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私があなた方を愛したように、あなた方が互いに愛し合う事、これが私の掟である。
友の為に命を捨てる事、これ以上の愛を人は持ちえない。
もう、私はあなた方を僕とは呼ばない。
僕は主人が何をしているか、知らないからである。
私はあなた方を友と呼ぶ。私は父から聞いた事は全て、あなた方に知らせたからである。
あなた方が私を選んだのではなく、私があなた方を選んだのである。
私があなた方を任命したのは、あなた方が出掛けて行き、実を結び、その実がいつまでも残る為であり、また、あなた方が私の名によって父に願う事は、何でも叶えていただけるようになるためである。
あなた方が互いに愛し合う事、これを私はあなた方に命じる。
【ヨハネによる福音書 第15章】
一条の灯が差し込み見えない腕を使い雨戸を叩く。決して聞こえないノック音に従って戸を開け放てば、この時期にしては暖かな小春日和の風が一陣部屋へと入り込み窓辺に飾られた花を、そして私の髪を梳いて行った。
風に習う様に昨日シャールが活けてくれた花の花弁を指先で触れて一つ笑みを溢した。本当はいつもここに活けられた花に優しく触れるのは私の指先ではなくここに越して来た時からある白のー……今は色あせ日に焼けてしまったレースのカーテンの仕事なのだけれど……
「でも、あの子達……レースのカーテンなんて持って行ってどうするつもりなのでしょうか……」
指先で円を描きもう一度咲く花に触れると同時に湧き上がったのはそんな疑問で、部屋に自分以外のものがいない事をいい事に言葉に封はせずそのまま紡いだ。つい先日までこの窓に掛かっていたカーテンと、理由なしに「ミューズ様、それちょうだい!」とだけ告げてカーテンを持って行ってしまった子供達の何やら慌ただしかった様子を思い出しながら。
あのカーテンは元々住んでいた屋敷から持って来た高級品ー……というわけではない。おそらく、この家に私達以前に住んでいた人達が残していった、忘れ物。ありふれたどこにでもある品物だけれどー……
「……ふふっ……私少し気に入っていましたの。でも、あの子達の頼みとあっては仕方ありませんね。……あら、手紙、かしら??……ッ!!」
視線の隅に外と部屋とを繋いでいる扉が映る。その扉と床の隙間から顔を覗かせている白い封筒の存在に私が気が付いたのはそんな時で、身を屈め手に取り封を切ってー……内容を読み終えると同時に弾かれた様に部屋を飛び出した。
白い光が瓦礫を照らしている、前へ前へと足を走らせるごとにパキリ、と崩れ降り積もったガラスの欠片達が硬質な音を奏でていた。私の乱れる息の合間を縫うように足音がこだまする。
『あなたの大切な人と共にお待ちしております。会いたくばピドナの街外れの廃教会まで』
先程読んだ手紙の一文がリフレインする。最悪の想像と共に、鼓動と共に駆け抜ける。
ここピドナは今だに貧富の差が激しい街だ。没落しているとは言えクラウディウスの名を良く思わない人間もいるだろう。そして、そんな家に長年仕えてくれている彼の事をよく思わない人間も、また……
ドクリ、左胸が早鐘を打つ。どうか、シャール無事でいて下さい……!!
手の平を通じて伝わる冷たい温度を握り締めて、扉を開けた。
++++++++++++++++++
「ミューズ様、ご無事……!!……でっ……」
「あっ、あの……シャール、私も何が何なのか……」
「シャール遅いわ!ミューズ様を待たせるなんて騎士失格じゃない!」
シャールの口から零れ落ちた乱れた呼吸音が廃教会の空気を揺すり、私の耳へと届く。褪せたカーテン越しに見えたシャールの表情に思わず苦い笑みが浮かび言葉が詰まった。説明しようにも自分自身もまだ事態が飲み込めていないのだ。走ってここ来たけれどあなたの姿はなくて代わりにいたのは子供達でー……そして、ほつれが直されたレースのカーテンを被せられて、野花を束ねたブーケを手渡されて……
「よし!準備は完璧ね!……本当はこの道を歩く手を引くのはシャールじゃだめなんだけど、贅沢は言ってられないわ!さあ、シャール、ミューズ様の手を取って!こういうのはね、大切な事なんだって本に書いてあったわ!」
廃教会の立て付けが悪くなった教会が静かに、少しずつ開いていく。蝶番が奏でる油が切れたような音が埃舞う空間に響く。聖堂の天井に空いた穴から差し込む柔らかな光の柱が床を彩り、照らしていた。
「新郎新婦の入場です!」
花が舞う。花が踊る。私が今手にしているブーケと同じ花の花びらが子供達の手から離れて足元へと落ち、広がった。
所々音が消える、私がいつか子供達に教えたピアノ曲に導かれる様に、私と同じく事態を把握できていないシャール共に祭壇が置かれた最奥へ向かい身廊を歩いた。サラリ、と身に纏ったレースのカーテンが衣擦れの音を立てていた。
いいえ、これはカーテンではありませんわ……これはあの子達が私の為に作って下さった……花嫁の、ヴェール……?
祭壇の前でシャールと二人歩みを止め、焼け爛れた、それでも気品を失わない聖母子が描かれたステンドグラスを見上げ、息を飲んだ。一度瞳を伏せ息を吐き、改めて前を見つめて。
健やかなる時も、病める時もー……
子供達の愛らしい小さな唇から紡がれた誓いの言葉が降り積もる、降りしきる。ふっ、と、触れた指先をそのまま流れる様に、隣の彼の無骨な、私が大好きな指と絡み合わせた。
小さな、おままごとの、結婚式。世界一の、結婚式。
健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、私と共に歩んでくれた、人。そして、これからも共に歩みたい、共に芽吹いた芽を育てたいと願う人の、名前は……
「これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命の限り、真心を尽くす事を、誓いますか?」
Fin
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