第15章 極北の地

 旅立つと言った私たちを、キャンプの人たちは快く送り出してくれた。北に行けば行くほど、寒さと悪意は強くなる。それを心配して残ったほうがいいのでは、と言ってくれた人もいたけれど、私の意志が固いことを知ると、負けるな、と言って笑顔を浮かべてくれた。それで、さらに冷たくなる風とは反対に私の心はとても暖かったのだけれど。

 私と、メドラウトさん……ううん、アナム――前から名前で呼んでくれ、って言われていたけど、なかなか呼べなくて……このタイミングで名前呼びしたいな、って思っているけど、まだ面と向かって呼べてない――と両思い、になったわけで。付き合うとか、よく分からないけど、私とアナムは、恋人同士ってことになるんだよね?


「――っ……」


 ぴくりと体が揺れて、それを敏感に察知したのか、馬が軽くいなないた。それに手綱を持っていたアナムが振り返って、きょとんとしたあと……くつくつと笑い始める。


「あたりは真っ白なのに、エテルのところだけ赤い花が咲いてるな?」
「っもう……! いいの!」
「おい、手を離すな――あぶなっ!!」

「きゃあっ……!?」


 赤くなった顔をとっさに両手で隠した結果、持ち手を離してしまい――ぐらりと体がかしいだ。

 落ちる――!?

 ギュッと目をつぶって、でも衝撃はこない。それどころかしっかりと支えられている……? そろそろと目を開けてみると、アナムが私の体を抱くように支えてくれていた。その表情には呆れと、焦り、優しさが浮かんでいて。こんな時なのに、どきりと心臓がはねた。


「おいおい、大丈夫か? あんたドジだが……さすがに乗馬中に持ち手離すばかがどこにいるんだ」
「あっ……その、ごめんなさい」
「いや。怪我はないか?」
「はい。大丈夫です」
「じゃあ、もう一度馬に乗るぞ。せーの、」


 彼が押し上げてくれて、しっかりと馬に座り直す。軽く馬の鼻梁を叩いて調子を確かめると、声をかけてまた、進み始めた。今度はしっかりと持ち手を持って……自分の情けなさに、小さくため息をつく。


「しっかりしなきゃ……」


 浮き足立っている。それをあまりに感じすぎて、ため息をついた。アナムに聞かれないように、小さく。彼は私のためについてきてくれている。アナムが――私の騎士、だから。

 そう考えると、また頬の温度が上がりそうだ。だめだめ、あんまり意識しないようにしないと……。この旅は、今まで以上に厳しくなるんだから。

 キャンプを出る前に、そこよりも更に北から避難してきた人の険しい顔が思い出される。



『あんた、ここより北に行くって聞いたけど……正気か?』
『はい。理由はいろいろあるんですけど、進みたいんです』
『……そうか。それなら何も言わないが……混血で、さらに北に行くなんて、地獄に自分から行くようなもんだぞ』


 男性はありえないと言わんばかりに首を振って、去っていく。
 ……それは、わかっていた。でも、私は、進みたい。進まなくては、いけない。
 自分からお願いしておいて、いまさら逃げることも、進むのをやめることも、したくないの。

 決意を新たにしたところで、アナムに名前を呼ばれる。一度休憩がてら食事をするみたい。そっか、もうそんな時間になるんだね……。なんだかお腹がすいてきた。

 お腹をおさえるのと同時に、ぐうぅ~~と間抜けな音が、私のお腹から。


「ぶっ! そんなにお腹がすいてたのかよ。じゃあ、腕によりをかけて作らないとな?」
「こ、これは……! もう~!」
「そんなに怒るなよ。かわいい音だったぞ?」
「もう、面白がって! ……自覚したらおなかすいたんです」
「確かにお腹はすいたな。朝は早かったし」


 夜はとても冷え込むから早めに夜営の準備をするし、寒さは人間や動物すら問わず体力を奪っていく。だから、一日で進める距離はどうしても限られてしまう。今日は天候がよかったから早めに起きて進んできた。その関係で、朝食も早めだったし……お腹空くのも仕方ない。私の、お腹が鳴るのも、仕方ないの!

 そんな言い訳をつらつらと考えつつ、馬から降りようと鐙を踏む足に力を入れた。この数週間で乗馬は慣れたけど乗り降りはいまだにおぼつかない。……私、これでも一応軍人なんだけどなあ。戻ったら乗馬の練習しようかなあー……。
 そんなことを考えながら、またがっていた右足をゆっくりと左側に移す。ここから飛び降りるのがまだちょっとだけ怖い。よし、このままゆっくり鐙から足を離して――。


「おい、エテル」
「? ……メドラウトさん?」
「大丈夫か? ほら、来いよ」


 馬のそばに立って、私の方へと手を広げていた。これは……飛び込んでこい、ということ? いい、の?


「何止まってんだよ。ほら」
「えっ、はい!」


 あんまり深く考えたら負けだ! 鐙から足を離して、そのままメドラウトさんの胸にだいぶする。彼は、私をしっかりと抱きとめてくれた。勢いで、ベールの代わりに着ていたマントがたなびく。アナムの体温が、じんわりと広がっていく。自分でも思った以上に冷えていたみたい。


「うまく降りられたな」


 私の顔を見下ろすようにして、アンバーの瞳が優しく輝いていた。それを見た瞬間、たまらなくなって――。


「ありがとう、アナム」


 気づけば彼をそう呼んで、腕を回していた。わたし――私は、こんなにも、アナムが好き。
34/41ページ
スキ