第15章 極北の地

 ――夜だけが、わたしの生きられる世界だった。夜ならほとんど人はいないから、このいろを出しても問題はない。何も、言われない。わたしを見る人も、いないのだけれど。

 決してこのいろが嫌いだったわけじゃない。嫌いではなかったけれど、好きでこのいろを持って生まれたいわけでもなかった。

 けれど、それはもう過去の話。わたしはわたし。もう、過去は捨てたのだから。




◇ ◆ ◇



 今日はわたしが住む街の領主様の結婚式らしい。赤いちょうちんが夜を明るく照らし出している。街はどこも賑やか。そんななか人を避けるように進むわたしは、そんな雰囲気からは浮いている気はするけれど、きっと気にする人もいない。それよりも、早く帰ろう。
 
夜だけど明るくて華やかな雰囲気を、無意識のうちに避けていたのかもしれない。気が付けば、人気のない薄暗い路地で、全く知らない男性に腕を掴まれていた。その拍子に、かぶっていたフードが外れる。
男はそれを見て、口元に下卑た笑みを浮かべた。


「そのいろ……いい金になりそうじゃねえか。めでたい祭りの日にこんなところを歩いてるんだ、後ろ暗いところがあるんだろ? 心配しなくても誰もここにはこねえよ。さあ、来い!!」

「嫌です……! 離してください……!」


 また、このいろなの? やっとこのいろから解放されたと思ったのに、またこのいろで、苦しまなくてはいけないの?
 走馬灯のように捨てたはずの過去が蘇ってきて思わず体がこわばる。それを好機と見た男がわたしの手を引こうとしたとき――。


「ここで何をしていた?」


 その声とともに、わたしは大柄な男性の後ろに隠されていた。男性の雰囲気に圧されてかしどろもどろになった男は、家族のためだとかよくある言い訳を始める。誰が見ても嘘だとわかるその言い訳に、ついに男性が、怒った。


「家族の為……だと??笑わせるな屑野郎…!!!!!!! そうやって何人の子供を不幸にしてきたんだ!! 何人の親から引き離した!! お前の身勝手な都合の為に一体何人の人間を不幸にしてきたんだ!!!!!!」


 頬を殴られた男は、そのまま倒れ込んで動かなくなる。……もしかして、気を失った? たぶんそうなんだろうけど、男性の怒りはおさまらなかったのか、さらに言葉を重ねる。


「お前のしていることはどんな理由があろうと犯罪だ。生きるため養うためと言いながら家族を理由に自分の行いを正当化させようとする屑野郎でしかないんだよテメーは!!!!!!」


 ――……その言葉を聞いたとき、この男性がもしわたしのことを聞いたら、きっと同じように怒ってくれるのだろうな、っていうちょっと現実逃避にも似た、不思議なことを考えてしまっていた。

 その後の男性の対応は早かった。男は屯所へと連れて行かれて、男の家族が路頭に迷わないように配慮も忘れずに。それだけでも有能な人だとわかるのには十分だった。
 
 じいや、と男性に呼ばれた人がわたしのことを言う。こちらを振り向いた男性は怪我の心配をしてくれて――少し逡巡したあと、こう、言った。


「今夜一晩だけ、俺の家に来ないか? このまま君を一人で帰すのは心配なんだ。決して君に危害は加えないと約束する。その……どうだろうか……。どうか俺に君の事を護らせてほしい」

「……はい。よろしくおねがいします」

 男性の言葉に、そう返すのが精一杯だった。いろんな思いがこみ上げてきて、言葉にならなかったから。でも、一番大きいのが“嬉しい”という気持ちであることだけは確かだったの。


 そこからは、怒涛のようだった。久賀さん、というらしい男性の家に行き、湯浴みをさせてもらって、漢服という服に着替えさせてもらって。初めて見るその服は、動くとひらひらとなびいてとてもきれい。次のアクセサリーのモチーフにしたいくらい。

――名前については呼ばれていたのをこっそり覚えただけで自己紹介をしていないのが心苦しいけれど……許してください。
 
 そうしていろいろと終わって、わたしは今久賀さんと向かい合っている。流れでここまできてしまったけど、お世話になりすぎでは……? 
 内心で慌てていたわたしの気持ちを露知らず、久賀さんは優しく笑って綺麗だ、と口にした。


「え……?」
「髪が銀色で……輝いて……肌も透き通るように白い。赤い紅がとても映える。その青い衣も……とても良く似合っている。突然すまない。だが、今の言葉に嘘偽りは無い。俺は嘘が嫌いでな。そのままの意味で捉えてもらって構わない。君は……とても美しい」


 美しい、と。このひとは、今。わたしのいろを、きれいだといったの? このいろを? どうして? どうして……。
――触れられている、右頬がひどくあつい。

何も言えないでいるわたしを、どう思ったのだろう。さて、とその場をとりなすように立ち上がった彼は、買い物へと誘ってくれた。

 昼の市場を歩くのはとても久しぶりだ。わたしは日光に弱くて、日中はほとんど外に出ない。マントを深くかぶってしまえば大丈夫だけど、顔は見えなくなる。だから一緒に歩いていて何かと思われる気がするけど……きっと、そういうことをきにするひとではないような気がする。

 行き交う声と日差しを受けて輝く品物たちがとてもまぶしくみえた。

 そんな品物たちに気を取られているうちに、彼がわたしを気遣ってくれて唐傘を購入してくれた。梅の花と鶴が描かれた、縁起のいい絵と桃色が散る色合いがとても綺麗。それがわたしの上で影をつくる。

 これを、わたしに。ありがとうございます、言った声は小さくて届いたかわからない。こんなにも綺麗なものをプレゼントしてもらったのは初めてで、自然と口角が上がる。

 それからは先程までが嘘のように話が弾み、わたしは気が付けば今までにないくらいに舌を動かしていた。国を出てから誰に対してもこんなこと、なかったのに。

 そういえば、と言って彼が優しげに笑って名前を名乗ってくれた。“平塚 久賀”……。ゆっくりと、その名前が浸透していく。気が付けば、わたしはゆっくりと口を開いていた。


「久賀さん……。平塚、久賀さんですね。わたしは千歳といいます。ゆえあって苗字は捨てていますが、千歳と呼んでもらえると嬉しいです」
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