第18章 手を取り合って
突如現れた謎の男性に、戦っていたはずの相手が攫われてしまった。
結果オーライ、といえばそうなんだろうが……先日、同じようなことをルミナスにやった。他人から見る人攫いはこのような感じなのか、と一人で納得したところで、残された俺達は呆然としていた。
戦わなくてもよくなった。それは先程の謎の男が敵……吹奏 睡蓮と名乗った女を小脇に抱えて去っていったからだ。ピリッとしていた空気も一変、今では穏やかな風が街道をすり抜けている。嵐のような出来事だった……本当に。
「……助かった、んですよね?」
「そうだな、何かよくわからないが助かったみたいだ」
ふぅ、と溜め息を吐くと、体の力が抜けた。地面だろうがお構いなし、俺はその場で大の字になって倒れた。汚れなら払えばいいし、人目はルミナス以外いないから気にすることもないだろう。
「ヤコウさん。その……あの女の人が言ってたことって」
ルミナスが口を開く。そうだ、あいつが言っていた。ただのハッタリにしては上手いような、真実の掴めないような話を。
「……俺は本当にあの女に会ったことがないよ」
俺は造られている、と言われた。誰に?いや、今はそこが問題なのではない。ここでの問題は、俺がルミナスをあいつの前に差し出すようにできている、ということだ。
プログラムされている、とも言っていた。だとしたら、俺は本当にそのように造られているのか?どうして?一体何の目的でルミナスを?
今の俺にわかることがあるとすれば……俺の中には常にとある"欲求"があったということ。それは昔から存在しているようで、そうでもない。わりと最近だったような気さえする。
なぜか彼女をずっと目で追い、バレないようにつけ、家を特定し、拉致した。まるでそうしなければいけないかのように。あまりにも自然すぎた。
一方で、俺には彼女に出会うより以前の記憶はない。
「……あれ?」
今の今まで気づかなかった。思い出せない。
刹那、強烈な吐き気に襲われた。自分が今まで何をしていたのか、彼女と出会ってからの出来事、全てが、あまりにもできすぎている。
一目見た相手を"攫わなければならい……"不思議に思わなかった?
彼女の言っていた言葉が、脳裏を過ぎる。
「どうしました?何か心当たりが……?」
「ないんだ。心当たりじゃなくて、生きてきた形跡が」
「生きてきた形跡、ですか?」
何のことだと言わんばかりに首を傾げるルミナス。そうこうしている今でも、俺は彼女のひとつひとつの仕草が気になって仕方ない。それらが、彼女に関わる全てが……依然として俺を惹き付ける。心地よかったそれが、記憶のある部分と照らし合わせた瞬間、恐怖へと変わった。
「……ごめん。本当にごめんな、ルミナス。たぶん、あいつが言ってた通りだ。俺はお前を攫うようにできてるんだと思う」
「どういう意味ですか?さっきから言ってることがわからないですよ……」
「だよな、そうだよな。ごめんな」
確かに記憶はあったはずなんだ。だけど思い出せない。消されて、いいように遣わされてたのかもしれない。だとしたら、俺が彼女の傍にいることは誰かに見られている可能性が高い。今日、あいつに狙われたように。
「俺、今の今まで、ずっとお前に一目惚れしてると思ってた」
「……へ!?」
「いや……身構えんなよ」
なぜか武器を取り出した彼女。いやいや、殴ったりしないし逆に殴られるほど俺は嫌な奴だったのか。いや、そうだったとしても何も言い返せないな、もう。
「お前の取る行動のひとつひとつが気になって、これが噂に聞く恋ってヤツなのかなって思ってた。でも、はじめから話に聞いてたドキドキするって気持ちはなかった。今はお前を見ると、どこかへ連れて行かなければならないって気持ちが上回ってる。……はじめから惚れてはいなかったんだよ」
「……今更、そんなこと言われても」
「だよな。とんでもないことしちまってたよな、俺」
知らなかった、って言っておけば許されるだなんて思わない。こうして吐き気に襲われてる一方で俺の"欲求"ってヤツは満足している。トリガーは、彼女の他ない。
ポケットから金を出して、彼女に投げる。俺の全財産だ、あまり持ってないけど、家に帰れるくらいの足しにはなるだろう。
「それ、やる。だから俺の前から姿を消してくれ。じゃなきゃ、俺はお前をまたあいつの前に差し出してしまう」
「……ヤコウさん。私のこと、馬鹿にしてます?」
「へ?」
寝転んでいる俺を見下ろすように、彼女が立っていた。そして、つねってきたのだ。俺の頬を。
「いだだだだだ!」
「痛いですか!痛いでしょう!だって手加減してませんから!」
その痛みが、俺が生きているということを証明している。彼女につねられてよかった、むしろもっと罰をうけてもいいとすら思える。きっと先にも後にも、こういったことをしても怒る資格がないのは彼女だけなのだろう。しかしけっこう痛い。
「ヤコウさんは私を攫いましたし、野宿ばかりでしたし、私が離れても追いかけてくる変態さんです」
「変態は地味に傷付くけど事実すぎて何も言えない」
「だけど、あの女の人から私を守ってくれました。本当に利用されていたんだとすれば、あの人が言ってた通り、私を引き渡すことがあなたの仕事だったはずです。でもそれをしなかった」
「それは……お前を絶対守らなきゃって思ったから」
あいつは悪い奴だって、本能的に理解した。言いなりには絶対になりたくなかった。たとえ俺自身が利用されていたとしても、彼女を守ることだけに関しては何も迷いはなかった。
「だったら、ヤコウさんは物じゃありません。利用されてません。自分の意思を持っている。どうか、誇りを持ってください。あなたが思ってる以上に、あなたは強い人ですから!」
「誇、り」
パァン、と平手打ちされた。つねるだけではなく、叩かれた。しょうがないとは思ってたけど、さすがにひどくないか?頬がすっげーヒリヒリする。
だけど、目が覚めた気もする。
「私はあなたの言う通り、去ろうと思います。もしこれからあなたが来ても、私はあなたに対抗します。でも私、初めて外を旅したんです。このワクワクをくれたヤコウさんには、感謝しときますね」
……ああ、彼女はとてもいい子だ。この気持ちに負けないくらい、この子を愛したかった。ちゃんと恋をして、好きだって伝えたかった。そう心から思いたいのに、思わせてくれないのもまた"欲求"だった。
俺は、俺を憎むよ。あまりにもできすぎた俺を憎むことしかできない。だけど……彼女が誇りを持てと言ってくれたから、俺はまた前を向ける気がする。
「お元気で。もう二度と会うことはないだろう」
「ふふ、そうだといいですね」
じゃらり、と音がする。お金の音だ。どうやら返してくれたみたいだが、大丈夫だろうか。……いや、心配するな。せっかく別れたのに、また会いたくなっては困る。
さて、俺はどうするかな……生きてきた形跡でも探すか。利用されてたんなら、利用しようとしてる奴の顔くらい拝まないと、気が済まないよな。
ーーーーー
「うっ……酷い……」
あまりにも、酷い。私は仕事をこなすことができなかった。それもこれも、全部。
「何なんですか!いきなり攫って!不愉快です!」
「ん?宿代、今ここで払い直せば満足してくれるか?」
「宿の不満じゃないですっ!」
あの宿は私が仮住まいとしてる場所であって、あいつを引き込むために利用していただけ。ちゃんと宿ではあるものの、機能はほとんどしていない。
いや、宿の話はどうでもいい。目の前の男性はずっと微笑んでいる。満足そうなそれを見ていると、自分の不甲斐なさに苛立ちが募っていく。
あと少し。あと少しだけ時間があれば、あの女を攫うことができた。ヤコウが動揺していたから、片をつけるのは造作もないことだった。しばらく見ないうちにあの子が自我を持っていたことには驚いたけれど、それも許容範囲内。今は使い物にもならないはず。あの方がくださったものを無為にするのはとても悲しいことだけど、また次のチャンスがあるはず。
……名前は、私の母国の言葉で『白銀 夜光』。夜を白く照らしてくれる光は、ルミナスと似てるものがあるでしょう?この子なら光を探してくれます、きっと。
皮肉めいた名前。所詮、道具は道具。でも自分の中に確かにあった命名する楽しさを思い出して、息を深く吐いた。
「そう不貞腐れるなって。ほら、食べるか?芋」
「い、芋って」
「今なら熱々だ。火傷しないように」
野営のために火をおこしていたのは見ていたけれど、まさか芋を焼いていたとは。芋が美味しいことはよく知っている。しかもこの芋……バターが乗っている。絶対に美味しい。美味しいことはわかるけど、ここで口にしたら負けのような気がする。
だけど、空腹には勝てない。私のお腹は無惨にも音を立てて鳴り響いた。
「~っ!」
奪うようにしてそれを取り、息を吹きかけて熱を冷ます。程よく湯気が落ち着いた頃に、思い切り齧り付いた。
「……あ~!悔しい!」
芋が美味しいこと。その芋を焼いた人によって今日の仕事が失敗に終わったこと。叫ばずにいられようか!無理!
「はは。美味しいな、芋は」
横で呑気に自分の芋を食べている、男。そういえば私はこの人の演奏を聴いて、確か銭ではなく芋を投げた。その芋とは別だろうけど、皮肉にも私達は芋を食べている。
演奏はとてもいいものだったけれど、私はこの男がどうも好きにはなれない。だって、邪魔したもの!好きになるわけがないじゃない!
私の心はいつまでもジョット様にある……そう思いながら、二口目の芋に齧り付いた。
