短編集
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今、滅茶苦茶悪どい事考えていたでしょ?
《Mysterious Girl》
「あっ!ルッシー!!」
ロンドン、キングス・クロス駅9と3/4番線。夏季休業初日の駅のプラットホームは、当然ながら親元に帰る生徒やそれを出迎える数多くの人間達で込み合い賑わっていた。酔いそうな程の人の波に揉まれる私の耳に聞き覚えのある甲高い声が届く。声のした方へと顔を向けるが、そこには今までと何ら変わらない黒山ばかりが並んでいた。
気のせいかと、思い直したまさにその時だった。腹部に鈍い衝撃が走ったのは。視線を下へと向ければ、自分の眼下で見慣れた艶やかな長い黒髪が楽しげに揺れている。やはり、あの少女の仕業か、と、知ると込み上げるため息を押さえずにはいられなかった。
「アマノ……、何度も言っているだろう。淑女たるものそのような粗野な行動は慎むべきだ、と」
「えっ、そうだっけ?あっ、ルッシーもカエルチョコ食べる?これ、新味なんだって!」
……いつものことだが、私の話を聞いているのか?
体当たりをしたことを詫びるどころか笑顔を浮かべ、楽しげに少女は鞄を漁る。眉間の周囲が痛むのは恐らく気のせいではない。
「あれ?シシーとドラコは?」
「二人は先に帰った。たまには母子水入らずで話すのもいいだろう」
「ふーん」
蓄音機が奏でる落ち着いたクラシック音楽が趣がある店内に響く。行きつけの店で暫しの休憩を取れば、少女はつまらなそうに一言言葉をもらし、また一口、毒々しい緑色をした茶を啜った。
「……音を立てるな、みっともない。しかし、よく飲めるな……」
「緑茶は音を立てて飲むのもなんですー。ルッシーも一口飲む?」
「……いや、遠慮しておく」
「うん。絶対言うと思った」
そう答えると少女はケラケラと年相応の眩しい笑みを浮かべて楽しそうに笑う。注意する気などもはや失せた私は、ため息で返答するのが精一杯だった。
……少女―……アマノは実に不可思議な存在だ。ある日、突然私の屋敷に現われた東洋人の少女。最初は当然、追い出すことを考えた。しかし、この少女はその小さな体にそぐわない魔力キャパシティを秘めていたのだ。
この少女の力が万が一にでもあちら側に渡るのは危険過ぎる。幸いにして、この少女は自身の力に気付いていないようだが―……不確定要素は早々に潰しておくか、はたまた抱き込んで取り入れておくかに限る。
そして、私が選んだ選択は後者だった。
いくら盛り返して来ているとはいえ、全盛期に比べ我が陣営の力が衰えているのは明白だ。そして、忌々しいことだが、あちら側はかの英雄の登場も相まって士気を確実に上げている。
正直、この少女をダンブルドアの近くに送ることに抵抗はあるが―……少しでも戦力を強化しておきたいという気持ちのほうが勝った。いざという時、少女の力は確実に我が陣営の力になる。しかし、それを制御できなければ意味がない。
使えるものあればなんでも使えばいい。捨てることなど造作もないことなのだから―……そう思っていた。
「ねえねえ、ルッシーってばー」
「……なんだ」
「今、滅茶苦茶悪どい事考えていたでしょ?」
ドクリと心臓が嫌な音を立てる。開心術など使われていないはずなのに―……少女に何もかも見透かされているような感覚がした。
そんな私の様子を見た少女は、年齢に相応しくない艶やかな色を浮かべて微笑する。その少女の笑みに、私の心臓が先程とは違う種類の軋みを上げた。……この少女は今だに読めない。
「安心して。私、ルッシー好きだからずっと一緒にいてあげる。……って、ルッシー汚い。口に含んだお茶吹き出しちゃダメでしょう?」
「……ゴッホ、ガッホ―……だ、誰のせいだと―……」
……彼女にとっては何気ないであろう“好き”という言葉。しかし、私にとってその一言は、ある劣情を呼び起こすのに十分であることを少女は知らない。
告げることなどしない。だが、今だけは―……
《Mysterious Girl》
この神秘的な少女との二人だけの時間を楽しむことにしよう。
Fin