第8節 ブルボン学園(現パロ)

こんな事を望んだ訳じゃ無かった。

私はただ……あの女に私と同じ不幸の味を味わって欲しかっただけだった……

ミルファスの幸せを奪ってやろう……とただそれだけを望んだ筈だった。

大義なんて無い……只の私怨だ。

私のしてきたことは北の地に不幸をばら蒔き関係の無い人間をも巻き込んだ戦へと発展した。

罪のない貧しい人々を飢えさせ幼い子供達を犠牲にして………自分の身勝手な思いで……個人的な怨みと憎しみのせいで……たった一人の不幸を願ったばかりに幾人もの人々が犠牲になった。

私は知っていた……目を反らしていたのだ……

ダンタリオン卿の誘いに乗ってミルファスに手を出せば多くの民達の平穏が失われるであろうという事も、いずれこの国全土に広がる戦火となるだろうと言うことも……

今更己の行いを悔いても取り返しはつかない。

いくら天に祈っても神はきっと私を許してはくださらないだろう……

ならばせめて最期の最期まで悪人としてこの身に断罪の刃を受けよう……。

……他の誰でもない……あの女の手で。


「お前だ!!!!!!エリカ!!!!!!今は……今だけはこの呪いさえ力に変えてやる!!!!!この狂った力でお前を倒す!!!!!」


「あら嫌だ。女のヒステリーほど醜いものはなくってよ?”鏡”の糸に縛られ動かされているだけの木偶が何を言い出すのかと思えば……笑わせる」

本当に……?本当にそうなのか?

糸に縛られ操られていたのは己自身の事ではないか。

ふとそんな思考が脳裏をよぎり失笑が漏れる。

動かされているだけの木偶なのは……本当は……

私の目の前で手にした剣の切っ先を向けているこの女ではなく……私自身の事ではないか……


そんな思いを巡らせていると視界の端で白い衣が翻った。

「……ッ!!!お待ちなさいッ!!!!」

弾けるように駆け出して一心不乱に走り去る一人の女の後ろ姿を視界に捉え私は腰に帯びた小刀へと手を伸ばす……が……

「させはしないっっ!!!!!」

「……っ!?」

刃が頬をかすめた。

チリリと頬に熱を感じて赤い滴が一筋垂れて地に落ちてゆく。

咄嗟の出来事に反応が遅れたがもう一撃と振り下ろされた女の刃を寸でのところで受け止めた。

蹴りを一撃入れて距離を取り、呼吸を整えてもう一度眼前に刃を構える。

その先には髪を乱したあの女の……赤い……赤い……あの瞳。


「……言っただろう?私はお前を倒す……と!ハルモニア!そうだ!!逃げろ!!走るんだ!!!!」


その瞳には最早虚ろは宿さない。

呪いは未だ解けていない筈だというのに……何故……?


憎しみの呪いさえ力に変えて私を……斬り殺そうとしている。


血の通わないただ一人の妹を守るために。


「理解できませんわ……。」

ぽつり呟く。

「あの女は貴女の何だと言うのですか……?

ただの一滴も血の通わない赤の他人に等しいあの女を『妹』と呼び貴女が命をなげうつ理由が一体何処にあるというのです?」

「ああ……確かに彼女と私には血の結び付きは一滴も無い……だが……」

呪いの影響か、時折苦しげな表情を浮かべつつ頭を抱える仕草を見せるが……それでも尚も真っ直ぐに私に刃を向けゆっくりと言葉を紡いでいく。

「あの子は私を姉と慕ってくれている……私もまたあの子を大切な妹だと思い続けている……理由は……それだけで十分。

血の繋がりなど……関係ない。
私達には絆がある……心で結ばれた絆が…!!」

「まあ……羨ましい。
なんて羨ましいのかしら……そんなにも想われて……そんなにも望まれて……本当に憎らしい……

やっぱりあの女を先に殺した方が良さそうですわね。
あの女を失ったとき貴女がどんな顔をするのか……ふふ……ちょっと見てみたくなってしまいましたわ。」



その言葉を口にした瞬間ミルファスの瞳が鋭さを増した。

そう……もっと憎しみを込めて斬りかかってきなさい。

もっともっと私を憎みなさい。

情けなど一切かけなくていい。
一刀のもとに斬り伏せて私を血の海に沈めて欲しい。

私に相応しいのは宿敵と刃を交えて華々しく散る最後ではなく……憎まれ恨まれ一人惨めに地獄に落ちる結末だけ。

暗闇が満ちる廊下の先で何かが砕け散る音が響き渡った。

ミルファスの赤い瞳に輝きが増し、一閃銀の軌跡を描いて私を断ち伏せる。

そんな光景を刹那脳裏に描いていた。でも……
私は貴女が嫌いだから……このまま黙って刃を受けて死ぬなんてそんな呆気ない終わりになんかにしてあげない。

私が突き出した刃がミルファスの左肩に突き刺さる。

そして……私の身体を貫いたミルファスの刃は……。


「……おバカさん……私はここを一歩も動いていないというのに……」

「ああ……だから……だ……お前が何を考えているかすぐに解った。」

胸に突き刺さる銀の剣……ひと刺しで胸を貫いて殺してくれるだろう……と期待して……いたのに……

ポタリ……ポタリと刃を伝って落ちる赤い雫。ドクンドクンと脈打つ鼓動と共に激しい痛みが襲ってくる。

痛み……苦しみ……そんなものを感じる間もなく一撃で殺してくれたらきっとすぐに楽になれただろうに……

「……ほんとうに……あなたはひどい人ですわ……義姉様……
私の母を奪っておきながら……幸せに浸る貴女が……貴女の家が……憎くて憎くて……たまらない……そんな私をここで仕留めずに……中途半端に生かすだなんて……」

「それは私も同じ事。
お前の母が行ったことを……私は今も許していない……同情も……しない…!」

そう言ってゆっくりと刃を引き抜く。

支えを失いふらつく身体。今まで味わったことの無い痛みにじわりと汗が滲んだ。

朦朧とする意識のなか耳に届いてくるミルファスの声。

「一瞬で楽になどさせはしない。
お前はここで自分の罪を悔いながら一人で逝くといい。」

それだけを言い残してミルファスは私の目の前から去っていった。


憎しみの感情を込めた瞳で相手を見つめ震える声で言葉を紡ぐ。

「……お……まちな……さい……」

ぐらりと身体が傾いて地に膝をつきそのまま倒れ伏した。

急所は外しているとはいえ大量に血を失ったせいで身体が言うことをきかない。


「……くっ……ふふふっ……なんて……無様で……惨めな最期なのかしら……」

私に相応しいのは宿敵と刃を交えて華々しく散る最後ではなく……憎まれ恨まれ一人惨めに地獄に落ちる結末だけ。

――――正しい人はいない、一人もいない。悟る者はいない、神を求める者もいない。皆、道を踏み外し、役に立たない者となった。――――

「……私に……相応しい言葉ですわ……。」

自らを嘲り笑いながら私は意識を手放した。
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