第16章 デミアン
貴方は持っている確信を自分自身の為に神の前に持ち続けなさい。行おうと決心した事について、心に疑いを持たない人は幸いです。疑いを持ちながら食べている人は。確信に基づいていないので罪に定められます。確信に基づいていない事は全て罪なのです。
私達強い者は強くない人の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。私達一人ひとりは互いに隣人を満足させるべきです。御子も自分の満足を求められませんでした。
むしろ、「あなた方を謗る者の謗りが私の上に降りかかった」と書き記されている通りです。
前の時代に書かれた事は全て、私達への教訓として書かれたもので、聖書が与える忍耐と励ましによって、私達が希望を持ち続ける為です。
忍耐と励ましの源である神があなた方に御子に倣って互いに同じ思いを抱かせてくださいますように。それは心を合わせ声を揃えて、私達の主であり神であり父である方を讃えるためです。
【ローマの人々への手紙 第15章】
「しっかしまた派手に爆弾を爆発させましたね~……アルベル。アルカイド様の指示ですか?」
「ん~~~~……ここまでド派手にやれっとは一言も言ってないけどなあ……まあ、挟撃は戦に置いて有効な戦略だし、敵さんがこっちにばーーーっかり気を回してくれてたから別動隊もやりやすかったってのもあるんだろうけど。いきなり後ろで爆発したんだ。見ろ?あっちは動揺を隠せないでいる」
「……あまりに派手にやり過ぎて噴煙で周りが見辛くなっていますが……」
「あー……フーベルの奴、今頃高台で悪態吐いてるだろうなあ……絶対に」
風に乗って燃えた枯草と焦げた痩せた土の匂いが届く。喉と鼻の粘膜を刺激するその匂いに咽込み一度咳を吐き出した。
自分が乗って来た駿馬はアルフォートという少年に貸し出した為今はない。自分の馬の手綱を握る代わりに剣の柄を反射的に握り締めた。カムイの部隊に所属していた時には四六時中感じていた匂いに自然に身体が動いたのだろう。久しく感じることがなかった空気だが、やはり体は戦場の匂いというものを覚えているらしい。
「アルカイド様。これからこちらはどうされますか?」
「相手部隊の殲滅が目的じゃないからなー……とにかくアルフォートが戦場を抜けてミルファス姉さんのところに行くまでの時間を稼がねーと。キャロル、確かキャロルの馬をあいつに貸したんだよな?」
「はい。アルカイド様にいただいた足の速い駿馬です。彼がずっと乗って来た馬も体力が限界でしょうから。乗り換えてもらいました」
「アルフォート、アウラーナからの書状を預かって来たって言ってたしな。敵さんが何が何でも邪魔したい理由はそれがミルファス姉さんのところに届くのを阻止したいから、だろ?まあ、敵将とアルフォートもあの口ぶりだと互いに知り合いみたいだったから、他にも何か事情があるかもしれないけどさ」
前方の少し離れた場所で一人、また人が倒れた。角度から察するに、フーベルの放った銃弾が敵の足に命中したのだろう。
アルベルが派手に爆弾を炸裂させた余波で視界は優れないが、人を一人戦場から離脱させる上ではむしろ好都合と言えるかもしれない。煙に紛れて行けばアルフォートもここから脱出しやすいだろうから。……狙撃しているフーベルにとってはたまったもんじゃないだろうけど。ふっと、眉間に深い皺を寄せ弾詰めをしている彼の姿が脳裏に過った。
いや、皺を寄せるどころの騒ぎではなく、先程アルカイド様も言ったようにアルベルに対して悪態を吐くか舌打ちをしているんじゃないかとすら思う。「わざわざ視界を悪くしやがって……狙撃手の気持ちを少しは考えやがれ」なんて言っているかもしれない。
「……キャロル?」
「少しここから離れましょう。主戦場からここは近過ぎます。あなたはこの軍の将ですから失うわけにはいきません。後方で指揮を取っていただかないと。護衛は私がします。馬はありませんが、私は槍や大剣ではなく剣を使う人間ですから、馬上で奮うよりも地上で奮う方が安定します」
革製の鞘から抜き身の鋼の剣を引き抜き柄を強く握る。先程よりも更に濃くなった戦場の空気がツン、と鼻を突いた。
「キャロル。あのさ、一つだけお願いがあるんだけど……流す血は最小限にしたいんだ。こっちは当然として、あちらさんに対してもさ」
「それは拙速で事に当たれ、ということですか?」
「ああ。さっきも言ったけどさ、今回の戦は殲滅戦じゃない。そりゃあ、アルフォートが離脱する時間は稼ぐ。それでもダラダラ長引かせたくないんだ。フーベルとアルベルのいる部隊にもそれは予め伝えてある。だから、あっちも先に動いたんだ。……たぶん。もしかしたらアルベルが我慢しきれないで動いた可能性もあるけど……」
拙速は巧遅に勝る。という言葉がある。例え拙くとも速い方が、巧みでも遅いことに勝るという、異国の軍師が残した言葉だ。
名将は迅速な勝利を強く求めるという。何故なら、即決の勝利は損害を最小限に留めるからだ。戦場における損害とはそのまま兵士への損害を差す。迅速な勝利を求める将というのは、即ち兵士の命を大事に考えている将ということだ。逆に展望もなくダラダラと戦う将というのは、大抵兵士の命を粗末に扱う。
「……アルカイド様らしいご命令ですね。あなたはお優しいです」
「そうか?兵法の基本中の基本だと思うんだけど?」
私が彼を褒めれば彼は素直に、そして少し照れくさそうに自分の指先で頬を軽く掻きながら言葉を返した。そんな主人の姿に戦場では場違いな穏やかな笑みが私の口元に浮かぶ。アルカイド様は今基本と言われたけれど、その基本ができない人間がこの世の中にどれほどいるだろうか?
私は確信している。今は幼く青年になり切れていない少年の我が主だけれど、この人はこの先、自分の領土内だけではなくこの国を支える柱の一つになるだろうということを。
先程、ここで出会ったばかりの少年は覇道ではなく王道を歩む事が肝要だと主張していた。ならば、我が主は?赤軍のように覇道を往くのだろうか?それとも少年のように王道を往くのだろうか?……答えは分かり切っている。
私が剣を奉げるのに十分な理由が隣にある。この先覇道ではなく王道を往くであろう我が主に私は自分の剣を奉げたい。
「アルカイド様、私達が必ずあなた様をお守りいたします。ですから、この戦、必ず勝ちましょう」
行おうと決心した事について心に疑いを持たない人は幸いである。疑いを持ちながら食べている人は確信に基づいていないので罪に定められる。
……確信をもって一人の人に仕えることが出来る私は間違いなく……幸せ者だ。
≪キャロル・シルト≫
私達強い者は強くない人の弱さを担うべきであり、自分の満足を求めるべきではありません。私達一人ひとりは互いに隣人を満足させるべきです。御子も自分の満足を求められませんでした。
むしろ、「あなた方を謗る者の謗りが私の上に降りかかった」と書き記されている通りです。
前の時代に書かれた事は全て、私達への教訓として書かれたもので、聖書が与える忍耐と励ましによって、私達が希望を持ち続ける為です。
忍耐と励ましの源である神があなた方に御子に倣って互いに同じ思いを抱かせてくださいますように。それは心を合わせ声を揃えて、私達の主であり神であり父である方を讃えるためです。
【ローマの人々への手紙 第15章】
「しっかしまた派手に爆弾を爆発させましたね~……アルベル。アルカイド様の指示ですか?」
「ん~~~~……ここまでド派手にやれっとは一言も言ってないけどなあ……まあ、挟撃は戦に置いて有効な戦略だし、敵さんがこっちにばーーーっかり気を回してくれてたから別動隊もやりやすかったってのもあるんだろうけど。いきなり後ろで爆発したんだ。見ろ?あっちは動揺を隠せないでいる」
「……あまりに派手にやり過ぎて噴煙で周りが見辛くなっていますが……」
「あー……フーベルの奴、今頃高台で悪態吐いてるだろうなあ……絶対に」
風に乗って燃えた枯草と焦げた痩せた土の匂いが届く。喉と鼻の粘膜を刺激するその匂いに咽込み一度咳を吐き出した。
自分が乗って来た駿馬はアルフォートという少年に貸し出した為今はない。自分の馬の手綱を握る代わりに剣の柄を反射的に握り締めた。カムイの部隊に所属していた時には四六時中感じていた匂いに自然に身体が動いたのだろう。久しく感じることがなかった空気だが、やはり体は戦場の匂いというものを覚えているらしい。
「アルカイド様。これからこちらはどうされますか?」
「相手部隊の殲滅が目的じゃないからなー……とにかくアルフォートが戦場を抜けてミルファス姉さんのところに行くまでの時間を稼がねーと。キャロル、確かキャロルの馬をあいつに貸したんだよな?」
「はい。アルカイド様にいただいた足の速い駿馬です。彼がずっと乗って来た馬も体力が限界でしょうから。乗り換えてもらいました」
「アルフォート、アウラーナからの書状を預かって来たって言ってたしな。敵さんが何が何でも邪魔したい理由はそれがミルファス姉さんのところに届くのを阻止したいから、だろ?まあ、敵将とアルフォートもあの口ぶりだと互いに知り合いみたいだったから、他にも何か事情があるかもしれないけどさ」
前方の少し離れた場所で一人、また人が倒れた。角度から察するに、フーベルの放った銃弾が敵の足に命中したのだろう。
アルベルが派手に爆弾を炸裂させた余波で視界は優れないが、人を一人戦場から離脱させる上ではむしろ好都合と言えるかもしれない。煙に紛れて行けばアルフォートもここから脱出しやすいだろうから。……狙撃しているフーベルにとってはたまったもんじゃないだろうけど。ふっと、眉間に深い皺を寄せ弾詰めをしている彼の姿が脳裏に過った。
いや、皺を寄せるどころの騒ぎではなく、先程アルカイド様も言ったようにアルベルに対して悪態を吐くか舌打ちをしているんじゃないかとすら思う。「わざわざ視界を悪くしやがって……狙撃手の気持ちを少しは考えやがれ」なんて言っているかもしれない。
「……キャロル?」
「少しここから離れましょう。主戦場からここは近過ぎます。あなたはこの軍の将ですから失うわけにはいきません。後方で指揮を取っていただかないと。護衛は私がします。馬はありませんが、私は槍や大剣ではなく剣を使う人間ですから、馬上で奮うよりも地上で奮う方が安定します」
革製の鞘から抜き身の鋼の剣を引き抜き柄を強く握る。先程よりも更に濃くなった戦場の空気がツン、と鼻を突いた。
「キャロル。あのさ、一つだけお願いがあるんだけど……流す血は最小限にしたいんだ。こっちは当然として、あちらさんに対してもさ」
「それは拙速で事に当たれ、ということですか?」
「ああ。さっきも言ったけどさ、今回の戦は殲滅戦じゃない。そりゃあ、アルフォートが離脱する時間は稼ぐ。それでもダラダラ長引かせたくないんだ。フーベルとアルベルのいる部隊にもそれは予め伝えてある。だから、あっちも先に動いたんだ。……たぶん。もしかしたらアルベルが我慢しきれないで動いた可能性もあるけど……」
拙速は巧遅に勝る。という言葉がある。例え拙くとも速い方が、巧みでも遅いことに勝るという、異国の軍師が残した言葉だ。
名将は迅速な勝利を強く求めるという。何故なら、即決の勝利は損害を最小限に留めるからだ。戦場における損害とはそのまま兵士への損害を差す。迅速な勝利を求める将というのは、即ち兵士の命を大事に考えている将ということだ。逆に展望もなくダラダラと戦う将というのは、大抵兵士の命を粗末に扱う。
「……アルカイド様らしいご命令ですね。あなたはお優しいです」
「そうか?兵法の基本中の基本だと思うんだけど?」
私が彼を褒めれば彼は素直に、そして少し照れくさそうに自分の指先で頬を軽く掻きながら言葉を返した。そんな主人の姿に戦場では場違いな穏やかな笑みが私の口元に浮かぶ。アルカイド様は今基本と言われたけれど、その基本ができない人間がこの世の中にどれほどいるだろうか?
私は確信している。今は幼く青年になり切れていない少年の我が主だけれど、この人はこの先、自分の領土内だけではなくこの国を支える柱の一つになるだろうということを。
先程、ここで出会ったばかりの少年は覇道ではなく王道を歩む事が肝要だと主張していた。ならば、我が主は?赤軍のように覇道を往くのだろうか?それとも少年のように王道を往くのだろうか?……答えは分かり切っている。
私が剣を奉げるのに十分な理由が隣にある。この先覇道ではなく王道を往くであろう我が主に私は自分の剣を奉げたい。
「アルカイド様、私達が必ずあなた様をお守りいたします。ですから、この戦、必ず勝ちましょう」
行おうと決心した事について心に疑いを持たない人は幸いである。疑いを持ちながら食べている人は確信に基づいていないので罪に定められる。
……確信をもって一人の人に仕えることが出来る私は間違いなく……幸せ者だ。
≪キャロル・シルト≫
