短編集
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
科学も魔法も根は一つなのよ。
《最後に笑っていたあの人の末路》
「……なーんだ、サラか。久しぶりじゃない?どういう風の吹き回し?」
「……別にたまたま近くまで来たから寄っただけだ」
数年ぶりに会った昔馴染みの女は昔と何一つ変わっていなかった。
「相変わらず女の部屋だとは思いたくない部屋だな」
「気を付けてねー。その瓶の中身水銀だし、ちょっとでも壁を触ると本の雪崩起きるから」
羊皮紙や軸の折れたペン。割れた瓶や本がそこらじゅうに散乱した薄汚れた部屋。女が溢した薬液の臭いだろうか?埃と混じりあった不快な臭気が鼻を刺す。そのあまりの惨状に眩暈をおぼえずにはいられなかった。
堪り兼ね杖を一振りすれば、次々とガラクタは片付き、不快な臭気も消えていく。その様子を見つめる女は驚くわけでもなく暢気な口笛を一つ奏でた。
「流石~サラ。片付ける手間が省けたわ」
「……最初から片付ける気なんかなかっただろうが」
「ご明答。そろそろ汚くなり過ぎたから引っ越そうか考えてたのよねー。
さっさ!今、お茶を入れるからそこに座って」
自慢げにカラカラと笑いながらそう語る女に呆れのあまり身体の力が抜ける。私の口から返事の代わりに出てきたのは、ため息だった。
「しっかし、前々から思ってたけど不思議よねーサラの力って。魔法……だっけ?」
「……私にはお前のような穢れた血は流れていないからな」
「ま~た、そういう事を言う。そんな事ばっかり言ってるといつか痛い目を見るわよ?」
その言葉を聞き流しながら、私は、女の入れた薄いおよそ茶とは思えない色のついた湯を一口含んだ。不味いも何もほぼ白湯だが、香りだけがこの水が紅茶であることを証明してる。
「でも、また随分久しぶりよね?……ホグワーツとか言ってたわよね?
どう、やりたい事とやらは片付いたの?」
「いや、まだ途中だ。お前こそ、今度はどんなくだらない事について調べている?」
「くだらなくないわよ。あたしがやってるのは科学。れっきとした学問だって前にも言ったじゃない」
女の眉間に深い皺が一つ刻まれる。どうやら、私の一言が相当癪に触ったのだろう。憮然とした表情を浮かべた女は、不快な気持ちを隠すこともなく音を立てながら紅茶を啜った。そんな女の態度に、相変わらず下品な奴だと思わずにはいられなかった。
この女は小さい頃からこうだった。自分の気持ちを隠そうともしない。そういう女だ。
「……サラ、聞いてもいい?」
「……なんだ?」
「……あなたはあたし達のことを劣ってるって言うけれど―……それってどうして?」
「そんなの決まって―……」
「確かに、あたし達はあなたみたいに杖の一振りで部屋を片付けることも出来ないし、空を飛ぶことも出来ないわ」
砂が噛んだような不快な音を立てて雨戸が軋む。窓から差し込んだ光は、女の粗末な服とあかぎれだらけの手を柔らかく包み込んだ。
「……でも、思うの。今は、確かに認めたくないけどあなたより遅れているわ。だけど、あたし達だって愚かじゃない。思考を止めなければあなたに追い付く事が出来るって。同じ位置に立つ事が出来るんじゃないか、って」
「……詭弁だな」
「あら?もしかしたら追い抜くかもしれないわよ?夜も眠らない街が出来たらどうする?空を飛ぶどころか月まで行っちゃうかもよ?」
「……ふん。魔法でも不可能な事を劣っているお前達が出来るとは思えないがな。精々、無駄なあがきを続けることだ」
くだらない絵空事ばかり口にする女に対し、徐々につのる感情は苛立ちだった。そんな私の心情を察しているのかいないのか―……女はほほ笑み、私に告げる。
「……あのね、サラ。あたし思うんだ―……」
++++++++++++++++++++
「……」
朝靄が丘を包む。丘に立ち並ぶのは欠けて苔蒸した墓石の山で、その中の一つを指でなぞれば、風化をし崩れかけた文字が目についた。
あの女が異端審問にかけられていたと私が知ったのは、女の死から何年も経った後だった……
「……本当に愚かだな、お前は。私に追い付くと啖呵を切ったのは誰だ?」
遠くから響く鎮魂の鐘の音。その音を皮肉なものだと思わずにはいられなかった。
「……本当に……本当に……」
この沸き上がってくる感情が一体何かは分からない。ただ―……
―……魔法も科学も根は一つなのよ。どっちも遠く高くを目指してる。だから、優越なんかない。人も同じだと思わない?……―
そう言って、笑う君の顔があまりに遠くて、眩しくて……
「……メティス」
呟いたその名は霧に隠れ……霧散していった。
Fin