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「……だって、孤独っていうのは―……」
いつも自分の考えの斜め上。
他人事だからこんなに軽く言うんじゃないのかと―……そう思わずにはいられないぐらい彼女は当然のように俺に言う。
だけど
《孤独》
「マナちゃーん!みーっけ!」
「うっわっ!?……って、なーんだゼロスか」
「何だとはなによ~。俺様ショック~」
「はいはい。言ってろ」
見慣れた金糸が視界を掠める。コレットちゃんとも違う少し色素が薄い長い糸。紫基調の、ミズホの奴らだって着ないような変わった民族衣装。近寄ってみればやっぱりその人は俺の予想通りで―……一瞬見開かれた彼女の大きなアーモンド型の瞳。だが、その瞳も今はいつもの大きさ―……いや、今度はジトッとした細いものに変わっていて、そして、彼女は一つ大きなため息を吐いた。
マナはこの世界の住人ではない……らしい。らしいというのも俺自身この話は人づてに聞いただけで本人に確かめた事はないからだ。
まあ、例え本人が異世界のから来たなんて言っていても、普通に考えれば精神疾患を患っている人間のおめでたい考えと一蹴するだろうが―……生憎、有り難くない事にテセアラとシルヴァラント―……二つの世界を俺自身行き来するようになってしまった今、そうと言えないのが悲しい。知ってしまった以上、それとは違うもう一つの世界があると否定しきれない。
「そんで?あたしに何の用?」
「何の用っていうか……屋敷に戻ろうとしたらマナちゃん見っけたからさーマナちゃんこそ一体どうしたの?こんなとこで」
「……うっ……それは―……」
そう俺が言うや否や、マナは途端に視線を泳がせ表情をたじろがせる。
それもそのはず。ここはメルトキオの所詮貧民街。まっとうな人間は避けるどころか近づこうともしないような場所だ。晴れた日中でもほとんど日の光が差し込まない路地。風の吹き溜まりになるせいか淀んだ空気はここにいつまでも残り、その腐臭は濃くなることはあれ薄まることは決してない。
勿論、そこに住む人間というのもそういう連中なわけで、普通の感覚を持つ人間なら五分とも居たくない場所だろう。特に女子供なら、な。まあ、この子に限ってはそんな常識も通じないかもしれないが―……なんて俺が思うぐらいなんだから、この子もロイド達とは違うベクトルで変わっているのかもしれない。
「……っていうか、その手に持ってるやつゴミ?えっ?まさかマナちゃんゴミ漁ってたの?」
くすんだ時計、日焼けしたボロい人形、車軸が壊れた車輪等々―……一見どころか二見、三見してもゴミとしか思えない物をマナは大事に大事そうに抱えていて―……これには流石にいくら彼女が変人だと知っていても驚かずにはいられなかった。
確かに貧民街には上のゴミも下のゴミも溜まるが、まさかそれを漁る連中なんてストリートチルドレンかそれに近い何かしかいないと思っていたからだ。
「ゴミ―……か。うん、まあ、ゴミだね」
カラカラと笑ってマナは歩き出す。いつもと同じ彼女の軽い笑顔。だけど、その笑顔の前に一瞬垣間見えたその顔は―……
「……って、ちょっとマナちゃーん!待ってよー!」
自分の胸に刺さった小さな刺に気付かないふりをして、俺はすでに小さくなり始めたその背中を慌てて追い掛けた。
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「なーんでゼロスまで一緒なのよ」
「なーんでって言われても俺様の屋敷こっちだし?っうか、ハニー達だって今日は俺様んちに泊まる―……って、もしかしてマナちゃん?それ分かってて言ってる?」
「うん。もち」
細長い二つの影が夕日に染まり赤く燃える煉瓦畳に黒の色彩を新たに描き加える。遠くで鳴る耳障りな鐘の音は夕暮れ時の雑踏と混じりやけに耳をついた。
「それにしても、だ。こんな夕暮れ間近の時間にあんなとこに行くべきじゃないって。マナちゃんも見ただろ?」
何をとはあえて言わない。見た目によらず聡い彼女だ。きっとこれだけで俺が何を言おうとしたのか分かるだろう。
別に馴れ合おうなんて気はないが、明日の新聞一面で知ってる女の凶報を見ることになるなんて事態は、流石の俺だってごめんこうむりたい。
「まあ、ね。っうか、もしかしてゼロス心配して来てくれたの?」
キョトンとした少し驚いた表情でマナは言う。今更だけど、俺ってやっぱり信用されてないな。まあ、実際されても困るわけだが―……
「今更~?俺様やっぱりショックだわ~」
いつものように道化の仮面を被って俺は言う。
「はいはい。……ありがとね」
「どーいたしまして」
“ありがとう”
彼女の恐らく心から出たその言葉がやけに重く感じた。
王侯貴族やら聖職者連中。富裕層が多く住むこの地区の真下にあの貧民街は広がっている。
何で上から下の生活が見られるような造りになってるかといえば―……まあ、見下して悦に浸るためとしか言い様がない。実際、空中テラスから下を眺める事を毎日の日課にしてる奴がいるくらいだ。
もしかしたらここは下よりも汚い場所なのかもしれない―……なんて、柄にもなくそう思った。
マナはその情景を見つめていた。ただ、じっと見つめていた。
どのくらい経ったのだろうか?太陽が完全に沈み空の色が藍色に変わっているところから察するに半刻は軽く経っているのかもしれない。
「ゼロスは、さ」
「……ん?いきなりどーったの?」
「自分は孤独だと感じることって、ある?」
唐突に紡がれたマナの言葉に僅かの間、思考が止まった。呟くように漏れたそれに思わず道化の仮面を被る事を忘れそうになる。
マナはこっちを見ていない。相変わらず、眼下の風景を見つめているのだから。仮面に気付かれていないはずなのに何故だろう―……見透かされているような感覚がどこか不快だった。
「そりゃあね~。俺様神子だし~?やっぱり悩みとかいっぱいあんのよ~?」
嘘のような真実。軽い口調でこんなことを言ってしまったのは彼女に気付いてほしかったからか、はたまた絶対に気付いてもらいたくなかったからか。……それは俺自身、よく分からない感情だった。
「そっか……うん!でも、それなら大丈夫」
「……はっ?」
晩夏の夜の僅かに冷たい風がマナの、俺の髪を悪戯に梳く。
「……だって、孤独っていうのは―……」
―……一人じゃ絶対に感じられない感情だから。だから、それを知っているゼロスは大丈夫……―
ゴミの山にしか見えないそれを優しく撫でて、マナは確かにそう言った。
「んじゃ、そろそろ帰りますか。ほーら、ちゃんとエスコートする!」
「へっ?あっ?ちょっ?マナちゃーん?」
いつも自分の考えの斜め上。他人事だからこんなに軽く言うんじゃないのかと―……そう思うぐらい彼女は当然のように言う。
だけど―……何故だろう。ほんの―……ほんの少しだけ何かが軽くなったような気がした。
Fin