第14章 呪い
心がない…心がないと皆は言う。
はて…心とはどのようなものであっただろうか…
「も…申し訳ございません…」
「またか…一体これで何度目だ?」
床一面に広がる水と割れた花瓶。
今朝生けられたばかりの花は無惨にも床に投げ出されている。
何故だ?何故この侍女はこうも失敗ばかりするのだ?
目の前で震える侍女を見下ろしながら私は問う。
女は小刻みに震えながらうつむき、私の目を見ようとはしない。
「お…お許しください…」
何故そのように震える?
ひどく弱く小さく見える…この者は何故私を怖れる?
そのようにされると居心地が悪い。
「もう良い…下がれ。今日限り、ここに来る必要は無い。」
「えっ…そ…それでは…私は…」
「解雇だ。」
一体これで何度目になるだろうか…
先ほどの女が飛び出した扉を見つめたままふん…と鼻を鳴らして言葉を吐き捨てる。
「…使えない…。」
騒ぎを聞き付けてやって来た使用人をちらりと視界に捉え、「次はもう少しまともな侍女をよこせ」と抑揚の無い声で言い放つ。
胸に不快な感情を抱えたまま、私は居心地が悪くなった部屋をあとにする。
数歩足を進めたところで胸にチクりとするものを感じて足を止めた。
背中に感じる視線のなんと不快なことか…
軽く舌打ちをして振り返り、その場に立ち竦んだままの使用人へ向かって言葉を投げた「あの侍女に働いた分だけの金はくれてやれ。」と…
††††††††††††††††††††††
その後寄越された侍女は少々度胸の座った女だった。
「初めましてジルさま。私はエリーと申します。」
ニコニコと笑顔を浮かべて私を見上げるこの女…聞けば厨房務めの下女の一人だと言うではないか…
このような世間を知らぬような女に何ができようか…?
「ふん…下女風情が…貴様などに私の付き人が務まるものか…。」
不機嫌も相まって口から溢れた言葉。
ああ…わざと聞こえるように呟いたのだ…。
離れるならばどこへなりと去るがいい。
そう思いながら…。
だが…この女は離れるどころか、ニコニコと笑顔を浮かべて着いてくるではないか…
何故だ?何故そのように笑みを浮かべていられるのだ…?
「チッ…気味の悪い奴だ…」
それ見たことか…やはり録な目に合わなかっただろう…?
私に関わって良いことなどない。
先刻の貴様の行い、気づかなかった訳ではない。
その石を投げたのが誰なのか…本当は誰に向けて投げたのか…私が気づかないとでも思ったか?
これまでそのような事は幾度と無くあった。
貴様が私を庇う理由など無かった。
そして…あの子供を庇う義理も貴様には微塵も無かった。
なのに何故貴様は血を流す?
無関係に等しい私に…見ず知らずの子供に…何故己が身を差し出し犠牲にすることができるのだ?
……他人ほど信用できぬものは無いというのに……
貴様は今日出会ったばかりの他人のために血を流せるというのか…
「なんと愚かな下女よ…」
吐き捨てるように呟く。
それでも胸の内のつかえは消えない。
そればかりか、かえって不快感が増すばかりで…。
俺は一体どうしたというのだ…
ザワザワして落ち着かない。
視察での光景が脳裏に焼き付いて思うように政務が進まない。
ポタリと落ちた赤い血を…
地に踞る女の背を…
その光景を思い返すだけでザワザワと胸の奥が騒ぎだす。
「なんとも…不愉快だ…。」
机の引き出しに手を伸ばし、中から小袋をひとつ取り出す。
余計な世話であった…とはいえ受けた恩義を返さないというのは私の主義に反する。
例えそれが下女であったとしても。
……薬ぐらいは届けてやろう。
はて…心とはどのようなものであっただろうか…
「も…申し訳ございません…」
「またか…一体これで何度目だ?」
床一面に広がる水と割れた花瓶。
今朝生けられたばかりの花は無惨にも床に投げ出されている。
何故だ?何故この侍女はこうも失敗ばかりするのだ?
目の前で震える侍女を見下ろしながら私は問う。
女は小刻みに震えながらうつむき、私の目を見ようとはしない。
「お…お許しください…」
何故そのように震える?
ひどく弱く小さく見える…この者は何故私を怖れる?
そのようにされると居心地が悪い。
「もう良い…下がれ。今日限り、ここに来る必要は無い。」
「えっ…そ…それでは…私は…」
「解雇だ。」
一体これで何度目になるだろうか…
先ほどの女が飛び出した扉を見つめたままふん…と鼻を鳴らして言葉を吐き捨てる。
「…使えない…。」
騒ぎを聞き付けてやって来た使用人をちらりと視界に捉え、「次はもう少しまともな侍女をよこせ」と抑揚の無い声で言い放つ。
胸に不快な感情を抱えたまま、私は居心地が悪くなった部屋をあとにする。
数歩足を進めたところで胸にチクりとするものを感じて足を止めた。
背中に感じる視線のなんと不快なことか…
軽く舌打ちをして振り返り、その場に立ち竦んだままの使用人へ向かって言葉を投げた「あの侍女に働いた分だけの金はくれてやれ。」と…
††††††††††††††††††††††
その後寄越された侍女は少々度胸の座った女だった。
「初めましてジルさま。私はエリーと申します。」
ニコニコと笑顔を浮かべて私を見上げるこの女…聞けば厨房務めの下女の一人だと言うではないか…
このような世間を知らぬような女に何ができようか…?
「ふん…下女風情が…貴様などに私の付き人が務まるものか…。」
不機嫌も相まって口から溢れた言葉。
ああ…わざと聞こえるように呟いたのだ…。
離れるならばどこへなりと去るがいい。
そう思いながら…。
だが…この女は離れるどころか、ニコニコと笑顔を浮かべて着いてくるではないか…
何故だ?何故そのように笑みを浮かべていられるのだ…?
「チッ…気味の悪い奴だ…」
それ見たことか…やはり録な目に合わなかっただろう…?
私に関わって良いことなどない。
先刻の貴様の行い、気づかなかった訳ではない。
その石を投げたのが誰なのか…本当は誰に向けて投げたのか…私が気づかないとでも思ったか?
これまでそのような事は幾度と無くあった。
貴様が私を庇う理由など無かった。
そして…あの子供を庇う義理も貴様には微塵も無かった。
なのに何故貴様は血を流す?
無関係に等しい私に…見ず知らずの子供に…何故己が身を差し出し犠牲にすることができるのだ?
……他人ほど信用できぬものは無いというのに……
貴様は今日出会ったばかりの他人のために血を流せるというのか…
「なんと愚かな下女よ…」
吐き捨てるように呟く。
それでも胸の内のつかえは消えない。
そればかりか、かえって不快感が増すばかりで…。
俺は一体どうしたというのだ…
ザワザワして落ち着かない。
視察での光景が脳裏に焼き付いて思うように政務が進まない。
ポタリと落ちた赤い血を…
地に踞る女の背を…
その光景を思い返すだけでザワザワと胸の奥が騒ぎだす。
「なんとも…不愉快だ…。」
机の引き出しに手を伸ばし、中から小袋をひとつ取り出す。
余計な世話であった…とはいえ受けた恩義を返さないというのは私の主義に反する。
例えそれが下女であったとしても。
……薬ぐらいは届けてやろう。
