第14章 呪い

気がつけば家で、部屋で、机に座ってメドラウトから贈られた貝を眺めていた。部屋の光を反射して飾りが揺らめく。開けてみると、メドラウトとのキスによって落とされた紅と同じ色のそれが、鎮座していた。


「――っ……」


 ぶわり、と頬に熱が集まるのを止めることができない。付き合って長く、恋人らしいことは一通りしているというのに、いまだにキスひとつ思い出しただけで赤くなってしまう。いつも飄々としているメドラウトとは違って、彼の行動に翻弄されてばかりだ。――決して、それが嫌ではないのだけれど。

 だが、今回ばかりは仕方ない。いつもとは違う装いのメドラウトにどきどきしっぱなしで、いつも以上に余裕がなかったのだから。

二人で屋台をまわり、花火に見とれ、帰りに贈り物をもらった。数時間の逢瀬で、言葉にしてみれば短く。それでも過ごした時間はとても濃密で、心臓がずっと早鐘を打っていた。

 メドラウトが好きで、大好きで。彼との時間がもっともっと続いて欲しいと願ってしまう。そして願わくば――これからの人生を、一緒に歩んでいけたらと。


「って、違う! いや、違うわけじゃないないけど……!」

「そうだよね、違うよね」

「うん、違う……って、ええっ!? いつからいたの!?」
「ついさっき。扉ノックしても反応しないんだから。何百面相してるの、エテル」
「ご、ごめんね?」


 いつの間にやら来ていたのか、近くに住む友人がエテルの後ろから顔をのぞかせて笑っていた。夜も更けつつあるというのにどうしたのだろうか。エテルがきょとんとしていると、友人はくすりと笑って口を開いた。


「どうしてここにいるのって顔してるね? もちろん、エテルの彼の話を聞きに来たに決まっているでしょう! あの彼ってどういう人?」
「どういう人? それにアナムのこと見たの?」
「彼、アナムっていうんだ。たまたまエテルたちがいるのを見かけてね。すごくいい雰囲気だったから!」

「……そのいい雰囲気のあとなの、私。知ってる?」
「知ってる! でも雰囲気は壊すものでもあるでしょ!」


 あっけらかんと言い放つ友人に半ば呆れつつも、いつもこうだった、とエテルはそれ以上言うのをやめた。友人はエテルが何を考えているのか気にする素振りも見せず、机の上にある飾り貝へと視線を向ける。

 繊細な装飾が施されたそれを見て、きらきらと目が輝く。


「エテル、それもらったの? すごく綺麗!」
「そうだよ。すごく綺麗だよね! 遠征に行った時のお土産だって。口紅みたい」
「口紅……。ほほう、そうか。口紅か」
「え? 何かあるの?」


 にやにやと笑っていた友人の笑みがさらに深くなる。だが、それは今までのようにエテルをからかうものでなく、眩しいものを見るような――だがどこかいたずらっぽい光をたたえている。
 あまりにも突然雰囲気が変わったその姿を見て目を白黒させているエテルの耳元に、そっと友人が、囁いた。


「口紅を贈る意味はね、“少しずつ取り戻したい”ことなの。つまり、“あなたにキスしたい”とか“キスで返して”って意味で――すごく、情熱的だね? これ以上お邪魔するのは申し訳ないから、私はもう行くね」


 じゃあね、と嵐のように来て、去っていった友人に呆れる余裕がない。先ほどの言葉がぐるぐるとまわり――ゆっくりと溶けていく。それと同時に、さきほどまで収まっていた顔の熱が一気に集まってくるのを感じた。頬があつい。

 最後の最後まで引っかきまわしてくれた友人を少しだけ恨みつつ、メドラウトは口紅を贈る意味を知っているのかと考えて。


「知ってるよね……。アナムは、きっと」


 なんとなくではあるが、わかったうえで贈った気がするのだ。エテルが知っていると思ったのかどうかは、わからないけど。

 胸がいっぱいになってしまい、飾り貝を持ってぎゅっと胸のところで強く持つ。そうしないと、感情があふれて、出てきてしまいそうだったから。


 そうして、決意するのだ。次に会うときは必ずこの口紅をつけていこう。どのタイミングが一番彼を驚かせられるだろうか。せっかくならば、びっくりさせたい。

 さすがに毎回つけていくのは気持ちがもたないのでできないけれど、時々つけて、メドラウトに少しずつ返していけばいい。


「頑張ろ……!」


 頬の熱はとれないまま。今日の逢瀬の余韻はいまだ残っている。そんななかで、エテルは強く決意するのだった。
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