第15章 極北の地
赤い提灯が夜の市場を鮮やかに彩る。
領民達はお祭り騒ぎだ。
領主様がご結婚をなされた。
なんとおめでたいことかとあちこちから祝福の言葉が聞こえてくる。
酒を煽る者、歌を歌う者、舞を踊る者……
皆心から祝福してくれている。
思わず頬が緩んで誇らしい気持ちになる。
いや…もっと気を引き締めなければ…!
今夜は…今夜ばかりは騒ぎを起こさないようにしなければ。
こういう夜だからこそ気を抜いてはいけない。
祭りの夜には似つかわしくない肌を刺すような寒気と、星ひとつ見えない暗く重い夜空が広がっている。
ほぅと吐いた息が白く変わる。
まもなく本当の冬が訪れるのだろうと思いながら数人の部下を連れて夜の街を巡回している。
祝言を挙げたばかりの兄上の手を煩わせるような騒ぎを起こしたくはない。
「今日くらいは休んだらどうです?」と母上には小言を言われたが、そういう訳にもいかないだろう。
祝福の宴の裏で何か悪いことが起きそうな予感がしてじっとしていられなかったんだ。
「今日のようなめでたき日に悪いことなど起きますまい。久賀様。」
「ああ……そうだといいんだがな。」
しわがれた声で語る老将に俺は軽く笑みを浮かべて言葉を返す。
じいやの言うとおり、何事もなければいいんだがな。
そんな事を思いながらちらりと目にした薄暗い路地。
なんてことないただの路地なのだが、妙な胸騒ぎを覚えた。
「俺はこっちを見てくる。じいやは引き続き巡回を続けてくれ。」
気にしすぎだとは思うが一応見てみるかとその路地へと足を運ぶ。
一歩、また一歩と歩を進める度に宴の灯りが届かなくなり闇が濃くなって行く。
はぁ……と大きな溜め息をひとつ溢して空を仰ぎ見た。
なんて重い空だろう。
星ひとつ見えないのか。
こんな賑やかな日ほどその裏では良くないことが起きるものだ。
光が強くなればなるほど闇が深くなるように。
「嫌です…!離してください……!」
今、確かに誰かの声が聞こえた…!
女の声だ…耳を更に澄ませてみれば何やらもめているような声も聞こえる。
一人…?いや……男の声が聞こえてくる…!
考えるよりも早く駆け出して路地の先へと急ぐ。
深い深い闇の中にきらりと輝く銀の髪。
見えてきたのは女の細腕を掴んで何処かへ連れていこうとする男の姿だ。
どう見ても穏やかな光景じゃない…!
カッと頭に血が昇る。考えることをやめて俺は男の腕を勢いのまま掴み払いのけた。
突然の事に驚く女を背に庇い、俺は男の前に強引に割って入った。
「ここで何をしていた?」
俺の言葉に男が狼狽える。
両の目が不自然に泳ぎ始め、口からは声にならない言葉が漏れている。
不審過ぎる。状況から察するに、どうみても親しい間柄の人間には見えない。それに……
俺の後ろに立つこの女……ずっと小刻みに震えているじゃないか……。
目の前で立ち尽くす男を睨み付け今一度問いかける。
「何故なにも答えない?答えろ。ここで何をしていたんだ?」
「み……見逃してくれ!!仕方なかったんだ!!本当はそんなことしたくなかったんだ…!!!!」
俺の言葉に突如男が叫び出す。
俺の問いには明確な答えは返さずに何故か言い訳を始めたのだ。
何を言っているんだこいつは?
俺の話を本当に聞いているのか?
それとも……答えられないような事をしていたとでも言うのか?
……だとしたら思い当たるものなどひとつしかない。
「本当はこんなことしたくないだと?何だそれは?まさかとは思うが……この女を誘拐するつもりだった…といったところか??」
俺の言葉に男はビクリと肩を震わせ、それまでの様子とは一変して再び言い訳を述べ始めた。
「俺の為じゃない!!そ……そうだ……家族だ!!!!養わなきゃいけない家族がいるんだよ!!!!そいつを売って金にして子供達に飯を食わせてやらなきゃなんねぇんだよ!!!!だから見逃してくれ!!な!?」
自分の耳を疑った。こいつは今何と言った??
「なぁ?可哀想なんだよ…!明日食う為の金もないんだ!!
娘は俺のしてることはなにも知らないんだ…このまま俺が居なくなったら誰が娘を養うんだ??
娘が可哀想だろ??なぁ??なぁ??」
俺の衣にすがりついて下卑た笑みを浮かべながら未だに言い訳を述べるこの男の声は最早俺の耳には一言も届くことはなかった。
俺の固く握りしめた拳が震え、噛み締めた牙がギリリと音を立てた。
「家族の為……だと??笑わせるな屑野郎…!!!!!!!」
掌を突き出し頬に一撃。
破ぜるような音が周囲に響き渡り、男はその場に崩れた。
「そうやって何人の子供を不幸にしてきたんだ!!何人の親から引き離した!!お前の身勝手な都合の為に一体何人の人間を不幸にしてきたんだ!!!!!!」
男は気を失ってしまったのかピクリとも動かず地に伏せたまま。
だが俺の怒りはそれでは鎮まらない。
聞いていようがいまいが関係ない。
この胸の奥に溜まる不快な感情を全て吐き出さなくては気が済まない。
「お前のしていることはどんな理由があろうと犯罪だ。
生きるため養うためと言いながら家族を理由に自分の行いを正当化させようとする屑野郎でしかないんだよテメーは!!!!!!」
俺の声を聞き付けた部下が駆けつけて程なくして男は屯所へと連行されることになった。
部下に縛り上げられ背中を丸めたまま連れていかれる男の後ろ姿を見送る。
なんて胸糞悪いやつなんだ……反吐が出る。
自分の事しか考えてないじゃないか……何が家族の為だ。
犠牲になった人間の気持ちなんて一切考えてない。
どんなに貧しかろうが、どんなに苦しかろうが、他人を蹴落として自分だけが幸せになっていい道理なんかこの世の何処にもありはしない。
「ここにおられましたか久賀様。探しましたぞ。」
「ああ……じいやか。」
後ろを振り返ると、そこには慣れ親しんだ顔があった。
そうだ……じいやなら俺の心残りを聞いてくれるかも知れない。
「じいや……ひとつ頼まれてくれないか。」
「はい、久賀様。なんでございましょう?」
「あの男の娘を探してはくれないだろうか?
屯所で一時的に保護して後日修道院に預けてやって欲しい。」
「畏まりました。ではすぐに手配致しましょう。
しかし久賀様…大事なことをお忘れではありませんか?」
そう言ってじいやが指差した先には先ほどの女性の姿があった。
そうだ……彼女はどうする?
このまま帰すのか?こんなに夜がふけているのに一人で帰す??
いや……それは出来ない。また同じ目に逢わないとも限らない…いや……逢う可能性のほうが高い……。
一人で帰す選択肢などない。
「彼女は俺が保護する。」
雪を固めたような白い肌、キラキラと輝く銀の髪……
先程は血が昇っていて気づかなかったが……彼女は白花だと今更ながら気づいた。
こんな女性を一人にしておくことは出来ない。
もし俺があの場に駆けつけていなかったら、あのままあの男に裏社会の人間へと売り渡されてしまっていたのだろう……そうなったら……そうなっていたとしたら……
ふるりと首を振るい浮かび上がった光景を振り払う。
嫌な気分だ……とても……嫌な気分だ。
そんな事にならなくて本当に良かった……
「済まない。ずっと君を一人で立たせたままにしてしまった。怪我は……無かったか?」
「あ……はい。危ないところを……ありがとうございました。」
なんて切り出せばいいのか……うまく言葉が纏まらない……保護するとは言ったもののどうするべきか……。
屯所……?いや……あんなところでは安心して夜を過ごす事など出来ないだろう。男ばかりでとても女性を招くような環境ではない。ならば……
「今夜一晩だけ、俺の家に来ないか?このまま君を一人で帰すのは心配なんだ。決して君に危害は加えないと約束する。その……どうだろうか……?」
いつの間にか重苦しい雲は流れ行き、徐々に月が姿を表し周囲を明るく照らし出す。
彼女の長い銀の髪が風に揺れてキラリと輝いていた。
「どうか俺に君の事を護らせてほしい。」
領民達はお祭り騒ぎだ。
領主様がご結婚をなされた。
なんとおめでたいことかとあちこちから祝福の言葉が聞こえてくる。
酒を煽る者、歌を歌う者、舞を踊る者……
皆心から祝福してくれている。
思わず頬が緩んで誇らしい気持ちになる。
いや…もっと気を引き締めなければ…!
今夜は…今夜ばかりは騒ぎを起こさないようにしなければ。
こういう夜だからこそ気を抜いてはいけない。
祭りの夜には似つかわしくない肌を刺すような寒気と、星ひとつ見えない暗く重い夜空が広がっている。
ほぅと吐いた息が白く変わる。
まもなく本当の冬が訪れるのだろうと思いながら数人の部下を連れて夜の街を巡回している。
祝言を挙げたばかりの兄上の手を煩わせるような騒ぎを起こしたくはない。
「今日くらいは休んだらどうです?」と母上には小言を言われたが、そういう訳にもいかないだろう。
祝福の宴の裏で何か悪いことが起きそうな予感がしてじっとしていられなかったんだ。
「今日のようなめでたき日に悪いことなど起きますまい。久賀様。」
「ああ……そうだといいんだがな。」
しわがれた声で語る老将に俺は軽く笑みを浮かべて言葉を返す。
じいやの言うとおり、何事もなければいいんだがな。
そんな事を思いながらちらりと目にした薄暗い路地。
なんてことないただの路地なのだが、妙な胸騒ぎを覚えた。
「俺はこっちを見てくる。じいやは引き続き巡回を続けてくれ。」
気にしすぎだとは思うが一応見てみるかとその路地へと足を運ぶ。
一歩、また一歩と歩を進める度に宴の灯りが届かなくなり闇が濃くなって行く。
はぁ……と大きな溜め息をひとつ溢して空を仰ぎ見た。
なんて重い空だろう。
星ひとつ見えないのか。
こんな賑やかな日ほどその裏では良くないことが起きるものだ。
光が強くなればなるほど闇が深くなるように。
「嫌です…!離してください……!」
今、確かに誰かの声が聞こえた…!
女の声だ…耳を更に澄ませてみれば何やらもめているような声も聞こえる。
一人…?いや……男の声が聞こえてくる…!
考えるよりも早く駆け出して路地の先へと急ぐ。
深い深い闇の中にきらりと輝く銀の髪。
見えてきたのは女の細腕を掴んで何処かへ連れていこうとする男の姿だ。
どう見ても穏やかな光景じゃない…!
カッと頭に血が昇る。考えることをやめて俺は男の腕を勢いのまま掴み払いのけた。
突然の事に驚く女を背に庇い、俺は男の前に強引に割って入った。
「ここで何をしていた?」
俺の言葉に男が狼狽える。
両の目が不自然に泳ぎ始め、口からは声にならない言葉が漏れている。
不審過ぎる。状況から察するに、どうみても親しい間柄の人間には見えない。それに……
俺の後ろに立つこの女……ずっと小刻みに震えているじゃないか……。
目の前で立ち尽くす男を睨み付け今一度問いかける。
「何故なにも答えない?答えろ。ここで何をしていたんだ?」
「み……見逃してくれ!!仕方なかったんだ!!本当はそんなことしたくなかったんだ…!!!!」
俺の言葉に突如男が叫び出す。
俺の問いには明確な答えは返さずに何故か言い訳を始めたのだ。
何を言っているんだこいつは?
俺の話を本当に聞いているのか?
それとも……答えられないような事をしていたとでも言うのか?
……だとしたら思い当たるものなどひとつしかない。
「本当はこんなことしたくないだと?何だそれは?まさかとは思うが……この女を誘拐するつもりだった…といったところか??」
俺の言葉に男はビクリと肩を震わせ、それまでの様子とは一変して再び言い訳を述べ始めた。
「俺の為じゃない!!そ……そうだ……家族だ!!!!養わなきゃいけない家族がいるんだよ!!!!そいつを売って金にして子供達に飯を食わせてやらなきゃなんねぇんだよ!!!!だから見逃してくれ!!な!?」
自分の耳を疑った。こいつは今何と言った??
「なぁ?可哀想なんだよ…!明日食う為の金もないんだ!!
娘は俺のしてることはなにも知らないんだ…このまま俺が居なくなったら誰が娘を養うんだ??
娘が可哀想だろ??なぁ??なぁ??」
俺の衣にすがりついて下卑た笑みを浮かべながら未だに言い訳を述べるこの男の声は最早俺の耳には一言も届くことはなかった。
俺の固く握りしめた拳が震え、噛み締めた牙がギリリと音を立てた。
「家族の為……だと??笑わせるな屑野郎…!!!!!!!」
掌を突き出し頬に一撃。
破ぜるような音が周囲に響き渡り、男はその場に崩れた。
「そうやって何人の子供を不幸にしてきたんだ!!何人の親から引き離した!!お前の身勝手な都合の為に一体何人の人間を不幸にしてきたんだ!!!!!!」
男は気を失ってしまったのかピクリとも動かず地に伏せたまま。
だが俺の怒りはそれでは鎮まらない。
聞いていようがいまいが関係ない。
この胸の奥に溜まる不快な感情を全て吐き出さなくては気が済まない。
「お前のしていることはどんな理由があろうと犯罪だ。
生きるため養うためと言いながら家族を理由に自分の行いを正当化させようとする屑野郎でしかないんだよテメーは!!!!!!」
俺の声を聞き付けた部下が駆けつけて程なくして男は屯所へと連行されることになった。
部下に縛り上げられ背中を丸めたまま連れていかれる男の後ろ姿を見送る。
なんて胸糞悪いやつなんだ……反吐が出る。
自分の事しか考えてないじゃないか……何が家族の為だ。
犠牲になった人間の気持ちなんて一切考えてない。
どんなに貧しかろうが、どんなに苦しかろうが、他人を蹴落として自分だけが幸せになっていい道理なんかこの世の何処にもありはしない。
「ここにおられましたか久賀様。探しましたぞ。」
「ああ……じいやか。」
後ろを振り返ると、そこには慣れ親しんだ顔があった。
そうだ……じいやなら俺の心残りを聞いてくれるかも知れない。
「じいや……ひとつ頼まれてくれないか。」
「はい、久賀様。なんでございましょう?」
「あの男の娘を探してはくれないだろうか?
屯所で一時的に保護して後日修道院に預けてやって欲しい。」
「畏まりました。ではすぐに手配致しましょう。
しかし久賀様…大事なことをお忘れではありませんか?」
そう言ってじいやが指差した先には先ほどの女性の姿があった。
そうだ……彼女はどうする?
このまま帰すのか?こんなに夜がふけているのに一人で帰す??
いや……それは出来ない。また同じ目に逢わないとも限らない…いや……逢う可能性のほうが高い……。
一人で帰す選択肢などない。
「彼女は俺が保護する。」
雪を固めたような白い肌、キラキラと輝く銀の髪……
先程は血が昇っていて気づかなかったが……彼女は白花だと今更ながら気づいた。
こんな女性を一人にしておくことは出来ない。
もし俺があの場に駆けつけていなかったら、あのままあの男に裏社会の人間へと売り渡されてしまっていたのだろう……そうなったら……そうなっていたとしたら……
ふるりと首を振るい浮かび上がった光景を振り払う。
嫌な気分だ……とても……嫌な気分だ。
そんな事にならなくて本当に良かった……
「済まない。ずっと君を一人で立たせたままにしてしまった。怪我は……無かったか?」
「あ……はい。危ないところを……ありがとうございました。」
なんて切り出せばいいのか……うまく言葉が纏まらない……保護するとは言ったもののどうするべきか……。
屯所……?いや……あんなところでは安心して夜を過ごす事など出来ないだろう。男ばかりでとても女性を招くような環境ではない。ならば……
「今夜一晩だけ、俺の家に来ないか?このまま君を一人で帰すのは心配なんだ。決して君に危害は加えないと約束する。その……どうだろうか……?」
いつの間にか重苦しい雲は流れ行き、徐々に月が姿を表し周囲を明るく照らし出す。
彼女の長い銀の髪が風に揺れてキラリと輝いていた。
「どうか俺に君の事を護らせてほしい。」
