第9章 テロ

Wissen


抑えきれなくなる時がある。
知っている、知っていた。だけど止められない。思いが、鼓動が、己が、全てが原形をとどめていない。息をすることすら苦しくなる。
今日も、その鬱陶しさと共に起きた。といっても、外は真っ暗。窓を開ければ灯りはなく、ノイの目には闇しか写らない。時計を見れば、短針は三時の方向を向いていた。暗くても仕方ないはずだと溜め息を吐く。
今日も夜か落ちてきた。明日も、明後日も、これから先もずっと、落ちてくる。ごく当たり前だけれど……ノイは夜が怖い。ごく当たり前のように陽が昇ることを知っている、知っていてもなお恐ろしい。自身の腕を抱き、震えを止めようと強く握った。
王子様はいつもこの時間は外にいるから、部屋を覗いてもいないことは知っている。ノイのことを気遣ってくれていて、ノイが起きている昼間はずっと側にいてくれている。嬉しいけれど、王子様の負担を考えると余計に苦しくなる。
王子様は、ちゃんと寝ているのかな?
刹那、目頭が熱くなるのを感じた。これは……涙だ。ノイは今、泣いている。どうしてだろう、どうして止まらないんだろう。
ノイが生きていることで、王子様はこの時間にならないと外へ出られない。つまりノイが王子様から自由を奪ってしまっているということ。知っているのに、ありがとうって言えない。知っていてもなお、ごめんなさいと言えない。ノイは悪い子だから、言えないの。
「王子様には、いつももらってばかりだね」
ノイは自分のことしか考えられない子。だから王子様に何もできない。だって王子様から離れたなくないからって駄々をこねているのはノイだもの。きっとノイがいなければ、王子様はもっと好きな時間があるはずなのに……
「……あ」
どこか切れたのか、口から鉄の味がする。これは、血だ。ノイは涙を流して、血を流したんだ。
「助けて、ほしいな」
お父様、お母様、お医者様、そして王子様。誰に言ったつもりでもない。ノイは一体、何にすがって生きればいいんだろう?
闇を写すカーテンを閉め、布団へ潜り直す。きっと今日も腕を抱けば寝られるはず。そう思ってたんだけど、布団に少しだけ違和感を感じた。
違和感の正体を握れば、それは布だった。ノイの持っていないもの、これは……ストール。
「王子、様」
匂いがした。分からない訳がない、これは王子様の匂い。それに顔をうずめて、鼻から大きく息を吸い込んだ。王子様が、そこにいた。いないけれど、確かにノイの中で王子様はそこにいたの。
安心する香り、そして暖かい。同時に、より一層離れたくない気持ちか強まった。死にたくないよ、王子様。ノイは死にたくない。だけどノイが死ななきゃ、王子様は自由になれないんだよね?そう思って、ノイが死んだ後も思い出せるきっかけが欲しかった、のに。
「もしも、もしも王子様がノイと一緒にいたいと心から思ってくれているのなら……」
……そんなことある訳がない。王子様はノイの家を宿として利用しているってはじめに言っていたもの。だから、それはないの。でも王子様が生きていてほしいって、一緒に生きようって言ってくれたことは信じたいの。ノイも、一緒に生きたいから。
「……レティ、様」
言えない、言えない。この思いの正体を。言ってしまったら、王子様をさらに苦しめてしまうだろうから。ストールを握りしめて、目を瞑り、死神の笑う様を遮断し、寝ることに集中する。あなたの香りに包まれて、ノイは明日も笑い続けるの。

「いくら"王子様"が迎えにきても"姫"がこんなのじゃ、二人は幸せになれないよね」

ノイは、物知りだから知っているの。
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