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あの時、あんなに青いと感じた空は今は少しだけくすんで見えて
あの日、蛍が楽しげに舞っていた小川は今はなくて
ずっと遠いところだと思っていた見知らぬ町はただの隣町で
“僕”は“俺”になって―…
《Summer》
遠くの入道雲から夕立の気配が微かに立ち上る。
凉を求めて窓を大きく開け放てば、窓から大音響の蝉時雨が降り注ぐ。
窓の桟が切り取った空は鮮やかな青なのに、どこかくすんで見えた。
一人そんな空を手で仰いで、そして目蓋を閉じれば…ああ…“俺”は“僕”に戻っていく。
行ってもただスタンプの数が無駄に増えるだけなのに、あの時はそれが僕にとっての勲章で―…毎朝早起きをしてラジオ体操に参加したっけ。
夏休みに入る前に立てた宿題の予定表はやっぱり見事に予定通りになるわけがなくて、最後の二日で僕は半分泣きながら片付けて―…
そういえば、絵日記の天気を書く欄が一番の強敵だったななんて今更ながらに思う。
観察日記用の朝顔を枯らして日記を偽造したこともあったっけ。ちなみに作文は創作だ。
友達と遊びに行けば青い空はいつの間にか紫へと変わっていて、明日も会えると分かっていても何だか皆と別れたくなかった。
サンドイッチと冷たいレモネードをリュックサックに詰めて、わざわざ知らない道を通って、友達と自転車を必死にこいで遠くまで旅をした。
そして、迷子になって―…道を歩いている知らないおばさんに聞いて…
「どこから来たの?…えっ?そんな遠くから?」
って、驚かれるのが何だか僕はすごく嬉しかったんだ。
くだらないよな。
結局、ベソかきながら夜遅くに家に帰って、その日の夜はこっぴどく怒られた。
そういえば、蛍を見に行ったこともあったっけ。
蛍は確かに綺麗だったけど、そのぶん蚊もたくさんいて…痒くてかゆくて仕方がなかったな。あれにはまいった。
でも、今思うと―…
あの時、あんなに青いと感じた空も今見れば少しだけくすんで見えて…
蛍を見たあの小川は潰れて新しくマンションが立って…それ以前に、川になんかいかなくなったな。
あの日、ずっとずっと遠いところだと思っていた見知らぬ町は、今では毎日通勤電車で通り過ぎるだけの…ただの隣町。
そして―…
“僕”はいつの間にか“俺”になっていた。
手を差し伸べても遠くて、戻りたくてももうあの12歳の夏には帰れない。
あの場所にはいられない。
「…―ネスさん!!もう!こんなところにいたんですか!?もうすぐ生まれるんですよ!?
奥様のそばにあなたがいないでどうするんですか!?」
「あ…!す…すみません!!今、行きます!!」
不意に聞こえた怒鳴り声に俺は慌てて立ち上がり、矢継ぎ早にそう答えを返せば、白いナース服に身を包んだ年配の看護師は呆れたように顔をしかめて靴を鳴らして病室へと去っていく。
白い入道雲はさっき見た時よりも背が伸びていて、どこからか強い緑の萌える匂いが漂って、ツン…と鼻をくすぐっていった。
12歳の夏には戻れない。
だけど、俺はもう一度僕だった夏へと帰っていこう。
今度は一人じゃない。
僕と、君と…そして、これから出会う新しい命と共に―…
Fin
あの日、蛍が楽しげに舞っていた小川は今はなくて
ずっと遠いところだと思っていた見知らぬ町はただの隣町で
“僕”は“俺”になって―…
《Summer》
遠くの入道雲から夕立の気配が微かに立ち上る。
凉を求めて窓を大きく開け放てば、窓から大音響の蝉時雨が降り注ぐ。
窓の桟が切り取った空は鮮やかな青なのに、どこかくすんで見えた。
一人そんな空を手で仰いで、そして目蓋を閉じれば…ああ…“俺”は“僕”に戻っていく。
行ってもただスタンプの数が無駄に増えるだけなのに、あの時はそれが僕にとっての勲章で―…毎朝早起きをしてラジオ体操に参加したっけ。
夏休みに入る前に立てた宿題の予定表はやっぱり見事に予定通りになるわけがなくて、最後の二日で僕は半分泣きながら片付けて―…
そういえば、絵日記の天気を書く欄が一番の強敵だったななんて今更ながらに思う。
観察日記用の朝顔を枯らして日記を偽造したこともあったっけ。ちなみに作文は創作だ。
友達と遊びに行けば青い空はいつの間にか紫へと変わっていて、明日も会えると分かっていても何だか皆と別れたくなかった。
サンドイッチと冷たいレモネードをリュックサックに詰めて、わざわざ知らない道を通って、友達と自転車を必死にこいで遠くまで旅をした。
そして、迷子になって―…道を歩いている知らないおばさんに聞いて…
「どこから来たの?…えっ?そんな遠くから?」
って、驚かれるのが何だか僕はすごく嬉しかったんだ。
くだらないよな。
結局、ベソかきながら夜遅くに家に帰って、その日の夜はこっぴどく怒られた。
そういえば、蛍を見に行ったこともあったっけ。
蛍は確かに綺麗だったけど、そのぶん蚊もたくさんいて…痒くてかゆくて仕方がなかったな。あれにはまいった。
でも、今思うと―…
あの時、あんなに青いと感じた空も今見れば少しだけくすんで見えて…
蛍を見たあの小川は潰れて新しくマンションが立って…それ以前に、川になんかいかなくなったな。
あの日、ずっとずっと遠いところだと思っていた見知らぬ町は、今では毎日通勤電車で通り過ぎるだけの…ただの隣町。
そして―…
“僕”はいつの間にか“俺”になっていた。
手を差し伸べても遠くて、戻りたくてももうあの12歳の夏には帰れない。
あの場所にはいられない。
「…―ネスさん!!もう!こんなところにいたんですか!?もうすぐ生まれるんですよ!?
奥様のそばにあなたがいないでどうするんですか!?」
「あ…!す…すみません!!今、行きます!!」
不意に聞こえた怒鳴り声に俺は慌てて立ち上がり、矢継ぎ早にそう答えを返せば、白いナース服に身を包んだ年配の看護師は呆れたように顔をしかめて靴を鳴らして病室へと去っていく。
白い入道雲はさっき見た時よりも背が伸びていて、どこからか強い緑の萌える匂いが漂って、ツン…と鼻をくすぐっていった。
12歳の夏には戻れない。
だけど、俺はもう一度僕だった夏へと帰っていこう。
今度は一人じゃない。
僕と、君と…そして、これから出会う新しい命と共に―…
Fin