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アセルスー早くいらっしゃい。綺麗なお花が咲いてるわよ―
待って、母さーん!父さーん!…はあ…はあ…やっと追い付いた……わぁー……
ほら、アセルス?こうした方がよく見えるだろー?
よかったわね、アセルス。お父さんに抱っこしてもらえて。
えへへ。ねえ、母さん。このいい香りがするお花、なんてお名前?
このお花?この花の名前はね……
どこまでも続く紫と青色。
それは綺麗で甘くて…とても悲しい夢だった。
《ラベンダー》
「夢……なの…?」
夢…今のは夢?
「コッチが夢ならばよかったのに…」
誰に言うわけでもなく、そう一言呟いて机の上に置いてある水差しから水を飲んだ。
喉のヒリヒリとした渇きが徐々に薄れていくのが自分でも分かる。
でも、心はどこか渇いたまま。
私は、自分の部屋の窓をそっと開けた。
眼下にはどこまでも続く青薔薇の庭。空には虚ろに広がる紫紺の闇。
…私の大っ嫌いな世界があった。
「…もう少しで夜明けかな…夢のせいで早く起きちゃった。」
夜明けといってもここでは眩しい光がさすわけじゃなくて、空の紫色が少し薄くなるだけだけどね。
私が起きてから一ヵ月…この一ヵ月で私の世界はガラリと変わってしまった。
起きたら知らない世界で、まわりも知らない人ばかり。
そして…
―…お前はもはや人間ではない…―
「ッ!違う!私は…私はそんなんじゃない!!」
そこまで考えて、慌てて思考をブッツリと切った。
さっき水を飲んだばかりなのに、もう喉の奥がヒリヒリとしている。
違う、違う!!私は化け物なんかじゃない!!
部屋の鏡に写る私の姿は…とても痛々しかった。
「…少し外の空気を吸おう…あまり変わらない気もするけど…」
外の風景も嫌いだけど、この城の中はもっと嫌いだから。
薄暗い廊下を燭台に灯したロウソクの光を頼りに進んでいく。
周りにはとても繊細で豪華絢爛な装飾品や調度品。
昔、母さんが読んで聞かせてくれた絵本のなかのようなお城。
でも、今の私にはこんなもの目障りなだけ。
白熱灯の明るい光や不恰好だけど暖かい木の机やベッドが恋しかった。
「あんな夢、見たから余計かな…」
考え事をしているうちに長い長い廊下も終わって、中庭までたどり着いた。
さっきはずっと下に見えた青薔薇達が目の前を青く染め、視線を空に移せば変わらない紫色の空がそこにあった。
「あの時と同じ色なのに、空と花の色が反対ってだけでどうしてこんなに変わっちゃうんだろう…」
そう呟き、城からは死角になる場所を選んで腰を下ろす。今は誰にも会いたくなかった。
この城に連れてこられてから、どれだけ冷たい視線を受けただろう。
半妖…紫の血…
汚らわしいもの…
忌むべきもの…
耳を塞いでも聞こえてくる声。嘲笑。
一生懸命、無視をした。
言い返したところでどうしようもないと知っていたから。
だけど、泣きもしなかった。
泣いてしまったら、負けてしまうような気がしたから。負けを認めるのは嫌だったから。
だから、泣きたい時は唇が白くなるまで噛んで痛みで涙を抑えていた。
でも…でも……
「っ…ヒック…うっ…えっ…」
もう限界。
自分の膝を抱いて声を殺す。
本当は大声を上げて泣きたいけれど、やっぱりこんな姿を知られたくなかったから。
苦しいのは無理矢理声を抑えているから?それとも別の理由?
……きっとどっちもだと思う。
抱き締めた自分の体は前と変わらず暖かかった。
この暖かさが救いだった。だって血の色が変わってもこれだけは変わらなかったから。
私は私だよ。何も変わっていないんだよ。……そう言ってもらえてる気がしたから。
「っう…ひっぐ…帰りたい…帰りたいよ…会いたいよ…母さんや父さん…に会いたい…会いたいんだよ…」
二人はもういない…わかっているけど願わずにはいられなかった…
「ったく…あの半妖は…訓練の時間だというのに…」
「そんな言い方はないのではなくて?アセルス様だって、急激な変化に驚いていらっしゃるのよ。」
「しかし、白薔薇様…。…わかりました、探してまいります。白薔薇様はしばらくお待ちください。」
「頼みましたよ…。あっ、そうだわ。イルドゥン、あなたにもこれを…」
あの半妖が起きてからというもの針の城の空気が変わった。
それがいい変化なのか、はたまた悪い変化なのか…
セアトやあのラスタバンまでも様子がおかしくなった。
…私には関係がないがな。
「チッ…どこまで行ったんだ。あの半妖は。」
部屋はもちろんのことあいつが行きそうな場所をしらみ潰しにあたっているが中々見つけることができない。
まさか、モンスターのいる塔に…?
「いや、あそこは封鎖されているはず…だが、城内は大方探した。…あとは…」
中庭か…
すぐさま中庭へと空間を渡る。庭では今日も青薔薇が咲き誇り、いつものように芳香を撒き散らしている。
ただ、今日は少し違った。
自分の周りだけを薔薇とは違う種類の芳香が包み込んでいる。
「白薔薇様からいただいたこの花のせいか?なんという花だ?…しかし、この花の色…」
花の色は…美しい紫だった。
「…何を考えてるんだ、私は。」
一瞬頭に浮かべた人物の影を振り払うように頭をふる。
慣れない香りのせいで酔ったのだろうか…?
「馬鹿馬鹿しい。早く見つけなければ…。…アレは?」
あいつはそこにいた。周りから隠れるように、小さな背をさらに小さくして…
「……。」
喉まで出かかった声が詰まる。
それほどまでにその姿が痛々しかった。
声をかけることもしないでそっとその顔をのぞく。
…寝ているのだろうか?規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「…涙?」
眠るコイツの顔にうっすらと涙の跡が見えた。
…泣いていた?この娘が?城の中ではただの一度も泣かなかったこの娘が?
「……。」
「…っ、わ、わたし、寝ちゃってたの?…えっ?これ……」
目覚めた私の肩にはさっきまではなかったマントがかかっていた。
「誰が…一体…この城の人で好き好んで私に近づく人なんか…。ッ…!?」
薔薇のむせ返るような香りじゃない。
マントから柔らかな香りが漂い、鼻をくすぐった。
…この香りは…
「ラベンダー…ッ…!」
それは、あの初夏の花畑で母さんと父さんと一緒にかいだ、あの匂いそのものだった。
止まったはずの涙がまた流れてくる。でも、さっきまでの涙とは違う。
うれしかった。
ずっと一人だと思ってた。
誰かは分からない。でも、これだけで十分だった。
私を気に掛けてくれている人がいる。その事実だけでうれしくて、うれしさで胸が詰まりそうになった。
ダメだ…今日は泣きすぎた…
でも、少しくらいならいいでしょ?今だけ…今だけは……
そうしたら、いつもの私に戻るから…
「遅い!何時だと思っている!!」
「そ、そんなに怒ること…!…あれ?この香り…」
「何を不抜けている。さっさと剣を握れ!」
まさかね……
ラベンダーの香りがした。
Fin
待って、母さーん!父さーん!…はあ…はあ…やっと追い付いた……わぁー……
ほら、アセルス?こうした方がよく見えるだろー?
よかったわね、アセルス。お父さんに抱っこしてもらえて。
えへへ。ねえ、母さん。このいい香りがするお花、なんてお名前?
このお花?この花の名前はね……
どこまでも続く紫と青色。
それは綺麗で甘くて…とても悲しい夢だった。
《ラベンダー》
「夢……なの…?」
夢…今のは夢?
「コッチが夢ならばよかったのに…」
誰に言うわけでもなく、そう一言呟いて机の上に置いてある水差しから水を飲んだ。
喉のヒリヒリとした渇きが徐々に薄れていくのが自分でも分かる。
でも、心はどこか渇いたまま。
私は、自分の部屋の窓をそっと開けた。
眼下にはどこまでも続く青薔薇の庭。空には虚ろに広がる紫紺の闇。
…私の大っ嫌いな世界があった。
「…もう少しで夜明けかな…夢のせいで早く起きちゃった。」
夜明けといってもここでは眩しい光がさすわけじゃなくて、空の紫色が少し薄くなるだけだけどね。
私が起きてから一ヵ月…この一ヵ月で私の世界はガラリと変わってしまった。
起きたら知らない世界で、まわりも知らない人ばかり。
そして…
―…お前はもはや人間ではない…―
「ッ!違う!私は…私はそんなんじゃない!!」
そこまで考えて、慌てて思考をブッツリと切った。
さっき水を飲んだばかりなのに、もう喉の奥がヒリヒリとしている。
違う、違う!!私は化け物なんかじゃない!!
部屋の鏡に写る私の姿は…とても痛々しかった。
「…少し外の空気を吸おう…あまり変わらない気もするけど…」
外の風景も嫌いだけど、この城の中はもっと嫌いだから。
薄暗い廊下を燭台に灯したロウソクの光を頼りに進んでいく。
周りにはとても繊細で豪華絢爛な装飾品や調度品。
昔、母さんが読んで聞かせてくれた絵本のなかのようなお城。
でも、今の私にはこんなもの目障りなだけ。
白熱灯の明るい光や不恰好だけど暖かい木の机やベッドが恋しかった。
「あんな夢、見たから余計かな…」
考え事をしているうちに長い長い廊下も終わって、中庭までたどり着いた。
さっきはずっと下に見えた青薔薇達が目の前を青く染め、視線を空に移せば変わらない紫色の空がそこにあった。
「あの時と同じ色なのに、空と花の色が反対ってだけでどうしてこんなに変わっちゃうんだろう…」
そう呟き、城からは死角になる場所を選んで腰を下ろす。今は誰にも会いたくなかった。
この城に連れてこられてから、どれだけ冷たい視線を受けただろう。
半妖…紫の血…
汚らわしいもの…
忌むべきもの…
耳を塞いでも聞こえてくる声。嘲笑。
一生懸命、無視をした。
言い返したところでどうしようもないと知っていたから。
だけど、泣きもしなかった。
泣いてしまったら、負けてしまうような気がしたから。負けを認めるのは嫌だったから。
だから、泣きたい時は唇が白くなるまで噛んで痛みで涙を抑えていた。
でも…でも……
「っ…ヒック…うっ…えっ…」
もう限界。
自分の膝を抱いて声を殺す。
本当は大声を上げて泣きたいけれど、やっぱりこんな姿を知られたくなかったから。
苦しいのは無理矢理声を抑えているから?それとも別の理由?
……きっとどっちもだと思う。
抱き締めた自分の体は前と変わらず暖かかった。
この暖かさが救いだった。だって血の色が変わってもこれだけは変わらなかったから。
私は私だよ。何も変わっていないんだよ。……そう言ってもらえてる気がしたから。
「っう…ひっぐ…帰りたい…帰りたいよ…会いたいよ…母さんや父さん…に会いたい…会いたいんだよ…」
二人はもういない…わかっているけど願わずにはいられなかった…
「ったく…あの半妖は…訓練の時間だというのに…」
「そんな言い方はないのではなくて?アセルス様だって、急激な変化に驚いていらっしゃるのよ。」
「しかし、白薔薇様…。…わかりました、探してまいります。白薔薇様はしばらくお待ちください。」
「頼みましたよ…。あっ、そうだわ。イルドゥン、あなたにもこれを…」
あの半妖が起きてからというもの針の城の空気が変わった。
それがいい変化なのか、はたまた悪い変化なのか…
セアトやあのラスタバンまでも様子がおかしくなった。
…私には関係がないがな。
「チッ…どこまで行ったんだ。あの半妖は。」
部屋はもちろんのことあいつが行きそうな場所をしらみ潰しにあたっているが中々見つけることができない。
まさか、モンスターのいる塔に…?
「いや、あそこは封鎖されているはず…だが、城内は大方探した。…あとは…」
中庭か…
すぐさま中庭へと空間を渡る。庭では今日も青薔薇が咲き誇り、いつものように芳香を撒き散らしている。
ただ、今日は少し違った。
自分の周りだけを薔薇とは違う種類の芳香が包み込んでいる。
「白薔薇様からいただいたこの花のせいか?なんという花だ?…しかし、この花の色…」
花の色は…美しい紫だった。
「…何を考えてるんだ、私は。」
一瞬頭に浮かべた人物の影を振り払うように頭をふる。
慣れない香りのせいで酔ったのだろうか…?
「馬鹿馬鹿しい。早く見つけなければ…。…アレは?」
あいつはそこにいた。周りから隠れるように、小さな背をさらに小さくして…
「……。」
喉まで出かかった声が詰まる。
それほどまでにその姿が痛々しかった。
声をかけることもしないでそっとその顔をのぞく。
…寝ているのだろうか?規則正しい呼吸音が聞こえてくる。
「…涙?」
眠るコイツの顔にうっすらと涙の跡が見えた。
…泣いていた?この娘が?城の中ではただの一度も泣かなかったこの娘が?
「……。」
「…っ、わ、わたし、寝ちゃってたの?…えっ?これ……」
目覚めた私の肩にはさっきまではなかったマントがかかっていた。
「誰が…一体…この城の人で好き好んで私に近づく人なんか…。ッ…!?」
薔薇のむせ返るような香りじゃない。
マントから柔らかな香りが漂い、鼻をくすぐった。
…この香りは…
「ラベンダー…ッ…!」
それは、あの初夏の花畑で母さんと父さんと一緒にかいだ、あの匂いそのものだった。
止まったはずの涙がまた流れてくる。でも、さっきまでの涙とは違う。
うれしかった。
ずっと一人だと思ってた。
誰かは分からない。でも、これだけで十分だった。
私を気に掛けてくれている人がいる。その事実だけでうれしくて、うれしさで胸が詰まりそうになった。
ダメだ…今日は泣きすぎた…
でも、少しくらいならいいでしょ?今だけ…今だけは……
そうしたら、いつもの私に戻るから…
「遅い!何時だと思っている!!」
「そ、そんなに怒ること…!…あれ?この香り…」
「何を不抜けている。さっさと剣を握れ!」
まさかね……
ラベンダーの香りがした。
Fin