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けれど…心から、ウォルスタを愛している…。
皆を守り、助けたい―…
《宵の明星》
「こんなところにいたのか?さっさと中にもどれ。
…じゃないと、また、おまえの姉貴がうるさいぞ?」
「カノープスさん?…そうですね。」
落日の光が辺りを柔らかい朱色に染め上げる。
夏の暑さとも冬の寒さとも異なる独特のすんだ風が頬を撫で、荒野の草木の間を駆け抜け、草木は金色の海のように音を立てて揺らいでいた。
…それは美しくて、とっても綺麗で。
知らず知らず引き込まれた僕は彼が来るまで、ずっとその光景を何をするでもなく惚けて見ていたようだ。
「…今でも実感が沸かないのか?」
僕の隣に腰掛け、そう問うとカノープスさんは静かに前を見据えた。
彼の言葉を自身の中で咀嚼して、返事の代わりに一度頷く。
「…俺もだ。」
荒野の草木が―…
カノープスさんの燃えるような髪が踊る。
そして、僕が供えたばかりの…墓石の花も―…
「…カノープスさん。」
「ん?なんだ?」
「カノープスさんはどうして剣を握ろうと思ったんですか?」
細い筋が幾重にも走った白い雲々が淡い紫へと変わっていく。
空を支配する女神は、昼の神ヘーメラーから夜の神ニュクスへ移り変り、柔らかい闇色は東の空から少しずつ天球を侵食していった。
「…さあ、な。もう忘れちまったよ。遠過ぎる。」
二人で並んで見上げる夕空。
宵の明星がぽっかりと浮かんだ空は、姉さんと見上げた時とも、ランスロットさんと一緒に見上げた時とも、…そして、彼女と見上げた時とも何一つ変わってはいなかった。
…もう、彼女はいないのに―…
「…ランスロットさんはこう言っていました。
自分の蒔いた種の行く末を見届けるために剣を握っているのだ、と。」
「ハハッ、そりゃあ、あいつらしいな。」
「レオナールさんはこう言っていました。
理想のためならば、必要とあれば自らの手を汚す。…その覚悟がないのであれば剣を握ってはいけないのだ、と。」
「…それも、あいつらしいな。」
「そして…ラヴィニスさんは―…」
ふたりとも、しっかりなさい…。
早い、遅いの問題ではないわ…。
物事はすべて…、正しい道を歩んでこそ…成し遂げる意味が…あるのよ…。
血統という意味で、私は…、ウォルスタ人ではないかもしれない…。
けれど…心から、ウォルスタを愛している…。
皆を守り、助けたい…。
「“その思いが最も必要”か…。あの嬢ちゃんらしいな。」
「…はい。でも、だんだん分からなくなってきたんです。」
何が正しくて
何が悪くて
どうして彼女が死んで
どうして僕は生き残ったのか
「戦って死ぬのは…兵だけでいい…。兵だけでなくてはならない。
ラヴィニスさんは言っていました。でも、僕は―…」
僕は臆病者だから―…
「…彼女にも生きていてほしかった。死んでなんかほしくなかった!
そう思っていたはずなのに…あの時、思ってしまったんです。自分が、自分は生き残れて良かったって!」
それは、あまりに自己中心的な思いで―…
「僕なんかより彼女の方がこれからのウォルスタには必要なはずなのに―…。
僕なんかより彼女が生き残るべきだった!
自分が何のために剣を握るのか、それすら分かってないのに、そのくせ人一倍生に執着する僕なんかよりずっと、ずっとッ!!」
すっかり闇に染まった空に愚者の声は響き―…虚しく溶ける。
一度吐き出してしまったどす黒い思いを止める術なんかなくて、何の解決にもならないと分かっているのに、その思いはドロドロと醜く溢れてきた。
「…あのな、デニム。」
視線は変えず、前を見据えたままカノープスさんは静かに言葉を紡ぎだす。
その瞳はさっきまでと何一つ変わらなかった。
蔑む色も非難の色も何もない。
無色の瞳―…。
「さっきも言ったろ?戦争に正義も悪もない。勝ったものが正義だ、ってな。」
「…はい。」
「言い方は悪いがな、あの嬢ちゃんは負けたんだ。
どんなにたいそうな思想を持っていようが、死んじまったらその時点で負けなんだよ。」
「ッ!そんな言い方…!」
天球の暗幕に散りばめられた星の数が一つ…また一つと増えていく。
一度僕を見つめると、カノープスさんは再びそんな天の球を仰いだ。
「…そう思うんだったら、おまえが生き抜けばいい。
嬢ちゃんが正しいと思うんなら、嬢ちゃんの生きざま、思い―…全部引っ括めて背負って、それでもおまえが生き残ればいい。」
「僕が…背負う…?」
「言っとくがな…重いぞ?それこそ命と同じくらい、な。
…さあて、戻るとするか。おまえもそろそろ本気で戻れよ?おまえの姉貴、冗談ぬきでこえーからな。」
…美しく、平和な、国を…。
頼んだわよ…デニム君…。
「…僕に出来るでしょうか…?」
一人で荒野にたたずめば風はさっきまでと同じように静かに渡っていく。
…僕の問いに答えてくれる人は―…いなかった。
ただ、宵の明星と真新しい墓石だけが、何も言わずに僕を見つめていた。
Fin
皆を守り、助けたい―…
《宵の明星》
「こんなところにいたのか?さっさと中にもどれ。
…じゃないと、また、おまえの姉貴がうるさいぞ?」
「カノープスさん?…そうですね。」
落日の光が辺りを柔らかい朱色に染め上げる。
夏の暑さとも冬の寒さとも異なる独特のすんだ風が頬を撫で、荒野の草木の間を駆け抜け、草木は金色の海のように音を立てて揺らいでいた。
…それは美しくて、とっても綺麗で。
知らず知らず引き込まれた僕は彼が来るまで、ずっとその光景を何をするでもなく惚けて見ていたようだ。
「…今でも実感が沸かないのか?」
僕の隣に腰掛け、そう問うとカノープスさんは静かに前を見据えた。
彼の言葉を自身の中で咀嚼して、返事の代わりに一度頷く。
「…俺もだ。」
荒野の草木が―…
カノープスさんの燃えるような髪が踊る。
そして、僕が供えたばかりの…墓石の花も―…
「…カノープスさん。」
「ん?なんだ?」
「カノープスさんはどうして剣を握ろうと思ったんですか?」
細い筋が幾重にも走った白い雲々が淡い紫へと変わっていく。
空を支配する女神は、昼の神ヘーメラーから夜の神ニュクスへ移り変り、柔らかい闇色は東の空から少しずつ天球を侵食していった。
「…さあ、な。もう忘れちまったよ。遠過ぎる。」
二人で並んで見上げる夕空。
宵の明星がぽっかりと浮かんだ空は、姉さんと見上げた時とも、ランスロットさんと一緒に見上げた時とも、…そして、彼女と見上げた時とも何一つ変わってはいなかった。
…もう、彼女はいないのに―…
「…ランスロットさんはこう言っていました。
自分の蒔いた種の行く末を見届けるために剣を握っているのだ、と。」
「ハハッ、そりゃあ、あいつらしいな。」
「レオナールさんはこう言っていました。
理想のためならば、必要とあれば自らの手を汚す。…その覚悟がないのであれば剣を握ってはいけないのだ、と。」
「…それも、あいつらしいな。」
「そして…ラヴィニスさんは―…」
ふたりとも、しっかりなさい…。
早い、遅いの問題ではないわ…。
物事はすべて…、正しい道を歩んでこそ…成し遂げる意味が…あるのよ…。
血統という意味で、私は…、ウォルスタ人ではないかもしれない…。
けれど…心から、ウォルスタを愛している…。
皆を守り、助けたい…。
「“その思いが最も必要”か…。あの嬢ちゃんらしいな。」
「…はい。でも、だんだん分からなくなってきたんです。」
何が正しくて
何が悪くて
どうして彼女が死んで
どうして僕は生き残ったのか
「戦って死ぬのは…兵だけでいい…。兵だけでなくてはならない。
ラヴィニスさんは言っていました。でも、僕は―…」
僕は臆病者だから―…
「…彼女にも生きていてほしかった。死んでなんかほしくなかった!
そう思っていたはずなのに…あの時、思ってしまったんです。自分が、自分は生き残れて良かったって!」
それは、あまりに自己中心的な思いで―…
「僕なんかより彼女の方がこれからのウォルスタには必要なはずなのに―…。
僕なんかより彼女が生き残るべきだった!
自分が何のために剣を握るのか、それすら分かってないのに、そのくせ人一倍生に執着する僕なんかよりずっと、ずっとッ!!」
すっかり闇に染まった空に愚者の声は響き―…虚しく溶ける。
一度吐き出してしまったどす黒い思いを止める術なんかなくて、何の解決にもならないと分かっているのに、その思いはドロドロと醜く溢れてきた。
「…あのな、デニム。」
視線は変えず、前を見据えたままカノープスさんは静かに言葉を紡ぎだす。
その瞳はさっきまでと何一つ変わらなかった。
蔑む色も非難の色も何もない。
無色の瞳―…。
「さっきも言ったろ?戦争に正義も悪もない。勝ったものが正義だ、ってな。」
「…はい。」
「言い方は悪いがな、あの嬢ちゃんは負けたんだ。
どんなにたいそうな思想を持っていようが、死んじまったらその時点で負けなんだよ。」
「ッ!そんな言い方…!」
天球の暗幕に散りばめられた星の数が一つ…また一つと増えていく。
一度僕を見つめると、カノープスさんは再びそんな天の球を仰いだ。
「…そう思うんだったら、おまえが生き抜けばいい。
嬢ちゃんが正しいと思うんなら、嬢ちゃんの生きざま、思い―…全部引っ括めて背負って、それでもおまえが生き残ればいい。」
「僕が…背負う…?」
「言っとくがな…重いぞ?それこそ命と同じくらい、な。
…さあて、戻るとするか。おまえもそろそろ本気で戻れよ?おまえの姉貴、冗談ぬきでこえーからな。」
…美しく、平和な、国を…。
頼んだわよ…デニム君…。
「…僕に出来るでしょうか…?」
一人で荒野にたたずめば風はさっきまでと同じように静かに渡っていく。
…僕の問いに答えてくれる人は―…いなかった。
ただ、宵の明星と真新しい墓石だけが、何も言わずに僕を見つめていた。
Fin