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私の愛は生きています。
《カーネーション》
桜の花が散るといよいよ本当の春がやってくるんだって、いつかお母さんが笑いながら話してくれたっけ。
ふっと、上を見上げれば、少しぼんやりとくすんだ青い空に青い草の匂いがして…
それは、あの春の朝と全く変わらない優しい匂いで…
きっと、僕が死んでもずっとこの空とこの匂いは変わることがないんだろうな。って、何故だか自然とそう思わずにはいられなくて…思わず苦笑いがこぼれた。
「―…ュカちゃん!…リュカちゃん!」
「あっ!?はい!…どうしたのテッシー?」
ハッとして弾かれたように顔を勢い良くあげれば、まず、僕に返ってきたのは深いため息。
だけど、すぐにテッシーの顔は笑顔に変わって、そして僕に一輪の…綺麗にリボンが巻かれたお花を差し出した。
「…ほら、これもあげるわ。サービスで、ね。」
「えっ?でも、僕、ひまわりのお金しか―…」
「いいの。今日は特別な日だから。―…だから、そのお花はリュカちゃんに持っていって欲しいのよ。」
さあさあ!お買物が終わったならとっととお店を出る!次の人が待ってるんだから!
急き立てられるようにお花屋を後にした僕の腕の中では、ひまわりが数本と…
真っ白な、雪みたいなカーネーションがふわふわと揺れていた。
さわさわと、木の葉が擦れて不規則な音が僕の耳をくすぐる。
春になっても、夏になっても、秋が来ても、冬になったって、ここはタツマイリのどこよりも綺麗で…
そんな綺麗な場所にある少し苔蒸した石を、しゃがんでなぞれば、あの時刻まれた文字は今でもしっかり残っていて…
アレックスの娘
フリントの妻
クラウスとリュカの母
永遠に美しきヒナワ。ここに眠る。
「…おはよう。お母さん。」
答えは返ってこないって分かっていても…そう言わずにはいられなかった。
いつものようにお花を供えて、ぎゅっと目を瞑る。
まだまだ、ひまわりの時期じゃないからあんまり大きくも綺麗でもないけれど…
でも…ひまわりは、お母さんが大好きな花だったから―…
「でも、なんでテッシーはこのカーネーションを僕にくれたんだろう?」
たった一輪、残った花に目を向ければ、さっきまでと変わらずカーネーションは薄い花びらを揺らしていた。
…本当、どうして白なんだろう?
たしかに、今日は母の日だけれど…普通は赤なのに―…
「おーい!リュカー!やっぱり、お前、ここにいたのかー!」
「クマトラ!?クマトラこそどうしたのー!?そんなに息切らして!?」
聞き慣れた声に慌てて振り返れば、見慣れた桜色の猫っ毛に青のワンピース姿の、僕より少し大きな女の子の姿。
「探してたんだよ。お前にもこれ分けて―…って、なーんだ。お前、もう持ってたのかよ。」
女の子…クマトラはそう一気に喋ると、はずんだ息を整えるをように数回、大きく肩で息を吐く。
そんなクマトラの手には僕と同じ、白いカーネーションが数本、風に揺られていた。
「あれ?クマトラもそれ持ってるんだ?でも、何でクマトラも?」
「あっ?今日は母の日だからだよ。」
僕の疑問に、クマトラはさも当然とばかりにけろりとそう言葉を返す。
だけど、僕にはまだ意味が分からなくて…
「でも、普通は赤だよね?でも、なんで僕とクマトラのは―…」
「死んでるからだよ。」
ざわっと、つむじ風が砂埃を巻き上げる。
細かい砂の欠けら達は僕の、クマトラの髪に絡まって…更に空高く駆け上がっていった。
「…そっか。」
分かってる。どうしようもない事も、それが事実だってことも。
でも、改めてそうはっきり言われると今だに認めたくないお子ちゃまな僕もいて…
そんな僕は、絞りだすような声で一言…そう言うのが精一杯だった。
そんな僕をクマトラはじっと見つめる。
でも、その顔は僕とは違って、静かで…穏やかで…
「…なあ、リュカ。花言葉って知ってるか?」
「…花…言葉?」
「ああ。俺もイオニアから昔、ちょっと聞いた程度だから詳しくはないけどな。
草や花にはその本質を表す言葉があるんだってよ。
んで、勿論、この花にもあるんだよ。花言葉。
…なんだと思う?」
ふわっと、白い指で一度、白い花びらを撫でながらクマトラは言葉を紡ぐ。
その言葉も、クマトラが何を思ってそう尋ねてきたのかも分からない僕は、ただただ首をゆっくりと横に振った。
「…なら、お前も覚えておくといいよ。カーネーション…白いカーネーションの花言葉は―…」
―…私の愛は生きています…―
「俺もさ、この話を聞いた時、馬鹿馬鹿しい。そんなの弱い自分を騙す都合のいい嘘じゃねーか。って、思ってたんだけどさ…」
彼女は続ける。まるで、小さな子供に物語を読むみたいにゆっくり…はっきりと。
「でも、あの人は…。
少なくとも俺の中にはイオニアがちゃんといる。
イオニアにもらったもの。楽しかったこと、あったかい思い出。悪戯をして怒られた思い出。
みんな、みんな…俺の中で生きてるんだ―…。」
ああ…そうか。そうだよね。クマトラもそうなんだ。
目を瞑れば、ほら…。僕にだって―…
カーネーションをひまわりの隣にそっと置いて立ち上がれば、さっきと変わらない春特有の少し霞んだ青い空。
青い木々の匂いが漂う空気をお腹いっぱい吸い込んで、僕は空に向かって大きく言葉を紡ぐ。
「おかあさーん!僕なら大丈夫だからー!!」
もう、さっきみたいな悲しい気持ちは―…
ううん。本当言うと、悲しい気持ちも寂しい気持ちも消えてない。
「僕、朝一人で起きれるようになったよー!オムレツも上手に焼けるようになったよー!」
…おかしいな…。風邪なんか引いてないはずなのに喉がつまる。声が…うまく出せない…。
雨なんか降ってないのに、ポタッと足元に小さな水溜まりができた。
「…お…お父さんも…ボニー…も…ぼ…僕が守るから…!」
―…だから、だから見ていてください!…―
お母さんとクラウスとお父さんとボニーと僕。
みんなでピクニックした春の日と同じ風、同じ匂い。
あの時と同じ空気に包まれて、かすかにカーネーションは揺れていた。
Fin