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「初対面なのに失礼な人だな。別に珍しくなんてないでしょ?お墓参りに来るくらい。
ちょっと、私の話、聞いてる?」
「…いや、その…すまない。」
「ふーん…まあ、別にいいけどね。でも、そんな顔なんてあなたらしくないよ。
ね、“イルドゥン”?」
あの時から私の時間は止まったままで…
あの時から今までずっと長い間…そう長い間引きずり続けてきた想いがあった…
《I miss you》
「…イルドゥン。君、僕の話聞いてる?」
「…出ていけ。」
「またまた。せっかく僕が気をきかせて大好きな君のところへー…
…っと、いきなり剣を抜くなんて過激な愛情表現だねーイルドゥン。」
主人のいなくなったこの針の城に今日も酷く下卑た声が響く。
下卑た声の主の名はゾズマ。
私と同じ吸血妖魔の一族であり、一族内でも上位に位置する“格”を持つ男だが…
「チッ…貴様が同じ一族だと考えると目眩がしてくる。」
こんな嫌味を言ったところでこいつは一向に気にしない。
いい加減、何百年と顔を合わせていれば嫌でも分かってはいるが…
「君が照れるのはいつもの事だからねー。おっ、それ白薔薇が作った紅茶だろ?
僕も飲もう、と。」
そう言うとゾズマは私の了承など待たずに、さも当然とばかりにポットからカップへと紅茶を注いだ。
「うーん…やっぱり、白薔薇の紅茶は格別だね。
イルドゥン、君は?もう飲まないのかい?」
「…勝手にしろ。」
…ため息が出ると同時に頭まで痛くなってきたのは言うまでもない。
「…今日は命日だね。」
「……。」
奴は窓の外へと静かに視線を向け、静かに言葉を紡いだ。
パタパタ…と机の上に広げてあった読みかけの本のページが風によって動く。
「てっきり泣いてるのかと思ったけど?」
「…誰が。」
「…そう。僕は白薔薇と一緒に行くけれど、君は?
今年も行かないのかい?
…………沈黙って事は肯定って事だね。
まっ、君の自由に僕が口出しする権利もするつもりもないけれど。
じゃ、僕はもう行くね。」
次の瞬間には飲みかけの紅茶だけを残して、ゾズマは私の前から姿を消していった。
「…じゃあ、さよなら…だね。」
「……。」
「逃げるような形になっちゃったけど私は…って、こんなのただの言い訳だね。
…でもね、一つだけ言わせて…」
「…夢…か…」
いつの間に寝ていたのだろうか…
気が付けば、窓の枠が切り取っていた空の色は覚めるような青から柔らかな赤へと徐々に姿を変えていた。
そう…あいつの血と同じように…
私は背もたれに大きく寄り掛かると、自分の手で目をおおった。
…ああ…ずっと前から気付いてはいた。あの日からずっとずっと胸の奥で燻り続けていた想い。
あの日…アセルスが私達…私のもとから離れていったあの時から…
半妖の少女
世界の異端者
汚れし者
そう呼ばれていたあいつが選んだ道は永遠を捨てて有限を生きること…
“人になること”だった。
生意気にこちらに反抗の目を向けたかと思えば、一転して頼りなく瞳を揺らす事もあった。
いつからだろうか?
汚らわしいとしか思わなかったあいつから目を逸らせなくなったのは…目で追っていたのは…
あいつの手が私から離れていったあの時、本能に任せて血を啜ってしまえばよかったのだろうか…?
かつての妖魔の君がそうしたように。
縛って…しばって…自分の寵妃にしてしまえば…そうすれば…いや…いっそ…
その命までも…
「…愚かだな、私は…」
…そんな事をしてしまえば、あいつは“アセルス”ではなくなってしまうというのに…
醜い独占欲。
だが、それは今だに溢れ続けていて…
いくな…行くな…逝くな…イクナ…
自分の瞳から何かが零れ落ちる。
それが涙だと気が付いたのは後になってからだった…
朝靄(あさもや)の海の中、気が付けば私はそこにいた。
羽織っていた外隱がやけに重く感じるのは、この靄のせいか…それとも別の何かか…
「……。」
白い墓石に刻まれた文字がぼやけてだぶる。
白薔薇様達が供えた花だろうか…墓の横に置かれたラベンダーの香りが静かに鼻腔をくすぐっていった…
気が付けば、私は屈んで墓石に刻まれた少し苔むした文字を指でなぞっていた…
アセルス、ここに眠る。
願わくばその眠りが安らかであらんことをー…
「…あれ?お墓に人?」
どれ程そこにいたのだろうか?辺りを包んでいた靄はいつの間にか薄くなり、自分の隣に花を持った誰かが立っていた。
「…本当は昨日のうちに来たかったんだ。でも、ちょっと来れなくて…だから朝一で来るつもりだったんだけど…まさか、先客がいるなんてー…
…って、どうかしました?じーっとこっち見てません?」
…言葉が…詰まった……
「…初対面なのに失礼な人だな。
別に珍しくなんてないでしょ?お墓参りに来るくらい。…ちょっと、私の話、聞いてるの?」
「…いや、その…すまない。」
そんなわけがない。
あいつはもういない。
いない…はずなのに…
目の前の少女は…あの時のあいつそのものだった…
「ふーん…まあ、別にいいけどね。
でも、そんな顔なんてあなたらしくないよ。ね、“イルドゥン”?
…あれ…なんで私、あなたの名前…まあ、いっか。」
そう言うと…あいつ…いや“彼女”は目を細めて静かに笑った…
「ここに眠っているのは私のひいおばあちゃんなんだ。
私が生まれる前にひいおばあちゃんは死んじゃったけど、ひいおばあちゃんはいつも笑ってたんだって。
…おばあちゃんが話してくれた。」
彼女は楽しそうに歌うように言葉を紡ぐ。
「…でもね、時々寂しそうに遠くを見ることもあったって…
ひいおばあちゃんには大切な人がいたかもしれない…そうとも言ってた。
…おかしいよね?会ったばかりのあなたにこんな話をするのも。」
いつかあいつは言っていた…
永遠の止まった時間を生きる妖魔…
限りある時間を走りぬけ、そして螺旋のように廻る人間…
どちらが本当の意味で“永遠”なのだろうか…と…
「あなたも祈ってあげて。
そうしたらひいおばあちゃん、すごく喜ぶと思うんだ。」
ー…ありがとう…ー
どこか遠くからあいつの声が聞こえた気がした…
Fin
ちょっと、私の話、聞いてる?」
「…いや、その…すまない。」
「ふーん…まあ、別にいいけどね。でも、そんな顔なんてあなたらしくないよ。
ね、“イルドゥン”?」
あの時から私の時間は止まったままで…
あの時から今までずっと長い間…そう長い間引きずり続けてきた想いがあった…
《I miss you》
「…イルドゥン。君、僕の話聞いてる?」
「…出ていけ。」
「またまた。せっかく僕が気をきかせて大好きな君のところへー…
…っと、いきなり剣を抜くなんて過激な愛情表現だねーイルドゥン。」
主人のいなくなったこの針の城に今日も酷く下卑た声が響く。
下卑た声の主の名はゾズマ。
私と同じ吸血妖魔の一族であり、一族内でも上位に位置する“格”を持つ男だが…
「チッ…貴様が同じ一族だと考えると目眩がしてくる。」
こんな嫌味を言ったところでこいつは一向に気にしない。
いい加減、何百年と顔を合わせていれば嫌でも分かってはいるが…
「君が照れるのはいつもの事だからねー。おっ、それ白薔薇が作った紅茶だろ?
僕も飲もう、と。」
そう言うとゾズマは私の了承など待たずに、さも当然とばかりにポットからカップへと紅茶を注いだ。
「うーん…やっぱり、白薔薇の紅茶は格別だね。
イルドゥン、君は?もう飲まないのかい?」
「…勝手にしろ。」
…ため息が出ると同時に頭まで痛くなってきたのは言うまでもない。
「…今日は命日だね。」
「……。」
奴は窓の外へと静かに視線を向け、静かに言葉を紡いだ。
パタパタ…と机の上に広げてあった読みかけの本のページが風によって動く。
「てっきり泣いてるのかと思ったけど?」
「…誰が。」
「…そう。僕は白薔薇と一緒に行くけれど、君は?
今年も行かないのかい?
…………沈黙って事は肯定って事だね。
まっ、君の自由に僕が口出しする権利もするつもりもないけれど。
じゃ、僕はもう行くね。」
次の瞬間には飲みかけの紅茶だけを残して、ゾズマは私の前から姿を消していった。
「…じゃあ、さよなら…だね。」
「……。」
「逃げるような形になっちゃったけど私は…って、こんなのただの言い訳だね。
…でもね、一つだけ言わせて…」
「…夢…か…」
いつの間に寝ていたのだろうか…
気が付けば、窓の枠が切り取っていた空の色は覚めるような青から柔らかな赤へと徐々に姿を変えていた。
そう…あいつの血と同じように…
私は背もたれに大きく寄り掛かると、自分の手で目をおおった。
…ああ…ずっと前から気付いてはいた。あの日からずっとずっと胸の奥で燻り続けていた想い。
あの日…アセルスが私達…私のもとから離れていったあの時から…
半妖の少女
世界の異端者
汚れし者
そう呼ばれていたあいつが選んだ道は永遠を捨てて有限を生きること…
“人になること”だった。
生意気にこちらに反抗の目を向けたかと思えば、一転して頼りなく瞳を揺らす事もあった。
いつからだろうか?
汚らわしいとしか思わなかったあいつから目を逸らせなくなったのは…目で追っていたのは…
あいつの手が私から離れていったあの時、本能に任せて血を啜ってしまえばよかったのだろうか…?
かつての妖魔の君がそうしたように。
縛って…しばって…自分の寵妃にしてしまえば…そうすれば…いや…いっそ…
その命までも…
「…愚かだな、私は…」
…そんな事をしてしまえば、あいつは“アセルス”ではなくなってしまうというのに…
醜い独占欲。
だが、それは今だに溢れ続けていて…
いくな…行くな…逝くな…イクナ…
自分の瞳から何かが零れ落ちる。
それが涙だと気が付いたのは後になってからだった…
朝靄(あさもや)の海の中、気が付けば私はそこにいた。
羽織っていた外隱がやけに重く感じるのは、この靄のせいか…それとも別の何かか…
「……。」
白い墓石に刻まれた文字がぼやけてだぶる。
白薔薇様達が供えた花だろうか…墓の横に置かれたラベンダーの香りが静かに鼻腔をくすぐっていった…
気が付けば、私は屈んで墓石に刻まれた少し苔むした文字を指でなぞっていた…
アセルス、ここに眠る。
願わくばその眠りが安らかであらんことをー…
「…あれ?お墓に人?」
どれ程そこにいたのだろうか?辺りを包んでいた靄はいつの間にか薄くなり、自分の隣に花を持った誰かが立っていた。
「…本当は昨日のうちに来たかったんだ。でも、ちょっと来れなくて…だから朝一で来るつもりだったんだけど…まさか、先客がいるなんてー…
…って、どうかしました?じーっとこっち見てません?」
…言葉が…詰まった……
「…初対面なのに失礼な人だな。
別に珍しくなんてないでしょ?お墓参りに来るくらい。…ちょっと、私の話、聞いてるの?」
「…いや、その…すまない。」
そんなわけがない。
あいつはもういない。
いない…はずなのに…
目の前の少女は…あの時のあいつそのものだった…
「ふーん…まあ、別にいいけどね。
でも、そんな顔なんてあなたらしくないよ。ね、“イルドゥン”?
…あれ…なんで私、あなたの名前…まあ、いっか。」
そう言うと…あいつ…いや“彼女”は目を細めて静かに笑った…
「ここに眠っているのは私のひいおばあちゃんなんだ。
私が生まれる前にひいおばあちゃんは死んじゃったけど、ひいおばあちゃんはいつも笑ってたんだって。
…おばあちゃんが話してくれた。」
彼女は楽しそうに歌うように言葉を紡ぐ。
「…でもね、時々寂しそうに遠くを見ることもあったって…
ひいおばあちゃんには大切な人がいたかもしれない…そうとも言ってた。
…おかしいよね?会ったばかりのあなたにこんな話をするのも。」
いつかあいつは言っていた…
永遠の止まった時間を生きる妖魔…
限りある時間を走りぬけ、そして螺旋のように廻る人間…
どちらが本当の意味で“永遠”なのだろうか…と…
「あなたも祈ってあげて。
そうしたらひいおばあちゃん、すごく喜ぶと思うんだ。」
ー…ありがとう…ー
どこか遠くからあいつの声が聞こえた気がした…
Fin