第16章 デミアン

『待っています……貴方の帰りを……だからこの指輪は貴方の手で……』


ずっと待ってます……って私は誓いました。
あの夜あの教会で二人で指輪を交換して誓いの口付けを交わして……二人で呪われたのです。



ですが……この呪いがこんなにも胸を締め付けるだなんて……こんなにも苦しいものだなんて……想像できたでしょうか……?


『帰って来る。必ず。だが、私が帰ってこなかった時は……それは投げ捨ててもらって構わない。勿論今捨ててしまってもいい。……ノルン、君には幸せな人生を歩んでほしい。君は私の……最愛の人だからだ』

絶対に捨てたりなんかしません……この指輪は貴方と私を繋ぐ証だから……。
この指輪を捨ててしまったら本当に魂の繋がりさえも失ってしまう。

『私の心はこれからも君と共に。君のそばに。……必ず帰って来る。君を抱きしめる、その為に』

そう言って私を抱き締めてくれた……優しく口付けて誓ってくれた……必ず私の元へ帰って来てくれると……

『私がいつか帰る場所は、ノルン……君のいる場所だ』

苦しい……あの日のことを思い返す度に胸の奥が締め付けられて……とても……とても苦しい……。

またあの日のように貴方と離ればなれになって……それっきり二度と会えなくなってしまったら……

「ノルン?どうしたの?顔色が悪いわよ?」

「あっ……クロト……?」

「ずっとぼぅっとしてたわよ……?どうしたの?何か心配なことでもあるの……?」

「ええ……少し……。」

目の前でパチパチと音を立てて揺らぐ炎。

その向こう側にいるのは私の幼なじみのクロト。

無理を言って一緒に旅をして貰った。
今の情勢で私一人では北の教会のあるあの地まで行けないと判断したから……。

ううん……それだけじゃない。
私は……安心したかったの……今の私の気持ちを話せるのは彼女しかいないと思ったから……。

「あのね……クロトは覚えてる……?セデルの事……」

「ええ……覚えてるわ。
ピエールと良く一緒に遊んでた貴族の男の子の事よね?」

「私ね……セデルとまた会えたの……。お祖父様が亡くなって、あの家を離れる事になってからずっと会えなくなってたけど、また一緒に旅をしてたのよ。

でも……私……途中から一緒に行けなくなっちゃった……。」

頭の中がごちゃごちゃして……胸の奥がざわざわして……自分が何を言いたいのか良く解らずにぽつりぽつりと言葉を口にしている。

……この胸の奥の不安はどこから来ているのか……どうしたら消えるのか……

話せば楽になるだろうかとクロトに聞いて貰いたくてギルドで彼女を誘ってここまで二人で旅をして……
余計な事を考えずに済むかもって夢中になって仕事もこなしてきたけど……
でも……どうしても拭えない不安が胸の奥にずっとずっと残ってて……。

「あのね……私こんなに自分の種族を……生まれを憎いと思ったのは初めてなの……。
ううん……きっとあの人は私の種族なんて関係無かった……純血だろうと混血だろうと……あの人は私を北へ連れていく選択肢はきっと無かった……。」

何が心にひっかかっているのか……何がこんなに苦しいのか……
それが解れば今より楽になるかしら?

「私ね……とても苦しい。
好きになれば好きになるほど苦しくなるの……。
それを承知で誓いを交わしたのに……私……今にも心が折れてしまいそう……。」

弱音を吐いたら不安が現実になってしまいそうで怖い……。
あの人が二度と戻らなかったら……?
そんなもしもの事なんて考えたくないのに振り払っても振り払っても不安が押し寄せてきて押し潰されてしまいそうになる。

「私はなんて弱いの……あの人は北の地で戦っているのに……私にできる事なんて一つもない。
ただこうして安全なところで無事を祈る事くらいしかできない……。」

繋がりが失われてしまうのが怖い……なにもできない自分が憎い……自分の身体に流れる血が憎い……こんな事思っちゃいけないのに……どうしてこんな感情がどんどん沸いてきてしまうのだろう……こんな事は生まれて初めての事でどうしたらいいか解らない。

それを今更嘆いたって何一つ変わらないというのに……。

頬を伝う涙が熱い。

一度目から溢れたら次から次へと流れ出て止まらない。

どうしてこんなに不安なんだろう……今もこうして私の左手にはあの人がくれた銀の指輪が嵌め込まれているのに……。

一番心臓に近い場所にあの人の指輪があるというのに……。

あの人を想えば想うほど心臓が何かに締め付けられるように痛む。
泣けば楽になるだろうか……この苦しみを言葉にすれば楽になるだろうか……?

どうしたらこの苦しみから解放されるのか……誰でもいいから……教えて欲しい。
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