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何かを変えることが出来る人間がいるとすれば
大事なものを捨てる事が出来る人だ
化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら
人間性をも捨て去る事が出来る人だ
何も捨てる事が出来ない人には
何も変える事が出来ない
《十六夜》
紫煙が冷気を含んだ夜半の風に棚引く。
気持ち悪いぐらい晴れ渡った夜空。
嫌味なぐらい澄んだ空に浮かぶ月は満月というには少しだけ欠けている。
明朝にはあのガキを連れて王都にたたなければならないが―……頭を蠢くそれが不快で眠れそうにない。
古城の石壁に体重をかけ、もたれる。背中が汚れちまうのが難点だが、今以上に綺麗に洗えばいいだろう。
息を吐けば臭え煙が染みのない空に広がっていった。
別に今回の遠征が初じゃない。
今まで繰り返してきた日常がまた繰り返されただけだ。
今更、自分が生き残った事を恥だとは思っていない。
俺はそこまで幼くも純粋でもない。
アイツらは―……アイツは兵士だ。
俺と同じく左胸を捧げた兵士だ。
いつかこうなる。いつか見送る立場から見送られる立場になることを覚悟していたはずだ。
―…意外です。リヴァイ兵長って誰の指示も意に介さないような人だって思っていましたから…―
―…あっ?新人、お前、喧嘩を売ってるのか?…―
―…お前じゃなくてペトラです。安心したんですよ。自分の考えだけを優先するだけの人に自分の心臓を預けるなんて無謀な真似出来ませんから…―
―…ハッ。いっぱしに言うじゃねえか。そういう事は巨人に遭遇してもビビらなくなってから言うんだな…―
「……。」
今になって脳裏に蘇るのはとうに忘れていたはずのどうでもいい会話。とるに足らない記憶。
今となっては遠い昔話。
いくら生きている俺が思い浮べようが、胸に浮かぶ記憶の中のアイツの瞳は閉じられない。動かせない。
瞼に淡い影が落ちる。
雲が出てきたとかと思えば、何って事ねえ。空には変わらず雲一つない。
静寂と沈黙が耳に響く。五月蝿い。
「……らしくねえな。」
もう何本目か分からない煙草に火を近付ける。
足元には既に吸い殻の山。
あとで徹底的に片付けねえといけないなとぼんやり考えた。
ああ、だが、もし、これが夢だったのなら。
紅い夢であったなら。
この月に狂って一瞬でも忘れる事が出来るなら。
「……安心しろ。無駄だった何て言わせねえよ。俺が覚えてる限り、最後の一人になるまでな。」
柄にもない事を考えてしまったのは、恐らく月に酔ったせいだろう。
Fin