第16章 デミアン
最近、ひどく落ち着かないのです。
何かしていないと不安になって、人恋しくなって……言葉を交わしたくて……
一人でいることに不安を覚えるのです。
ここが棲み慣れたあのお屋敷ではないから……?
あの方の生家で暮らすようになったから……?
いいえ……きっとそれは違う。
環境が変わったなどという理由から起こる不安とは違う。
これは…そう…もっと別な理由……。
「ベリル様……」
「ん…?ああ……コレーか。
どうした?眠れないのか?」
「はい……なんだか落ち着かなくて……
それに……ベリル様もまだお仕事をなさっているようでしたのでお茶を……と思いまして。」
揺らめく蝋燭の灯りの中に浮かび上がるベリル様のお姿……
その姿を目にしたとき、ほっと安堵の息を溢してゆっくりと貴方の元へと歩み寄る。
「先に休んでいて構わないと言っただろう?」
「はい……ですが一人ではどうしても広く感じてしまって……」
お茶を用意したのは少しでも貴方のお側にいるための口実を作りたかったから…。
トレイにのせられたティーカップに紅茶を注ぎ、白いお皿に乗せられたブランデーケーキと共にベリル様の目の前へと差し出す。
するとベリル様は大きな右手を私の方へと差し出して「こちらへおいで」と私を優しく引き寄せた。
私を抱き止めて優しく撫でる大きな手に胸の奥の不安が払われていく。
胸の奥がトクリと音を立てて頬が微かに熱を帯びる。
両腕で私を抱き止めて外套で包んで覆い隠す。
眼前に広がるのは温かな闇。
トクリ…トクリ…と胸の音が聞こえてくる。
それは私のものとは違うもう一つの心音。
ふと顔を上げれば貴方の顔がすぐ側に見えた。
引き寄せられるように唇を重ねて背に回した両手で優しく撫でるように貴方を抱き締め返した。
「今日は甘えるな……どうした?寂しいのか?」
「はい……少しだけ……。
ごめんなさい……ベリル様……もう少しだけ……こうしていてもいいですか……?」
瞼を閉じれば浮かんでくる。
アウラーナへ帰って来た貴方を兵士達が……民が……温かな笑顔で迎えてくださったあの日の事……
これが本来あるべき筈だった貴方の姿……。
『……今回の邪竜騒動と北の動乱……おそらくそれは無関係ではなく相関している。今はアローゼが北を治めているが、アローゼには敵も多い。そして、アローゼが失脚した時、次の領主として最も有力な地位にいるのはダンタリオンだ。』
『間違いなくダンタリオン家と赤軍は通じ合っている。……兄上、どうかこの屋敷に戻って来てはくれないでしょうか?私はしばらくは政を出来る体ではありません。今アウラーナが弱体化するわけにはいかないのです』
『……し、しかし、俺は政敵の娘を攫いに行くために家を捨てたような男だ。名をアウラーナから抹消する覚悟で家を出た。その俺がどうして今更おめおめと戻って来ることが出来る?』
あの日の言葉が脳裏を過る。
貴方の事情を知ったときお父様の思惑を知ったとき……私は……本当にこのまま幸せになっていいのだろうかと思い悩みました。
何も知らなかったなんてそんな事は言い訳にならない。
私が何も知らず花を摘んでいる間にお父様の計画で沢山の人々が苦しんだ。
貴方の事情を知らず拒絶して貴方の心を傷つけた。
私の罪は無知そのもの。
何も知らなかったから……何もできないから……そんな見苦しい言い訳をして自分の罪から目を反らしたくなくて……
私はアウラーナでお手伝いをさせてくださいと願いました。
私にできることは少ないけれど……せめて貴方の助けになりたい……お父様の思惑の為に苦しんだ人々の助けになりたい……
自分にできることでお父様の……いいえ……ダンタリオン家の罪を償いたい……そう言って怪我をした兵士達のお世話や炊き出しのお手伝いをさせていただきました。
ですが……ある日を境にして私は身体に異変を感じるようになったのです。
薬の匂い、血の匂い、それらを強く感じるようになってしまって気分が悪くなって部屋を出てしまった。
炊き出しのお手伝いをしていても何故か気分が悪くなってしまって……
助けになるどころか足を引っ張ってしまった…。
数日経っても体調は良くならずそれはどんどん酷くなっていく。
初めはただ体調が悪いだけだと思い込んでいたのですが……きっとこれは違う……。
だって……お母様から聞いたことがあるもの……。
不安に耐えきれず私は部屋を抜け出して貴方の元へと足を運んだ。
お仕事の邪魔になるとは解っていたけれど……だけど……どうしても一人になりたくなかった。
「少し……窶れたか?食事はちゃんと取れているのか……?コレー?」
優しく頬を撫でる手に自分の手を重ねる。
心配そうに覗き込む貴方の瞳と視線が交わり、重い口が微かに開く。
「ベリル様……あの……」
告げなくてはいけない……これは私一人で抱える問題じゃないと気づいてしまったから。
「私……もしかしたら……赤ちゃんが……いるかもしれません……。」
貴方はどんな顔をするだろう……こんな大変なときに私の身体に赤ちゃんがいると解ったら……
政敵の娘の身体に貴方の子が宿ったと解ったら……アウラーナ家の人々は……この国の人々は私を受け入れてくださるでしょうか……?
ざわり……と胸の奥に不安が広がる。
不安で押し潰されてしまわないように貴方の手を強く握りしめてもう一度言葉を口にする。
「私は……アウラーナにとって政敵のダンタリオンの娘です……この国の人々が許してくださるなら……私は……産みたいです……ベリル様とのお子を……私の身体に宿った新しい生命を……ここで……アウラーナの地で産みたいです……。」
解らないことだらけで戸惑う事も沢山あるけれど……けれど……私は産んでみたいのです。
貴方と結んだこの命を育みたい。
貴方と二人で……幸せになりたい。
何かしていないと不安になって、人恋しくなって……言葉を交わしたくて……
一人でいることに不安を覚えるのです。
ここが棲み慣れたあのお屋敷ではないから……?
あの方の生家で暮らすようになったから……?
いいえ……きっとそれは違う。
環境が変わったなどという理由から起こる不安とは違う。
これは…そう…もっと別な理由……。
「ベリル様……」
「ん…?ああ……コレーか。
どうした?眠れないのか?」
「はい……なんだか落ち着かなくて……
それに……ベリル様もまだお仕事をなさっているようでしたのでお茶を……と思いまして。」
揺らめく蝋燭の灯りの中に浮かび上がるベリル様のお姿……
その姿を目にしたとき、ほっと安堵の息を溢してゆっくりと貴方の元へと歩み寄る。
「先に休んでいて構わないと言っただろう?」
「はい……ですが一人ではどうしても広く感じてしまって……」
お茶を用意したのは少しでも貴方のお側にいるための口実を作りたかったから…。
トレイにのせられたティーカップに紅茶を注ぎ、白いお皿に乗せられたブランデーケーキと共にベリル様の目の前へと差し出す。
するとベリル様は大きな右手を私の方へと差し出して「こちらへおいで」と私を優しく引き寄せた。
私を抱き止めて優しく撫でる大きな手に胸の奥の不安が払われていく。
胸の奥がトクリと音を立てて頬が微かに熱を帯びる。
両腕で私を抱き止めて外套で包んで覆い隠す。
眼前に広がるのは温かな闇。
トクリ…トクリ…と胸の音が聞こえてくる。
それは私のものとは違うもう一つの心音。
ふと顔を上げれば貴方の顔がすぐ側に見えた。
引き寄せられるように唇を重ねて背に回した両手で優しく撫でるように貴方を抱き締め返した。
「今日は甘えるな……どうした?寂しいのか?」
「はい……少しだけ……。
ごめんなさい……ベリル様……もう少しだけ……こうしていてもいいですか……?」
瞼を閉じれば浮かんでくる。
アウラーナへ帰って来た貴方を兵士達が……民が……温かな笑顔で迎えてくださったあの日の事……
これが本来あるべき筈だった貴方の姿……。
『……今回の邪竜騒動と北の動乱……おそらくそれは無関係ではなく相関している。今はアローゼが北を治めているが、アローゼには敵も多い。そして、アローゼが失脚した時、次の領主として最も有力な地位にいるのはダンタリオンだ。』
『間違いなくダンタリオン家と赤軍は通じ合っている。……兄上、どうかこの屋敷に戻って来てはくれないでしょうか?私はしばらくは政を出来る体ではありません。今アウラーナが弱体化するわけにはいかないのです』
『……し、しかし、俺は政敵の娘を攫いに行くために家を捨てたような男だ。名をアウラーナから抹消する覚悟で家を出た。その俺がどうして今更おめおめと戻って来ることが出来る?』
あの日の言葉が脳裏を過る。
貴方の事情を知ったときお父様の思惑を知ったとき……私は……本当にこのまま幸せになっていいのだろうかと思い悩みました。
何も知らなかったなんてそんな事は言い訳にならない。
私が何も知らず花を摘んでいる間にお父様の計画で沢山の人々が苦しんだ。
貴方の事情を知らず拒絶して貴方の心を傷つけた。
私の罪は無知そのもの。
何も知らなかったから……何もできないから……そんな見苦しい言い訳をして自分の罪から目を反らしたくなくて……
私はアウラーナでお手伝いをさせてくださいと願いました。
私にできることは少ないけれど……せめて貴方の助けになりたい……お父様の思惑の為に苦しんだ人々の助けになりたい……
自分にできることでお父様の……いいえ……ダンタリオン家の罪を償いたい……そう言って怪我をした兵士達のお世話や炊き出しのお手伝いをさせていただきました。
ですが……ある日を境にして私は身体に異変を感じるようになったのです。
薬の匂い、血の匂い、それらを強く感じるようになってしまって気分が悪くなって部屋を出てしまった。
炊き出しのお手伝いをしていても何故か気分が悪くなってしまって……
助けになるどころか足を引っ張ってしまった…。
数日経っても体調は良くならずそれはどんどん酷くなっていく。
初めはただ体調が悪いだけだと思い込んでいたのですが……きっとこれは違う……。
だって……お母様から聞いたことがあるもの……。
不安に耐えきれず私は部屋を抜け出して貴方の元へと足を運んだ。
お仕事の邪魔になるとは解っていたけれど……だけど……どうしても一人になりたくなかった。
「少し……窶れたか?食事はちゃんと取れているのか……?コレー?」
優しく頬を撫でる手に自分の手を重ねる。
心配そうに覗き込む貴方の瞳と視線が交わり、重い口が微かに開く。
「ベリル様……あの……」
告げなくてはいけない……これは私一人で抱える問題じゃないと気づいてしまったから。
「私……もしかしたら……赤ちゃんが……いるかもしれません……。」
貴方はどんな顔をするだろう……こんな大変なときに私の身体に赤ちゃんがいると解ったら……
政敵の娘の身体に貴方の子が宿ったと解ったら……アウラーナ家の人々は……この国の人々は私を受け入れてくださるでしょうか……?
ざわり……と胸の奥に不安が広がる。
不安で押し潰されてしまわないように貴方の手を強く握りしめてもう一度言葉を口にする。
「私は……アウラーナにとって政敵のダンタリオンの娘です……この国の人々が許してくださるなら……私は……産みたいです……ベリル様とのお子を……私の身体に宿った新しい生命を……ここで……アウラーナの地で産みたいです……。」
解らないことだらけで戸惑う事も沢山あるけれど……けれど……私は産んでみたいのです。
貴方と結んだこの命を育みたい。
貴方と二人で……幸せになりたい。
