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また、気が向いた時にでも、な。
《最期の詩》
「よお。」
夕暮れ時特有の乾いた風が髪と頬を撫でる。
暴れるだけの自分の髪はただ煩わしいだけだが、この風にいつか見た舞う銀糸を思い出した。
風雨に曝された粗末な墓石。知らなければただの石にしか思えないその下に眠る人を思う。
一体、誰が、この朽ちた石の下に、若くして散った武人が眠っていると思うだろうか?考えるだろうか?
「数日したら、帰るからな。一応その前に来てやったぜ。感謝しろよ?」
返事は当然ない。
分かっていて語り掛ける自分の姿はさぞ滑稽だろう。自分でもそう思うのだから間違いない。
「ほらよ。安酒だがな。」
風同様に乾いた石に安酒をかければ、少しずつ酒は石に、地面に染み込み、最後に残ったのは独特の甘い香りのみ。
こんな甘ったるい果実酒何ぞ普段は絶対に手に取らないが―…
「感謝して味わえよ。ギルダスの奴に馬鹿にされながら買ってきてやったんだ。」
やけに甘ったるい酒ばかり好んでいた女の姿が脳裏をよぎった。
「…嬢ちゃん、知ってるか?あいつやりやがったんだよ。」
あの豪雨の日からどれぐらい経ったのか。
近いのか―…遠いのか―…
ただ、確実なのは、それが最早手の届かない過去ということだけだ。
「お前さんの見込みは間違っちゃいなかったって事だ。
内乱は終結したよ。まだまだ課題は山積みだろうが、な。」
内政安定にはまだまだ程遠いが―…それでもここの連中ならなんとかするだろう。
実におめでたい考えだが、これがあいつらと旅した末に俺が辿り着いた答えなのだから仕方ない。
…なんて無責任な事を言ったら、お前さんは怒るだろうか?それとも呆れるのだろうか?
確かめる術はもうない。
「綺麗だな。」
山々の稜線が暖かな朱色から深みのある紫に染まっていく。
それとは反対側の空を仰ぎ見れば、点々とした散りばめられた星達が古の光を地上に降らせていた。
「…なあ、嬢ちゃん。」
―…私は、ウォルスタを愛している。…―
―…皆を愛し、守りたい…―
この世界があの不器用な女を、女が愛したのと同等に愛してくれたかどうかは分からない。
だが。
「…この国はこんなに綺麗だったんだな。」
緑のない冬の赤茶けた大地を風が行く。
それでも、俺の目に映る世界はとても美しいもののように思えて仕方なかった。
―…ねえ?カノープスは有翼人なのよね?…―
―…あっ?見りゃあわかんだろ?…―
―…じゃあ、歌が上手かったりするの?…―
―…なんで、そうなんだよ。…―
―…聞いてみただけよ。でも、いつか聞いてみたいものね。…―
―…誰がやるか、そんな恥ずかしい事…―
メロディも和音もなっていない鼻歌が北風に舞う。
妹とは似ても似つかない歌声に自分でも肩を落とす思いだが、これ以上はどう足掻いても無理なので我慢してもらうしかない。
鎮魂歌とはおよそ言えないような粗末な歌。
顔に集まった熱を紛らわすために持って来た安酒をあおれば、無駄に甘ったるい味がじわじわ広がるだけで―…
「…甘え。だが―…」
もし、お前さんがここにいたら何と言うだろうか。
もし、俺と一緒に年を重ねて、今も同じ時間を過ごしていたのなら―…
「…苦え。」
風の音だけが響く。
枯草の揺れる先にいつか見た銀糸があるような気がした。
「…いつか、また気が向いたら、な。」
彼女の髪と同じ色をした星が一つ、銀の軌跡を描いて流れていく。
いつか、また。その時まで―…
誰に約束するでなく自然に出てきた言葉は静かに霧散していった。
Fin
《最期の詩》
「よお。」
夕暮れ時特有の乾いた風が髪と頬を撫でる。
暴れるだけの自分の髪はただ煩わしいだけだが、この風にいつか見た舞う銀糸を思い出した。
風雨に曝された粗末な墓石。知らなければただの石にしか思えないその下に眠る人を思う。
一体、誰が、この朽ちた石の下に、若くして散った武人が眠っていると思うだろうか?考えるだろうか?
「数日したら、帰るからな。一応その前に来てやったぜ。感謝しろよ?」
返事は当然ない。
分かっていて語り掛ける自分の姿はさぞ滑稽だろう。自分でもそう思うのだから間違いない。
「ほらよ。安酒だがな。」
風同様に乾いた石に安酒をかければ、少しずつ酒は石に、地面に染み込み、最後に残ったのは独特の甘い香りのみ。
こんな甘ったるい果実酒何ぞ普段は絶対に手に取らないが―…
「感謝して味わえよ。ギルダスの奴に馬鹿にされながら買ってきてやったんだ。」
やけに甘ったるい酒ばかり好んでいた女の姿が脳裏をよぎった。
「…嬢ちゃん、知ってるか?あいつやりやがったんだよ。」
あの豪雨の日からどれぐらい経ったのか。
近いのか―…遠いのか―…
ただ、確実なのは、それが最早手の届かない過去ということだけだ。
「お前さんの見込みは間違っちゃいなかったって事だ。
内乱は終結したよ。まだまだ課題は山積みだろうが、な。」
内政安定にはまだまだ程遠いが―…それでもここの連中ならなんとかするだろう。
実におめでたい考えだが、これがあいつらと旅した末に俺が辿り着いた答えなのだから仕方ない。
…なんて無責任な事を言ったら、お前さんは怒るだろうか?それとも呆れるのだろうか?
確かめる術はもうない。
「綺麗だな。」
山々の稜線が暖かな朱色から深みのある紫に染まっていく。
それとは反対側の空を仰ぎ見れば、点々とした散りばめられた星達が古の光を地上に降らせていた。
「…なあ、嬢ちゃん。」
―…私は、ウォルスタを愛している。…―
―…皆を愛し、守りたい…―
この世界があの不器用な女を、女が愛したのと同等に愛してくれたかどうかは分からない。
だが。
「…この国はこんなに綺麗だったんだな。」
緑のない冬の赤茶けた大地を風が行く。
それでも、俺の目に映る世界はとても美しいもののように思えて仕方なかった。
―…ねえ?カノープスは有翼人なのよね?…―
―…あっ?見りゃあわかんだろ?…―
―…じゃあ、歌が上手かったりするの?…―
―…なんで、そうなんだよ。…―
―…聞いてみただけよ。でも、いつか聞いてみたいものね。…―
―…誰がやるか、そんな恥ずかしい事…―
メロディも和音もなっていない鼻歌が北風に舞う。
妹とは似ても似つかない歌声に自分でも肩を落とす思いだが、これ以上はどう足掻いても無理なので我慢してもらうしかない。
鎮魂歌とはおよそ言えないような粗末な歌。
顔に集まった熱を紛らわすために持って来た安酒をあおれば、無駄に甘ったるい味がじわじわ広がるだけで―…
「…甘え。だが―…」
もし、お前さんがここにいたら何と言うだろうか。
もし、俺と一緒に年を重ねて、今も同じ時間を過ごしていたのなら―…
「…苦え。」
風の音だけが響く。
枯草の揺れる先にいつか見た銀糸があるような気がした。
「…いつか、また気が向いたら、な。」
彼女の髪と同じ色をした星が一つ、銀の軌跡を描いて流れていく。
いつか、また。その時まで―…
誰に約束するでなく自然に出てきた言葉は静かに霧散していった。
Fin