静かにそこに腰をおろして私の瞳を見つめていた。
「もし帰るところがないなら……私と一緒に来る?」
++++++++++++++++++++++
「それで、拾ってきちゃったのね?」
「うん、なんだか放って置けなくて。」
「誰かの猫かもしれないわよ?」
「そのときはちゃんとお別れできるようにするわ。」
私の言葉を聞いたクロトはくすりと笑って「あなたらしいわね。」と言った。
「居場所を作ってあげたいと思ったの。」
傍らで身体を丸めている猫をそっと右手で優しく撫でれば猫は心地良さそうに目を閉じる。
確かに……とても人に良く慣れている。
もしかしたらクロトの言う通り、誰かに飼われていたのかも……
「迷い猫なら飼い主が現れるまで私がこの子の帰る場所になれないかな……って思ったの。
だって、帰るところが無いのは……寂しいでしょう?この子に出会ったのも何かの縁だと思うの。」
「そうね……でもあまり入れ込み過ぎちゃだめよ?別れが辛くなるから。」
クロトがそう言って紅茶を口にしたその時、一人の男性が部屋へ入ってきた。
「ただいま!クロトの好きなブルーベリーを買ってきたよ。
おや?来てたのかいノルン……と……?その猫は???」
「お帰りなさいピエール。
ノルンってば旅の途中なのに猫を拾ってきたのよ?
でもほら見て?可愛いでしょう?」
クロトに言われてピエールは顔を上げた猫の顔をじっと見つめる。
うーん……と唸りながら彼は難しい表情を浮かべて一言呟く。
「こいつ誰かに似てない?」
「誰か……?」
「なんかこの目が誰かに似てる気がする。もう少し良く見てもいいかな?」
そう言ってピエールは私の傍らにいる猫を優しく抱き上げた……が……
「ニャァ。」
不機嫌そうに声をあげながら猫は両手を前にピンと突き出してピエールの両目を潰した。
クロトの旅の疲労を癒すために……今なら彼女の想い人のピエールもいる。
彼がいれば彼女は無理をすることもない筈と、クロトのことはピエールに任せて私はあの教会に足を運んでお手伝いを続ける事にした。
もちろん慈善事業の為でもあるけれど、私の目的はもうひとつ……癒しの魔法をしっかりと習得するそのためにテレーズさんやロトさんに教えを請うのだ。
彼女達は高位の癒しの魔法を習得している。
私もその魔法を習得することができたなら……今よりももっと助けになれる筈だとそう思ったから。
何度も何度も魔法の練習を重ね、教会で祈りを捧げて、夜は魔導書を読んで……そのうち滞在してる間は彼女達と同じ生活をしてみようと考えるようになった私は宿に戻らず教会の部屋を借りて生活するようになった。
チリリと音を立てて蝋燭の火が揺れる。
灯りに誘われて羽虫がふわりと目の前を横切っていく。
読んでいた本を閉じて蝋燭の火を消せば室内に暗闇が広がり辺りは静寂に包まれる。
窓際のベッドの方へと視線を向ければ、そこには優しく静かな青い光が差し込んでいて……
青い……青い優しい光……
あの日と同じ優しく静かな青い光が……
あの日の光景が浮かんでくる……月明かりに照らされた教会で二人、誓いを交わした青く美しい夜の日の出来事が……
「……セデル……」
胸の奥が切なく痛む。
今あなたはどこで何をしているの?
私の知らない遠い場所で……あなたは今何をしているのだろう……?
私はあの日あなたに誓った……ずっと待っていると……あなたに心を縛られる事を望んであなたのお母様の指輪を薬指に通して……口付けを交わし、神様に見守られながらあなたの妻になった。
あの日のこと……忘れた事はありません。
私は今もあなたの帰りを待っている。
あなたの無事を願い神様に祈りを捧げて……
沢山……沢山……
でも時折ふと思うのです……私の心が弱いからこんな風に不安になってしまうのではないかと。
あなたの無事を信じることができずに神様に祈りを捧げて不安を紛らわそうとしているのではないか……と。
違う……違う……私は自分の心を誤魔化す為に祈ってなんかいない……!
私はあの人を信じている。
今は会えなくてもいつか必ず会える。
幼い時のように……離ればなれになってもまた出会えたように……
瞼を閉じ眠りに落ちる。
その日見た夢は懐かしい……あの白い屋敷の庭園での夢だった。
あなたが暮らしていた白い屋敷……幼いあなたに誘われて手を繋いで二人で歩いた広いお庭。
「どこに行くの?」と私が問えばあなたは優しく微笑んで「お前に見せたい場所がある。」と答えた。
ふと屋敷の方へと視線を向ければ綺麗な女の人が私達の姿を見て微笑んでる姿が見えた。
あの人がセデルのお母様……。
豊かな美しい金の髪に白磁のような肌と赤い唇……お話に出てくる女神様のような……とても綺麗な人だった。
連れて行かれた先はあなたのお母様が育てていた葡萄棚。
蔓が這い、青々とした葡萄の葉に覆われ、紫の大粒の果実が幾重にも重なり一つの房となり、甘い香りを周囲に漂わせていた。
これは夢……今は訪れることのできない白い屋敷の幼い頃の私とあなたの夢……
「セデル……もう戻りましょう?お母様に怒られてしまったら……」
「大丈夫だ。母上もちゃんと知っている。ノルン、ほら。一つ食べてみろ。」
今思えば、彼のお母様に……ううん、彼のお父様にも……私はこの場にいることを許されていたのだろう……
そうでなければ私のような平民が貴族の家に遊びに行くなど……許される事ではなかったのだから。
はじめは鉄格子の門を挟んで言葉を交わすだけで幸せだった。
それがいつの間にか庭へ誘われ、手を繋ぎ一緒に歩いて……それだけでは足りないもっと一緒にいたいと、どんどん欲が出てきている自分に私は気づいていた。
彼の優しさに……彼の両親の優しさに私はすっかり甘えてしまっていたのだ……。
葡萄の葉から木漏れ日が差し込んでいた。
優しい光に照らされた一房の葡萄を二人で分けあって食べた。
決して忘れる事のない幼い日の思い出。
「甘くて……美味しい……」
「そうか。」
交わした言葉は少なかった。けれど、私はこの時からずっとあなたに心を奪われていたのだ。
幼い心が恋に変わって私の背中の羽根も綻びかけていたのだ……。
あの出来事がなかったら……どうなっていたのだろう……私達は今とは違った道を歩んでいたのだろうか。
あの出来事がなかったら……あなたはどんな人生を歩んでいたのだろう……。
ああ……またそんな夢を見てしまった。
朝から夢に引きずられて恋しい気持ちでいっぱいになってしまっていた……
あとでクロトに会いに行こう……
修行が終わるまでは戻らないつもりだったけれど……彼女の優しさに甘えてしまうのが嫌で教会に滞在していたけれど……このままでいるのも辛い。
彼女と話せば寂しい気持ちも紛れる。
こんな弱い自分を誰かに見せるのは嫌なのだけれど……
彼女にだけは自分の全てを打ち明けられるから。
それに、元気になった彼女の顔も見たい。
クロトも私と同じようにずっと恋しい人に会えなかったから……ようやく会えたピエールとの時間を沢山作ってもらいたかったというのも教会に滞在した理由の一つだ。
今頃きっと以前より元気になった彼女に会えるだろうと、そんな事を考えながら私は今日もお手伝いを始めた。
沢山の洗濯物を抱えて庭に出る。
シーツを一つ手にとって物干し竿に干していく。
青い空の下、暖かな太陽の日差しを受けて風に煽られふわりふわりとはためく白い布。
洗濯物を全て干し終えて顔を上げたその時だった。
柔らかい何かが足に触れて驚き反射的に視線を下へと向ける。
そこにいたのは私の足にすり寄る一匹の猫。
可愛い仕草で私を見上げて甘い声でニャァと鳴く。
「あら、どこから来たの?」
野良猫だろうか……?首輪をしていない。
その猫は私の足元から離れようとせず、すりすりと顔を押し付けるようにしながらすり寄り、尻尾を高く上げて甘えた声で鳴いて、私を見上げた瞳は少し鋭くて……あの人と同じ青い瞳で私の顔をじっ……と見つめた。
「帰るところがないの?」
猫は答えない。
けれど去ることもしない。
私の言葉をわかっているかのように静かにそこに腰をおろして私の瞳を見つめていた。
「もし帰るところがないなら……私と一緒に来る?」
++++++++++++++++++++++
「それで、拾ってきちゃったのね?」
「うん、なんだか放って置けなくて。」
「誰かの猫かもしれないわよ?」
「そのときはちゃんとお別れできるようにするわ。」
私の言葉を聞いたクロトはくすりと笑って「あなたらしいわね。」と言った。
「居場所を作ってあげたいと思ったの。」
傍らで身体を丸めている猫をそっと右手で優しく撫でれば猫は心地良さそうに目を閉じる。
確かに……とても人に良く慣れている。
もしかしたらクロトの言う通り、誰かに飼われていたのかも……
「迷い猫なら飼い主が現れるまで私がこの子の帰る場所になれないかな……って思ったの。
だって、帰るところが無いのは……寂しいでしょう?この子に出会ったのも何かの縁だと思うの。」
「そうね……でもあまり入れ込み過ぎちゃだめよ?別れが辛くなるから。」
クロトがそう言って紅茶を口にしたその時、一人の男性が部屋へ入ってきた。
「ただいま!クロトの好きなブルーベリーを買ってきたよ。
おや?来てたのかいノルン……と……?その猫は???」
「お帰りなさいピエール。
ノルンってば旅の途中なのに猫を拾ってきたのよ?
でもほら見て?可愛いでしょう?」
クロトに言われてピエールは顔を上げた猫の顔をじっと見つめる。
うーん……と唸りながら彼は難しい表情を浮かべて一言呟く。
「こいつ誰かに似てない?」
「誰か……?」
「なんかこの目が誰かに似てる気がする。もう少し良く見てもいいかな?」
そう言ってピエールは私の傍らにいる猫を優しく抱き上げた……が……
「ニャァ。」
不機嫌そうに声をあげながら猫は両手を前にピンと突き出してピエールの両目を潰した。
