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「…満足か?オルロワージュ?」
今はもういないお前に問う。
どこからか風にのって薔薇の香り辺りを舞う。
ああ…もうそんな季節か…眩しい初夏匂い。
同じ薔薇ではあるが、お前の香りとどこか違っていて…
「…ファシナトゥールは変わったぞ。お前がいなくなってから、な。」
前の主人の時は、風も雨も日の光も…時間すらも止まっていたこの世界。
ただ虚ろに紫紺の黄昏が広がっていたこの世界。
それが今はどうだ。
朝になれば、日が上り…
昼になれば、輝く青が空を支配し…
夜になれば、月と星が煌めく…
そんな穏やかな日もあれば一転、天の底が抜けたように空が泣く日もある。
この世界…ファシナトゥールは、主人たるものの心象風景をうつす鏡のような世界。
…知ってはいていたが、これほどまでに変わるとは…
「若い女王は自分を王だとは思っていないようだが、な。
フフッ…イルドゥンも大変じゃろう。女王はよく飛び回っていると聞く。」
新しい女王とその教育係を思い出し、思わず笑みが零れた。
今日も今日とて、あの仏頂面はあの娘に振り回されているだろう。
「イルドゥンも自分の気持ちに素直になればいいものを…」
思わず口に出た呟き…
ああ、でも本当に素直になれなかったのは。自分の気持ちに封をしていたのは…
「…わらわのほうか、の。」
「あーっ!零!!来てたの!?お願い、かくまって!
あの鬼教官に追われてるの!」
後ろを振り返ると、そこにはこの世界の新しい女王の姿があった。
…どうやら予想は当たっていたらしい。
オルロワージュが倒れた後、この世界は…妖魔達は新しい王を求めた。
新たな柱を求めたのだ。
妖魔の王に求められるのは、血統…その身に流れる血のみ。
いや…その血の流れこそが重要であるのだが…
だから、この娘が選ばれたのはある意味当然ではある。
王を討ち破った革命の娘。
そして…王の唯一の娘。
たとえオルロワージュの血が半分しか流れていない半妖だとしても、その覇王の血が流れていることには変わりがない。
もちろん、それを気に入らなく思っている者もいるらしいが。
「なんじゃ、アセルス?今日は何をやらかした。」
麗しの君。
革命の乙女。
…そう呼ぶ者もいる。
でも、この娘にはそのような名前は無用だろう。
なぜなら、“自分が自分であるために”お前と刄を交えたのだから。
「久しぶりにエミリアやリュート達に会いに行こうと思ったんだ。
そうしたら、ゾズマがいきなり現われて…『だったら、僕がアセルスをエスコートするよ。』とか言い出してさ。
…それをイルドゥンに聞かれちゃって…」
…なるほど…
「酷いよね!友達に会いに行くだけなのに!
『お前は自分の立場を分かっているのか!!』って、眉間にこーんなに皺寄せてさー!
おまけにゾズマはクスクスずーーーーーっと笑ってるし!」
と、自分の眉間に大げさに皺を作ってみせながら、わらわに話すアセルスがあまりにおかしくて…
「フフッ…そうか。」
「あー、零までゾズマみたいに笑うー!!」
「あやつも大変じゃの。相手がこれでは、な。」
「えっ?零、何?それ?」
意味がわからないというように首を傾げるアセルス。
…ここまで鈍いとは…ある意味才能だろう。
「…あの人に会いに来てたんだね。」
アセルスはそう言うと目の前のまだ新しい墓標に目を落とした。
そう、ここは墓。あやつの眠る…
亡骸はないけれど…ここはたしかに墓だった。
「…あの人を殺した私にこんな事を言う資格はないのはわかってるんだ。でも…言わせて…」
「……。」
「私は自分の選択に後悔はしてない。私は私でいたかったから…
だけど、だけど…」
ああ…どこからか薔薇の香りが漂ってくる。
「…私はあの人のこと嫌いだったけど、憎くはなかったよ…」
初夏の風が踊る。まるで、アセルスの髪を手で梳くように。
「…わかっているよ。それより、いいのか?イルドゥンに追われてるのではなかったのか?」
「!…忘れてた。ごめん、零!また後でね!…今度は一緒にここに来ようね!」
そう言うと、アセルスは初夏の草原の中を駆けていってしまった。…やれやれ、かくまってくれ、と言ったのはそっちだろうに…
「さて、と。わらわも、もう行くぞ。また…な。」
―…これは、玉石の首飾り?…―
―…お前に似合うと思ってな…―
―…くれるのか?…―
―…不服か?…―
―…いや…。なあ、オルロワージュ、付けてくれぬか?…―
―…ああ…―
誰もいなくなった墓の前。
十字にかけられ、静かにユラユラと…玉石の首飾りが揺れていた。
あの人が笑った気がした。
fin