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「他者の手を借りなければ生きられない…
そんな存在なのに、それでも…それでも生きているのだと…本当に言えるのでしょうか…?」
「…確かにそう考える者もいるだろうな。…だが、私は…」
《その意味》
「ったく…リオファネス城ってところはまだなのかよ?」
「…この先、二つの丘を過ぎたらもう見えてくると思う。」
「そっか…。まあ、さ、うまく言えないけどそんな顔すんなって。
今からそんなんだとあっちに着いてから体が持たないぞ?」
「…ありがとう、ムスタディオ。でも、私なら平気よ。
…早く…早く…兄さん達を止めなければ…」
視界の端から風にのって、ムスタディオとラファの声が僕の耳に届く。
そんな二人の話を横で聞きながら、僕は静かに目を閉じた。
リオファネス城
フォボハムの統治者・バリンテン大公の本拠地であるその城を目指し、僕達は進んでいる。
バリンテン大公はフォボハム一帯を領地として有している大貴族の一人だ。
大公は武人ではないため、先の五十年戦争で前線に立つ事はなかったのだが、大公の元には様々な国から集められた傭兵部隊があり、その部隊は大公の名代として活躍をしたそうだ。
そのため、大公の存在は、王室にとってもグレバドス教会にとっても蔑ろに出来るようなものではなく、その影響力の大きさはこの大陸の中でも屈指のものである。
又、大公は戦争で両親を亡くし、戦災孤児になった者達を集め、保護をしている慈善家としてもその名を馳せていた。
…もっとも…
「…しっかし、酷い話だな。あんた達、兄妹の力を手に入れるために村を焼き払うなんてよ。」
「…あいつはそういう男なのよ。
私達を…ううん、特別な力を持っている者達を密かに育ている暗殺者集団に集めて、王室…教会をも凌ぐ力を得ようとしているの。
そのためには手段を選ばない。
誰が泣こうが喚こうが、あいつにとってはどうでもいいの。」
そこまで言うと、ラファはギリッと自分の唇を強く食い縛り、下を向いた。
ラファはバリンテン大公に保護された孤児の一人だった。
表向きはそうだ。
だが、実際は…
「私の使う天道術と兄さんの使う天冥術は、どの魔法系統にも属さない一族に伝わる一子相伝の術なの。
だから、あいつはそれが欲しくて私達の村を焼き払った…」
「…あんたの兄貴って、ついこの間、ヤードーの街で会ったアイツの事だろ?
何であんたの兄貴はそんな奴の命令を素直に聞いてるんだ?」
「…それは…」
「大体、バリンテン大公はラムザの妹まで人質にとってるんだろ?
しかも、人質との交換条件がゲルモニーク聖典を渡せ!だぜ?
普通の神経持ってるんなら少しは疑うだろ?」
「…いい加減にしろ、ムスタディオ。
それに悪いのはラファの兄でも、ましてラファでもないだろう。」
木陰に座り、今までただ黙って静かに二人の話を聞いていた様子のアグリアスさんが不意にそう口を開いた。
心地よい凛とした声。
だけど、その言葉にはいつも強い力が宿っていて…
現に今だって、アグリアスさんに諫められたムスタディオはばつが悪そうに虚空に視線を泳がしている。
「…それにラファの話だとリオファネス城まであと少しなのだから。
休める時に休んでおけ。」
だいぶ傾いた太陽が、春の霞がかった空を柔らかな日差しで包み込んでいた。
「…ラムザ、いい加減に休んだらどうだ?火の番なら私がする。お前も少し眠れ。」
バチバチと木が乾燥してはぜる。
時刻はもう夜中。
ムスタディオやラファ…他のみんなはもう寝たとばかり思っていたので、不意に聞こえてきたアグリアスさんの声に僕は少し驚いた。
「…いいえ、アグリアスさんこそ休んで下さい。僕なら、大丈夫ですから。」
そう彼女に少し笑いながら言えば、彼女も少し困ったように笑って…
「…そうか。」
僕の隣にゆっくりと腰掛けた。
春になったとはいえ、やっぱり夜になれば風は冷たくなる。
そんな少し冷たい乾いた風は炎を揺らめかせて…そんなゆらゆらと揺れる炎の光は、彼女の細い金色の髪に反射をして、キラキラと煌めいていた。
「…妹の事か?」
「えっ?」
「…考え事を、していたのだろう?」
彼女は火を見つめたまま、そう僕に問い掛ける。
そんな彼女に僕は…
「…それもあるんですけど、ね。」
そう答えるのが、精一杯だった。
「…それも…?」
彼女は訝しげ(いぶかしげ)にその綺麗に整った眉をひそめて僕を見つめる。
僕は、その目から逃れるように一度目を伏せて、それから自分の頭上の木の枝へと視線を移した。
「…アグリアスさん、この花がなんて花か…分かりますか?」
夜の帳を青白い月が照らす。
その中で、その花は咲いていた。
「…サクラ…だったか、たしか…
私も本でしか見た事がないので実際に見るのは初めてだが…」
ざわざわ…とまた風が吹く。
その花…サクラはその枝を揺らし、風は同時にサクラの花弁をさらって遠くへ運び去っていく。
「…ええ、サクラです。じゃあ、この花の特徴…知っていますか?」
「…特徴?…いいや、そこまでは…」
そう言うと、彼女はゆるゆると自分の首を真横に振った。
「…サクラは…というより、この品種は、って事なんですけれど…」
ざわざわ…と、サクラは揺れる。
まるでさざ波のように…音をたてながら。
「…この花は“生かされている花”なんですよ。」
ざわ、と…、また、漆黒の闇の中にその薄紅色の花弁は吸い込まれていく。
「…生かされている?」
「…はい。」
この花は自分自身の力だけで増える事は決してない。
いや、それが出来ない。
だから、誰かが手を加えてやらなければならない…例えば接ぎ木とかですね。
人間がいなければ生きれないんです。
他者によって…他者の手がなければ生きることすら出来ない。
…そんな花…
「…だから、“生かされている花”、か…」
彼女はそう一言呟くと、再びその花達を見つめた。
サクラは自分一人の力では生きられない。
他者にお膳立てされた世界…狭い箱庭のような世界で生かされている。
その美しさは自分の力で得ているものではない。
なぜなら、他人に生かされて、初めてそれは成り立つものなのだから。
…じゃあ、僕は…?
貴族の名門ベオルブ家…妾腹とはいえ、そこで生まれ、何不自由なく暮らしていた自分。
それが当然なのだと…
自分が見ている世界の他の世界を知らず、自分の価値観だけの狭い世界にいた自分。
…生かされていた…自分…
「他者の手を借りなければ生きられない…
そんな存在なのに、それでも…それでも生きているのだと…本当に言えるのでしょうか…?」
バチッ…また火がはぜた。
アグリアスさんは何も言わない。
ただ、ただ…その強い意志が宿っている彼女の瞳は僕をしっかりと見据えていた。
「…すみません。変なこと言いましたよね?忘れて下さい。」
自分でも分かっている。おかしな事を聞いてしまったって。
出てくるのは自嘲の笑み。
ダメだ、今はこんな弱音を吐いている場合じゃないのだから。
「…確かにそう考える者もいるだろうな。…だが、私は…」
「…えっ?」
サクラが舞う。
その花弁の一つは彼女の手の平の上にヒラリ…と舞い落ちて…
彼女はその花びらを見つめて…
「…だけど、私は、この花が好きだよ。」
優しく笑った。
そして彼女は言葉を続ける…
例え、誰かの手によるものだとしても構わないじゃないか。
そんなものは何の意味もない。
だって…
「…それでもこの花は…精一杯生き抜こうとしているのだから。」
ああ…どうしてあなたはいつも…
「…そうですね。」
白い朧月(おぼろづき)の光は、僕を…サクラを…彼女を…優しく包んでいた…
Fin