ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「何故、俺を生かす?こんな屑石同然の、道端に転がっている石ころと変わらない俺を」
「生かす?勘違いするな小僧。ワタシは何も善意からお前を助けたわけではない。利用価値がある、と。そう思ったからだ」
「価値だと?そんなもの……」
「それを決めるのはお前ではなくワタシだ。お前には価値がある。少なくともワタシにとっては、な」
「フ……はっはははは!!まさか、珠魅の俺が知恵の竜に口説かれるとはな。……いいぜ。背負ってやろうじゃねえか。ドラグーンとやらの定めをよ!!」
≪Tares of Mana≫
「ねえ、ラルク。あなたさっきの獣人と知り合いなんじゃない?」
「……もうすぐ風読み士達の集落に着く。奴らごときにお前が後れを取るとは思わないが、いつでも動ける準備をしておけ」
「答えになっていないんですけど。さっき、森の入り口であたし達に奇襲を仕掛けてきた獣人は誰なのかって聞いてるの」
雨の季節の中休み。濃緑の衣を纏った木々を白い陽光が照らしている。昨日までの雨で洗われた森の湿った土の匂いが肺を満たしていく。もっとも、こっちは森林浴を楽しむだけの余裕はないのだけれど。
『……ラルク、ついに見つけてしまったのか。もう一人の戦士を……』
『……シエラ……』
『……まだ分かっていないのか!お前は騙されているんだぞ!!ティアマットめ!!……』
あたしの脳裏を、つい半刻ほど前に見た光景が鮮やかに過っていく。その光景を思い浮かべながら、もう一度同行者である赤い犬の獣人へと問いただせば、返ってきたのはあたしが求めている答えではなく沈黙の音だけだった。
あたし達がこの森に足を踏み入れた直後に樹上から奇襲を仕掛けてきた女性……硬いドラゴンの鎧を纏った白く美しい山犬の獣人。彼女はあたし達を襲ったその時、確かに”ラルク”と名を口にしたのだ。そして、それはラルクも変わらない。
”シエラ”
と、ラルクが名前を呼んだ女性……二人が旧知の仲だと、誰の目から見ても見ても明らかだった。
「話はそれだけか?風読み士の村に入るぞ」
ラルクの答えは、当然答えになっていないものだった。
「用がないなら帰れよ」
「なんか、嫌な感じがする奴らだな」
「なんだ、お前ら……」
「こりゃまた、手厚い歓迎ですこと」
遠い昔に隆起した天高くそびえ立つ山々から吹き降ろす風が、五色の旗を棚引かせる。カラカラと回る風車や風見鶏の音だけが小さな集落の中に広がっていた。
「……」
先立って進むラルクはそんな静まり返った村を、ただ黙って村を進んでいく。これだけの数の風読み士達の敵意を真正面から受けているにも関わらず、だ。いや、今から自分達がしようとしている事を考えれば、これぐらいで臆するわけにはいかない……か。
だって、今からあたし達がしようとしている事は竜殺し……この村の守護者とも言える存在を手にかける”神殺し”に等しい行為なのだから。
「どう?登山道への入り口は見つかりそう?」
「いや、やはり一筋縄でいきそうにないな。下手に入山してもメガロードの元に行くまでに滑落しては元も子もない」
「途中にクレバスなんかもありそうだしね。風読み士達が使う正規のルート以外で登るのは難しいかもしれないわよ?」
「……情報を集めてくる。お前も……」
「あたし達に情報くれる人なんかいないと……って、もういないし」
ため息交じりで呟き空を仰げば、まるであたし達の入山を拒絶するように一陣、冷たい風が通り過ぎていった。
門戸が固く閉ざされた集落をあたしは一人、歩く。話を聞こうにも、見かけるのは侵入者への敵意を飛ばす大人の風読み士達だけだった。
こんな調子でいったい何の情報を集めりゃいいのよ。
気の重さから自然と下に下がる肩。落ちる視線。八つ当たりするように足元に落ちていた石を蹴飛ばした……その時だった。
「お前か?風読み士達が噂をしているティアマットのドラグーンっていうのは」
「……誰!?」
「俺の名はセレスタイン。メガロードのドラグーンだ。もう一度問う。お前は、ティアマットのドラグーンか?」
「……そうだと言ったら?」
ころころと、あたしが蹴飛ばした石が力なく転がっていく。石が転がったその先……そこにあったのは見知らぬ一人の男性の姿だった。
空がそのまま溶けたと思うような空色の瞳。それと同色の短い髪。分厚いドラゴンの皮膚を思わせる全身鎧を身に纏ったその男は、感情のまるで見えないその瞳であたしを見下ろしていた。そして……
「斬るッ!!」
「……!!?」
「マナ!!」
耳障りな金属と金属が擦れ合う音が残響する。突如振り下ろされた男の太刀。身構える前に繰り出された一撃に、”死”という言葉が過ったその刹那。
「ら、ラルク!?」
「だから、言っておいただろう!いつでも動ける準備をしておけと!!」
「クッ……!!お、お前は!!」
「残念だが、こいつはティアマットのドラグーンではない。……その群青の鎧……お前はメガロードのドラグーンだな?」
「そ、その真紅の鎧は……!!さては、お前が……!!」
「ああ……俺がティアマットのドラグーンだ」
セレスタインの一撃を戦斧で受け止めたラルクは重々しい口調で呟く。その言葉に、セレスタインの瞳が大きく見開き、そして次の瞬間、空色の瞳は火が灯ったかのように輝き、眼光は鋭いものへと変わっていった。
……って、今はそんな事考えてる暇なんかないんだってば……!!
「ラルク!!」
「クッ……!!」
あたしも背負っていた槍を構え、男の横の死角から突きを放つ。ラルクとのつばぜり合いに集中していたためなのか、あたしの一撃に対応しきれなかった男は、まともにそれを受けて……吹き飛んだ。……もっとも、あの分厚い鎧のせいで本人にはまともなダメージは入っていないんだろうけど……でも、鎧の一部を破損させただけでも大きいはず!これで次の攻撃からは……!!
「あ、あなた、その胸の穴……まさか……!!」
「クッ……!!多勢に無勢か……!!」
「待て!!……逃がしたか。怪我はないな?」
「え、ええ。だけど……」
「そうか、ならいい。入り口を見つけた。おそらく、あの道が風読み士達が使う巡礼の道だ。ついて来い」
「……」
一陣のつむじ風とともに男……セレスタインの姿が消える。あとに残ったのは、地面に刻まれた生々しい跡と……
「お前が何を考えているかは知らんが、そのような生半可な覚悟では奈落の呪いで消滅する前に肉体が滅びるぞ。……忘れるな。俺たちの目的は竜殺し……”神”殺しなのだから」
ラルクのその言葉が棘のように刺さって……重くて仕方がなかった。
++++++++++++++++++++
―……よくも……―
―……ティアマットの手下め……―
―……メガロード様……―
「……ねえ。あたし達の目的はメガロードのはずでしょ?何も関係ない者まで―……」
「さっき説明しただろう。この集落にいる全員がメガロードのドラグーンだ、と。風読み士は一族全てがドラグーンだ。もう何代も前から盲目的にメガロードに仕えている。……自らの主のために死ねたんだ。奴らも本望だろう」
「ちょっと!その言い方は……!!」
「忘れるな……お前も俺と同罪だ。自分の身と風読み士どもの命―……天秤に掛けなかったとは言わせん」
「……ッ!!?」
グラグラとした気持ち悪い浮遊感が体を蝕むのが分かる。吐き出したいのに吐けない不快感に思わずあたしは口元を押さえた。ラルクのその言葉が図星であると何より自分自身が……知っていたから。
「ほう……雑魚どもか。風読み士の三元老を俺達が倒しても尚、歯向かうのか?」
「我ら、力は弱くともメガロード様にお仕えする身!!」
「我らが命を賭けて、貴様らを主の元へは通さん!!」
不意に上空を四羽の鳥の影が横切った。いいえ……それはただの鳥ではなくメガロードのドラグーンたる風読み士一族の戦士だった。青く隈取られた、地上で見た仮面とは異なる仮面を付けた四人の戦士。
風読み士最強の戦士と謳われている三元老は、既にあたしとラルクの手に掛かり奈落へと旅立っている。三元老が封印したその先にいる今のあたし達を見れば状況は一目瞭然だろう。力の差は歴然なのに―……それでも、尚、彼らはあたし達の行く手を阻もうと立ちふさがったのだ。そんな戦士達を一瞥すると、ラルクは冷笑を浮かべながら切り捨てた。
―……ずいぶんと安い命だ、と。
「いいだろう……その命、俺が刈り取ってくれるッ!!」
「……待っ―……ッ!!」
自分が差し出した手が虚しく空を掴む。山を吹き抜ける強風は、風読み士達の引き裂かれた羽毛や肉を遥か上空へと一瞬にして運んでいった。まるで、天に導くかのように……嫌な……嫌な音を立てて折り重なるように事切れた戦士だった肉塊を、あたしはただ茫然と見つめる事しか、出来なかった。
「……行くぞ。マナ、お前も知っているはずだ。自然界では強者が弱者を喰らい生き残るのだ、と。強いものには従うものだ。ここまで登ればメガロードの元まで後少しのはず……後れを取るな」
吐き気は強くなるばかり、だった……
++++++++++++++++++++
「……やはり、来たな」
「……セレスタイン……あなた……」
山頂の、地上よりも強い日差しが肌を焼く。山頂の荒れ狂う風の中心―……そこにはセレスタインと、そして、浅葱色をした巨大な竜が鎮座し、あたし達を待ち構えていた。
「メガロードよ!我が主ティアマットに代わりマナの力をいただきに来たッ!!」
「ティアマットのドラグーン。奴が何を企んでいるのか、わからんのか!!」
「問答無用ッ!!」
唸りを上げて迫る烈風のようなメガロードの低い声が体をビリビリと震わせる。恐怖からなのか……背中をいく筋も嫌な汗が流れていった。
……やらなきゃ、やられる。
冷たい、刺すような空気を一度吸って、肺を洗う。メガロードとセレスタインを覆っていた風の壁が破れる。圧倒的な威圧感を持つ大空の覇者―……群青の守護神、メガロードの咆哮が白い染み一つない蒼穹へ響き渡った。
「……クッ!!マナッ!!」
「……ラルク!?また、風の壁―……!!」
「行かせるかッ!!」
メガロードの爪と大気の刄によって出来た真新しい裂傷を、凍えるように冷たい外気が焼いていく。その痛みに視界に一瞬、星が散った。ラルクに助けを求めようにも、再び作られた風の壁が渦巻き、進路を塞がれてしまったためそれも叶わない。それ以前に、ラルクはセレスタインと斬り結んでいて―……とてもじゃないけれどあたしを助ける余裕はない。
やはり、大空と風を司る竜神―……素直にその首を掻き斬らせてはくれないようだ。
「小娘……貴様は分かっているのだろう?にも関わらず何故、その悪事に加担するッ!!」
「悪事か善事かなんて立場の違いでしかないでしょう?それに、こっちにも色々事情ってもんがあるの、よッ!」
渾身の力を込めて、メガロードの喉元を狙ってムーンサルトキックを一撃繰り出してみたけれど―……当たり前な話だが、ドラゴンの分厚い皮膚相手に有効打になるはずもなく、手応えのない感触だけが足に残る。……とは言え、槍も刃こぼれが激しくこれ以上酷使するのは危険で―……おそらく耐えられるのはあと一撃といったところだろう。となると、メガロードを倒すには、何とか隙を作って、一気に大技をたたき込むしかない。しかも、チャンスは一度だけ。
でも、どうやって隙を作れば―……!
「……ッァアアアアアッ!!!」
「この声は、まさか、セレスタイン……ッ!?」
「すまん!手こずった!」
セレスタインの断末魔の悲鳴がノルンの山々にこだまする。
ラルクの声の感じからして、怪我はしているが致命傷までは負っていないだろう。肩越しに聞こえてきた彼の声に、確かに安堵をする自分がいた。
「おのれ!!よくも―……よくも……ッ!!!我がドラグーンを!!」
「!?ラルク、避けてッ!!!」
「……何ッ!?」
怒りと憎しみが込められた咆哮が激しく響き渡る。それと同時に出現した群青の魔法陣は、ラルクの周囲を一瞬にして取り囲み転回する。そして、次の瞬間―……圧縮された巨大な風のマナが弾けて、砕けた……ッ!ラルクを爆心地として、凄まじい爆発が山頂を一気になぎ払う!
「……ッアッ……!!」
ミシリ……と嫌な音を立てて骨が軋む。爆発の衝撃で吹き飛ばされ、堅い岩に体を殴打したあたしは、痛みのあまり蹲るようにその場に倒れこんだ。―……骨を何本か持っていかれた……!
「……ら、ラルク……」
自分がぶつかった岩を支えにして、何とか体を起こせば、晴れた土煙の向こうに、微動だとしない……傷だらけで倒れこんだラルクの姿があった。
「小娘!次は貴様の番だ!神罰をその身に受けるがいいッ!!」
再び出現した群青の魔法陣がくるくると転回していく。次は……あたしを核として。
あたし―……死ぬの?
ラルクみたいに?
こんなところで?
こんな寂しい場所で?
―……嫌だ。
嫌だ、いやだ、イヤダッ!!
イキタイ、いきたい、生きたいッ!!
死ニタクナンカナイッ!!
あたしの意識は―……そこで途切れた。
「……気が付いたか?」
「―……ら、ラルク!?嘘!?だって、あなたさっき―……クッウ……!」
「あまり、体を動かすな。折れているんだろう?こっちもまだしばらくかかる。休んでおけ」
身を引き裂くかのような痛みがあたしを襲う。咳き込むたびに出て来る血の錆びた臭いがたまらなく不快だった。
「……ドラグーンは主のドラゴンと一心同体だ。主が健在であれば肉体は何度でも再生する」
あたしが何を聞こうとしているのか、既に察していたのだろう。美しく輝く、青い水晶に手をかざしながら振り返らずにラルクはそう語った。
「その石―……」
「マナストーン。……しかし、まだ小さいな。マナ、取っておけ。これはティアマットからの褒美だ」
「まな……すとーん?……って、メガロード!メガロードは!?」
ラルクが投げてよこした竜の頭蓋骨に似たアーティファクト―……竜の骨。それを見て一気に現実に戻されたあたしは、まるで叫ぶようにその名を口にした。
さっき、あの瞬間―……あたしは確かにメガロードに命を刈り取られるはずだった。殆ど身動きが出来ない状況で広がった竜の魔法陣―……避ける力など……なかった。なのに―……
「……おかしな事を。俺の肉体が再生し終えた時、あったのはお前の姿だけだ。お前が倒したのだろう?奴を」
「そんなはず……!だって、あの時、あたしは―……!!」
―……死ニタクナイッ!!……―
「……ッアッ!!」
ノイズ混じりの映像が途切れる。頭が割れるように痛い……!額をいく筋もいく筋も冷たい汗が流れていく。
「だから、おとなしくしておけと―……よし。マナの力、確かにいただいた」
用事とやらが済んだのだろう。まるで、蛍のように水晶へと集まっていた淡い光が、ラルクの言葉を皮切りに徐々に徐々に消えていく。
「……何故だ。何故、こんな恐ろしい事を―……」
いつの間にやって来たのだろうか……翼をもがれ、痛々しい傷が全身に刻まれた風読み士の戦士は震える声で呟くと、静かに地面へと倒れこんでいった。
++++++++++++++++++++
「……」
夕闇に染まるノルン山脈を風が渡っていく。メガロードがいた時と変わらない―……冷たく乾いた悠久の風が。空色から茜色へ、そして紫紺へと染まりつつある世界を見下ろしながら、あたしはまた一つ石を積み上げた。
「……出来た」
それはお世辞にも墓とは言えないような粗末な代物だった。ただ乱雑に石を重ねただけの―……墓。
「……何やってんだろ。あたし」
出てくるのは自嘲に等しい笑いだけで、涙なんて一筋も流れやしない。
「悪趣味だね、ほんと」
自分の手で命を刈っておきながら、その相手の墓を作るなんて―……自分がしている事に反吐が出そうになる。そんなあたしの後ろ姿を、ラルクはただ無言で見つめていた。
肯定も否定もせず、ただ、じっと。
それが今のあたしには何より有り難かった。
「……気は済んだか?」
「……ん。ごめん。お待たせ―……」
―……キュイ、きゅい……―
不意に聞こえてきた弱々しい鳴き声にビクリッと肩が跳ね上がる。
……風の音?いや、でも、まさか、今の声―……
「……マナ?」
まだ軋む体を引きずり、音がした岩影へと足を進めれば、そこには―……
「……ごめん。ラルク。先に帰ってて。まだ、やる事、あるから」
「しかし、お前は怪我を―……」
「怪我ならさっき魔法で治したから少しは良くなってるよ。それに、帰りはアーティファクトがあるもの……だから―……」
夜に輝く満月の光が、やけに眩しくて目に染みた。
++++++++++++++++++++
『―……鬼!お前達は悪魔だッ!!』
「……やっぱり、痛いなぁ……」
風読み士の集落を後にする際、あたしに石をぶつけた子供の言葉がまるで呪咀のように何度も何度も反芻する。
部屋の隅に置いた藤の蔓で編んだバスケットに視線を向ければ、その中では、今日拾った傷だらけの浅葱色をした幼竜が静かに寝息を立てていた。
親を殺しておきながら子供を保護するなんて真似―……馬鹿げている。
罪滅ぼし?この子の親であるメガロードに対するせめてもの贖罪?
「あははは……何それ。結局、自分が楽になりたいだけじゃない。自分勝手にもほどがある」
……でも、あの時思ったの。この子を放っておきたくない、と。強く。自分勝手な言い分だが、その気持ちに嘘偽りはなかった。
「ねえ、サボテン……あたし、どうしたらいいと思う?」
森人の姉弟とペンギンの少女、そして幼い竜の子が寝静まった頃。大きな木の下の小さな家。その二階にあたしの声が響く。
「鳥の足ポッキン」
そんなあたしの声を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテンくん日記》
とりのあしぽっきんのおじさんたちと
たたかってきたらしい
くちばしがとんがってたらしいけど
それって、ふいにふりむかれると
ちょっとどきっとするのかなあ
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