第14章 呪い
あの日から私は旦那さまの治療のお手伝いをすることになりました。
日毎に肌寒くなってゆく秋の夜。
お庭の方からはコオロギの鳴き声がコロコロ…コロコロ…と聞こえてくる。
部屋の片隅に置かれた火鉢には炭が赤々と燃え、広い室内を緩やかに暖めている。
「旦那さま、お背中の治療をいたしますね。」
「ああ、よろしく頼む。」
私の言葉に旦那さまはするりと上着を脱ぎ背を向けてくださいました。
旦那さまの側へと歩みより膝をついて、病状を確認してゆく。
一人では背中にお薬を塗ることはできなかったのでしょう…腕よりも病状が進んでいると私にも理解できます。
「旦那さま、少し冷たいかもしれませんが、我慢してくださいね?」
薬壺の薬を手に取りゆっくり優しく塗り広げてゆく。
お顔、首、胸、腕……そして背中。
赤く爛れてしまっているところにも念入りに薬を塗ってゆく。
大きな背中に広がった赤い爛れ。
所々じくじくとしているところもあって…とても痛々しい…。
このようなお背中ではきっと夜も眠れなかったことでしょう……。
柔らかい布を当て、その上から包帯を巻いてゆく。
くるりくるりと巻きついてゆく白い帯。
何本も用意された包帯をひとつ…またひとつ手に取り巻いてゆく。
「旦那さま、寒くはありませんか…?」
旦那さまの身体が冷えてしまっては良くないと火鉢を用意したとはいえ、心配になって声をかける。
旦那さまは私の問いかけに口元に緩やかな弧を描きながら「大丈夫だ。」と答えてくださいました。
「もう少しで終わりますから、今しばらくお待ちくださいね。」
旦那さまと向かい合うように腰をおろし、まっすぐに伸ばされた腕にも包帯を巻いてゆく。
くるり くるりと
キツくならないように。ゆるくなりすぎないように。螺旋状に巻いてゆく。
「旦那さまが寝苦しくなってしまってはいけませんから。
苦しかったらおっしゃってくださいね?
はい、これで大丈夫でしょうか?」
端を切り、半分に割いて結びつけた包帯。
旦那さまは軽く腕を動かし、問題ないと言いたげにふっと微笑んで正面に座る私に視線を落とす。
「すまないな…いつも世話をかける。」
「いいえ。これが私のお役目ですから…。」
旦那さまの上着を手にとって包帯に触れないように袖を通してゆく。
これでもう寒くはないはずと安堵しながら顔をあげれば優しく微笑む旦那さまの目と視線が交わる。
暗褐色の二つの瞳が緩やかな弧を描いて私の姿を映している。
旦那さまの目はとても綺麗な色をしていて…ずっと見つめていると吸い込まれてしまいそう…。
こうしていると目を患っていらっしゃるということを忘れてしまいそうになる…。
旦那さまは皮膚の病だけでなく、目も患っていらっしゃる……。
こうしてお側に近寄らなくては私の顔を見る事ができない程ぼやけてよく見えないのだとおっしゃっていました。
それはさぞ不便なことでございましょう……。
目薬では視力の回復には至らない。
私にできることと言えばお薬を塗って差し上げることくらい…。
何かほかに私にできることは……。
「あの…旦那さま……少しだけよろしいでしょうか……。」
「ん?どうした?」
「少しの間だけでいいのです。
旦那さま、少しの間だけ両目を閉じてくださいますか?」
「?ああ、わかった。こうでいいだろうか…?」
私の言葉に首を傾げつつも瞼を閉じる旦那さま。
側へと近づき、そっと両手を頬に添えて祈りを込めて口付けを瞼に落とす。
右目と……左目に……。
祈りを込めて治癒術を施す。
手ではなく唇で軽く触れるように。
旦那さまの目が少しでも良くなりますように……。
「とても弱い治癒術なので、効果があるかはわかりませんが…おまじないを…かけてみました。」
私の行動に驚き目を見開く旦那さまのお顔が視界に映る。
私も徐々に頬が熱くなって思わず両手で覆い隠す。
「あの……できればこれから毎日…かけてみてもよろしいでしょうか……?
旦那さまさえ良ければ……ですが…」
絞るような声で言葉を紡ぐ。
言いたいことはもっと沢山あるのに気恥ずかしくて…うまく言葉にできない。
そんな私を見かねてかそっと私の頬に手を添えて優しく微笑みを向けてくださる旦那さまのお顔が視界に映る…。
ああ…そうですね。
こんなときは数多の言葉よりも…もっと伝わる方法で想いを伝えなくてはいけませんよね。
首へと手を回し、引き寄せて…旦那さまの唇へと口付ける。
もう恥ずかしさなどありません。
私は貴方に想いを伝えたいのです…。
私の望みは旦那さまが苦痛にお顔を歪ませることなく、こうして微笑みを向けていただくことです。
そのためのお手伝いならば私は喜んでなんでもいたしましょう。
「愛しております……レフ様。
貴方の苦痛を拭えるならどんな事でも喜んでお手伝いいたします…。」
