第16章 デミアン


女人にはどのようなものを贈れば喜ばれるものなのだろう……?

花か?菓子か?それとも髪飾りか……?





休日で賑わう市場を一人歩く。

『今時通い婚か?』等と兄上にからかわれたが……事実俺は彼女と……千歳とそれに近しい交流を重ね続けている。

先日は彼女からピアスを贈られた。

灰青色に幾筋もの薄い青の縞模様が走る美しい石がはめ込まれた鷹目石のピアス。

受け取って彼女の目の前で早速それを身に着けた。

「似合っているだろうか?」と俺が問えば安堵の表情を浮かべて彼女は首を縦に振った。


あのときの彼女の柔らかい微笑みが脳裏に焼き付いて離れない。

いつも彼女の家を訪ねる際はこの紫丁香花を持っていくのだが……それだけでは足りない。

感謝の気持ちを口にしてもそれだけでは俺の想いを伝えるには全く足りない。

彼女がどんな想いでこのピアスを作ったか……どんな想いでこの石を選んだのか……それを思うだけで胸の奥に温かな火が灯る。

ああ……俺の都合の良い解釈かもしれない……。
だが、彼女に対する俺の想いは決して軽い気持ちから来る想いでは無いと断言できる。

何度も彼女の元へと足を運び、夜に逢瀬を重ね、彼女の事を少しずつ知ることができた。

初めは申し訳なさそうな顔を浮かべていたが、幾日も出会いを重ねることで柔らかい表情を浮かべるようになった。

何かから身を隠すように控え目に隣を歩いていた彼女が俺の手を握り締めて微笑みを浮かべながら隣を歩くようになった。

ゆっくりではあるが確かに変化してきている俺と彼女の距離。

その距離が近づく度に俺の胸が高鳴る。
もっと彼女の事を知りたい。もっと彼女の笑顔を見たいと願うのは決して思い違い等ではないとはっきり言える。

俺の想いに嘘偽りは無い。

俺は彼女の微笑みを守りたい。
これから先もずっと。


「店主殿、失礼致す。注文していた品はできているだろうか……?」

足を運んだ先は宝石店。

特注で頼んでいた品がようやく完成したとの知らせを受け、それを受けとるためにここへ来た。

「どうです?旦那!よくできているでしょう?」と自慢げに語る店主。

「ああ……とても良い品だ。きっと彼女も喜んでくれるだろう。」

それはとても美しい首飾りだった。

初めてこの石を見たとき、俺は彼女の澄んだ真空色の瞳を思い浮かべた。

この石にひどく惹かれた。
そして迷うことなくこの石を装飾品として加工して欲しいと店主に頼み込んだ。

夜空に浮かぶ月からひとつ溢れ落ちたような……雫型に整えられた青い月長石に小さな真珠が添えられている上品な首飾り。

それを小箱に丁寧に仕舞いこみ、美しく飾られた包みと共に手渡される。

代金を渡し、店主に礼を述べて店を出た。

ふと見上げた空は徐々に暮れ初め、うっすらと夜の闇が降り始めていた。

彼女に会いに行く時間だ。


「こんばんは、変わりは無いだろうか?」

いつもと同じ時間、いつもと変わらない言葉、いつもと同じ花を持って慎ましい生活を贈る彼女の元へと足を運ぶ。

コンコンと扉を叩けばカチャリと音を立てて扉が開かれて、彼女の白魚のような手でゆっくりと扉が開かれて行く。


「今日も変わりなかったようだな、千歳。」

「はい、久賀さんもお変わりないようですね。」

クスリと愛らしく微笑む彼女に釣られて自然と俺の口角が上がる。


薄暮れの空の下、白い月が空に姿を見せ始め、宵闇が刻々と迫るこの時間。

俺にとって一番大切な彼女との逢瀬の時間。


空に浮かぶ月のように白く美しい彼女の姿は陽の光が届かぬ夕暮れの闇の中でも輝いて見えた。

腰まで伸びた白銀の髪は彼女が動く度にさらりと揺れる。

今はこのような慎ましい暮らしを送っているようだが、彼女の口調やその振る舞いにはどことなく気品が漂っているように感じられた。

きっと彼女は高貴な身分の生まれなのだろう。

まあ、彼女がどんな身分であろうと礼節は欠く事はあり得ないが……。

さて、こうしていても何も進まない。
彼女に本題を話すとしよう。

今夜は彼女を連れていきたい場所があるのだから……。

「先日は素敵な贈り物をありがとう。

君の作ってくれたピアスには及ばないが、俺も……贈り物を用意させて貰った……受け取ってもらえると嬉しい。」

彼女に差し出した小箱を目の前で開いて見せると彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべ、細く小さな両の手で俺の手からそれを受け取る。

細い指先で摘まみ上げた彼女の目の前でシャラリと音を立てて揺れる青い月長石の首飾り。
それを見た彼女の赤い唇が柔らかな弧を描いた。

どうやら、気に入ってくれたようだ。

「俺が着けてやろう。千歳、それをこちらに。」

俺の言葉に彼女はコクリとひとつ頷いて首飾りを手渡してくるりと俺に背を向ける。

首がよく見えるようにと彼女が右手で髪を避ければ白い首筋が露になる。

そこへ先程の首飾りを着けてやり、こちらへ向くようにと彼女の肩を軽く叩けばくるりと振り向くと同時に胸元で淡い青の石が月の光を受けて輝いていた。

「似合ってますか?」とこちらを見上げ微笑む彼女の姿はまるで月から降りてきた天女のような妖しい美しさを放っていた。

「ああ……良く似合っている。」

そっと伸ばした俺の右手が目の前に立つ千歳の頬に触れる。

右手に伝わる温かさに胸の奥がトクリと音を立てた。


「千歳……これから一緒に出掛けないか?」

俺の言葉に千歳の瞳が縦に開く。
俺から誘いをかけるのはこれが始めてではないのだが……何故そう驚くのだろうか……?

顔に出しているつもりは無いのだが……敏感な彼女の事だから、きっと俺が気づかないような事で感じるものがあるのかもしれないな。

「突然誘ってしまって驚かせてしまったな。済まなかった…だが、俺は君ともっと親密な時を過ごしたいと思っているんだ。
もちろん、君さえ良ければ……だが。」


「久賀さんさえ良ければ……一緒に出掛けたいです。」

俯いていた彼女がゆっくりと顔を上げれば真空色の美しい瞳が俺の姿を映し出す。
彼女の白花のような白い肌は朱に染まった頬の色がいっそう際立って見える。

彼女の右手をとってそのまま近くへと引き寄せる。

夜の闇に溶けてしまいそうな儚げで白く美しい彼女をこの手で繋ぎ止め空へ帰ってしまわないように……。

「では、行こうか。君に見せたいものがあるんだ。」


君が陽の光の下を歩けないならば俺が夜の月明かりの下で君を迎えに行くとしよう。

二人で夜の花を見に行こう。

きっと美しい事だろう。
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