第13章 来襲

さて、徴税人や罪人達が皆話を聞こうとして、御子の元に近寄って来た。するとファリサイ派の人々や律法学者達は「この人は罪人達を受け入れて、食事を共にしている」と呟いた。そこで御子は、彼らに次の喩えを語られた。

あなた方のうち、百匹の羊を持っている者がいるとする。そのうち一匹を見失ったなら、九十九匹を荒れ野に残して見失った一匹を見つけ出すまで、跡を辿って行くのではないだろうか。

そして、見つけ出すと喜んで自分の肩に乗せて家に帰り、友人や近所の人々を呼び集めて言うだろう。

「一緒に喜んでください。見失った私の羊を見つけましたから」

あなた方に言っておく。このように悔い改める一人の罪人の為には、悔い改める必要のない九十九人の正しい人の為よりも、もっと大きな喜びが天にある。

また、ドラメク銀貨を十枚持っている女がいたとする。そのうち一枚を失くしたなら、彼女は火を灯して家の中を掃き、それを見つけるまで念入りに探さないであろうか?

そうしてそれを見つけ出すと、友達や近所の女達を呼び集めて言うであろう。

「一緒に喜んでください。失くしたドラメク銀貨を見つけましたから」

あなた方に言っておく。このように、一人の罪人が悔い改めれば、神の使い達の間に喜びがある。


【ルカによる福音書 第14章】






星の大海が広がっていた。私の足元に、真上に、横に。私を取り囲むように四方で生を主張するように瞬き、死を暗示するかのように消えて―……そして再び初めに戻ったように同じ場所で輝き、瞬く。

何故、かは分からない。でもその輝きを見ていると不思議と胸が締め付けられるような思いがして左胸がジクリと痛んだ。この星は、星のたもとに咲く小さな青い花々達は、もしかすると眠る事ができずにここで囚われているのではないだろうか。

終わりが来るたびにまた初めから繰り返し踊って。


「……ねえ、あなた達はもう何度引き裂かれて、千切れたの?希望が絶望に変わってしまったの……?」


指先で震える儚い花弁に触れれば、私の背中で枯れて朽ちた羽根の花が落ちた。それを両手で包むように持ち上げ青い花の隣に置けば、星の灯火が徐々の弱まり立ち消え、花だけ残り左右へ揺れる。

その花の前で膝をつき、ただただ祈った。ただ、ただ、幸せになれますように、と小さく呟きながら。

折った膝を伸ばし踵を返す。星の大海の中心を目指し歩を進めて。そこにいるであろう人に会いに行く、その為に。

背中の羽根も花が落ち続けて、もう羽根と呼べるような代物ではなくなってしまったけれど、それでも私は歩みを止めるわけにはいかなかった。止めたくなかった。

迷わず、厭わずその人のところを目指して。もう一度始めましょう。今度はきっと、幸せな結末を期待して。

……幸せに、なれますように。






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「うっ……ここは……」


「カタリナ様……目覚めたのですね……随分魘されていたようだったので……心配しました」


夢か幻か。泡沫か現か。

薄ぼやけていた世界が徐々に輪郭を帯びていく。薄く開いた視界の中で私に優しく語り掛ける聞き覚えのある声に一人胸を撫で下ろした。

良かった、この人は星にも青い花にもなっていないと。そう、安堵の息を漏らした。人の姿をして私にこうして話し掛けてくれている。それが堪らなく、嬉しかった。


「……まだ痛みますか?」


「えっ……?」


「涙。泣いていたようでしたので。すみません……傷は私が癒したつもりなのですが、あなたと彼女を縛り付けている縄は私には解く事ができなくて―……」


唇を強く噛み締め俯いた彼が今し方紡いだ言葉が強く私の心に引っ掛かる。私と彼女?……つまり彼と私の他にもう一人”彼女”がいる?ここに―……?

薄暗い中でも輝く金の糸が視界の外れで煌めいたのはまさにその瞬間で―……その人の姿に自身の瞳が大きく縦に見開いた。裂けるかと思うほどに。

この人は―……いや―……この方の名前は―……!!!!


「ルマンド姫様!!?」


「えっ!?まさか……そんな……どうして王女殿下がこのような場所に!!?」


「うっ……こ、ここは―……じいは、どこ……アル……」


長い睫毛が震え、澄んだ対の青い瞳の中それぞれに私とエリーゼ殿の姿が映り込んでいた。

着ている召し物は城で見ていたものとは違う。だが、この容姿、声―……間違いようがない。姫にとって私は取るに足らない数多くいるうちの臣下のただ一人でしかないが、私が姫と認識している人間はこの世でただ一人だけだ。


「……ようやく起きたのですね。ルマンド姫。ああ……そのような顔でどうか睨まないでいただきたい。我々はあなたの敵ではありません。……あなたも、そしてエリーゼ殿も……協力していただけるのであればもっと上質の客室へとご案内する事ができるのですが―……」


その瞬間、地下牢の空気が動いた。重く冷たいカビの臭いが混ざった汚染された空気が汚れた風となり渦を巻く。

私を姫を、そして最後にエリーゼ殿を見下ろし恭しく優美な動作で頭を垂らした見覚えのある長身の男ともう一人の見知らぬ男。牢に平伏し見上げるしかない自分の不甲斐なさに奥歯が不快な音を立てて鳴った。


「……私は……私は偉大な王の血を引く遺児だ。誇り高き王の娘だ。貴様達がどこの誰であるかはこの際どうでもいい。私は誰にも命令されない。誰にも利用されない」


「ふふっ……随分滑稽な事を言う。偽の王女の分際でお前はまるで自分こそが本物だとでも言うのだな?」


「……ラス、お止めなさい。彼女はまだ何も知らないのですから」


時が、止まった。私の周りの空気が凍る。男たちの紡いだ言葉が鋭い氷柱となり肌、目に、喉に突き刺さった。ああ……先程まであれだけ不快だった澱み停滞した空気が今はただただ恋しく思える。


「……お前はルマンドではない。ルマンドの身代わりのどこの誰かもわからない人間だ。教皇が用意した、な。何故、ブランチュールがあの若さで教会の頂点の地位まで登り詰めることが出来たと思う?まだ、四十にもならない若輩者のあいつが。不自然だとは思わないか?……答えは簡単だ。利用したからだ。ふふっ……実に狡猾な男だと思わないか?……お前は先程、自分は利用されないと言ったな?それは違う。当の昔から利用され続けて来たんだよ、お前は」


姫の髪を乱暴に掴み語る青年の、血の流れよりも暗い深紅の瞳がぐにゃりと楽し気に歪んだ。心の底から愉しんでいるんだ……この男は。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!!!!!!!!!私は……私は……覇王ブルボンの血を引く者!!!王の娘!!!私は利用されない!!私は!私は誰にも利用されたりなんか……!!!!!」


「いい事を教えてやろうか?王の正妃は鳥人の血が混ざっていた。……さて、お前の身体に流れる血は一体どこを源流としているんだろうな?」


「……あなたが本物であろうがなかろうが関係ないのですよ。いずれにせよ我々は強力な手札を手に入れることが出来た。王女という名のカードを。それで十分です。新たな時代の導き手たる教祖の札と共に。ねえ、エリーゼ殿?」


「あ……あなた達は私と姫をどうするつものなのですか……何をさせようとしているのですか?」


暗闇が震える。背中を一筋冷たい汗が流れて落ちていった。


「あなた方お二人をあるべき場所へとお連れする。……それだけの事です」


≪カタリナ・アレクサンドリア≫
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