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「―…私、私、頑張ったんだよ…。だから―…」
始まりはなんだったんだろう?
一体、何がいけなかったんだろう?
一体、誰が悪かったんだろう…。
《贖罪》
「ちょっと、ソラ?本当に大丈夫?」
「…ごめん。アリーナ。みんなも…。」
窓の枠が切り取っている色は鮮やかな青。
時々、流れていく雲は青と混ざり淡い白い模様を描く。
これだけでも今日という一日が穏やかに過ぎるであろう事が容易に想像できるけれど、どうやら残念な事に私はその穏やかさとは無縁の一日を過ごすことになりそうだ。
「…しっかし、またどーして風邪なんか引いちゃったわけ?しかも、よりにもよって健康優良児が取り柄のあんたが?」
「ちょっと、姉さん!いい加減にして!
大体、ソラさんが風邪を引いたのだって一晩中野営の見張りをしていたからでしょ?
誰?昨日、見張りを押しつけてサボったのは?」
「…うっ…それは―…」
視界の外れで沸き起こった激しい攻防に思わず浮かんできたのは苦笑いで―…
この流れからすると、この攻防の勝者はきっと妹になるだろう。
もっとも、姉が勝った場面なんて、生憎、私は一度もお目にかかったことがないわけだけど。
「大丈夫だよ、マーニャ。それに体調管理を怠った私にも責任があるから。
だから、ミネアもその辺に―…」
「ほら、ソラもああ言ってるじゃない。」
「姉さん!」
カラカラと豪快に笑い飛ばす姉と厳しく声を荒げる妹。
そっくりなはずなのに真逆な姉妹の声が昼下がりの宿屋にこだました。
「きっと今までの疲れが出たのよ。ソラ。
だって、ゴッドサイドの祭壇に大穴が開いたって話を聞いてから今日まで動きっぱなしだったじゃない?」
「…そうだった?」
「そうなの!…まあ、私としてはあのピサロと一対一でやり合えなかったのは残念ではあるけど、その変わりあのヘンテコな格好の二人組と戦えたわけだしね!
…そうだ、ソラ!元気になったらもう一度アイツらと戦おうよ!ね?」
「えーっ…私は嫌よ!?あんな辺鄙な場所にもう一度行くなんて!」
腰に手を当てて生き生きと語るアリーナの瞳は彼女の髪と同様にキラキラと眩しい茜色に輝き、そしてそれと反比例するようにマーニャの瞳がどんよりと曇る。
いつもと変わらない二人のやり取り。私たちの日常。
その変わらないうるさいやり取りに安堵する自分がいて、だけどやっぱり今は少し静かにしてくれたら助かるかな、なんて考える自分もいた。
「もう!二人とも!ソラさんは病人なんだから少しは静かにしてください!!」
なーんて、ミネアの一括が飛ぶまでがいつもの一連の流れで、今回も例外なくその流れで事が進んだことは言うまでもない。
「…そうだ、ソラさん。今、クリフトさん達がパデキア草を貰いに行ってくれてます。
たぶん、明日には帰ってきてくれると思うのですが―…」
「…わかった。今日は安静にしているよ。だから、ミネア達もゆっくり休んで。」
「…ええ。そのつもりです。でも、何かあったらすぐに呼んで下さいね?」
そう言ったミネアの顔に浮かんでいるのは確かに笑顔だけど…何故だろう?
その言葉の端々から妙な威圧感を感じる気がするのは…。
「…わ、わかった。」
彼女の雰囲気に圧倒されたためかどうかは知らないが思わずうわずる私の声。
そんな私の様子にミネアは一つため息を吐き、そして言葉を続けた。
「…その微妙な間が気になるんです。誰です?以前、仲間に怪我を隠してた大馬鹿者は?」
…姉が妹に口で勝てる日は、たぶん永久にこないだろう。
笑顔の裏に隠された―…いや、隠れていない刺に戦々恐々としながら私は何度もうなずいた。
「…ごめんね。マーニャ。私の看病をさせてしまって―…」
「…まあ、面倒臭いのは事実だけどね。」
どうやら私のさっきの言葉はミネア達には信用してもらえなかったようで―…
そんなわけで、今日は一日、彼女達の監視―…もとい看病を受けることになりそうだ。
余計なお世話と突っぱねてしまうのは簡単だけれど、前科がある以上、彼女達の言い分ももっともだし、何より私自身、何故か今日は一人になりたくなかった。
…風邪を引くと人恋しくなるのはどうやら自分にも当てはまるらしい。
「…ほら、病人はさっさと寝る。」
「冷たッ…!」
額に置かれた濡れタオルが体の熱を徐々に吸い取る。
不快ではないひんやりとしたその感触に私は思わず目を細めた。
「そうそう。知ってると思うけど今日は私達四人で順番にあんたの看病するつもりだから。さっさと治しなさいよ?」
「…四人?」
「私、ミネア、アリーナ。そして、ロザリー。なんも不思議じゃないでしょ?」
ロザリー。
その名前に体が強ばる。
何故、体が強ばったのか?その理由ははっきりわかっている。
今、私がもっとも会いたくない人物。それがロザリーだったから。
「…あんた、ロザリーの事避けてるでしょ?…やっぱり憎い?」
まるで、私の思考を読んだかのようなマーニャの言葉。
…極力出さないようにしているつもりだったけれど、どうやらこの聡い踊り子の前では私の努力は徒労に終わりそうだ。
だけど、そんな聡いマーニャだけど、一つ間違ってる…。
それは―…
「…憎くなんて思っていないよ。むしろ逆―…私ね…」
「……。」
窓から入ってきた南風がカーテンを揺らす。そんなカーテンをぼんやりと見つめながら私は言葉を紡いだ。
―…私、たぶん、彼女に縋ってしまうと思うの…―
「…縋る?どーゆう意味よ?」
「…そのままの意味。だから、彼女には会えない。」
その言葉は誰に対してのものだろう。
身勝手すぎる言い分。
憎しみなんかよりももっと、もっと汚い感情。
決して口にしてはいけない。
彼女は違うのだから。
だから、彼女に身勝手な贖罪と感情の矛先を向けるわけには行かない。
「……そう。」
マーニャはそれ以上、何も言わなかった。
沈黙がゆるゆる流れる。
だけど、今はその沈黙がありがたくて―…
「…少し眠るよ。ありがとうマーニャ。」
そして、私はゆっくりと意識を手放した。
「……。」
「…ソラさん?どうしましたか?」
「…あっ…。」
「…様子を見るだけのつもりだったのですが…何やら苦しそうな顔をされていたので―…。気分は?大丈夫ですか?」
窓が切り取る空の色はいつの間にか蒼穹から宵闇へ移り、細く入り込んできた白い月の光が彼女の白い肌を青白く染め上げる。
虚ろな瞳。虚ろな表情。
月の光が浮かび上がらせた彼女は、普段の彼女の姿とあまりにもかけ離れたものだった。
勇者と人々から崇められている彼女の腕は、実際には驚くくらい細く―…彼女も同じ女性なのだと実感する自分がどこか滑稽だった。
「…今、人を呼びますから。少し待っていてください。」
彼女の虚ろな深い蒼穹の瞳が私の姿をとらえる。
彼女が目覚めた以上、私はここにはいられない。
私が傍にいる以上、彼女の心が休まることはないのだから。
彼女の家族は、友は、大切な者達は全て殺された。
いつだっただろう。彼女の仲間の一人が私にそう告げたのは―…。
「あんた、バッカじゃないの!?何!?自分が一番可哀想だとでも思ってるわけ!?ふっざけんじゃないわよ!!
あの子はね…!ソラは大切な人みんな殺されてんのよ!!」
「ちょっと…!姉さん!!」
「…いいえ!言わせてもらうわ!知らなかったなんて言わせない!
焼かれたのよ!あの子の家も故郷も家族も友達も!誰に?あのピサロによ!
それだけじゃない!私達の父さんだってアイツらがいなければ…!!」
「…ですから!私は!あの方を止めてほしいと…!」
「全然わかってないじゃない!止めてほしい?こっちは何回殺したって殺し足りないくらいよ!
それを止めてほしいですって!?虫がいいにも程があるわ!」
「……ッ!!」
「知ろうともしないで、知らないままで!自分でやりもせず泣けばいいとでも!?止められるとでも!?
知らないというのはそれだけで罪よ!あげく、人の手を借りて自分の思い通りにしようですって!?そんなの私は許さない!」
…愚かだった。いや、私は今でも愚か者なのだろう。
結局、私は彼女達の力なくては何もできなかったのだから。
それに、彼女の事を思うのならばここから一刻も早く離れるべきなのだとも思う。
憎い仇とその恋人。
憎まれても仕方がなかった。
共通の敵という一応の理由はあるけれど、離れないのは、離れたがいのはそれだけが理由なのだろうか?
いいえ。それは違う。
私は離れたくないのだ。
彼女が、ソラを中心として彼女の仲間たちが生み出す暖かな空気から。
ソラの周りの空気は常にドタバタと動き、凪いでいる時なんてほとんどない。
今まで感じたことのない時間の流れ。
だけど、初めて感じるそれは不思議と不快ではなかった。
もっとも、あの方も私と同じように感じているかまでは分からないけれど…。
そこまで思考を巡らせて、私はかぶりを振る。
いくらなんでも傲慢過ぎる。
もうソラ達は十分過ぎるくらい私達に返してくれているのだ。
これ以上、一体何を望むというの?
「…すみません。少しボーッとしてしまって…。今、人を―…」
「―…いかないで…―」
「…えっ?」
白い月が照らす彼女の青白い細腕。
震える手で私の手を掴んだ彼女。彼女の瞳はやはり虚ろなままだった。
その虚ろな瞳に溜まっているのは夜露を思わせる雫で―…
「いかないで…シンシア…」
知らない…私の知らない名前を呟いた彼女の瞳から夜露が零れた。
とめどなく溢れる雫達。
震える声で一つの名前を呼び続け、私の手を握り締める彼女。
その手から伝わってくる熱に思わず言葉を失う。
熱が上がって意識が混濁している…!早く、人を呼ばなくては…!
「…ソラさん!しっかりしてください!」
「嫌だ!シンシア!逝っちゃ嫌だ!」
まるで幼子のように首を横に振る彼女の瞳からまた一つ雫が落ちる。
「ちょっと!ロザリー!?一体どうしたの!?」
「マーニャさん!早くお医者さまを!熱が…!ソラさん、熱が酷いんです!」
「わ、わかったわ!今呼んでくる!」
この騒ぎで叩き起こされたのだろう。
褐色の美しい踊り子は、美しい紫髪についた寝癖に構う事なく、外に向かって一目散に駆け出していった。
彼女の後ろ姿を見送って、私は一つ息を吐く。
これで、医者については大丈夫だろう…。
ソラの事を彼女の仲間たちがどれほど大切に思っているか…私は知っていた。
だから、彼女の仲間たちは何が何でも引き摺ってでも医者を連れてきてくれるだろう。
「…ソラさん、お水です。飲めますか?」
残る問題は―…
「ねえ…。シンシア…私…私、頑張ったんだよ。だから―…」
「…えっ…?」
―…もう、頑張るのやめていいかな?そっちにいっても…いいよね?…―
「……ッ!」
その言葉を最後に、彼女は再び深い眠りの国へと堕ちていった。
「…ダメですよ。…それは、それだけは―…」
もう言葉は届いていないだろうけど、私は彼女に言葉を…たった一つ、やっと浮かんだ言葉を送る。
ねえ、“シンシア”。あなたならどんな言葉を送るの?あなたならどうした?
コツン…と一つ、醜いルビーの欠片が手の平の上に転がった。
Fin