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利己主義とは自己の利益を重視し、他者の利益を軽視、無視する考え方である。
人間の本性は快楽主義(幸福主義)であり、行為の善悪や正否の拠り所は自分自身の最大の幸福であり、そのためならば原則上は他人に被害があっても構わないと考える考え方でもある。
《エゴイズム》
「……このレバーを下げれば…。」
錆付いた鉄の不愉快な匂いが僅かに鼻腔をくすぐる。
その匂いの源泉はこの古城の壁に塗りたくられたものなのか、それとも自分自身の剣から立ち上ってきたものか…
…きっと、両方なのだろう。
拭っても拭っても落ちない死臭。
進むごとに濃度が深くなる事も、進むごとに背負う怨嗟が重くなるという事も勿論、覚悟の上だった。
「…何を考えてるんだろうな、僕は。こんな時に。」
ふっと出てきたのは自嘲の笑みで…一度確かめるように開いた手を強く握り締めて、僕は再び自分の視線の先を前方へと移した。
見張りの目を盗むために、行動のロスをなくすために先見隊として単独行動を買って出たのは他ならぬ僕自身。
ここの水門を開ければ場内の兵士も散り散りとなり、その混乱をついて待機を命じた仲間達と合流をはかる事が出来るだろう。
……これ以上の単独行動は無意味どころか悪戯に自分の身を危険に曝すだけだった。
奥に進むごとに自分にまとわりついたものとは別の種類の死臭と腐敗臭が濃度を増していく。
むせ返るような、吐きそうなこの匂いの正体を僕は知っていたから。
この匂いはライオネル城内で漂っていたものと同じだった。ただし、今回はその何倍も濃い濃度だが―…
この先にあいつらがいる事は容易に想像できた。
だけど…頭では合流しなければならないと強く警鐘が鳴り響いているにもかかわらず、僕は鍵を引けずにいた。あと一歩の所で体が震える。
今、ここで僕が鍵を開ければ待機をしている皆と合流できるだろう。
そうなれば、単独行動時よりも危険率は下がる。
だが、皆は?
士官アカデミーの時代から、異端者の烙印を押されるようになった今でも僕についてきてくれた旧友は?
お調子者で、でもどんな時でも明るく背中を押してくれるムスタディオは?
……彼女は?どうなる?
「…待ちわびたぞ。異端者ラムザ。」
凍てつく氷のような…男の低い声が不意に鼓膜を揺さ振る。
その声は見知った男のもので、状況を理解すると同時に僕の背中を一筋、冷たい汗が重力に従い流れた。
「…ウィーグラフ…!!」
「…久しいな、ラムザ。いいや、異端者よ。オーボンヌ以来か?ずいぶん長い事お前の事を待っていた気がするよ。」
シャラン、と刀身が鞘を走る音が届く。
剣を構え見据える先には、文字通り悪魔へと成り下がった哀れな思想家が薄い笑みを浮かべながらたたずんでいた。
「…ったく!!こいつら倒しても倒してもキリがねえ!!」
「…弱音を吐くな!ムスタディオ!!ラムザと合流するまで我々が倒れるわけにはいかぬ!!」
「そりゃそうだけどよ…ッ!?…あぶねー…」
そこまで軽口をたたくと、ムスタディオは大きく石畳の床を蹴り、横へと跳躍した。
着地とほぼ同時に向きを反転させたムスタディオはすでに寸分かまわず標的へと自身の小銃の向きを合わせ終えており…
その刹那、短い乾いた破裂音がつんざくように淀んだ空気を震わせる。
彼の銃口からは紫煙が薄く棚引き、独特の硝煙の匂いがまた一つ濃くなった。
煙の先では、何が起こったのか分からぬまま逝ったのだろう。
まだ、あどけなさを色濃く残した弓使いの少女が、矢をつがえたまま額から小さな赤い花を咲かせ倒れていった。
「……ッ!?」
「…へえ?余所見する余裕があるなんて、流石王女の近衛騎士とでも言えばいいのか?
いいや、“元”だな。今やあんたも立派な異端者だぜ?」
「…貴公はッ!!」
蒼い刀身の二つの剣が切り結び、摩擦により火花が走る。
不意に現われた予想だにしなかった男の姿に、思考がわずかの間、止まった。
「…何故、お前が?とでも言いたげな顔をしているな?元近衛騎士様?」
「アグリアスさん!!」
事態に気付いたムスタディオが私の名を叫び、駆け寄ろうとするが、すぐに彼の姿は黒山の人込みの先に埋もれ私からは見えなくなる。
……まだ、これだけ残っているのだ。ここまで彼が来ることは出来ないだろう。
先程と同じ破裂音を聞きながら、私は再び自分の刀身に力をこめた。
「……何故、貴公がここにいる!!答えろ!ディリータッ!!」
男の顔に浮かび上がるのは薄い笑み。
“女王を守るもの”
自身が持っているものと同じ、そう名付けられた騎士剣を携えた男は、静かにその剣を振り落とした。
「…何故、貴公がここに!オヴェリア様はどうした!?」
「…へえ。今だにオヴェリアの身を案じているのか?見上げた忠誠心だな。
…安心しな。オヴェリアはここにはいない。俺はゴルターナ側の使者としてここに来ただけだ。」
金属の擦れる不愉快な冷たい音が男の声と共に響く。
「…ふざけるな!」
「…ふざけてなんかいないさ。大したもんだよ、あんた。
女の身でそこまでの剣技を身につけている奴はなかなかお目にかかれないだろうよッ!」
「……ッ!」
ヒュッ、と短く音を立てて流れる空気から少し遅れるようにして一房、金色の髪が舞い落ちる。
男の…ディリータから繰り出された突きを何とかかわせば、首が落ちる代わりにツッ…と一筋、細かな傷が首筋を走った。
「…ほらな。普通なら今のでもれなくこの世とさよならだ。だが、あんたは生きている。立派じゃないか?なあ、アグリアス?」
「……。」
地面を軽く踏みしめ、間合いを離す私に、ディリータは迫撃を仕掛けるわけではなく、代わりにそう語り掛ける。
私に語り掛けるディリータの顔からは、もう先程のような笑みは消え失せていた。
あるのはまるで射ぬくような異端審問官のようなブラウンの眼。
「…なあ。なんであんたはそこまでして奴と一緒にいるんだ?」
「…奴?」
「…ラムザ。あいつはもう立派な異端者だ。
例え真実が違うところにあるのだとしても現実はあいつを踏み潰そうとするだろう。
…そこまでして、あんたがあいつと一緒に行こうとするのは何故だ?」
―…他者の手を借りなければ生きられない…そんな存在なのに…それでも生きているのだと…本当に言えるのでしょうか?…―
「―…私は…!私はッ!」
ああ…そうだ。私は―…
「…なあ、ラムザ?お前も気付いてるのだろう?お前といるだけで周りは不幸になる。
現に見てみろ。清廉潔白な近衛騎士様は今やお前と同じ立派な異端者だ。」
ウィーグラフの声が冷たく警鐘を鳴らす。
それは僕自身…ずっと考えてきたことだった。
…そう、ずっと…。だけど―…
―…今更何を疑うものかッ!!私は、私は…―!!
「…僕は!!」
ああ…そうだ。僕は…。
お互いの強さなんて既に知っている。
守られるばかりの者ではないという事も、一人で歩いていけるだろうという事も既に知っている。
この思いが、エゴと呼ばれるものだという事も…
だけど…!!
だが…!!
「僕が、彼女を守らねば、一体誰が守るんだッ!!」
「私が、ラムザを守らねば、一体誰が守るのだッ!!」
…だけど、知っているから。本当はあなたが泣いていたという事も、本当は誰よりも傷ついていた事も。
こんな自分を信じてくれた事も…。
だから、だから…あなたを守るためならば…
エゴイストと呼ばれてもかまわない。
Fin
人間の本性は快楽主義(幸福主義)であり、行為の善悪や正否の拠り所は自分自身の最大の幸福であり、そのためならば原則上は他人に被害があっても構わないと考える考え方でもある。
《エゴイズム》
「……このレバーを下げれば…。」
錆付いた鉄の不愉快な匂いが僅かに鼻腔をくすぐる。
その匂いの源泉はこの古城の壁に塗りたくられたものなのか、それとも自分自身の剣から立ち上ってきたものか…
…きっと、両方なのだろう。
拭っても拭っても落ちない死臭。
進むごとに濃度が深くなる事も、進むごとに背負う怨嗟が重くなるという事も勿論、覚悟の上だった。
「…何を考えてるんだろうな、僕は。こんな時に。」
ふっと出てきたのは自嘲の笑みで…一度確かめるように開いた手を強く握り締めて、僕は再び自分の視線の先を前方へと移した。
見張りの目を盗むために、行動のロスをなくすために先見隊として単独行動を買って出たのは他ならぬ僕自身。
ここの水門を開ければ場内の兵士も散り散りとなり、その混乱をついて待機を命じた仲間達と合流をはかる事が出来るだろう。
……これ以上の単独行動は無意味どころか悪戯に自分の身を危険に曝すだけだった。
奥に進むごとに自分にまとわりついたものとは別の種類の死臭と腐敗臭が濃度を増していく。
むせ返るような、吐きそうなこの匂いの正体を僕は知っていたから。
この匂いはライオネル城内で漂っていたものと同じだった。ただし、今回はその何倍も濃い濃度だが―…
この先にあいつらがいる事は容易に想像できた。
だけど…頭では合流しなければならないと強く警鐘が鳴り響いているにもかかわらず、僕は鍵を引けずにいた。あと一歩の所で体が震える。
今、ここで僕が鍵を開ければ待機をしている皆と合流できるだろう。
そうなれば、単独行動時よりも危険率は下がる。
だが、皆は?
士官アカデミーの時代から、異端者の烙印を押されるようになった今でも僕についてきてくれた旧友は?
お調子者で、でもどんな時でも明るく背中を押してくれるムスタディオは?
……彼女は?どうなる?
「…待ちわびたぞ。異端者ラムザ。」
凍てつく氷のような…男の低い声が不意に鼓膜を揺さ振る。
その声は見知った男のもので、状況を理解すると同時に僕の背中を一筋、冷たい汗が重力に従い流れた。
「…ウィーグラフ…!!」
「…久しいな、ラムザ。いいや、異端者よ。オーボンヌ以来か?ずいぶん長い事お前の事を待っていた気がするよ。」
シャラン、と刀身が鞘を走る音が届く。
剣を構え見据える先には、文字通り悪魔へと成り下がった哀れな思想家が薄い笑みを浮かべながらたたずんでいた。
「…ったく!!こいつら倒しても倒してもキリがねえ!!」
「…弱音を吐くな!ムスタディオ!!ラムザと合流するまで我々が倒れるわけにはいかぬ!!」
「そりゃそうだけどよ…ッ!?…あぶねー…」
そこまで軽口をたたくと、ムスタディオは大きく石畳の床を蹴り、横へと跳躍した。
着地とほぼ同時に向きを反転させたムスタディオはすでに寸分かまわず標的へと自身の小銃の向きを合わせ終えており…
その刹那、短い乾いた破裂音がつんざくように淀んだ空気を震わせる。
彼の銃口からは紫煙が薄く棚引き、独特の硝煙の匂いがまた一つ濃くなった。
煙の先では、何が起こったのか分からぬまま逝ったのだろう。
まだ、あどけなさを色濃く残した弓使いの少女が、矢をつがえたまま額から小さな赤い花を咲かせ倒れていった。
「……ッ!?」
「…へえ?余所見する余裕があるなんて、流石王女の近衛騎士とでも言えばいいのか?
いいや、“元”だな。今やあんたも立派な異端者だぜ?」
「…貴公はッ!!」
蒼い刀身の二つの剣が切り結び、摩擦により火花が走る。
不意に現われた予想だにしなかった男の姿に、思考がわずかの間、止まった。
「…何故、お前が?とでも言いたげな顔をしているな?元近衛騎士様?」
「アグリアスさん!!」
事態に気付いたムスタディオが私の名を叫び、駆け寄ろうとするが、すぐに彼の姿は黒山の人込みの先に埋もれ私からは見えなくなる。
……まだ、これだけ残っているのだ。ここまで彼が来ることは出来ないだろう。
先程と同じ破裂音を聞きながら、私は再び自分の刀身に力をこめた。
「……何故、貴公がここにいる!!答えろ!ディリータッ!!」
男の顔に浮かび上がるのは薄い笑み。
“女王を守るもの”
自身が持っているものと同じ、そう名付けられた騎士剣を携えた男は、静かにその剣を振り落とした。
「…何故、貴公がここに!オヴェリア様はどうした!?」
「…へえ。今だにオヴェリアの身を案じているのか?見上げた忠誠心だな。
…安心しな。オヴェリアはここにはいない。俺はゴルターナ側の使者としてここに来ただけだ。」
金属の擦れる不愉快な冷たい音が男の声と共に響く。
「…ふざけるな!」
「…ふざけてなんかいないさ。大したもんだよ、あんた。
女の身でそこまでの剣技を身につけている奴はなかなかお目にかかれないだろうよッ!」
「……ッ!」
ヒュッ、と短く音を立てて流れる空気から少し遅れるようにして一房、金色の髪が舞い落ちる。
男の…ディリータから繰り出された突きを何とかかわせば、首が落ちる代わりにツッ…と一筋、細かな傷が首筋を走った。
「…ほらな。普通なら今のでもれなくこの世とさよならだ。だが、あんたは生きている。立派じゃないか?なあ、アグリアス?」
「……。」
地面を軽く踏みしめ、間合いを離す私に、ディリータは迫撃を仕掛けるわけではなく、代わりにそう語り掛ける。
私に語り掛けるディリータの顔からは、もう先程のような笑みは消え失せていた。
あるのはまるで射ぬくような異端審問官のようなブラウンの眼。
「…なあ。なんであんたはそこまでして奴と一緒にいるんだ?」
「…奴?」
「…ラムザ。あいつはもう立派な異端者だ。
例え真実が違うところにあるのだとしても現実はあいつを踏み潰そうとするだろう。
…そこまでして、あんたがあいつと一緒に行こうとするのは何故だ?」
―…他者の手を借りなければ生きられない…そんな存在なのに…それでも生きているのだと…本当に言えるのでしょうか?…―
「―…私は…!私はッ!」
ああ…そうだ。私は―…
「…なあ、ラムザ?お前も気付いてるのだろう?お前といるだけで周りは不幸になる。
現に見てみろ。清廉潔白な近衛騎士様は今やお前と同じ立派な異端者だ。」
ウィーグラフの声が冷たく警鐘を鳴らす。
それは僕自身…ずっと考えてきたことだった。
…そう、ずっと…。だけど―…
―…今更何を疑うものかッ!!私は、私は…―!!
「…僕は!!」
ああ…そうだ。僕は…。
お互いの強さなんて既に知っている。
守られるばかりの者ではないという事も、一人で歩いていけるだろうという事も既に知っている。
この思いが、エゴと呼ばれるものだという事も…
だけど…!!
だが…!!
「僕が、彼女を守らねば、一体誰が守るんだッ!!」
「私が、ラムザを守らねば、一体誰が守るのだッ!!」
…だけど、知っているから。本当はあなたが泣いていたという事も、本当は誰よりも傷ついていた事も。
こんな自分を信じてくれた事も…。
だから、だから…あなたを守るためならば…
エゴイストと呼ばれてもかまわない。
Fin