第18章 手を取り合って

「ここにはいないみたい。」

「そう、とりあえずは一安心ね。」

「ええ……。」


訪ねた場所はあの北の教会。

ここならば怪我をした人々を沢山受け入れている筈だと思って足を運んだ。

敵も味方も関係なく、全てを受け入れて癒す北の国境の側にある大きな教会。



もしあの人が戦場で怪我を負っていたならここに運び込まれているかも知れないと……そう思って。


けれど、ここにあの人の……セデルの姿はどこにもない。

アルくんたちの姿も……

それを知って安堵すると同時に私はあの人の戦いはまだ終わっていないのだと理解した。


「ノルン?大丈夫?」


また顔に出てしまっていたのかしら……

クロトが私の顔を覗きこんで心配そうな表情を浮かべながら私に声をかけてきた。

「ありがとうクロト、私は大丈夫よ。」


「無理しちゃダメよノルン、顔に出てるわ。
あなたは感情がすぐに顔に出るから……少なくとも私には解るわ。

不安、なんでしょう……?」

「……うん。」

可能性はひとつ潰れた。だけど、無事を確認したわけじゃない。

まだ……不安の種は残っている。

「クロト……ありがとう。」

彼女は本当に私のことをよく知っていて……幼い頃もこうして不安なときは側で話を聞いてくれた。

大人になった今も私は彼女に頼ってしまっている……彼女の優しさに甘えてしまっている……。

でも、甘えてばかりではいられない。

ここに来た目的はもうひとつあるのだから……

「ねぇクロト、私ここでお手伝いをしていきたいのだけどいいかしら…?
癒しの魔法も、もう少し勉強していきたいの。」

「わかったわ。それじゃあ私は街で買い物をしてくるわね?
後で宿で会いましょう。」

無理はしちゃダメよ?と一言……そう言ってクロトは街の方へと歩いて行った。



その後ろ姿を見送って数刻……約束の時間になってもクロトは宿に戻って来なかった。


おかしい……クロトはそんなに買い物に時間をかけたりしない筈なのに……

もしかしたらどこかでトラブルに巻き込まれて……?

そう思い至ると同時に胸の奥がざわめいた。

宿を飛び出し、彼女が好んで足を運びそうな場所を探して回った。

けど……クロトはどこにもいない。


「どうしよう……どうしよう……クロト…!」

焦りと不安で思考がどんどん鈍くなっていく。

(ごめんね……ごめんねクロト、私自分のことしか見えてなかった。

クロトに頼って……甘えてしまって……

クロトだって女の子だもの……一人にしちゃいけなかったんだわ……)

彼女に何かあったら……そう思ったらどんどん怖くなってきて……

早く見つけなきゃ……ってそれしか考えてなかった。

目の前に現れた男の人とぶつかってしまって倒れそうになった。

次に来るであろう衝撃を覚悟して目を瞑って身を竦めたが、相手の男性が私の身体を支えてくれたお陰で怪我をせずに済んだ。

「おっと……大丈夫かい?」

「ご……ごめんなさい……急いでいたもの……で……」

腕を捕まれ、顔を上げてみればそこには見知った男性の顔があった。

「……あれ?君は……ノルンじゃないか。」

「!?……ピエール……!」

あの日セデルと一緒に旅立った筈の彼が何故ここに……いえ……今はそれより……

「ピエール…!助けて…!クロトが……クロトがどこにもいないの…!」

その名前を聞いた瞬間、時が止まったような感覚を覚えた。

背筋が凍りつく……と言えばいいのだろうか……どうか間違いであってほしいと願わずにいられなかった。

クロト…僕の最愛の人…

彼女がここにいる。まだ治安の安定していないこの地に……


目の前で不安と焦りの感情を滲ませ涙を流す友人の言葉……嘘であってほしいと思うと同時にそれは嘘ではないのだと嫌でも理解する。

「解った……クロトは僕が探す。ノルン、君は宿で待ってて。
君に何かあったらセデルに何を言われるか解らないからね。
とりあえず涙は拭いて。大丈夫、彼女は僕が見つける。

これは……僕の役目だ。」

そう言って弾けるように駆け出してクロトを探して回った。

彼女はまだ無事だ……いや……無事でいてくれ……そう願いながら僕は彼女から贈られたお守りに手を伸ばし、握りしめた。

そう……約束したんだ。僕は彼女に誓ったんだ。幼い頃に……。



『ねぇピエール、私が危ないときは助けにきてくれる?』

『ああ……助けにいくさ、僕は君の……君だけの騎士だから。』


脳裏に甦るあのとき交わした君との約束……
今でもはっきりと覚えている。
僕は交わしたんだ。君と……
誓ったんだ……必ず君を守るって


「クロト……クロト……どこだ…!!」


賑やかな市場から離れた薄暗い路地。
ここにはいないはず……いや……いてほしくない……そう思っていた。

だが……


聞こえる……確かに聞こえる……微かだが暗闇の奥から確かに聞こえてくるその声……間違う筈がない。この声は……

「クロト!!!!!」

無我夢中で走った。
この先に彼女がいる…!おそらく最悪の状況で……


「……いや!……来ないで…!近寄らないで!!」


声が近い…!すぐ近くにいる…!

路地の先少し開けた場所に彼女はいた。

複数の男に囲まれ気丈に剣の切っ先を向けて睨み付けながら……

「そんな事言わずに俺達と遊ぼうぜおねーちゃん?」

「近寄らないで…!これ以上近づいたら魔法で潰してやるから!」

「おお怖い。可愛い顔して怖いこと言うおねーちゃんだぜ。
でもな、そんなものはこけおどしだって知ってるぜ?さっき俺達がかけた魔封じが効いてる筈だからな。
なあ、諦めて一緒にいいことしようぜウサギちゃん?可愛がってやるからこっちに来いよ?」


そう言って下卑た笑みを浮かべながら男が彼女に手を伸ばした。

が……

「彼女に触れるな。」

「あ?何だお前…?」

まだ何か言いたげだったがそれよりも早く僕の拳が飛んだ。

「おっとすまない。喧嘩はしない主義なんだが……どうもそうはいかなくなったようだ。」

「テメェ…!いきなりなにしやがる…!」

「聞こえなかったかな?彼女に触れるなと言ったんだ。」

殴りかかってきた男の腕を掴んで捻る。苦痛に顔を歪める男をそのまま投げ飛ばしもう一人の男の鳩尾に拳を一撃。



「こいつ…!」

後方からもう一人の男が僕に向かって手にした鉄の棒を振り上げ襲いかかってきた。

僕はそれを掴んで奪い取りそのまま相手の男に打ち返す。

正面から一撃……背面からもう一撃……


「すまないね、棒術は得意なんだ。」

地に伏せ倒れた男はもう動かない。

ああ……おそらく聞こえてないだろうな。

「で?まだやるのかい?」

「ヒッ…!ヒィィィィィ!!!!!」

敵わないと悟ったのだろう。男達は仲間を見捨ててその場を走り去った。

だが……きっとこの騒ぎを聞き付けた治安部隊に取り押さえられるのも時間の問題だろうな。



「大丈夫かい?クロト。」

「……ピエール……?」

彼女に向かって精一杯優しく微笑んで真っ直ぐに右手を差し出す。

「怖かっただろう……?おいで、クロト。」

そう僕が呼べば彼女は弾けるように駆け出して僕を抱き締めた。

僕も彼女を両手で抱き止めて安心させるように優しく髪を撫でる。

胸に顔を埋めて泣きじゃくる彼女を抱き締めながら僕はもう一度優しく声をかける。

「遅くなってごめん……怪我はしていないかい?」

「ええ……大丈夫よ……私は大丈夫……」

僕には解る。
気丈に振る舞っているが彼女はとても怖い思いをしていたのだと……
腕に伝わる小さな震え。胸に伝わる鼓動の速さ。その全てが僕に伝えている。彼女はまだ不安を拭いきれていないのだと。



顎に手を添えて軽く触れるだけのキスを一つ彼女に贈る。

もう大丈夫だと安心させたくて。彼女を泣き止ませたくて。


「行こう、ここは危ない。一緒に帰ろう。」

大丈夫、僕が守る。

約束しただろう?僕は君の……君だけの騎士だ。
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