第7節 パンデミック


シャワシャワシャワシャワと絶え間なく聞こえてくる泡の音。

マナの細い指先が俺の頭をワシワシワシワシと泡を立てている。
柔らかい手が頭を覆って指の腹で一定のリズムを刻んで髪を洗い続けている。

シャワシャワシャワシャワ……
ワシワシワシワシ……

「まだ目を開けちゃダメよー。泡入っちゃうからねー?」

「ん…。ちゃんと目を瞑ってるぞー…。」

「そーそー。いいこねーガロン。」

今俺は風呂に入れられている。
いつもの狼の姿じゃなくて、人間として。

俺がそうしたいってマナに頼んだんだ。

生まれてからずっと森で暮らしてきて、あの樹の側でマナに出会って、ずっとマナの後を追いかけてここまで旅をしてきた。

狼の目線で人間の世界を見てきたけれど、どの町も沢山の人間達が暮らしていて、笑って、歌って、食べて、飲んで……

なんて素敵な暮らしなんだろう……って憧れる気持ちの方が強くなってきた。

俺もあんな風にマナと一緒に歩きたい、マナの手を引いて町を歩きたい。

今のままでは俺はただの狼だ。
とてもじゃないけどこんな身なりじゃマナの隣を歩けない。

俺が人間になれるってようやくマナに知ってもらう事ができたけど、俺はずっと狼の姿で旅を続けてきた。

髪の毛は伸ばしっぱなしでボサボサ。服だって着てない。そんな身なりの男と一緒になんか歩けるわけない。

だから俺はマナに言ったんだ。
「人間らしい生活をしてみたい。」って。

そしたらマナは俺を風呂に入れてくれたんだ。

『じゃあまずは綺麗にしなきゃね!
まずは……そうね、髪の毛を綺麗に切りましょ!そしたらお風呂に入ろうガロン?
もちろん、狼じゃなくて人間の姿で……ね?』

今までは狼の姿でごしごし洗って貰ってた。
ぶるぶるって身体を震わせて水を振り払ってマナがタオルで拭いて乾かしてくれてた。

だけど……人間のお風呂はどうやらちょっと違うようだ……。


「人間ってブルブルってしないんだな。」

「そうよ!ちゃんとバスタオルで髪の毛や身体を拭いて服を着るのよ!
泡、流すわよ口閉じててよ?ガロン?」


桶で汲んだお湯がざばっと頭からかけられて髪の毛についていた泡が一気に流れていく。

数回これを繰り返してばさっと頭に柔らかいタオルを被せられた。

「はい、これでおしまい!こっち来てガロン!身体をちゃんと拭いたら服を着るわよ!」

髪の毛を乾かしてもらって初めて触った自分の髪の毛はふわふわの手触りになっていて花みたいないい香りがしたんだ。

「凄いぞマナ!!俺の髪の毛ふわっふわだ!!!!!」

思わず俺の口から溢れた言葉にマナはちょっとびっくりしてたけど、すぐにふふって軽く微笑んで俺に向かってちょいちょいっと手招きをしてみせた。


「ちょっとここに座ってちょうだい。」

マナに促されて椅子に腰掛ける。
櫛で髪を綺麗に鋤いて後ろの髪の毛を一つに束ねて結い上げる。

「ほら、これでどう?」って言いながら俺の目の前に鏡を差し出してくれた。

髪の毛は綺麗に切り揃えられてて、短くなった俺の髪。
ちょっと首がすーすーするけど、前よりずっと軽くなったし、こっちのほうが前よりカッコいいと思った。


「凄くすっきりしてる!これならマナと一緒に歩いても恥ずかしくない!
前の俺、ほんとにボサボサでちょっとカッコ悪いって思ってたから嬉しい…!ありがとうマナ!」

「どういたしまして、ほら、今度はこっちよ。服を着て靴を履いたら一緒に出掛けましょ?」

マナに手渡された服に袖を通して、自分の姿を鏡に映してみる。

「なんだか、ちょっとだるだるになっててカッコ悪いな。」

「ああ、それはこうすればいいのよ。」

マナはそう言って俺の服の帯をきゅっと締めてくれた。
「ほら、この方がいいでしょ?」と言われてもう一度鏡を見てみるとさっきとは全然違ってカッコよく見えた。

「わぁ…!ありがとうマナ!同じ服なのに不思議だな…?さっきはカッコ悪かったけど今はとてもカッコいいぞ…!」

「さっきはズボンが緩んでたからね、だらしなく見えちゃうからちゃんと帯で結んで着るようにしましょ?
じゃあ最後はこれ!このサンダルを履いて。」

マナが差し出してくれたのは靴…?じゃないな…皮でできてるけど隙間が開いていて靴よりずっと軽そうだ。
サンダル…?っていうのか…どうやって履くんだろう??


「えっと……足が入っていかないんだけどどうやって履けばいいんだ?」

「ちょっと貸して。ここのベルトを外してから履けばいいのよ。」

そう言ってベルトを外してマナが俺の足にサンダルを履かせてくれたんだ。

最初は凄く違和感があったんだけど、少し歩いてみたら段々慣れてきてふわふわした感覚も気にならなくなっていった。

「どう?足痛くなったりしてない?」

「大丈夫!最初はふわふわしてたけど今はもう気にならないぞ!」

嬉しくて尻尾がゆらゆらと揺れてしまう。歩くことがこんなに楽しいと感じるだなんて…なんだかおかしいな。

「マナ!一緒に外に行こう!俺マナと一緒に歩いてみたい!!」

マナと同じ世界を見てみたいんだ。
マナと同じ目線で人間の世界をもっと知りたい。
マナの好きな人間の世界を自分の足で歩いてみたい。

君と手を繋いで一緒に街を歩いてみたいんだ。

「ああ…!そうだ…!手も繋いでみたいな!いいかな?マナ!」

そう言って右手を差し出せば驚いて目を丸くするマナの顔がそこにあった。

「人間はこうして好きな人と手を繋いで歩くんだろ?
だから俺はマナと手を繋ぎたい!……ダメか?」
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