第16章 デミアン
「こっちへ…!急げハルモニア!!」
「ちょっと待って姉さん…!一体どこへ連れていくつもりなの?」
ハルモニアの手を引いて足早に街を駆ける。
私が向かう先はひとつ……アローゼ邸だ。
あそこに私のパートナーの飛竜がいる。
ユルベル……彼女ならばハルモニアを乗せて飛んでくれる。
私はなんとしてもこの子だけは……ハルモニアだけは逃がしたい。
幼い頃からずっと側にいてくれた……私の唯一人の家族……。
もしこのまま私の領地に赤軍が攻めてきたら……私だけじゃなくハルモニアも共に処刑される事だろう。
アローゼに与する者は誰であろうと排除する。
ダンタリオンの考えそうな事だ。
私はそれだけはなんとしても阻止したい。
犠牲になるのは私だけでいい。
国を守れなかったのは私のせい。
赤軍がつけ込む隙を与えたのは私が弱かったせいだ。
ハルモニアは関係ない……。
「ハルモニア……前に……言ったな?
もしこの国に……私になにかあったときはユルベルと一緒に逃げろ……と。
今がその時だ。ハル……ユルベルに乗って飛べ…できるだけ遠くまで逃げろ!!」
「な……何を言ってるの?姉さん…!私は姉さん一人を置いて逃げたりなんかできない…!逃げるなんて……そんな事絶対に……!」
「解ってくれハルモニア…!!私はお前を失いたくないんだ!!
お前の気持ちも解っている……お前は私を置いて逃げるなどと、そんな選択肢ははなから無いと言うことも……。
だが……“その時”は来てしまったんだ……
まもなくダンタリオンの軍勢がここへ来るだろう。
おそらく赤軍を引き連れてな……。
そうなれば私も……お前も殺される。
私はお前が生き延びてくれればそれでいい。
それだけで私は闘える…!まだこんなところで狂ったりしない…!」
ハルモニアの両肩に手を置き真っ直ぐに彼女の瞳を見つめてそう言い放つ。
ハルモニアの瞳には涙が浮かんでいた。
ふるふると小さな震えが両の手に伝わってくる。
それは恐怖からか……それとも……離別の哀しみからか……
私はそっと彼女を抱き寄せる。
ハルを安心させるように耳元でそっと囁く。
「大丈夫。私はまだ負けない。
ハルモニアがいてくれるから……絶対に……負けない。」
「……姉さん。」
「だからハルモニア……早くここを……っ!?」
咄嗟にハルモニアを抱き抱えて横へ飛んだ。
キラリと輝く銀のナイフが私の頬を掠めていった。
「まあ、残念。もう少しでしたのに。」
「お前は……!」
目の前に現れたのはあの夜私の前から姿を消したあの女………
「エリカ……!」
「まあ!すっかり思い出してしまわれたのですか?
私はてっきり狂いに狂い果ててとうに自我など失われている頃だと思っていましたのに。」
右手を口元へと当てて瞳を縦に見開いて言い放つ彼女はやがて不機嫌そうな表情を浮かべて「残念。」と呟いた。
そして私の後ろに立つハルモニアの方へとちらりと視線を移せば眉間に深い皺を刻んでこう言い放った。
「やはり、貴女が一番邪魔ですわね。
この女を元に戻したのは貴女。
だから……まずは貴女を先に始末させてもらいます。
そうすればミルファスを止めるものはいなくなる。
今度こそ思い通りのお人形さんになってくれるはず。」
短刀を握りしめ、銀の糸を懐から取り出した女の姿にぞくりと背筋に冷たいものが走る。
「ハルモニア!!早く行け!!」
腰に下げた剣を引き抜いて切っ先を女へ向けて牽制する。
だが……
何故去らないハルモニア…!今行かなかればお前は殺されてしまうかもしれないというのに…!
「何をしている……ハル………っ……うっ……!」
ぐらり……と視界が揺らぐまただ……また私の思考に靄がかかる……
こんな時に……
「姉さん…!?」
くそ……時間が無いと言うのに……。
こんな時に……こんな時に狂うわけには……いかない……!!
刃を突き立て立ち上がる。
刃を向ける先は……ハルじゃない……!!
「お前だ!!!!!!エリカ!!!!!!今は……今だけはこの呪いさえ力に変えてやる!!!!!
この狂った力でお前を倒す!!!!!」
