シルヴァラント編(TOS)
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「……人間なんて汚い」
「……当たり前じゃない」
「えっ……?」
「……だって、みんな“心”があるんだから」
全てのものが綺麗で……痛いぐらいに澄んでいる水に魚は住めるだろうか?微生物すら存在しない正常な空気の中で生き物は生きていけるのだろうか?心だって同じだ。……だって、そんなに心って単純なもんじゃないでしょ?
《Tales of Mana》
「ここがトリエットかー……」
「ええ、砂漠の花“トリエット”。この地方の交通の要所の町よ」
よーやく着きました、トリエット!!髪は砂が絡まってギチギチしてるし、靴の中はジャリジャリしてるし。こんな状況なら早く休みたいと感じるのは乙女の真理ではなかろうか!!ってか道中砂漠だったんだよ?疲れるに決まってるじゃない!
「よっしゃ!じゃあ、早速休けー…」
「情報を集めるぞ」
「はあっ!?」
……わざとか。ってか、タイツ……休ませない気か。嫌がらせか。
「空気読めよ」
「お前がな」
恨みがましく紫タイツの人に視線を向ければ言葉の代わりに深い溜息が一つ返ってきた。空気の読めないどこぞのタイツのせいで、せっかくのウキウキ気分が台無しである。
はぁ~~……こいつには乙女の気持ちってのがアリの触角の先っぽ程もないのかい。ってか砂漠縦断してきたのによく動けるわね、この人。と、こちらも恨みがましく溜息の一つや二つこぼしたくなる。こぼしたけど。
「はいはい、情報を集めればいいんでしょ?でっ?どうするの?手分けしたほうが早いんじゃない?」
「……そうね。でも、コレットを一人にするのは不安だわ」
あーっ……そう言えば、コレットって有名人なんだっけ?神子って立場だから。
「じゃあ、二人二人で別れて後から合流ってのはどう?二手で別れた方が情報集まるでしょ?……ってなわけで、あたしはコレットと行ってきまーーす!」
「えっ?え?マナ!?」
自分の額に手を当て敬礼の真似事をするとあたしは促すようにコレットの背中を軽く叩いた。なんでコレットかって?……タイツと一緒に歩いたらきっと痛い思いをする。物理的にではなく視線が痛い。あたしの本能がそう告げている。……それに、町の外を歩いていた時はみんな気を張ってたから、コレットとはゆっくりしゃべれなかったし、ね。
「違うのよ。マナ!私が不安なのは……」
リフィルが顔を若干引きつらせながらこっちを見る。そうか、リフィルもタイツを履いた男となんか歩きたくないか……だけど、ごめん、リフィル!!そして頑張ってくれ!ただでさえこっちに来て日が浅いのに町の人たちから痛々しいものを見る目で見られるなんて耐えられないんだよ~~!!
「こっちならだいじょうぶー!悪い虫が来たらパパっと蹴散らすから!行くよ、コレット!」
「うん!」
あたしがウィンクをしながらそう言うと、コレットも花のような笑顔を見せてくれた。……これで腹の中はお饅頭のように黒いんだから世も末だと思う。
「……ああ、まだ話の途中なのに……」
「……我々も行くぞ」
リフィルが言っている“不安”の意味はすぐ分かることになった。
「結構、人が多いんだねー。町の入り口のところじゃ、いまひとつ分からなかったけど。流石オアシス」
「うん、そーだね~」
砂漠のど真ん中と言っても流石は水が湧き出る交通の要所。市場には、見たことのない野菜や木の実・複雑な模様の絨毯・塩漬けや薫製になっている魚など、様々な売り物が所狭しと並べられていた。……きっと、あそこにいる回りの商人とは違う服を着て荷を下ろしているのは、どこか遠くの地方から交易でやって来たキャラバン隊なんだろう。
さて、市場といえば人が集まる。食べ物がある。そして何より“値切りの腕”の見せ所!!
「さあて、コレット、食材値切りに行くよ!!」
「えっ?情報は?」
「いいから、いいから!旅してるのに途中で食料なくなったら話にならないでしょ?何よりせっかく市場にいるのに値切りもしないなんて楽しみを9割も捨ててるようなもんだよ!……情報はまあ市場を歩いていれば自然に集まるでしょ、たぶん」
……というわけで、戦場と書いて露店に向かってあたし達は駆け込んでいくのであった。
「高い!!」
「ちょっと、お客さん!?これ以上は1ガルドもまけらんねえ!これだけ勉強してやったんだ、十分だろ」
ふ~~~ん……このマナちゃんの値切りから逃げようなんていい度胸じゃない。ならば……!
「……木の実のここ。痛んでるけど?」
「あっ……」
と、手に持っている果物の僅かに黒ずんでいる場所を指差しながら店員に見せる。とたんに目が泳ぐ店員。にっこりするあたし。こういう場所では弱みを少しでも見せた方が負けなのだ。
「じゃあ、元気にもう一声いってみよーか!」
勝った…!あたしは勝利を確信し、心のなかでガッツポーズをくりだした!この勝負もらった―……
その時だった。思わず振り向いてしまうような音が背後から聞こえてきたのは。突如、市場に響く豪快な物音。舞う砂煙。
「ふみゅ~……”また”やっちゃった……」
振り返ってみると、すぐ後ろの日干し煉瓦の土壁に大きな穴がぽっかりと口を開けている。……気のせいだよ。穴が人型に見えるとか、コレットの身長と同じくらいの大きさとか……あたしは目を背けた。完全に現実逃避である。
「失敗、失敗~あれーマナ?お買物、もう終わったの?」
こういう場所では弱みを少しでも見せた方が負けである。
「……壁の弁償……していただきますよ。旅の人。あなたあの子と同行してらっしゃいますよね」
ほらきたぁああああ!!!
あたしの肩に手を置いた店員の、勝ち誇った声が無常にも市場に響いていた。くっそぉおおおおおおおおお!!!!
++++++++++++++++++++
「ごめんねー、マナ……私のせいで」
「……もういいって。結局、弁償しないですんだことだし。ほらほら、そんな顔しないの」
実はあの後、コレットの顔を見た露天商が「神子様ッ!?」と狼狽えてくれたおかげで壁の弁償しないですんだんだよね。おまけにあの穴を「家宝にします!」とか言う始末だし。いや、まあここでは神子って凄い存在なのかもしれないけど、空いた穴を家宝にするなんて……大丈夫か?この世界。
でも、リフィルの言ってた“不安”ってこのことだよね。……うん。絶対そうだ。この破壊魔のような洒落にならないコレットのドジ癖の事を彼女は心配していたのだろう。
「……これから気を付けよ……」
「何に?」
「こっちの話」
「そうなの?……!そうだ、マナ。私達、まだ広場の方には行ってなかったよね?そっちに行ってみようよ」
コレットの青い双眸が緩やかな弧を描く。そーいや広場の方はノータッチだったなー……
「じゃあ、行ってみますかー」
この町の広場は、広場ってだけあって人が多い………わけじゃないんだ。なんだか、広さのわりに妙に人通りが少ないし閑散としている。
「おっかしいわねー……広場って町の中心でしょ?普通ならもっと人がごった返してると思ったんだけどなあ……それにこの太い紐みたいなの……なんだろう?丈夫なロープみたいだけれど……」
……あたしは、かかんで地面に落ちているロープを何気なく手にとってみた。荷造り用の頑丈なものだろうか?
「えっ……?」
その瞬間、心臓が急に一際大きな音を立てた。と同時に悪寒が全身を駆け抜け嫌な汗が背中を伝って落ちていく。
―……助けてくれッ……―
この声……ここは……このロープの記憶があたしに見せてる光景ってっ!!
風景が白と黒に瞬く。風が空気が止まる……あそこにあるのは……絞首台!!?
―……ヒイッ……助けてくれ!俺たちが何をしたって言うんだ!ただ静かにこの町で暮らしていただけじゃないか!死にたくない!死にたくッ……―
「まっ、待って!!」
執行人の合図とともに外される踏み台。それと同時にギシギシと耳障りな音を立て左右に揺れるロープ。そんな光景を見て目を背ける群衆。愉しそうに嘲り笑っている執行人。そして……ゆっくりと……左右にゆれる……ヒトだったもの……
「……マナ!マナ!!しっかりして!!」
薄皮一枚隔てたような向こう側から少女の声がした。この声……誰……?思い出した……この声って……
「……コレット?」
最悪。知らないうちにやっちゃったんだ……あたし。自分の意志でコントロールできるようになったと、思ってたんだけどなあ。
「だいじょぶ!?しっかりして!!今リフィル先生を呼んでくるから!」
コレットがあたしの肩を揺する。彼女が本当に心配しているということが彼女の表情からよく分かった。
「……ごめん。ちょっと休ませて……」
やっとのことでこれだけを言うと、あたしは意識を手放した。酷く喉が、渇く、なあ……
++++++++++++++++++++
「……気が付いて?」
「大丈夫か?」
「……り……フィル?クラト……ス?」
「コレットが教えてくれたのよ。あなたが倒れたって」
目が覚めるとそこは薄暗い天井がある部屋だった。頭に乗せられている濡れたタオルがひんやりと気持ちいい。息を一つ細く吐き出すとともにあたしは目も細めた。部屋の様子から見てきっと宿屋なのだろう。
「心配したんだよ!急に倒れちゃうから!」
コレットの瞳が僅かだけど揺れている。……本当に心配を掛けさせちゃったみたいだな~……そんなことを思いながら、あたしは、自分のほっぺを指先で軽く掻いた。
「あたしなら、もう大丈夫。ちょっと日射病になっちゃっただけ。もう、ほら、起きれるから」
よっと、とベットに手をつくとそのままそこから飛び降りる。
「……本当に大丈夫かしら?」
「うん、少し休んだから体調万全、元気有り余ってるみたい!そーいえば、そっちは?何か情報、掴めた?」
「……ああ。しかし、本当に……」
「あー、もう!大丈夫だって本人が言ってるんだから大丈夫に決まってるでしょ?……心配してくれてありがとね」
笑顔を浮かべ、あたしはみんなをぐるり、と順番に見つめた。……ごめん。本当のこと、言えないや。信用していないわけではない。でも万が一拒絶された時のことを考えると怖いのだ。
あっ~……でも、久々にこれやっちゃったなー……あたしが、“アーティファクト使い”だから仕方ないことなんだけど。
なーんて、一人で物思いに耽っている時だった。部屋の扉が乱暴に開いた音がしたのは。って……本当にドアが開いてるし。この騒音の主は……
「ジーニアス!?」
「お願い!ロイドをロイドを助けて!ロイド、ディザイアンに捕まっちゃったんだ!」
++++++++++++++++++++
「……つまり、あなたが牧場に行ったせいなのね。ジーニアス」
「……はい」
場所は変わって再び砂漠。ただ今、ものっすごく重っ苦しい空気が場を支配してます。リフィルからなにか黒いものが見え隠れしているのは気のせいじゃないだろう。
宿屋に駆け込んで来たジーニアスの話によると……あたし達が出発した後、イセリアがディザイアンの襲撃を受けたらしい。理由は「ロイドとジーニアスがディザイアンと村との間で結ばれていた不可侵条約を破って牧場に侵入したから」
ジーニアスはリフィルに黙って時々、牧場の友達に会っていたようだ。でも、その友達を助けるためにディザイアンに手を出して……その報復で村にディザイアン達が攻めてきたらしい。……村は焼かれて、人がたくさん殺されて……その責任を取らされる形で二人はイセリア村から追放。……でっ、他に行くアテもない二人はあたし達を追ってトリエットまで来たのはいいけど、なぜだかロイドが指名手配されていてロイドだけ捕まっちゃった、と。
「……それで……ジーニアスのお友達のマーブルさんは……」
コレットが眉をひそめてジーニアスに尋ねた。
「……死んだ。僕達を助けるために……」
ジーニアスはポケットから綺麗な淡い色の宝石を取出しじっと見つめた。肩を小刻みに震えさせて。きっとその宝石は”マーブル”という人が残したものなのだろう。泣いてはいないけど……今にも泣き出しそうな顔で宝石を見つめるジーニアスの姿にあたしの心も軋んだ。
「……ロイドを捕まえたディザイアンのアジトはこちらでいいのか?」
「うん。僕、アジトまでロイドと一緒で……ロイドが捕まって助けを呼びにトリエットに行ったから。それにノイシュも一緒だったし」
「……そうか」
「わふぅ!」
クラトスの質問にジーニアスが答えれば、ジーニアスの答えを肯定するようにノイシュという名前の犬のような何かが鳴いた。どうやらこの方角でいいみたいだ。
そーいえば、タイツがいつにも増して真剣な顔してるんだけど……どーした、タイツ。ロイドが攫われたから?でもこいつなんでここまで張り詰めたような表情をしているんだろう?実は、兄弟……ってわけでもないだろうに。
ちなみにタイツの横では「ふふ……ロイドに何かあったら……私、頑張っちゃお」とか言いながら、コレットが黒い笑顔を浮かべていた。……うん。あたしは何も見ていない。たとえ、トリエットにあったロイドのあまりに前衛的すぎる指名手配書をにっこにこしながらチャクラム投げてビリビリにしていたとしても、あたしは見ていない。……あの時指差して笑わないで本当によかった。
「……人間なんて……汚い。どうして助けてくれなかったんだ……」
不意にあたしの横にいるジーニアスがぽつりとそう呟いた。……どうやら、あたし以外の他の人は気付いてないようだった。まあ、すごく小さい声だったし、もしかしたらジーニアス本人も口に出したってこと分かってないのかもしれない。小さく漏れ出た彼の本音。でも、汚い……汚いか―……そんなの……
「……当たり前じゃない」
「えっ……?」
ジーニアスが慌ててあたしの顔を見た。こりゃ、本当に口に出してたなんて思ってなかったパターンかな?
「……だって、“心”があるんだから。それぞれの生活があるんだから」
「……マナそれって……」
「……もしも、ジーニアスが村の人と逆の立場で……家族が、リフィルが殺されてたら……どう思う?その原因になった人を許せる?かばえる?つまり、そういうこと」
「……!」
説教くさいのは性に合わないんだけどな~……それでも、あたし…納得できなかったんだ…“汚い”って言葉に。それぞれに立場というものがある。村の人たちにだって家族がいる。彼らの生活がある。これは老婆心だが、視点の違いをジーニアスは知るべきだと、そう思ったのだ。視点が違えば見えなかったものも見えてくるはずだから。
「みんな、見て!向こうに大きな建物があるよ!」
風が砂を飛ばす。晴れた視界の先にはコレットの言うとおり、場に不釣り合いなやけに整然とした幾何学的な建物があった。
「じゃあ、行こうか、ジーニアス。友達助けなきゃ、ね?」
あたしはかかんでジーニアスの頭をくしゃっとひと撫でして……歩きだした。さぁーて、あたしも自分の友達を助けるとしますか。
「……当たり前じゃない」
「えっ……?」
「……だって、みんな“心”があるんだから」
全てのものが綺麗で……痛いぐらいに澄んでいる水に魚は住めるだろうか?微生物すら存在しない正常な空気の中で生き物は生きていけるのだろうか?心だって同じだ。……だって、そんなに心って単純なもんじゃないでしょ?
《Tales of Mana》
「ここがトリエットかー……」
「ええ、砂漠の花“トリエット”。この地方の交通の要所の町よ」
よーやく着きました、トリエット!!髪は砂が絡まってギチギチしてるし、靴の中はジャリジャリしてるし。こんな状況なら早く休みたいと感じるのは乙女の真理ではなかろうか!!ってか道中砂漠だったんだよ?疲れるに決まってるじゃない!
「よっしゃ!じゃあ、早速休けー…」
「情報を集めるぞ」
「はあっ!?」
……わざとか。ってか、タイツ……休ませない気か。嫌がらせか。
「空気読めよ」
「お前がな」
恨みがましく紫タイツの人に視線を向ければ言葉の代わりに深い溜息が一つ返ってきた。空気の読めないどこぞのタイツのせいで、せっかくのウキウキ気分が台無しである。
はぁ~~……こいつには乙女の気持ちってのがアリの触角の先っぽ程もないのかい。ってか砂漠縦断してきたのによく動けるわね、この人。と、こちらも恨みがましく溜息の一つや二つこぼしたくなる。こぼしたけど。
「はいはい、情報を集めればいいんでしょ?でっ?どうするの?手分けしたほうが早いんじゃない?」
「……そうね。でも、コレットを一人にするのは不安だわ」
あーっ……そう言えば、コレットって有名人なんだっけ?神子って立場だから。
「じゃあ、二人二人で別れて後から合流ってのはどう?二手で別れた方が情報集まるでしょ?……ってなわけで、あたしはコレットと行ってきまーーす!」
「えっ?え?マナ!?」
自分の額に手を当て敬礼の真似事をするとあたしは促すようにコレットの背中を軽く叩いた。なんでコレットかって?……タイツと一緒に歩いたらきっと痛い思いをする。物理的にではなく視線が痛い。あたしの本能がそう告げている。……それに、町の外を歩いていた時はみんな気を張ってたから、コレットとはゆっくりしゃべれなかったし、ね。
「違うのよ。マナ!私が不安なのは……」
リフィルが顔を若干引きつらせながらこっちを見る。そうか、リフィルもタイツを履いた男となんか歩きたくないか……だけど、ごめん、リフィル!!そして頑張ってくれ!ただでさえこっちに来て日が浅いのに町の人たちから痛々しいものを見る目で見られるなんて耐えられないんだよ~~!!
「こっちならだいじょうぶー!悪い虫が来たらパパっと蹴散らすから!行くよ、コレット!」
「うん!」
あたしがウィンクをしながらそう言うと、コレットも花のような笑顔を見せてくれた。……これで腹の中はお饅頭のように黒いんだから世も末だと思う。
「……ああ、まだ話の途中なのに……」
「……我々も行くぞ」
リフィルが言っている“不安”の意味はすぐ分かることになった。
「結構、人が多いんだねー。町の入り口のところじゃ、いまひとつ分からなかったけど。流石オアシス」
「うん、そーだね~」
砂漠のど真ん中と言っても流石は水が湧き出る交通の要所。市場には、見たことのない野菜や木の実・複雑な模様の絨毯・塩漬けや薫製になっている魚など、様々な売り物が所狭しと並べられていた。……きっと、あそこにいる回りの商人とは違う服を着て荷を下ろしているのは、どこか遠くの地方から交易でやって来たキャラバン隊なんだろう。
さて、市場といえば人が集まる。食べ物がある。そして何より“値切りの腕”の見せ所!!
「さあて、コレット、食材値切りに行くよ!!」
「えっ?情報は?」
「いいから、いいから!旅してるのに途中で食料なくなったら話にならないでしょ?何よりせっかく市場にいるのに値切りもしないなんて楽しみを9割も捨ててるようなもんだよ!……情報はまあ市場を歩いていれば自然に集まるでしょ、たぶん」
……というわけで、戦場と書いて露店に向かってあたし達は駆け込んでいくのであった。
「高い!!」
「ちょっと、お客さん!?これ以上は1ガルドもまけらんねえ!これだけ勉強してやったんだ、十分だろ」
ふ~~~ん……このマナちゃんの値切りから逃げようなんていい度胸じゃない。ならば……!
「……木の実のここ。痛んでるけど?」
「あっ……」
と、手に持っている果物の僅かに黒ずんでいる場所を指差しながら店員に見せる。とたんに目が泳ぐ店員。にっこりするあたし。こういう場所では弱みを少しでも見せた方が負けなのだ。
「じゃあ、元気にもう一声いってみよーか!」
勝った…!あたしは勝利を確信し、心のなかでガッツポーズをくりだした!この勝負もらった―……
その時だった。思わず振り向いてしまうような音が背後から聞こえてきたのは。突如、市場に響く豪快な物音。舞う砂煙。
「ふみゅ~……”また”やっちゃった……」
振り返ってみると、すぐ後ろの日干し煉瓦の土壁に大きな穴がぽっかりと口を開けている。……気のせいだよ。穴が人型に見えるとか、コレットの身長と同じくらいの大きさとか……あたしは目を背けた。完全に現実逃避である。
「失敗、失敗~あれーマナ?お買物、もう終わったの?」
こういう場所では弱みを少しでも見せた方が負けである。
「……壁の弁償……していただきますよ。旅の人。あなたあの子と同行してらっしゃいますよね」
ほらきたぁああああ!!!
あたしの肩に手を置いた店員の、勝ち誇った声が無常にも市場に響いていた。くっそぉおおおおおおおおお!!!!
++++++++++++++++++++
「ごめんねー、マナ……私のせいで」
「……もういいって。結局、弁償しないですんだことだし。ほらほら、そんな顔しないの」
実はあの後、コレットの顔を見た露天商が「神子様ッ!?」と狼狽えてくれたおかげで壁の弁償しないですんだんだよね。おまけにあの穴を「家宝にします!」とか言う始末だし。いや、まあここでは神子って凄い存在なのかもしれないけど、空いた穴を家宝にするなんて……大丈夫か?この世界。
でも、リフィルの言ってた“不安”ってこのことだよね。……うん。絶対そうだ。この破壊魔のような洒落にならないコレットのドジ癖の事を彼女は心配していたのだろう。
「……これから気を付けよ……」
「何に?」
「こっちの話」
「そうなの?……!そうだ、マナ。私達、まだ広場の方には行ってなかったよね?そっちに行ってみようよ」
コレットの青い双眸が緩やかな弧を描く。そーいや広場の方はノータッチだったなー……
「じゃあ、行ってみますかー」
この町の広場は、広場ってだけあって人が多い………わけじゃないんだ。なんだか、広さのわりに妙に人通りが少ないし閑散としている。
「おっかしいわねー……広場って町の中心でしょ?普通ならもっと人がごった返してると思ったんだけどなあ……それにこの太い紐みたいなの……なんだろう?丈夫なロープみたいだけれど……」
……あたしは、かかんで地面に落ちているロープを何気なく手にとってみた。荷造り用の頑丈なものだろうか?
「えっ……?」
その瞬間、心臓が急に一際大きな音を立てた。と同時に悪寒が全身を駆け抜け嫌な汗が背中を伝って落ちていく。
―……助けてくれッ……―
この声……ここは……このロープの記憶があたしに見せてる光景ってっ!!
風景が白と黒に瞬く。風が空気が止まる……あそこにあるのは……絞首台!!?
―……ヒイッ……助けてくれ!俺たちが何をしたって言うんだ!ただ静かにこの町で暮らしていただけじゃないか!死にたくない!死にたくッ……―
「まっ、待って!!」
執行人の合図とともに外される踏み台。それと同時にギシギシと耳障りな音を立て左右に揺れるロープ。そんな光景を見て目を背ける群衆。愉しそうに嘲り笑っている執行人。そして……ゆっくりと……左右にゆれる……ヒトだったもの……
「……マナ!マナ!!しっかりして!!」
薄皮一枚隔てたような向こう側から少女の声がした。この声……誰……?思い出した……この声って……
「……コレット?」
最悪。知らないうちにやっちゃったんだ……あたし。自分の意志でコントロールできるようになったと、思ってたんだけどなあ。
「だいじょぶ!?しっかりして!!今リフィル先生を呼んでくるから!」
コレットがあたしの肩を揺する。彼女が本当に心配しているということが彼女の表情からよく分かった。
「……ごめん。ちょっと休ませて……」
やっとのことでこれだけを言うと、あたしは意識を手放した。酷く喉が、渇く、なあ……
++++++++++++++++++++
「……気が付いて?」
「大丈夫か?」
「……り……フィル?クラト……ス?」
「コレットが教えてくれたのよ。あなたが倒れたって」
目が覚めるとそこは薄暗い天井がある部屋だった。頭に乗せられている濡れたタオルがひんやりと気持ちいい。息を一つ細く吐き出すとともにあたしは目も細めた。部屋の様子から見てきっと宿屋なのだろう。
「心配したんだよ!急に倒れちゃうから!」
コレットの瞳が僅かだけど揺れている。……本当に心配を掛けさせちゃったみたいだな~……そんなことを思いながら、あたしは、自分のほっぺを指先で軽く掻いた。
「あたしなら、もう大丈夫。ちょっと日射病になっちゃっただけ。もう、ほら、起きれるから」
よっと、とベットに手をつくとそのままそこから飛び降りる。
「……本当に大丈夫かしら?」
「うん、少し休んだから体調万全、元気有り余ってるみたい!そーいえば、そっちは?何か情報、掴めた?」
「……ああ。しかし、本当に……」
「あー、もう!大丈夫だって本人が言ってるんだから大丈夫に決まってるでしょ?……心配してくれてありがとね」
笑顔を浮かべ、あたしはみんなをぐるり、と順番に見つめた。……ごめん。本当のこと、言えないや。信用していないわけではない。でも万が一拒絶された時のことを考えると怖いのだ。
あっ~……でも、久々にこれやっちゃったなー……あたしが、“アーティファクト使い”だから仕方ないことなんだけど。
なーんて、一人で物思いに耽っている時だった。部屋の扉が乱暴に開いた音がしたのは。って……本当にドアが開いてるし。この騒音の主は……
「ジーニアス!?」
「お願い!ロイドをロイドを助けて!ロイド、ディザイアンに捕まっちゃったんだ!」
++++++++++++++++++++
「……つまり、あなたが牧場に行ったせいなのね。ジーニアス」
「……はい」
場所は変わって再び砂漠。ただ今、ものっすごく重っ苦しい空気が場を支配してます。リフィルからなにか黒いものが見え隠れしているのは気のせいじゃないだろう。
宿屋に駆け込んで来たジーニアスの話によると……あたし達が出発した後、イセリアがディザイアンの襲撃を受けたらしい。理由は「ロイドとジーニアスがディザイアンと村との間で結ばれていた不可侵条約を破って牧場に侵入したから」
ジーニアスはリフィルに黙って時々、牧場の友達に会っていたようだ。でも、その友達を助けるためにディザイアンに手を出して……その報復で村にディザイアン達が攻めてきたらしい。……村は焼かれて、人がたくさん殺されて……その責任を取らされる形で二人はイセリア村から追放。……でっ、他に行くアテもない二人はあたし達を追ってトリエットまで来たのはいいけど、なぜだかロイドが指名手配されていてロイドだけ捕まっちゃった、と。
「……それで……ジーニアスのお友達のマーブルさんは……」
コレットが眉をひそめてジーニアスに尋ねた。
「……死んだ。僕達を助けるために……」
ジーニアスはポケットから綺麗な淡い色の宝石を取出しじっと見つめた。肩を小刻みに震えさせて。きっとその宝石は”マーブル”という人が残したものなのだろう。泣いてはいないけど……今にも泣き出しそうな顔で宝石を見つめるジーニアスの姿にあたしの心も軋んだ。
「……ロイドを捕まえたディザイアンのアジトはこちらでいいのか?」
「うん。僕、アジトまでロイドと一緒で……ロイドが捕まって助けを呼びにトリエットに行ったから。それにノイシュも一緒だったし」
「……そうか」
「わふぅ!」
クラトスの質問にジーニアスが答えれば、ジーニアスの答えを肯定するようにノイシュという名前の犬のような何かが鳴いた。どうやらこの方角でいいみたいだ。
そーいえば、タイツがいつにも増して真剣な顔してるんだけど……どーした、タイツ。ロイドが攫われたから?でもこいつなんでここまで張り詰めたような表情をしているんだろう?実は、兄弟……ってわけでもないだろうに。
ちなみにタイツの横では「ふふ……ロイドに何かあったら……私、頑張っちゃお」とか言いながら、コレットが黒い笑顔を浮かべていた。……うん。あたしは何も見ていない。たとえ、トリエットにあったロイドのあまりに前衛的すぎる指名手配書をにっこにこしながらチャクラム投げてビリビリにしていたとしても、あたしは見ていない。……あの時指差して笑わないで本当によかった。
「……人間なんて……汚い。どうして助けてくれなかったんだ……」
不意にあたしの横にいるジーニアスがぽつりとそう呟いた。……どうやら、あたし以外の他の人は気付いてないようだった。まあ、すごく小さい声だったし、もしかしたらジーニアス本人も口に出したってこと分かってないのかもしれない。小さく漏れ出た彼の本音。でも、汚い……汚いか―……そんなの……
「……当たり前じゃない」
「えっ……?」
ジーニアスが慌ててあたしの顔を見た。こりゃ、本当に口に出してたなんて思ってなかったパターンかな?
「……だって、“心”があるんだから。それぞれの生活があるんだから」
「……マナそれって……」
「……もしも、ジーニアスが村の人と逆の立場で……家族が、リフィルが殺されてたら……どう思う?その原因になった人を許せる?かばえる?つまり、そういうこと」
「……!」
説教くさいのは性に合わないんだけどな~……それでも、あたし…納得できなかったんだ…“汚い”って言葉に。それぞれに立場というものがある。村の人たちにだって家族がいる。彼らの生活がある。これは老婆心だが、視点の違いをジーニアスは知るべきだと、そう思ったのだ。視点が違えば見えなかったものも見えてくるはずだから。
「みんな、見て!向こうに大きな建物があるよ!」
風が砂を飛ばす。晴れた視界の先にはコレットの言うとおり、場に不釣り合いなやけに整然とした幾何学的な建物があった。
「じゃあ、行こうか、ジーニアス。友達助けなきゃ、ね?」
あたしはかかんでジーニアスの頭をくしゃっとひと撫でして……歩きだした。さぁーて、あたしも自分の友達を助けるとしますか。