第13章 来襲
「ミルファス姉さん、気分はどう?」
白い扉をノックして入ってきた一人の女……ふんわりと柔らかそうな髪と白いドレスを揺らしながら彼女は私に優しく微笑みを向けつつこちらへと歩み寄ってくる。
「…ああ…ハルモニア。」
「ごめんなさいね、しばらく来れなくて。
姉さんには前よりも会うのが難しくなってしまったから…」
「ええ…そうだったわね。」
ふと彼女の右手に視線を向ければそこには小さな藤篭のバスケット。
ふわりと香る甘い香りに懐かしさを覚えて笑みが溢れる。
「ふふ…懐かしい。
おきゃくさんを連れてきたのねハルモニア。」
「ええ、そうなのよ!
ほら見て!綺麗に焼けてるでしょ?」
そう言ってハルが見せてくれたのは可愛らしい顔をしたジンジャークッキーマン達。
子供の頃の記憶が少しずつ甦ってくる。
そう、ハルはこのクッキーをおきゃくさんと呼んでいた。
小さな手でやさしくつまんでニコニコと笑顔を浮かべながら…。
「ふふ…大人になったと思ったけれど…やっぱりハルは変わってないわね。」
「そうかしら?」
「ええ。変わってない。」
そう言って笑みを浮かべると、彼女もつられたようにニコリと笑みを浮かべる。
記憶の中の愛らしく笑う少女の笑顔とハルの笑顔が重なる。
変わってないわ…昔から。
大人になってからお互い多忙になって暫く会うことがなかったけど…
あの時と同じ瞬間を感じている私が確かにいる。
「少し顔色がよくなったみたい。
前よりもずっといい顔をしてる。」
「そう…?」
確かに…最近は心穏やかに過ごせている。
それは何故か…はっきりとした答えは解らないが…
「もう少し……ここにいてくれるかしら……。
ハルが側にいると落ち着くの。」
「ええ。いいわよ姉さん。」
昔のように二人で笑って『おきゃくさん』を食べよう。
私達二人の大切な……大切な思い出の味を。
「……何事だ……?
外が騒がしいな……?」
騒々しい外の様子が気になり、窓の側へと歩み寄る。
フッと過った黒い影。
視線を空へと向ければ、そこにあったのは見知らぬ竜の姿。
「邪竜…!何故ここに…!」
邪竜は私の軍で管理していない。
あれは災いを招く存在だ。
このまま放っておけば戦うことのできない民に被害が及ぶ…
早急に討伐隊を編成し民を保護しなければ……
「……ハル……私の服を出してくれないかしら……。」
「…姉さん。」
「……解っている……でも……黙っていられないのよ……」
ずっと……ここで護られてきた……自分だけ時が止まっているのではないかと錯覚するほどに……だが……
「危機がすぐそこに来ているのに黙っている訳にはいかない……。」
私には役目がある。国を平和へ導くこと。力無き民を護ること。次の時代へ繋ぐこと。それらは全て私の役目だ。
「私はいつまでも護られるだけのお嬢様のままでいるわけにはいかないのよ。」
そう……私は令嬢ではない。
一国を導くことを役目とした君主だ。
お父様が亡くなられてから私が全てを背負った。
器ではないと思っていた。私には重すぎると……。
だが私が背負わなければ……お父様が愛した国を私が導かなければ……そう思いながらこれまで私はそこに立ってきたのだ。
今ここで私だけ隔絶され護られ続けるわけにはいかない。
「ハル。前に言ってくれたわね……あなたは私が好きだと……そう言ってくれた。」
あの頃とは違う軍人の道を選んだ私を。
あなたは今でも姉と慕ってくれている。
あの頃と変わらない……私の心はあの頃と同じだと……そう教えてくれた。
私はそれがとても嬉しかった。
「私もハルのことが好きよ。ええ…あの頃からずっとあなたは私の大切な妹よ。
だから私はあなたの幸せを護りに行くわ。
ええ…あなたは望まないかもしれないけれど…
それが私の役目だから。」
家族を…民を平和へと導き護ること。
それが私の役目。
無益な争いなど起こさせはしない。
自分の手を汚さぬまま安全な場所で護られたままの卑怯者になるわけにはいかない。
久しぶりに赤い服に袖を通す。
休息は充分とれた……今の私なら立ち向かえる。
私はもう…一人ではない。私を心で支えてくれる人がいる。
幻ではない……確かにいるんだ……そう確信する事ができた。
何度でも…何者かが私の中からあの人の記憶を奪っているのだとしても…私は何度でも思い出す。
ハルモニアが生きている限り私は絶望に沈んだりしない。
「ハルモニア私を案内してくれ。ノイモーント卿のもとへ。」
