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「なあ、知ってるか?アセルスお姉ちゃん!」
「ん?どうしたの、レッドくん?」
「あのな、虹の下には宝物が埋まってるんだぜ!」
「たからもの?」
「うん!かあさんが言ってたんだ!虹は宝物を見つけるための地図なんだって!!
すげーよな!何があるんだろーなー!」
「ふふ…レッドくんは宝物は何だと思うの?」
「お姉ちゃんこそ、宝物は何だと思ってるんだー?」
「私…私は……」
小さな男の子が話してくれたおとぎ話。
私はその子のように無邪気には信じなかったけど…
素敵だなって思ったんだ。
《虹》
「ア・セ・ル・ス!遊びに来たよー!!」
「また、あなたなの?ゾズマ。って、勝手に人の部屋に入るのって失礼だと思うけどな。
…これ言うの何回目だと思ってるの?」
「うーん…120回目くらい?」
「はあ…もういいよ…」
今日も今日とて、自身の部屋に戻った私が漏らすのは諦めに似た深いため息。
私の部屋に堂々と不法侵入しているコイツは吸血妖魔で名をゾズマと言う。
こう見えて妖魔の中でも屈指の力を持つ実力者なんだけど…
勝手に人の部屋に侵入するわ、あまつその侵入先のソファーで堂々とくつろいでいるわ、人のカップを使って勝手に紅茶を飲んでいるわ…。
とにかく何もかも非常識な行動をとる男なのだ。このゾズマという妖魔は。
…いや、正直ただの変態だよね…コイツは…。格好も含めて。
いい加減、ゾズマがどんな妖魔であるか分かってはきているけれど、生憎、このため息だけはこれから先も止めることは出来ないんだろうな。きっと。
「アセルスー?ため息ばかりだと幸せ逃げるよー?」
「誰のせいだと思う?」
思わず眉間に伸びる私の手。本当に誰のせいでため息が出てると思ってるわけ?
不機嫌をそのままに言葉を紡げば、返ってきたのは至極楽しいと言わんばかりのゾズマの声。
「アセルスー。君、あいつに似てきたね。眉間の皺なんてそっくりだ。」
「なっ…!?誰があんな鬼教官なんか…!?」
「おっかしいなー。誰もイルドゥンの事だなんて言ってないよー。」
ゾズマの言葉に心臓をドクンッ一度と大きく騒つく。
慌ててゾズマを睨むけど、ゾズマは綺麗な顔を楽しそうに歪めて私を見下ろしていて…
…絶対、楽しんでるな…
「顔真っ赤だねー……もしかして僕を誘ってー…」
「出てけぇええええええ!!!」
横の机に置いてあった分厚い本をゾズマに向かって私は思いっきり投げ付けた。
心臓の音がバクバクと騒いで煩いったらない。
何なの!この変態妖魔は!!
「おっと、危ないなー。」
私の投げた本はゾズマに楽々とキャッチをされた。なんでゾズマはいっつもこうなんだろう!!
「そう言えば、今日はすごい雨だね。天の底が抜けたみたいだ。」
私が投げ付けた本を片手にゾズマはその目を窓の外へと移した。
自然とゾズマの視線を追うように私の視線も自然と窓の方へと向かう。
ゾズマの言う通り、今日はザーザーとひっきりなしに空から水が落ちてきていた。
…雨か…私は…
「私は、雨、嫌いじゃないよ。」
へえ…珍しいねとゾズマが一言もらす。
うん、普通は苦手な人が多いもんね…
「だって、雨の音ってなぜか落ち着くでしょ?それに…」
「それに?」
「フフ…ゾズマには教えないよー」
何だよ、それ。っとゾズマの口から抗議の言葉が漏れる。
不機嫌そうなゾズマの様子が珍しくて、でも、おかしくって…自然と笑顔が出てきた。
「ふーん。まあ、君がそういう時って絶対に教えてくれないしね。今日はあきらめるよ。
そうそう、イルドゥンの姿を見なかったけど今日はどうしたんだい?
僕としては、イルドゥンの不機嫌そうな顔を見なくちゃ、ここに来た意味が半分なくなるんだけど?」
「…半分って…
…イルドゥン今日、用事があるって言って出かけちゃったよ。」
「この雨の中?」
「うーん…イルドゥンが出かけたのは朝だったから。ほら、朝は雨が降ってないでしょ?…あっ?」
朝は雨が降ってなかったよね…ってことは…
「ゾズマ!私、ちょっと出かけてくる!勝手に部屋をいじらないでね!」
「ちょっ…アセルス!?傘なんか持ってどこ…あーあー…行っちゃったよ。」
私は雨は大好きだけど濡れるのは嫌いだから。あの血も涙もない鬼教官だって濡れるのは嫌だよね?
雨足はますます強くなってきていた。
「どこに行ったのかな?イルドゥン。」
針の城から少し離れた丘まで来てみたけれど、よく考えたらイルドゥンがどこへ出かけたかって事知らなかったんだよね。
「バカやっちゃったな…
うーん…でも、少しだけあの木の下で待ってみようかな。」
木の葉は雨を防いでくれるから、傘にあたる水の量はさっきよりも少なくなって…ぱしゃんぱしゃんと葉から落ちてくる雫の音が心地よかった。
私は自然に目を閉じてその音に耳を傾けた。
それから、どのくらい経ったのだろう…
「わあ…綺麗……」
そう呟いて空を見上げる。いつのまにか鉛色をしていた空の色は徐々に薄れて…
千切れた雲の間から目が覚めるような青が顔を出していて…
そして…空には大きな大きな橋がかかっていた。
すごくすごく綺麗で…掴めないと分かっていても思わず手を伸ばさずにはいられなくて…私はそっと手を伸ばした。
「虹の下には宝物がある…だよね?」
私は幼なじみの男の子の話を思い出した。
その話を聞いたのはずっとずっと前のことだけど、素敵だなって思ったことを今でも鮮やかに思い出すことが出来る。
「宝物ってなんだろうね?」
空の虹に問い掛けても答えはもちろん返ってこなかった。
「…そこで何をしている。」
肩越しに聞こえる低い声に思わずビクッと体が動いた。…この不機嫌そうな声は…
「あなたを迎えに来たんだよ、イルドゥン。傘持っていかなかったでしょ?」
少しムスっとしながら振りかえると、そこには予想通り、眉間に綺麗な縦縞を浮かべたイルドゥンがいた。
「はあ…お前は…。妖魔は空間が渡れるのだ。傘など必要ない。
城に帰ればお前はいないとあの放蕩馬鹿妖魔から聞かされるわ…手間をかけさせるな。」
「何、それ!……ううん。いいよ…別に。」
さっきまでの幸せだった気分は一気にどこかに飛んでいっちゃって…イライラって気持ちよりも何だか少し悲しかった。
私が忘れてたのがいけないんだけど…
とにかく、今はイルドゥンの顔が見たくなくて…私は顔を伏せた。
パサッ
「…えっ?」
頭に柔らかい何かが落ちてきた。少し重量があるそれは黒い色をしていて…暖かくて…
私はびっくりして伏せていた顔を上げた。
「…こんなに体を冷やして…お前は自分の立場が分かっているのか?」
「あっ…」
そう言いながら私の頬に触れるイルドゥンの手はとても大きくて…少し冷たくて…でもとてもあったかくて……
いつまでもこうしていてほしいな……なんて……って、えっ!?
「わ、わかってる!そ、それより手!手をどけて!」
イルドゥンの瞳に写る自分の姿を見て、急に頭がクリアになる。わ…私なんて表情してるの!?
「フッ…何を慌てている?…帰るぞ。」
「う…うん。って、そんなにひっぱらないでよ…」
丘の上の空…真っ青なキャンバスいっぱいに大きな大きな橋がかかっていました。
二人を見守るように静かに、でもたしかに…
―…ねえ、イルドゥン…寒くない?大丈夫…―
―…お前のような軟弱者と同列で語るな…―
―…な、何?その言い方…―
虹の下には宝物がある。虹はそれを探すための道しるべ……
fin