第18章 手を取り合って


コツ……コツ……と耳に届く誰かの足音。

奈落の底に沈みかけていた私の魂を誰かが掬い上げて、強く優しく抱き止めて薄暗い通路を歩いている。

顔は良く見えないがこの腕を……この温もりを私は知っている。


「……アマ……ダス……」

掠れた声は闇に溶けて消えていく。

あの方に私の声はきっと届かなかっただろう……そう思った。

けれど……

抱き上げる腕に力を込めて先程よりも強く引き寄せられる。

聞こえていたのだろうか……?

朦朧とした意識のなかであの方の表情を伺おうと顔を上げてみるが、やはり暗闇で表情を伺うことはできない。


今貴方はどんな顔をしているのでしょう……?

もっと良く顔を見せて欲しい……そう思って手を伸ばしてみる。

アマダス様……何故私を迎えに来てくださったのですか……?

私は貴方に救われるような人間では無いのですよ……?

たった一人の不幸を望んだ為に多くの人々を不幸にした愚かな女を何故貴方は救おうとするのです……?

私は、アマダス様やラシュクーレ様……それから……エテル様のような赤軍の同士達とは違うのです。

理想も大義も信念も持たないただの私怨で動いていた暗殺者で……救う価値など無い存在なのです。


それに貴方には私よりも優先すべき役目があった筈……大勢の同士達を導くという役目が……



なのに……何故……?何故貴方は私を……?


私はここで捨てられる駒なのですよ?


ああ……きっとこれは夢……夢に違いない……


私が都合良く見ている幻……きっとそう。


それはまるで天から下ろされた糸。

ここで朽ちるべきだと理解しつつも手を伸ばさずにはいられない……


夢でも幻でもいい……あの方に触れられるなら……


あの女に斬られた身体の痛みより……うまく息ができない苦しさよりも……今は貴方の温もりが恋しくて仕方なくて……思わず手を伸ばした。


伸ばした手は力無く落ち衣の端を縋るように掴む。


……初めて死が恐ろしいと感じた。


死など怖くないと何度も自分に言い聞かせてきた暗示が解けてしまったのだろうか……。

貴方に救われる幻を見て自分の命を惜しいと思ってしまった。

このまま一人で死ぬのは……。

貴方に想いを伝えないまま死ぬのは……嫌……。

離さないで……傍にいさせて……。

紡いだ言葉は掠れ消えて闇に溶けてゆく。
きっとこの声は届いていないだろうとそう思った。

けれど……貴方は私をまた抱き寄せてくれた。

ああ……アマダス様……ここにいる貴方は幻ではないのね……

意識が引き戻される。

ゆっくりと瞼を開ければ薄暗い山小屋の天井が見えた。

顔を僅かに傾けるとそこには一人の男性の姿が見えた。

顔は伏せられていてどんな表情を浮かべているかはわからないけれど……

大きな背中が上下に動いていて、静かな寝息が聞こえてくる。

蝋燭の灯りがゆらりと揺れて彼の黒髪が妖しく輝いた。


「アマダス様……。」

私の手をしっかりと握りしめながら眠る貴方の手に……もう一方の自分の手を重ねた。


ずっと側にいてくれた……たったひとつしかないベッドに私を寝かせて……貴方は硬い床の上で過ごして……


貴方の方こそ疲れているでしょうに……私などの為に……。



「アマダス様……」

そっと手を伸ばして頬に触れる。

顔にかかる髪を払いのけて貴方の頬へと口付けを落とす。

感謝と……自分の中に秘めてきた想いを乗せて。


「……ずっと……お慕いしていました……アマダス様……」


頬を寄せ、抱き寄せる。

きっと眠る貴方にこの声は届いていないかもしれない。

それでも……言いたかった。

私は貴方に救われるよりも前から

貴方に惹かれていました。

きっと叶うことはないと諦めていた……私は貴方に相応しくないとそう思っていたから……

けれど……今は違う……もう自分の想いに嘘はつかないと決めました。

もしこの先どんなことがあっても、私は貴方の側にいたい。

貴方がどんな道を選ぶことになっても……。


まだ少し痛む手に力を込めてベッドへと引き寄せる。

少しずつ少しずつ引き上げる。

きっとこんな怪我を負っていなかったらもっと優しく引き上げられたでしょうに……

呻き声と共にゆっくりと瞼を開けた貴方と目が合った。

「……ん……エリカ……?」


掠れた声で私の名を呼んだ貴方に私も同じように優しく名を呼んで応えた。

「……アマダス様……」


ゆっくりと身体を起こした貴方の背中へと手を伸ばす。

冷えた身体を温めるように優しく撫でながら抱き締める。

貴方は何かを呟いてくださったけれど、声が掠れてよく聞き取れない。

視線を移した先に見えた水差しに手を伸ばし、コップに水を注いで口に含んで貴方に口付ける。

乾いた喉が潤うようにゆっくりと水を注ぐ。

貴方が私にそうしてくれたように……


水を全て注ぎ、口を離して、もう一度貴方の瞳を見つめゆっくりと言葉を口にする。


「アマダス様……その……少し……心細いので……私と……一緒に眠ってくださいませんか……?」


貴方の温もりをもっと感じていたいのです……。

貴方の優しさにもっと甘えていたいのです……。

斬られた身体の痛みよりも………今は胸の奥に秘めた想いの方が……ずっとずっと切なく痛む。



思い違いならば拒んでください。

迷惑だと仰るなら突き放してください。



「……愛しています……ずっと側にいさせてください……アマダス様……。」
7/13ページ
スキ