第7節 パンデミック
「珍しい客が来たものだ。お前までここに来るとは思わなかったぞジル。」
「ふん。話の種に貴様の情けない姿を見に来てやっただけの事。」
扉を開いて視界に映った光景を嘲り笑う。
ベッドに身を横たえたままこちらへと視線を向ける男。
久しく会っていない我が従兄弟のフルオライトだ。
そいつは生意気にも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてこちらを見つめている。
ああ、知っているともお前は私を好ましく思っていないという事はな。
「なんとも不甲斐ない姿よ。左手を負傷し身動きがとれぬと聞くではないか。
情けない、私ならばそんなヘマはしないだろうよ。」
「相変わらず可愛げのない男だ。わざわざそんな事を言うためにここに来たのか??……ケホケホ…!」
「ああ全くもって面白い物では無いが貴重な姿だと思ってな。
こうしてわざわざ足を運んでやったのだよ。
この私が見舞いに来てやったのだぞ??
もっと嬉しそうな顔をしたらどうなのだ?」
「暇人だな貴様は。ケホ…ケホ…!
本当に不愉快なやつだ。」
「ダメですよ兄上。ジルの言葉をまともに受け返しては。こいつは天の邪鬼なんですから。
でもまあ……さっきのは見舞い相手にかける言葉じゃ無いかな。ジル。」
私とフルオライトの間に割ってはいってきた声の主誰かと思えばアウラーナの末弟のメテオライトではないか。
口調は軽いが次兄を蔑み笑う私をじっと睨み付けている。なんとも豪胆なやつよ。
「ふん、流石貴様の弟だな。可愛げのないところまで良く似ている。」
以前会った時はもう少しひ弱だった筈だが…?確か王都に留学したと聞いた筈だが暫く見ない間に図体だけでなく肝まで太くなったようだ。
(んん??……だがしかし……フルオライトはともかく何故こいつまでベッドで寝込んでいるのだ??)
怪我人はフルオライトだけだと聞いた筈だが……?
良く見てみれば室内にはベッドが3つ用意されている。
まさかこいつも患者だと言うのか……??
どこも負傷した様子はないのだが……?
「悪いことは言わん。ジル、今日のところは早く帰れ。」
声のするほうへと視線を向ければ窓際のベッドがもぞもぞと動く光景が見えた。
そこにいたのは長兄のベリルだ。
んんんん??確かこいつは複雑な事情があって家を出たと聞いたが……??
何故ここにいる??
いや……それよりもなによりもまさかこいつも患者だと言うのか??
揃いも揃って一体何をしているのだこの兄弟達は??
「何を言っているベリル?たった今来たばかりなのだぞ?
来訪した客に持て成しの一つもないのかこの家は?」
さっぱり状況が読めぬ。何なのだ??一体この家で何があったと言うのだ??
何故こいつらはベッドで寝込んでいるのだ??
ああ……頭が痛い……やはり見舞いなど柄にもない事などするものではないな。
こいつらの顔を見ているだけで頭が痛む……そればかりかぞくぞくと寒気までする始末だ。
一体どうしてくれようかと脳裏で愚痴を溢していると目の前のベッドで横たわるベリルが朦朧とした目でこちらを見上げて口を開いた。
「尻が痛くなる前に帰ったほうがいい。」
「なに……?尻だと??」
「お前は知らないようだが、俺達は流行り病に侵されている。
お前も聞いたことがあるだろう?インフルエン痔というやつだ。」
「なんだそのふざけた名前の病は??私をからかっているのか??」
インフルエン痔だと……?そのようなふざけた名前の流行り病聞いたことがないぞ??私を追い返すならもっと上手い嘘をついたらどうなんだと口には出さずに心のなかで悪態をついていると、背後でコンコンと軽く扉を叩く音が響いた。
「お兄様。お食事の用意ができました……ってあら?
先程使用人の制止を無視してお兄様のお部屋へ向かったお客様がいると伺ったのですが……ジル様でしたか。」
誰かと思えばベリル達の妹ではないか。
手には盆を持って僅かに開いた扉から部屋の中を伺っているようだが……だが……
マスクをしている……だと……?
「ああ……こちらをどうぞジル様。もしかしたらもう手遅れかもしれませんが……。」
そう言って申し訳なさそうな顔を浮かべながら女が差し出してきたマスクを無言のまま受けとる。
まさか本当だというのか……?
インフルエン痔だとかいうとんでもない名の流行り病を患っているというのは?
「冗談だろう??」
「いいえ現実です。」
「いいか?貴様が利き手が使えないというから手伝ってやっているのだ。
貴様を哀れに思ったからなどという下らない理由でここにいるわけではないのだからな??
光栄に思うがいいフルオライト。」
「ツンデレか貴様は。私は女は嫌いだが男にも毛ほどにも興味は無い。安心するがいい。」
「たわけが!!貴様の妹にそのインフルエン痔だとかいうふざけた病を移さないようにこうして介助をすると申し出たというこの私の親切が解らんのか貴様は!!いいから食え!!文句を言わずに食すがいい!!」
今私は右手に銀の匙を持ってフルオライトに粥を食べさせようとしている。
成り行きだが、これ以上病を流行らせ無いためにも私が食事の介助の役目を買って出たのだ。使用人達の制止を無視して強引にこの部屋に来たのは他ならぬ私自身だからな。迷惑をかけたついでだ。決してこいつらに同情したからなどではない……決して!!
「これあれだよね。女の子によくやってもらう「あーーん。」ってやつだよね。」
隣のベッドで食事をしているメテオライトの一言で目の前のフルオライトが噎せた。
「ゲホ…!!ゲホ…!!!!」
「馬鹿者余計なことを言うな!!
ほらフルオライト水を飲め!!」
背中を擦って水を飲ませて……何なのだこれは!!まるで年寄りの介護ではないか!!
「おいジル。お前は何故帰らなかった?
ここに長居すればお前も感染すると解っていた筈だろう?」
ベッドに身体を横たえるベリルが問いかけてくる。
熱のせいで身体がだるいらしい。
まだ粥にも手をつけていないではないか。
「こんな状態の貴様達を自分可愛さに置いていったら流石に薄情過ぎるだろう?」
洗面器に満たされた水にタオルを浸して絞る。
それを広げてベリルの額に当ててやると心地よさそうに瞼を閉じた。
……が。
「……何か違うな。」
「貴様の嫁じゃなくて不満なのは解るがそのように顔に出すんじゃないベリル。」
開かれた瞳は虚ろで眉間には深い谷が刻まれている。
こういう表情を浮かべた顔が次兄に良く似ているのがなんとも腹立たしい…!!
†††††††††††††††††††
「はい、ジル。あーん。」
「一体何のつもりだ貴様…?」
目の前に差し出された匙を見つめ、その先にいる男を睨み付ける。
身体がダルい。熱い。頭が痛い。尻が痛い。
不愉快だ。非常に不愉快極まりない。
「そんなイライラしてちゃダメな。尻に響くから。」
確かにメテオライトの言うとおり、大きな声を出せば尻に響く。
非常に屈辱的だが……今はこいつの世話になるしかあるまい……あのまま一人逃げ帰ってこのふざけた病を国に持ち込まなかっただけでも賢明な判断だったと言って貰いたいものだ。
何より……エリーに移す訳にはいかんからな……。
「全く……一体何が悲しくて男だけの部屋で寝泊まりせねばならんのだ。」
思わず口から溢れた愚痴を聞いていたメテオライトがにやりと笑みを浮かべる。
「なに?彼女が恋しくなったの?ジル?」
「……ふん。貴様達の顔を見るよりエリーの美しい顔を見ていた方がいいに決まっている。
これから数日間あいつの顔が見れないなどと……これを苦痛と言わず何という??」
「はいはい、熱があるのに元気なことで。
いいから黙って療養しな。」
そう言って額に冷たいタオルを当てられた。
熱のこもる額が心地よく冷やされていく。
だが……
瞼を閉じれば浮かび上がる微笑みを恋しいと思わずにいられないのだ……
エリーに会いたい……。
「ジルがなんか急に大人しくなった。」
「重症だな。もう一度医者を呼ぶべきか?」
「……聞こえているぞ貴様ら。」
「ふん。話の種に貴様の情けない姿を見に来てやっただけの事。」
扉を開いて視界に映った光景を嘲り笑う。
ベッドに身を横たえたままこちらへと視線を向ける男。
久しく会っていない我が従兄弟のフルオライトだ。
そいつは生意気にも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてこちらを見つめている。
ああ、知っているともお前は私を好ましく思っていないという事はな。
「なんとも不甲斐ない姿よ。左手を負傷し身動きがとれぬと聞くではないか。
情けない、私ならばそんなヘマはしないだろうよ。」
「相変わらず可愛げのない男だ。わざわざそんな事を言うためにここに来たのか??……ケホケホ…!」
「ああ全くもって面白い物では無いが貴重な姿だと思ってな。
こうしてわざわざ足を運んでやったのだよ。
この私が見舞いに来てやったのだぞ??
もっと嬉しそうな顔をしたらどうなのだ?」
「暇人だな貴様は。ケホ…ケホ…!
本当に不愉快なやつだ。」
「ダメですよ兄上。ジルの言葉をまともに受け返しては。こいつは天の邪鬼なんですから。
でもまあ……さっきのは見舞い相手にかける言葉じゃ無いかな。ジル。」
私とフルオライトの間に割ってはいってきた声の主誰かと思えばアウラーナの末弟のメテオライトではないか。
口調は軽いが次兄を蔑み笑う私をじっと睨み付けている。なんとも豪胆なやつよ。
「ふん、流石貴様の弟だな。可愛げのないところまで良く似ている。」
以前会った時はもう少しひ弱だった筈だが…?確か王都に留学したと聞いた筈だが暫く見ない間に図体だけでなく肝まで太くなったようだ。
(んん??……だがしかし……フルオライトはともかく何故こいつまでベッドで寝込んでいるのだ??)
怪我人はフルオライトだけだと聞いた筈だが……?
良く見てみれば室内にはベッドが3つ用意されている。
まさかこいつも患者だと言うのか……??
どこも負傷した様子はないのだが……?
「悪いことは言わん。ジル、今日のところは早く帰れ。」
声のするほうへと視線を向ければ窓際のベッドがもぞもぞと動く光景が見えた。
そこにいたのは長兄のベリルだ。
んんんん??確かこいつは複雑な事情があって家を出たと聞いたが……??
何故ここにいる??
いや……それよりもなによりもまさかこいつも患者だと言うのか??
揃いも揃って一体何をしているのだこの兄弟達は??
「何を言っているベリル?たった今来たばかりなのだぞ?
来訪した客に持て成しの一つもないのかこの家は?」
さっぱり状況が読めぬ。何なのだ??一体この家で何があったと言うのだ??
何故こいつらはベッドで寝込んでいるのだ??
ああ……頭が痛い……やはり見舞いなど柄にもない事などするものではないな。
こいつらの顔を見ているだけで頭が痛む……そればかりかぞくぞくと寒気までする始末だ。
一体どうしてくれようかと脳裏で愚痴を溢していると目の前のベッドで横たわるベリルが朦朧とした目でこちらを見上げて口を開いた。
「尻が痛くなる前に帰ったほうがいい。」
「なに……?尻だと??」
「お前は知らないようだが、俺達は流行り病に侵されている。
お前も聞いたことがあるだろう?インフルエン痔というやつだ。」
「なんだそのふざけた名前の病は??私をからかっているのか??」
インフルエン痔だと……?そのようなふざけた名前の流行り病聞いたことがないぞ??私を追い返すならもっと上手い嘘をついたらどうなんだと口には出さずに心のなかで悪態をついていると、背後でコンコンと軽く扉を叩く音が響いた。
「お兄様。お食事の用意ができました……ってあら?
先程使用人の制止を無視してお兄様のお部屋へ向かったお客様がいると伺ったのですが……ジル様でしたか。」
誰かと思えばベリル達の妹ではないか。
手には盆を持って僅かに開いた扉から部屋の中を伺っているようだが……だが……
マスクをしている……だと……?
「ああ……こちらをどうぞジル様。もしかしたらもう手遅れかもしれませんが……。」
そう言って申し訳なさそうな顔を浮かべながら女が差し出してきたマスクを無言のまま受けとる。
まさか本当だというのか……?
インフルエン痔だとかいうとんでもない名の流行り病を患っているというのは?
「冗談だろう??」
「いいえ現実です。」
「いいか?貴様が利き手が使えないというから手伝ってやっているのだ。
貴様を哀れに思ったからなどという下らない理由でここにいるわけではないのだからな??
光栄に思うがいいフルオライト。」
「ツンデレか貴様は。私は女は嫌いだが男にも毛ほどにも興味は無い。安心するがいい。」
「たわけが!!貴様の妹にそのインフルエン痔だとかいうふざけた病を移さないようにこうして介助をすると申し出たというこの私の親切が解らんのか貴様は!!いいから食え!!文句を言わずに食すがいい!!」
今私は右手に銀の匙を持ってフルオライトに粥を食べさせようとしている。
成り行きだが、これ以上病を流行らせ無いためにも私が食事の介助の役目を買って出たのだ。使用人達の制止を無視して強引にこの部屋に来たのは他ならぬ私自身だからな。迷惑をかけたついでだ。決してこいつらに同情したからなどではない……決して!!
「これあれだよね。女の子によくやってもらう「あーーん。」ってやつだよね。」
隣のベッドで食事をしているメテオライトの一言で目の前のフルオライトが噎せた。
「ゲホ…!!ゲホ…!!!!」
「馬鹿者余計なことを言うな!!
ほらフルオライト水を飲め!!」
背中を擦って水を飲ませて……何なのだこれは!!まるで年寄りの介護ではないか!!
「おいジル。お前は何故帰らなかった?
ここに長居すればお前も感染すると解っていた筈だろう?」
ベッドに身体を横たえるベリルが問いかけてくる。
熱のせいで身体がだるいらしい。
まだ粥にも手をつけていないではないか。
「こんな状態の貴様達を自分可愛さに置いていったら流石に薄情過ぎるだろう?」
洗面器に満たされた水にタオルを浸して絞る。
それを広げてベリルの額に当ててやると心地よさそうに瞼を閉じた。
……が。
「……何か違うな。」
「貴様の嫁じゃなくて不満なのは解るがそのように顔に出すんじゃないベリル。」
開かれた瞳は虚ろで眉間には深い谷が刻まれている。
こういう表情を浮かべた顔が次兄に良く似ているのがなんとも腹立たしい…!!
†††††††††††††††††††
「はい、ジル。あーん。」
「一体何のつもりだ貴様…?」
目の前に差し出された匙を見つめ、その先にいる男を睨み付ける。
身体がダルい。熱い。頭が痛い。尻が痛い。
不愉快だ。非常に不愉快極まりない。
「そんなイライラしてちゃダメな。尻に響くから。」
確かにメテオライトの言うとおり、大きな声を出せば尻に響く。
非常に屈辱的だが……今はこいつの世話になるしかあるまい……あのまま一人逃げ帰ってこのふざけた病を国に持ち込まなかっただけでも賢明な判断だったと言って貰いたいものだ。
何より……エリーに移す訳にはいかんからな……。
「全く……一体何が悲しくて男だけの部屋で寝泊まりせねばならんのだ。」
思わず口から溢れた愚痴を聞いていたメテオライトがにやりと笑みを浮かべる。
「なに?彼女が恋しくなったの?ジル?」
「……ふん。貴様達の顔を見るよりエリーの美しい顔を見ていた方がいいに決まっている。
これから数日間あいつの顔が見れないなどと……これを苦痛と言わず何という??」
「はいはい、熱があるのに元気なことで。
いいから黙って療養しな。」
そう言って額に冷たいタオルを当てられた。
熱のこもる額が心地よく冷やされていく。
だが……
瞼を閉じれば浮かび上がる微笑みを恋しいと思わずにいられないのだ……
エリーに会いたい……。
「ジルがなんか急に大人しくなった。」
「重症だな。もう一度医者を呼ぶべきか?」
「……聞こえているぞ貴様ら。」
