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何が正しくて
何が悪くて
どうして僕が生き残ったのか
《明けの明星》
「…うわッ!さみーッ!お前、よくこんなところにいられんなー…」
「…はい。お酒はどうも苦手で。カノープスさんこそどうしたんですか?」
「…お前、本ッ当にクソ真面目だな。せっかくの宴の席なんだ。革命の立役者のお前が女王の横にいなくてどうすんだよ。」
夜半の冷たい風が葉に落ちた夜露を震わせて去っていく。
春の訪れを告げるとはまだ言えない風だが、酒で火照った体にはその風が逆に心地よくて、僕は自然と瞳を細めていた。
もう数刻もすれば東の稜線は徐々に白み、世界は昼の神ヘーメラーの光で包まれるだろう。
…もっとも、このどんちゃん騒ぎは流石のヘーメラーの力を持ってしても抑える事は出来ないだろうけど。
窓越しに宴の様子を伺い見れば、セリエさんの鉄拳がべろんべろんに酔っ払ったギルダスさんの鳩尾に綺麗に吸い込まれる、まさにその瞬間で。
…相変わらずと言えばいいのかなんと言うか…
まったく変わらないその光景をどこか微笑ましく―…思えるはずもなく、僕とカノープスさんはただただ揃って脱力をするだけだった。
「…いよいよ明日は戴冠式だな。」
「はい。」
冬の夜の象徴たる月と狩りの女神の恋人は、西の地平線の彼方へと去っていく。
その星座が沈めば、東の空に明けの明星が姿を現す。
それは、春を告げる光の女神イシュタルの御姿。
「そういや、いつかもこうしてお前と二人で話したっけな。…色々あったな。」
「…そうですね。本当に色々なことがあり過ぎて―…」
…本当に色々な事があった。
故郷を焼かれ
ゲリラ活動に身を投じ
虐殺王と罵られ
友を失い、父を失い、師を失い
姉と呼び親しんだ女性と刄を交え
そして、いつの間にか僕は“英雄”と呼ばれるようになっていた。
「…どうだ?答えは出たか?」
「…正直、まだ分かってないのかもしれません。ただ―…」
何が正しくて
何が悪くて
どうして彼女が死んで
どうして僕は生き残ったのか?
今でもはっきり覚えている。
あの日、荒野を渡っていった風を
残酷なくらい優しい色をしていた夕闇の空を
墓標に供えた純白の山百合の芳香を
そして、全天一煌めくイシュタルの光を―…
「ただ?」
カノープスさんの紅の髪がわずかに踊る。
あの日と同じ無色の瞳には僕の姿が映っていた。
偏見を持たず、相手をあるがままに見つめる静かに凪いだ瞳。
その瞳を真っすぐ見据え、僕は一つ―…たった一つの言葉を紡ぐ。
「これが答えでした。」
…と。
…そう。これこそが僕にとっての答えだった。
世界を変えることが出来るだなんて思わない。
僕はそこまで傲慢ではない。
僕に出来ることは精々小さな石を投じるぐらいだった。
でも、僕の投げた石によって生じた波紋は仲間や民達の力によっていつしか大きなうねりへと姿を変え、そして、ついにこの国は動いた。
―…偽善を振りかざし、美しい理想を掲げ、戦う。その先にあるのは“支配”するという“喜び”だな…―
―…君が光を求めるならば、私は闇に身を潜め、真っ赤な血で身も心も染めよう…―
―…人が人を利用する…、そんなの当たり前だわ。
私だって彼らを利用している。その力を使って、あなた達を倒す!
利用されようがどうだろうが私はかまわないのよ。少なくとも彼らは私を必要としてくれているわ!
デニム…あなたは私を必要としてくれるの!?…―
―…このオルゴールが教えてくれる。命という名の責任の重さをね。死んではいけない、自分の蒔いた種の成長を見届けなければならない…―
―…おのれを棄てろ…、大義のための礎となれ。現実をきちんと見据えて、よりよい選択肢を選ぶのだ…。
お前は…次の世代のために道を作るだけでよい…それを…忘れるな…―
―…言っとくがな…重いぞ?それこそ命と同じくらい、な。…―
―…けれど、ウォルスタを愛している。皆を愛し、守りたい…―
そして、答えを得ると同時に僕は理解した。
僕を突き動かしてくれていたのは誰だったのかを。僕にとっての答えが誰かにとっては悪であったということも。
だけど、そこに後悔なんかなかった。かつて、レオナールさん達がそうだったように。
「…いいんだよ、それで。誰だって本当の答えなんか持っちゃいねえんだ。だったら、自分で勝手に答えを決めるっきゃない。
…責を持って、そして進むしかない。んで、お前はそれを遣り遂げた。」
「…そうですね。今なら分かるような気がします。
それに、この国はもう大丈夫です。だって、この国の民は弱いはずなのにとても強いんですから。」
紅の髪が舞う、空が薔薇色に染まる、明けの明星が輝く。
世界はイシュタルとヘーメラーの光に包まれていった。
―…美しく…平和な国を…ありがとう…デニム君…―
どこからか強い山百合の香りがした。
Fin
何が悪くて
どうして僕が生き残ったのか
《明けの明星》
「…うわッ!さみーッ!お前、よくこんなところにいられんなー…」
「…はい。お酒はどうも苦手で。カノープスさんこそどうしたんですか?」
「…お前、本ッ当にクソ真面目だな。せっかくの宴の席なんだ。革命の立役者のお前が女王の横にいなくてどうすんだよ。」
夜半の冷たい風が葉に落ちた夜露を震わせて去っていく。
春の訪れを告げるとはまだ言えない風だが、酒で火照った体にはその風が逆に心地よくて、僕は自然と瞳を細めていた。
もう数刻もすれば東の稜線は徐々に白み、世界は昼の神ヘーメラーの光で包まれるだろう。
…もっとも、このどんちゃん騒ぎは流石のヘーメラーの力を持ってしても抑える事は出来ないだろうけど。
窓越しに宴の様子を伺い見れば、セリエさんの鉄拳がべろんべろんに酔っ払ったギルダスさんの鳩尾に綺麗に吸い込まれる、まさにその瞬間で。
…相変わらずと言えばいいのかなんと言うか…
まったく変わらないその光景をどこか微笑ましく―…思えるはずもなく、僕とカノープスさんはただただ揃って脱力をするだけだった。
「…いよいよ明日は戴冠式だな。」
「はい。」
冬の夜の象徴たる月と狩りの女神の恋人は、西の地平線の彼方へと去っていく。
その星座が沈めば、東の空に明けの明星が姿を現す。
それは、春を告げる光の女神イシュタルの御姿。
「そういや、いつかもこうしてお前と二人で話したっけな。…色々あったな。」
「…そうですね。本当に色々なことがあり過ぎて―…」
…本当に色々な事があった。
故郷を焼かれ
ゲリラ活動に身を投じ
虐殺王と罵られ
友を失い、父を失い、師を失い
姉と呼び親しんだ女性と刄を交え
そして、いつの間にか僕は“英雄”と呼ばれるようになっていた。
「…どうだ?答えは出たか?」
「…正直、まだ分かってないのかもしれません。ただ―…」
何が正しくて
何が悪くて
どうして彼女が死んで
どうして僕は生き残ったのか?
今でもはっきり覚えている。
あの日、荒野を渡っていった風を
残酷なくらい優しい色をしていた夕闇の空を
墓標に供えた純白の山百合の芳香を
そして、全天一煌めくイシュタルの光を―…
「ただ?」
カノープスさんの紅の髪がわずかに踊る。
あの日と同じ無色の瞳には僕の姿が映っていた。
偏見を持たず、相手をあるがままに見つめる静かに凪いだ瞳。
その瞳を真っすぐ見据え、僕は一つ―…たった一つの言葉を紡ぐ。
「これが答えでした。」
…と。
…そう。これこそが僕にとっての答えだった。
世界を変えることが出来るだなんて思わない。
僕はそこまで傲慢ではない。
僕に出来ることは精々小さな石を投じるぐらいだった。
でも、僕の投げた石によって生じた波紋は仲間や民達の力によっていつしか大きなうねりへと姿を変え、そして、ついにこの国は動いた。
―…偽善を振りかざし、美しい理想を掲げ、戦う。その先にあるのは“支配”するという“喜び”だな…―
―…君が光を求めるならば、私は闇に身を潜め、真っ赤な血で身も心も染めよう…―
―…人が人を利用する…、そんなの当たり前だわ。
私だって彼らを利用している。その力を使って、あなた達を倒す!
利用されようがどうだろうが私はかまわないのよ。少なくとも彼らは私を必要としてくれているわ!
デニム…あなたは私を必要としてくれるの!?…―
―…このオルゴールが教えてくれる。命という名の責任の重さをね。死んではいけない、自分の蒔いた種の成長を見届けなければならない…―
―…おのれを棄てろ…、大義のための礎となれ。現実をきちんと見据えて、よりよい選択肢を選ぶのだ…。
お前は…次の世代のために道を作るだけでよい…それを…忘れるな…―
―…言っとくがな…重いぞ?それこそ命と同じくらい、な。…―
―…けれど、ウォルスタを愛している。皆を愛し、守りたい…―
そして、答えを得ると同時に僕は理解した。
僕を突き動かしてくれていたのは誰だったのかを。僕にとっての答えが誰かにとっては悪であったということも。
だけど、そこに後悔なんかなかった。かつて、レオナールさん達がそうだったように。
「…いいんだよ、それで。誰だって本当の答えなんか持っちゃいねえんだ。だったら、自分で勝手に答えを決めるっきゃない。
…責を持って、そして進むしかない。んで、お前はそれを遣り遂げた。」
「…そうですね。今なら分かるような気がします。
それに、この国はもう大丈夫です。だって、この国の民は弱いはずなのにとても強いんですから。」
紅の髪が舞う、空が薔薇色に染まる、明けの明星が輝く。
世界はイシュタルとヘーメラーの光に包まれていった。
―…美しく…平和な国を…ありがとう…デニム君…―
どこからか強い山百合の香りがした。
Fin