第16章 デミアン
硬質な音をたてて落ちたメドラウトの武器と、直後に強く抱かれ離すかとばかりにまわされた腕。一度は離れた彼が、離そうとした彼がここにいるのは、はたして自分の願望が見せる幻覚なのだろうか。
「……行くなら俺も連れて行け、エテル。言っただろう?俺はお前の騎士だ。お前を守り、支えよう。騎士の誓いだ。……守らせてくれ。エテル、お前は俺の世界の礎だから」
やっぱり、幻覚なのかもしれない。だって、これからエテルが進む道は修羅だ。人に恨まれ、蔑まれ、殺されてもおかしくない、そんな場所だ。だが、メドラウトは一緒についてくるという。エテルの騎士である、そう誓ったからと。
「……気持ちは、嬉しい。でも、ね。私は赤軍の大義に殉じると決めたの。だから……アナムとは、」
「そんなに震えてるのに何言ってるんだ」
「っ! それ、は……!」
「俺はお前を守り、支えると誓った。それを果たすためにいる。俺は何より……俺自身のために、ここにいるんだ。これは誰の気持ちとか関係ない……俺の、エゴだ」
そう言われてしまっては、もう何も言えなかった。メドラウトがそうしたい――自分のためにここにいるのだと言われてしまっては。
優しいエゴだ。エテルはメドラウトの腕のなかでそう思う。エテルの気持ちすら関係ない、と言いながらその腕でエテルを守ると言う。優しい、とはまた違うのかもしれないが、エテルは代わりになる言葉を見つけられなかった。
エテルを自分の世界の礎だと言った、真っ直にエゴを貫く、でも優しい優しい、エテルだけの、騎士。
ふ、とエテルは息を吐いて体に入った力を抜いた。ここまで言われてもう遠ざけることはできない。近くにいてほしい。
どこか別のところで生きてくれていればそれでいいと思っていた。例え命を落としてもメドラウトが生きてくれてそれで、自分は救われると思っていた。だから、遠ざけた。
けれど触れ合って、そうではないと思い知った。そばにいて欲しい、自分の――自分だけの騎士であってほしい。それが、“人のために”をモットーとしてきたエテルが抱いた、久しぶりの――エゴだった。
メドラウトはエテルへ、世界の礎だと伝えた。そしてそれは、エテルとて同じである。愛して愛される喜びを改めて知り、フクジュソウの花が咲いた。家族と一緒に過ごしていた時期ですら咲かなかった花が、咲いたのだ。それだけでもエテルにとってメドラウトがどれだけ大切な存在であるかが示されている。
一度メドラウトを遠ざけたエテルが言える言葉ではないのかもしれない。だが、言葉で表してくれたメドラウトに、応えたかった。
「アナム、……本当は。一度あなたを突き放した私が言えることじゃないのかもしれない。でも、でも……ついてきてほしい。私と、一緒にいてほしい。大切な、あなたに……」
ぎゅう、と強くなった腕の力に呼応するように、エテルもメドラウトを抱きしめる。最後だと思ったその温度が、すぐそばにある。守りたいと思っている人が、誰よりも大切に思う人が、すぐそばにいる。それだけでこんなにも心強く、どんなことがあっても乗り越えられるとすら思うのだ。
「アナム……ありがとう……」
好きだと、大切だと、こころが叫んでいる。言葉にならない思いのかわりに、エテルはさきほど以上に力を強めたのだった。
