第6節 星祭り
もし、御子に結ばれている事によって、それがあなた方にとって励ましとなり、また、神に愛されている事が慰めとなり、あなた方に霊による交わりがあり、人に対する思いやりの心があるなら、どうか、互いに同じ思いを抱き、同じ愛を持ち、心を合わせ、思いを一つにして、私を喜びで満たして下さい。
対抗意識を持ったり、見栄を張ったりせず、遜って互いに相手を自分より優れたものと思いなさい。
各々、自分だけでなく、他人の事にも目を向けなさい。
【フィリピの人々への手紙 第2章】
「おとーーさーーん!それなぁに?」
「ん?これか?これはな、塩だ、塩。塩をなちーーーーーっとばかりスイカに振りかけると甘味が強くなって美味しくなるんだよ、ファロ」
徐々に東から浸食を始めた夜が紫紺の滲みで空へ染め始めた。西に残った名残日の残照の朱色と混ざり、溶け合って昼と夜の狭間の時間を彩っている。
「ミラ……ミラベル、起きて。スイカだって。もう……ミラベル……お父さん……ミラが起きないよー……」
「わたし……まだ眠いの……センテリュオ、うるさい……」
「さっきまで夕寝をしていたからな。まだ目が覚め切ってないんだろう。どれ、ミラ
お父さんの方においで」
「んっ……」
腰を屈め、腕を伸ばせば、予想していた以上に素直に俺達の一人娘であるミラベルは抱っこをさせてくれた。どうやら本当に眠いらしい。いつもなら力を余し過ぎて俺の腹を蹴っているからな。
「いいのか、ミラ?アーチボルトのじーさんがくれたじーさんの畑で取れたでっけえ立派なスイカだぞ?ミラが起きたらなくなってるかもしれねえぞ?」
あやすように数度、小さく、そして自分のものよりも体温が高い娘の体を揺すり、背中をトントンと叩けば、彼女は小さな紅葉のような手で目を強く擦りながら「たべりゅ……」と呟き、事切れたように俺の胸に顔を埋め寝息を立て始めてしまった。……マジかよ。
「寝ちゃったわね、ミラ。スイカ、お皿に三切れぐらい残してあげた方がいいんじゃないかしら?」
「~~~~っううう……今また寝られると今日の夜中々寝てくれなそうだから困るんだけどなぁ……」
ミラの小さな体を柔らかなソファーの上に下ろし、降ろすと同時に後ろ手で自分の頭をガリガリと強く掻いた。上手くいかないもんだ。親の思惑ってやつは。
「仕方ないわ。その時はその時よ」と、笑みを交えて言うと、ファティマは自分の尻尾を器用に使ってミラの腹の上に大きめのバスタオルをふわりと乗せた。去年の夏、腹を出したまま眠らせてしまったせいで夏風邪を引かせてしまい、えらい目に合った事は記憶に新しい。
「おとーーさーーん!早く!早く!!甘い!しょっぱいしよ!僕!甘い、しょっぱいやりたい!」
「おーおー、待ってろ、ファロ坊。今、スイカ切てやっからな」
薄暮の空に蜩の声が響く。その音と、そして遠くから聞えて来るこの時期特有の祭囃子の音とを聞きながら一人目を細めていた。
今年ももうすぐ暑い夏が終わり、涼しい秋がやって来る。また一つ、家族の成長と共に季節が進む。
「ねえ~おとーさーん!」
「おうよ!んじゃ、いっちょ切るか!」
分厚く頑丈なスイカの果皮に包丁の刃を入れて、力を籠める。スパンッ!と小気味がいい音を立てて真っ二つに割れたスイカの中には、瑞々しく甘そうな真っ赤な果肉が種と共にぎっしりと詰まっていた。
++++++++++++++++++++
「……私もいただいたけれど、スイカ、とても甘かったわね。あとでアートボルトのおじいさんにお礼を言わないと。スイカ以外にも沢山くれたんでしょう?あの人の事だから」
「いっつも金額以上のものを寄越すからな、あのじーさんは。こっちはそんなにいいって言ってんのにジャガイモだのトマトだの茄子だのキュウリだのピーマンだの……沢山箱に詰めて寄越してくれた。お前が言う通りあとでちゃんと礼を贈らねえといけねえなあ……」
「うちは子ども達が三人いるから助かるけれど……やっぱりお礼はちゃんとしないと……ゲッツ、お願いね」
蜩の声も止み、代わりに秋の虫が家の庭で自分達の季節が来たと言わんばかりに声を上げる。蜩のものよりも尚、涼しい気持ちにさせてくれる音を彼女と二人で聞いていた。
「ふふっ……ファロ、びっくりしていたわね。スイカが甘い、しょっぱい、甘いって」
「ファロはまだ4つだからな。ミラやセンテリュオと違って去年までの記憶がおぼろげなんだろう」
スイカを腹がちゃぷちゃぷするまで食べた後、三人並んで寝ている俺達の子どもを見つめ、二人で目を細めた。結局、ミラもあの後起き出してスイカを食べてたからな。いつも通り寝てくれてよかった。
ミラの寝相がいいせいでセンテリュオの腹の上に彼女の足が乗っかっている。「ううっ……」と、小さく聞こえて来た唸るような寝言に、俺は思わず吹き出して笑った。
「……可愛いな、子供達は」
「ええ、とても。だって、ゲッツ。あなたの子ども達ですもの」
月明かりが降る。無数の星灯りと共に。ファティマの白い毛並みを清浄な優しい青いで染めている。
「……ゲッツ?」
「……ありがとよ、ファティマ。ここにいてくれて」
彼女の白い毛並みに顔を埋め、自分の腕を回した。何よりも大切な自分のパートナーの首を、彼女が苦しくない程度に抱きしめる。日差しの優しい香りがした。
「……来年は、みんなで祭りにでも出かけっか」
「ふふっ……私が行って邪魔にならないかしら?」
「この国にはたくさんの奴らがいる。だから大丈夫だろ。それにその時は俺が何とかしてやっからよ」
夜が更けていく。優しい夜が。また一つ時計の針を進めていた。
≪ゲッツ・フォーゲル≫
対抗意識を持ったり、見栄を張ったりせず、遜って互いに相手を自分より優れたものと思いなさい。
各々、自分だけでなく、他人の事にも目を向けなさい。
【フィリピの人々への手紙 第2章】
「おとーーさーーん!それなぁに?」
「ん?これか?これはな、塩だ、塩。塩をなちーーーーーっとばかりスイカに振りかけると甘味が強くなって美味しくなるんだよ、ファロ」
徐々に東から浸食を始めた夜が紫紺の滲みで空へ染め始めた。西に残った名残日の残照の朱色と混ざり、溶け合って昼と夜の狭間の時間を彩っている。
「ミラ……ミラベル、起きて。スイカだって。もう……ミラベル……お父さん……ミラが起きないよー……」
「わたし……まだ眠いの……センテリュオ、うるさい……」
「さっきまで夕寝をしていたからな。まだ目が覚め切ってないんだろう。どれ、ミラ
お父さんの方においで」
「んっ……」
腰を屈め、腕を伸ばせば、予想していた以上に素直に俺達の一人娘であるミラベルは抱っこをさせてくれた。どうやら本当に眠いらしい。いつもなら力を余し過ぎて俺の腹を蹴っているからな。
「いいのか、ミラ?アーチボルトのじーさんがくれたじーさんの畑で取れたでっけえ立派なスイカだぞ?ミラが起きたらなくなってるかもしれねえぞ?」
あやすように数度、小さく、そして自分のものよりも体温が高い娘の体を揺すり、背中をトントンと叩けば、彼女は小さな紅葉のような手で目を強く擦りながら「たべりゅ……」と呟き、事切れたように俺の胸に顔を埋め寝息を立て始めてしまった。……マジかよ。
「寝ちゃったわね、ミラ。スイカ、お皿に三切れぐらい残してあげた方がいいんじゃないかしら?」
「~~~~っううう……今また寝られると今日の夜中々寝てくれなそうだから困るんだけどなぁ……」
ミラの小さな体を柔らかなソファーの上に下ろし、降ろすと同時に後ろ手で自分の頭をガリガリと強く掻いた。上手くいかないもんだ。親の思惑ってやつは。
「仕方ないわ。その時はその時よ」と、笑みを交えて言うと、ファティマは自分の尻尾を器用に使ってミラの腹の上に大きめのバスタオルをふわりと乗せた。去年の夏、腹を出したまま眠らせてしまったせいで夏風邪を引かせてしまい、えらい目に合った事は記憶に新しい。
「おとーーさーーん!早く!早く!!甘い!しょっぱいしよ!僕!甘い、しょっぱいやりたい!」
「おーおー、待ってろ、ファロ坊。今、スイカ切てやっからな」
薄暮の空に蜩の声が響く。その音と、そして遠くから聞えて来るこの時期特有の祭囃子の音とを聞きながら一人目を細めていた。
今年ももうすぐ暑い夏が終わり、涼しい秋がやって来る。また一つ、家族の成長と共に季節が進む。
「ねえ~おとーさーん!」
「おうよ!んじゃ、いっちょ切るか!」
分厚く頑丈なスイカの果皮に包丁の刃を入れて、力を籠める。スパンッ!と小気味がいい音を立てて真っ二つに割れたスイカの中には、瑞々しく甘そうな真っ赤な果肉が種と共にぎっしりと詰まっていた。
++++++++++++++++++++
「……私もいただいたけれど、スイカ、とても甘かったわね。あとでアートボルトのおじいさんにお礼を言わないと。スイカ以外にも沢山くれたんでしょう?あの人の事だから」
「いっつも金額以上のものを寄越すからな、あのじーさんは。こっちはそんなにいいって言ってんのにジャガイモだのトマトだの茄子だのキュウリだのピーマンだの……沢山箱に詰めて寄越してくれた。お前が言う通りあとでちゃんと礼を贈らねえといけねえなあ……」
「うちは子ども達が三人いるから助かるけれど……やっぱりお礼はちゃんとしないと……ゲッツ、お願いね」
蜩の声も止み、代わりに秋の虫が家の庭で自分達の季節が来たと言わんばかりに声を上げる。蜩のものよりも尚、涼しい気持ちにさせてくれる音を彼女と二人で聞いていた。
「ふふっ……ファロ、びっくりしていたわね。スイカが甘い、しょっぱい、甘いって」
「ファロはまだ4つだからな。ミラやセンテリュオと違って去年までの記憶がおぼろげなんだろう」
スイカを腹がちゃぷちゃぷするまで食べた後、三人並んで寝ている俺達の子どもを見つめ、二人で目を細めた。結局、ミラもあの後起き出してスイカを食べてたからな。いつも通り寝てくれてよかった。
ミラの寝相がいいせいでセンテリュオの腹の上に彼女の足が乗っかっている。「ううっ……」と、小さく聞こえて来た唸るような寝言に、俺は思わず吹き出して笑った。
「……可愛いな、子供達は」
「ええ、とても。だって、ゲッツ。あなたの子ども達ですもの」
月明かりが降る。無数の星灯りと共に。ファティマの白い毛並みを清浄な優しい青いで染めている。
「……ゲッツ?」
「……ありがとよ、ファティマ。ここにいてくれて」
彼女の白い毛並みに顔を埋め、自分の腕を回した。何よりも大切な自分のパートナーの首を、彼女が苦しくない程度に抱きしめる。日差しの優しい香りがした。
「……来年は、みんなで祭りにでも出かけっか」
「ふふっ……私が行って邪魔にならないかしら?」
「この国にはたくさんの奴らがいる。だから大丈夫だろ。それにその時は俺が何とかしてやっからよ」
夜が更けていく。優しい夜が。また一つ時計の針を進めていた。
≪ゲッツ・フォーゲル≫
