第7節 パンデミック
「旦那様、少々よろしいでしょうか?」
「ああ、ミロクか。どうした?何か困り事か?」
私の呼び掛けにくるりと振り返る旦那様。
キラキラと輝く銀の髪がさらりと揺れて夜空を映したような碧色の瞳が私の姿を捉えた。
「いいえ、そうではなくこちらを旦那様に……と思いまして。」
そう言って旦那様の傍らに果実酒の瓶を置く。
苺と蜜柑を氷砂糖と酒で漬けた色鮮やかな果実酒。
とん…と床に置いた衝撃で瓶の中の果物がゆらりゆらりと揺れている。
「そろそろ飲み頃かと思うんです。」
陽の光を受けて輝く瓶を見つめ旦那様は「ああそうだな」と軽く喉を鳴らして笑っていた。
「旦那様、今日はこちらのお酒を持ってシャンさんのところへお出かけに行ってきてくださいますか?」
そう私が問いかければ旦那様は「ああ」と答え、「いい機会だからミロクも来るか?」と私に問う。
その言葉に私は首を左右に軽く振って「いいえ。」と答える。
「今日はご遠慮します。
やりたいことがありますので……。
シャンさんがご迷惑でなければまたの機会に。
こちらにお饅頭もご用意いたしましたので、シャンさんとどうぞゆっくり語ってきてください。」
そう言って差し出した包みを受け取った旦那様が少し心配そうな表情を浮かべて私の顔を覗き込む。
「それはいいんだが……大丈夫か?無理はしていないか?」
「大丈夫です。無理はしていません。
ごめんなさい旦那様、これは私の個人的な我が儘ですから…どうかご心配なさらず。
今日は旦那様にゆっくりしてほしいんです。」
旦那様の唇に人差し指で軽く触れて封をする。
そうしないときっとこの方は私を気遣って出掛けることを躊躇してしまうだろうから。
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旦那様を見送った後、私はシャオちゃんと一緒に台所に足を運んだ。
先日街で買ってきたチョコレートをテーブルに広げ、前掛けを身に着けるシャオちゃんの頭に三角巾をきゅっと結びつける。
「手を洗ってから始めましょうね?」
「はーい!」
元気よく返事をしながら石鹸で手を洗うシャオちゃんの姿を横目に見ながら私も一緒に手を洗う。
シャオちゃんとは血は繋がってないけれど、こうしていると本当の親子のよう。
「手を洗いました!何をお手伝いしたらいいですか?」
「それじゃあチョコを刻むところから始めましょうか。シャオちゃんはまだちょっと危ないから、チョコを溶かすお手伝いをお願いしようかしら?」
「はーい!」
刻んだチョコを器に入れて湯煎で溶かし、生クリームを少しだけ混ぜて伸ばしていく。
それを絞り袋にいれて均等に絞り出して並べていく。
これを冷やして固まったら綺麗に丸めて形を整えて再び冷やす。
別に取り分けておいたチョコレートを溶かして冷やし固めたチョコを一つずつコーティングしていく。
シャオちゃんにはカラーチョコを湯煎で溶かしてお花の形のチョコレートを作ってもらう。
私の作ったチョコにシャオちゃんの作ったお花の飾りを飾ったら出来上がり。
「とても可愛いチョコになりました!」
「そうね、これならきっと旦那様も喜んでくれるわね。
シャオちゃんの頑張りをきっと褒めてくださるわ。」
そう言って傍らに立つシャオちゃんの頭をそっと撫でるとシャオちゃんは嬉しそうに尻尾を揺らしていた。
「それじゃあ旦那様がお帰りになる前に綺麗にお片付けをしましょうか。」
「お師匠様が帰ってきたらあとでチョコ食べてもいいですか?」
キラキラと輝く笑顔でそう問うシャオちゃんに私は首を縦に振って「いいですよ。」と答えた。
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きっとシャンさんのところでも沢山お酒をいただいて来たであろう私の旦那様はとても上機嫌なご様子で夜空を眺めていらっしゃいました。
お気に入りのお猪口を手にしてお酒を注いで。
月の光に照らされて旦那様の長い髪がキラキラと星色に輝いていた。
「旦那様。お酒のお供にこちらをどうぞ。」
そう言って差し出したお皿には昼間にシャオちゃんと一緒に作った白と黒のトリュフチョコレート。
それを見た旦那様が少し驚いたような表情を浮かべて私の顔を覗き込んだ。
「ミロク、これは?」
「バレンタインのチョコレートです。シャオちゃんと作ったんですよ?」
ふふ…と私が笑えば旦那様もつられて微笑む。
「そうか、とても美味しそうだ。」と笑ってチョコを一つ指で摘まむ。
美味しそうにチョコを口にする旦那様の前に私はもう一つ贈り物を差し出す。
「旦那様、こちらもどうぞ。」
小箱の中に入っているのは天球儀を象った首飾り。
きっと旦那様に似合うだろうと街で買ってきた私からの贈り物。
「日頃の感謝を旦那様に。これは私からの気持ちです。」
そっと唇に口付けを贈る。
いつも私を気遣って家事を手伝ってくださる貴方に、私を家族として温かく迎えてくださった貴方に感謝を……。
「私は今とても幸せです。ありがとうございます旦那様。」
