第7節 パンデミック


私達の主である神、憐れみ深い父、あらゆる慰めである神は讃えられますように。神は、私達がどのような苦難にある時でも慰めて下さいます。そこで、私達も自分達が神から慰めて頂くその慰めによって、あらゆる苦難の中にいる人を慰めることが出来るのです。

実に御子の苦しみが溢れ出て私達のものとなっているように、私達の受ける慰めもまた、御子のおかげで満ち溢れているのです。

私達が苦しみに遭うとするなら、それはあなた方が慰められ救われる為ですし、私達が慰められるとするなら、それはあなた方が私達も受けているのと同じ苦しみを耐え忍ぶにあたって、力を発揮する慰めがあなた方に与えられるためです。

そこで、私達があなた方の為を思って抱いている希望は決して揺るぎません。あなた方が私達と苦しみを分かち合っているように、慰めをも分かち合っているのだ、と、私達は知っているからです。

兄弟達、私達がアジアの州で被った苦難について是非知ってもらいたいのです。私達は途方もなく激しく圧迫され、生きる望みさえ失ってしまうほどでした。


【コリントの人々への第2の手紙 第1章】






「フルオライト、つまみはそこの戸棚の中だな。勝手に開けて漁って寛ぐから心配をしなくていい。そこで指を咥えて見ているがいい」


「……一から十までツッコミどころしかないのだが?」


「一も十も何も私は一言も数字の話はしていない。お前は病み上がりどころか病んでいる真っ最中だろう?無理をすると体に障るぞ」


「その病んでる最中の俺の神経をあえて、現在進行形で、逆撫でしている大馬鹿者はどこのどいつだ?」


トクリ、トクリと音を立てて琥珀色をした液体がガラスの器を満たしていく。グラスの中の純度が高い氷が崩れた。上質なウイスキー越しに見える旧知の男の顔は光と水の屈折の関係から真横に伸び、それはそれは面白い像となり私の瞳に映る。


「私だな」


「やはり分かっていてあえてやっているのか、貴様は」


常日頃から眉間に刻まれている渓谷が更に深々としたものとなり、こめかみに青筋を浮かべわなわなと震える友の姿を肴に飲むウイスキーはたいそう美味しい―……はずもないので戸棚の中で見つけた硬いチーズを一口齧る。生憎男の顔を見ながら酒を飲む趣味はない。ノルンなら話は別だが。


「そもそも何故貴様がアウラーナの屋敷にいる?アルフォートと一緒にアローゼ領に向かったんじゃなかったのか?それももうかなり前にだ」


「フルオライトよく考えるといい。これは章ではなく節だ。節の時間軸は所詮混沌。悪ノリに乗れば生き、真面目に取り合えば死ぬ」


「自ら第四の幕を破ろうとするな、たわけ」


ピクリ、と再びフルオライトのこめかみに浮かんだ青筋が動く。前々から思ってはいたが、左腕の怪我よりも血圧の変動の方がこいつの身体に悪影響を及ぼしているに違いない。可哀想。


「可哀想になる原因を作っているのはどこのどいつだ」


「どうした、フルオライト?まるでベツレヘムに御子が生まれたと知った時のヘロデ王のような顔をして」


「全部口から出ていたぞ、お前の」


「そうか、あえて口に出した。そして私は今どうしようもなく尻に違和感を感じている」


2、3日前から感じている違和感を表情を変えずに友へと告げれば、ブチリ、と何やら不穏極まりない音が私の鼓膜に届いた。フルオライトの血管が一本逝ったのかもしれないが、ギャグ時空だから次の話では何事もなかったかのように戻っているだろう。ギャグ時空のご都合主義様様というものだ。メタなネタばかり言うな?メタで攻めると決めてこの話を書き出したのだから許してほしい。

いや、だが本格的に尻が痛くなってきた。しかも尻肉というというよりもどちらかと言えば中心部分にあたるところが激しく痛む。


「いや、私は真剣に言っている。真剣に尻が痛い。フルオライト、オロナイン軟膏はないか?外にはさっと塗って中にはちゅっと注入が―……」


「それはボラギノールだ!!!!たわけ者!!!!!」


間違いなく新たな血管が一本、逝った事だろう。






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「大丈夫ですか、セデル?熱は少し下がったようですが―……お水は飲めそうですか?」


「……すまない、ノルン。君に迷惑をかけてしまっているな」


音を立てて氷嚢の中の氷が融ける。昨日に比べてこれでも熱は落ち着いてきて来たのか氷が融けるスピードは昨夜と比べ遅くなってきているが、その代わり尻の疼きは増している。何の嫌がらせだ。

一言で言うと痛い。確かに痛むんだが―……それ以上に私に何とも言えない気持ちにさせている原因は―……


「ノルン、その、だな―……」


「安心してください、セデル!私がセデルの看病を最後までやり切って見せますから!」


シュコーシュコー……という普段なら絶対耳にすることがない種類の呼吸音が彼女が着た防疫服の間から漏れ聞こえる。それは、彼女の友人であるヒュパティアという名前の科学者が流行病の看病をするならこれを着ろ、とノルンに渡したものだった。

完全に人を雑菌か何かと思っている。否定できないことが私の心を虚無にしていた。地味に深く傷付く。


「でも、どこで移されて来たんでしょうか……インフルエン痔……。最近はずっとセデルと一緒に行動をしていましたし、セデルが罹るなら私も罹っていてもおかしくないと思うんです」


「常に一緒というわけでもなかっただろう?現にフルオライトの屋敷には私一人で行ったわけだしな」


「ではそこで?」


「と言いたいところだが、あいつの屋敷に行った時には既に尻が痛み始めていた。あとは……正規ギルドに用があって一人で出掛けたが―……そこの人間もとてもインフルエン痔を患っているようには見えなかった。赤褌一枚でこの寒空の下仁王立ちをして乾布摩擦をしていた―……っうううっ!!?」


ああ……尻の神よ……私達の主である神、憐れみ深い父、あらゆる慰めである神よ……


《セデル・レイディアント》
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