第6節 星祭り
最後に、あなた方は皆、心を一つにし、想いを同じくし、兄弟愛と慈しみの心を持ち謙虚でありなさい。
悪を持って悪に、罵りを持って罵りに報いてはなりません。かえって、祝福を持って報いなさい。あなた方は祝福を受け継ぐために召されたのです。
「命を愛し、幸せな日々を迎えたいと願う者は舌を制し、悪を言わず、唇を閉じて偽りを語らず、悪を避けて善を行い、平和を求めてこれを追え。主の目は正しい人に、主の耳は彼らの祈りに、しかし、主の顔は悪を行うものに厳しく向けられる」
僕であるあなた方は、心から敬いを持って主人に従いなさい。
自由な人として生活しなさい。その自由を盾に悪を行う事なく、神の僕として生活しなさい。
全ての人を敬い、兄弟を愛し、神を畏れ、王を尊びなさい。
【ペトロの手紙 第2章】
「なんで紅ショウガだけじゃなくてニンジンまで入ってるんだよ……」
「そりゃあ、焼きそばには付き物ですから。キャベツとニンジンは」
遠く祭囃子が聞こえていた。祖国の楽器が奏でる音と海の向こうからやって来た異国の楽器の音が調和し、混ざり合い、時にぶつかり合って黄昏に沈み始めた夏の空に吸い込まれ消えていく。
「でも意外でした。アルカイド様は平気なんですね。屋台の料理」
「へっ?ひゃんで?」
「普通の貴族の方は嫌がりますから。屋台で出される料理は不潔だと。まあ、実際その通りですが」
暮れかすむ空に浮かんだ白い雲の影が薄い紫色から徐々に濃い黒へと移ろっていく。生ぬるい湿気を帯びた風を頬に受けながら、既に焼きそばを両頬いっぱいに頬張り始めた、主人が座る横へと腰を下ろす。丸いカステラによく似た食べ物が入ったパックを自分の膝の上へと置いて。
「汚いねえ……まあ、俺の場合は普段から暇を見つけては下町の方へ遊びに行って―……」
「へえ……訓練の時間にやけに遅刻する日があるとは思っていましたけど、そういう理由だったんですね」
「げっ……」
今日の空気と同じように少々ジトリ、とした視線を主人へと向ければ、主人の体が瞬間ビクリ、と跳ね、僅かに口元が引きつり痙攣をしていた。主人の手から落ちかけた二本の木の棒を、地面に落ちるその前に捕まえ拾い、彼へと手渡し言葉を紡ぐ。
「はい。落とさないで下さいよ。それがないと食べられないですよ?」
「ん……あっ……ああ……箸、ありがと。……なあ、キャロル……さっきの話なんだけどさ、別にキャロルが嫌でサボったとかじゃ―……!」
「知ってました」
「へっ?」
「知ってますよ。そりゃあ。だって狭い屋敷の中です。噂はすぐに広まります。……それによく言うじゃないですか?人の口には戸が立てられない、って」
ふっ、と息と共に漏れ出た声が黄昏をくすりくすりと擽り揺さぶる。あんぐりと大きな口を開けてこちらを見ているアルカイド様の少し間の抜けた表情に、また笑みを一つ零して、自分が先程屋台で買ったタコ焼きと呼ばれていたこれを口へと運ぶ。一口噛めばとろりとした食感と何とも言えない風味が口の中いっぱいに広がった。
「タコ焼きって甘くないんですね。カステラとよく似ているから甘いものだと思っていました」
「ん?ああ、まあな~。でも、悪い味じゃないだろ?俺も前に夏祭りで食べたことが―……」
「一つ食べますか?アルカイド様も」
先程、タコ焼きに刺した竹串を今度はまた違うタコ焼きへと刺して「はい」という言葉と共に主人の口元へと差し出し運ぶ。途端、主人の顔が夕間暮れの光だけでは説明できない朱色に染まった。
「えっ?あっ……キャロル?」
「食べないんですか?前に食べたことがあるって言ってましたし、大丈夫ですよね?タコ焼き」
「そういう事じゃなくて!!これって―……あーーー!!もうーーーー!!」
差し出した竹串の先から丸いタコ焼きが消える。一気にタコ焼きを頬張ると、アルカイド様はそのまま憮然と下表情で腕を組み、あたしから目を逸らした。それが何だかとても面白いものに思えて、自分の口からまた笑い声が零れて落ちる。
なるほど、そうか。確かに自分が先程した行動は、母親が幼い子供に対して行うか、もしくは恋人同士で行うかの二択だ。そして、自分の主人は幼い子供と呼べる年ではなく、少年から青年への過渡期にいる。つまり―……照れたのか、アルカイド様。
「……?アルカイド様?」
「便所!!悪ィ!俺ちょっと便所に行ってくるわ。財布以外置いてくからここで荷物を見ててくれよな!絶対にだぞ!!」
「なっ?」
「でかいの出してすぐに戻っからーーー!」
不意に立ち上がり言葉を紡ぐと、自分の主人は大きく手を振り、履いた下駄の音を響かせながら祭りの雑踏の中へと消えて行った。自分とニンジンだけ綺麗に残した焼きそばが入っていた空の容器だけ置き去りにして。
「待っててって言われても―……ってか!あたし!!あなたの護衛なんだけど!!!!?」
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瑠璃色緋色に星が歌っていた。天の半球を埋め尽くし、水面へ逆さまに移り煌めいていた。その北の空に輝いている七つの星々の光を閉じ込めたような髪飾りが自分の髪でシャラリと音を立てて動く。星のきらめきを髪に飾りながら自室の鏡に映り込んだ自分へ向かって一つ息を吐く。
「まさか、こんなものを貰うなんて」
屋敷の中に割り当てられた、けして狭くない部屋の窓から一条、昼間の光よりも弱い夜の光が入り込んでいた。
あの後―……トイレに行くと言い残しどこかに消えたアルカイド様が戻って来た時、彼の手に握られていたのはハンカチではなくこの髪飾りだった。空に煌めく北斗七星を模したような華奢で美しい細工の髪飾り。
『これは?どうしたんですか?』
『たまたま!たまたまだからな!便所に行った帰りに見つけたんだ!』
数刻前のやり取りだ。鮮明に思い出せる。と、同時にあのまだ少年の部分を多く残している自分の主人が、自分の為にこれを選んでくれたのかと思うと柄にもなく胸がざわつく。
「久しく身に着けてなかったな。こういう綺麗な髪飾りは」
自分が選び身につけて来たものは鋼や皮ばかりだ。元々の生まれは決して裕福とは言えなかったし、カイムの元に着いてからは戦いばかりしていたからな。勿論、それは誰に強要されるでもなく自分で選んだものであり後悔は微塵もない。ただ―……
「……これ、少しぐらい似合ってたら、いいな」
鏡の中の自分の眦と口元が緩やかな弧を描いていた。暗がりでも分かる程度に頬に朱を、差しながら。
≪キャロル・シルト≫
