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駒と罵られても構わない。
所詮、器の人形と蔑まれても構わない。
《コッペリア》
身を切り裂くような寒風が吹き荒ぶ大氷原の遥か彼方。
時の流れからも見放され、時代から拒絶され隔絶された太古の朽ち果てた遺跡の中を漂う空気は淀み切っていて、僅かな苔の匂いと共に不愉快に鼻腔を擽り、肺を犯していく。
…その匂いはあの忘れられた町で感じた匂いと全く同じだった。
朽ちた遺跡の柱とあの町の柱。
否がおうにも目に入ってくる両者の共通点がただただ不快で気持ち悪くて…無意識のうちに私はギリッと奥歯を噛み締めていた。
「…さあ、陛下。いよいよ最後です。この先に奴らが。」
不意に聞こえた仲間の声に虚空を漂わせていた視線を戻してどこかぼやけていたピントを合わせれば、そこにはここまでの長い長い道中を一緒に駆け抜けてきた戦友達の顔があって…
「…陛下。命じてください。我々は陛下の為ならば命すら投げ出す覚悟です。」
「…嫌だ。行きたくない。」
どこからか入ってきたのか…温い風が一陣、私達の髪を悪戯に梳くように流れていった。
「どうして、私なんだろう?」
ずっと、頭の中を回っていた。
何千年も続いた命の鎖。
歴代皇帝の魂を次代へと受け渡す聖なる秘術の最後の伝承者が私なんかだったのかと。
何も知らない時だったのならば違っていたと思う。
実際、私は歴代皇帝が成し得た偉業の数々に憧れて、彼らのあるいは彼女達の英雄潭が記された伝記を読み漁りいつか自分も彼らのようになるのだと悦に浸っていたのだから。
歴史書に記された皇帝達はまさに聖王の名に恥じぬ方々ばかりで、そしてその認識はけして間違いではなくて…
こうして記憶を受け継いだ今、私はより確信を持って彼らは聖王であったと言い切ることが出来る。
だけど―…
「…私、知っちゃったの。」
彼らは確かに聖王だった。
だけど、やっぱり一人の人間で―…
「どんなに強い皇帝でも傷ついたら痛い。大好きな人が苦しんでいたら悲しい、辛い。…生き残りたかった。死にたくなんかなかった。
だから、みんな全力で駆け抜けた。」
「…陛下。」
ポッツと一粒、暖かい何かが頬を伝って落ちていく。
それが涙だって気が付いたらもう止まらなくなって…堰を切ったように溢れる涙と嗚咽で、何だか色々なところが苦しかった。
「…私、知っちゃったの。
ねえ、信じられる?私、この時代の人間じゃないんだって。私ね、人間なのに人間じゃないんだって。」
遥か昔、この世界の覇権を握っていた古代人。
その古代人の下で家畜のように使役されていた人間のうちのただの一人。
何の因果か…幸か不幸か…
古代人の指導者であったオアイーブに選ばれて…来る日に帰ってくる七英雄を倒すためだけに生かされてきた人間。
…ううん。私はもう人間ですらないのかもしれない。
何もかも忘れて今の今まで眠っていた器の人形。
それが、私。
「…憎いですか?貴女を弄んだ古代人が、それとも運命が。」
情けない鼻音が辺りに虚しく響く。
指揮官として士気を高めなくちゃいけないのに私から出てくるのは皇帝としてあるまじき醜態ばかり。
そんな私を見つめる皆の瞳は静かで、やさしくて、暖かくて…それがちょっとだけ辛かった。
「…憎くない…わけがない。だけど、私、知ってるんだ。」
駒になんかなりたくないと背を向けるのは簡単で楽だった。
ふざけるな。お前達の問題に巻き込むなと切り捨てる事…何回も何回も考えた。
だけど、私は知ってしまったから。
レオン帝の決死の覚悟を
ジェラール帝の家族を失った絶望を
歴代の皇帝達の希望を嘆きを
それは…思いは…記憶と共に根付いて血肉になって私の中で生きていた。
植え付けられたものかもしれない。だけど、それは確かに私の自身の一部になっていた。
「…知っていてそれでもオアイーブ達のシナリオどおりに動く私は…結局、駒なんだと思う。
…ごめん、皆。こんな情けない皇帝で。だけど…!!」
「…別にいいじゃないか。駒だろうが何だろうが。どのみちこのまま放っておくわけにもいかないしな。
……決めたんだろ?なら、とことん突っ走るしかない。」
乱暴に顔を拭えば、少しだけ傷口にしみて痛くて…だけど、さっき感じた痛みはすうっと霧散していった。
ぽっかりと口を開ける深遠の闇を見据えて…私は再び淀んだ空気で肺を洗う。
…もう、迷わない。
「……皆!皇帝として命じます!必ず生き残りなさい!!」
古代人の駒と罵られても構わない。
器の人形と蔑まれても構わない。
…ここに今、剣を持って立っているのは間違いなく私自身の意志。
だれかに踊らされたり、命じられたからじゃない。
…だから、私、あなたとも戦うって…決めた。
「…行こう。皆。」
皆が、民が…笑いあえる明日を勝ち取りたいから。
Fin
所詮、器の人形と蔑まれても構わない。
《コッペリア》
身を切り裂くような寒風が吹き荒ぶ大氷原の遥か彼方。
時の流れからも見放され、時代から拒絶され隔絶された太古の朽ち果てた遺跡の中を漂う空気は淀み切っていて、僅かな苔の匂いと共に不愉快に鼻腔を擽り、肺を犯していく。
…その匂いはあの忘れられた町で感じた匂いと全く同じだった。
朽ちた遺跡の柱とあの町の柱。
否がおうにも目に入ってくる両者の共通点がただただ不快で気持ち悪くて…無意識のうちに私はギリッと奥歯を噛み締めていた。
「…さあ、陛下。いよいよ最後です。この先に奴らが。」
不意に聞こえた仲間の声に虚空を漂わせていた視線を戻してどこかぼやけていたピントを合わせれば、そこにはここまでの長い長い道中を一緒に駆け抜けてきた戦友達の顔があって…
「…陛下。命じてください。我々は陛下の為ならば命すら投げ出す覚悟です。」
「…嫌だ。行きたくない。」
どこからか入ってきたのか…温い風が一陣、私達の髪を悪戯に梳くように流れていった。
「どうして、私なんだろう?」
ずっと、頭の中を回っていた。
何千年も続いた命の鎖。
歴代皇帝の魂を次代へと受け渡す聖なる秘術の最後の伝承者が私なんかだったのかと。
何も知らない時だったのならば違っていたと思う。
実際、私は歴代皇帝が成し得た偉業の数々に憧れて、彼らのあるいは彼女達の英雄潭が記された伝記を読み漁りいつか自分も彼らのようになるのだと悦に浸っていたのだから。
歴史書に記された皇帝達はまさに聖王の名に恥じぬ方々ばかりで、そしてその認識はけして間違いではなくて…
こうして記憶を受け継いだ今、私はより確信を持って彼らは聖王であったと言い切ることが出来る。
だけど―…
「…私、知っちゃったの。」
彼らは確かに聖王だった。
だけど、やっぱり一人の人間で―…
「どんなに強い皇帝でも傷ついたら痛い。大好きな人が苦しんでいたら悲しい、辛い。…生き残りたかった。死にたくなんかなかった。
だから、みんな全力で駆け抜けた。」
「…陛下。」
ポッツと一粒、暖かい何かが頬を伝って落ちていく。
それが涙だって気が付いたらもう止まらなくなって…堰を切ったように溢れる涙と嗚咽で、何だか色々なところが苦しかった。
「…私、知っちゃったの。
ねえ、信じられる?私、この時代の人間じゃないんだって。私ね、人間なのに人間じゃないんだって。」
遥か昔、この世界の覇権を握っていた古代人。
その古代人の下で家畜のように使役されていた人間のうちのただの一人。
何の因果か…幸か不幸か…
古代人の指導者であったオアイーブに選ばれて…来る日に帰ってくる七英雄を倒すためだけに生かされてきた人間。
…ううん。私はもう人間ですらないのかもしれない。
何もかも忘れて今の今まで眠っていた器の人形。
それが、私。
「…憎いですか?貴女を弄んだ古代人が、それとも運命が。」
情けない鼻音が辺りに虚しく響く。
指揮官として士気を高めなくちゃいけないのに私から出てくるのは皇帝としてあるまじき醜態ばかり。
そんな私を見つめる皆の瞳は静かで、やさしくて、暖かくて…それがちょっとだけ辛かった。
「…憎くない…わけがない。だけど、私、知ってるんだ。」
駒になんかなりたくないと背を向けるのは簡単で楽だった。
ふざけるな。お前達の問題に巻き込むなと切り捨てる事…何回も何回も考えた。
だけど、私は知ってしまったから。
レオン帝の決死の覚悟を
ジェラール帝の家族を失った絶望を
歴代の皇帝達の希望を嘆きを
それは…思いは…記憶と共に根付いて血肉になって私の中で生きていた。
植え付けられたものかもしれない。だけど、それは確かに私の自身の一部になっていた。
「…知っていてそれでもオアイーブ達のシナリオどおりに動く私は…結局、駒なんだと思う。
…ごめん、皆。こんな情けない皇帝で。だけど…!!」
「…別にいいじゃないか。駒だろうが何だろうが。どのみちこのまま放っておくわけにもいかないしな。
……決めたんだろ?なら、とことん突っ走るしかない。」
乱暴に顔を拭えば、少しだけ傷口にしみて痛くて…だけど、さっき感じた痛みはすうっと霧散していった。
ぽっかりと口を開ける深遠の闇を見据えて…私は再び淀んだ空気で肺を洗う。
…もう、迷わない。
「……皆!皇帝として命じます!必ず生き残りなさい!!」
古代人の駒と罵られても構わない。
器の人形と蔑まれても構わない。
…ここに今、剣を持って立っているのは間違いなく私自身の意志。
だれかに踊らされたり、命じられたからじゃない。
…だから、私、あなたとも戦うって…決めた。
「…行こう。皆。」
皆が、民が…笑いあえる明日を勝ち取りたいから。
Fin