ファ・ディール編(聖剣LOM)
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……本当はこんなことはするべきではなかったのかもしれない。でも……気高く、美しく、そして強いあなたの魂の灯火をむざむざこの世から消滅させたくはなかった。
私があなたにしてあげられる事はここまで。この先はあなた自身の手で何とかしなければならない。さあ、もう去りなさい。心の信じるままに、気高き魂の炎を燃やし続けて……
……あなたは、私の魂の灯火を消したくないと言ってくれた。私の心の信じるままにその灯火を燃やし続けろとも。だから、私は私のために、そしてあなたのために魂の灯火を燃やしたいのです。いずれ消えてしまう、その時が来るまで。知恵の竜よ!偉大なる竜よ!私を……あなたのドラグーンにッ!!
《Tales of Mana》
「あれ?これまたどーいう風の吹き回し?」
夏の盛りの一歩手前、まるで季節が足踏みをしているのではないかと思いたくなるような肌寒い日の昼下がり。あたしの家のベルを鳴らしたのは珍しい人物だった。
「……お前に頼みたいことがある」
厚い灰色の雲の隙間から差し込んだ弱弱しい陽光が彼の胸元にある蒼い宝玉を鈍く照らす。重々しく声色で切り出すと、彼……瑠璃は押し黙り、胸元の核と同じ色をした瑠璃色の瞳で真っ直ぐあたしを見つめた。
そんな瑠璃のただならぬ様子に、あたしは自然と出てきそうになったため息を飲み込んだ。
「……分かった。話ぐらいなら聞いてあげるから中に入って。……雨も降りそうだし、ね」
空から鈍く響く遠雷の音があたしの鼓膜を不愉快に揺する。……どうやら、厄介事に巻き込まれることになりそうだ。
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「……んでも、またどーして奈落なわけ?」
「さっきも言っただろう。確かめたいことがあるって」
朽ち果て枯れた裸の木々の細い梢が風になびいている。見ようによっては人の指の骨がゆらゆらと揺れているようにも見えるこの光景は、間違っても気持ちがいいものではない。
家を出発した時はただの灰色だった空だが、今や色は黒へと変わり、近くなった雷鳴に嫌なぐらい心がざわつくのが分かった。
「ってかさ、さっき言ったかもしれないけど、あたしを都合がいい移動手段かなんかだと思ってない?」
「だから、頼むと言ったんだ。俺は、ここでどうしても確かめなければいけないことが……マナ?」
「何?」
「……気のせいか。いや、なんでもない。ここまで来れば俺一人でも大丈夫か……じゃあな」
「ちょ!?はっ!?」
あたしに先行する形で歩いていた瑠璃は振り向きもせず言い捨てると奥へ奥へと足を進めていく。そんな瑠璃の背をあたしは慌てて追いかけた。鋭く切り立った岸壁を吹き抜ける風の音はどこか物悲しい。恐怖の声とは違う……ただただ悲しい嘆きの声だった。
奈落
死者と影たちの王国へと続くと言われている場所。
あたしと瑠璃君が今いる場所は、そう呼ばれファ・ディールの住人から忌み嫌われているようなところだ。
何処までも、それこそ地の先にまで通じているのではと錯覚するような荒れ草の草原。その草原をかき分けるように瑠璃は進んでいく。
少し目を離しただけで遠くなる瑠璃の砂マント。それを見失わないように、あたしも瑠璃が踏みしめ固めた道を行く。
ここまで来れば大丈夫って、いったい誰が連れて帰らなきゃいけないか、分かってんのかな?
来る時はあたしがアーティファクト発動させたから一瞬だったけど、そもそも、この奈落があるのは深い深い谷の底。アーティファクトを使わずここまで辿り着けるのは歴戦の山男ぐらいだろう。
それ知ってて言ってる……わけないな。瑠璃君たちがドミナに来たのだって最近なわけだし。
口をついて漏れたため息がいつも以上に大きなものになってしまったのは、さっき我慢した分も上乗せになったからだろうか。
フッ……と何気なく視線を下に落とせば、あたし達をここまで導いたアーティファクト……死者に奈落の洗礼を与えるために使われたという濁りくすんだ銀のさじが鈍く光っていた。
「……俺たちゃシャドール~お前の影~世界の影~……」
「!?誰ッー……っう!!」
さっきまでとは違う……嘆きの風の音ではない、真逆の場違いなほど陽気な歌声が耳に残響する。それと同時に襲ってきた激しい耳鳴りと吐き気にあたしは体をクの字に折り曲げ口元を抑えた。
……奈落っててっきり人を寄せ付けない地の底にあるからそう言われているんだとばかり思っていたけど……この歌声……それにこのマナは……!!
ゾクリと背中に粟がたつ。
「……俺たちゃ影。いろ~んなものの影。お前もいずれこうなるよ……」
再び聞こえてきた不気味な歌から逃げるように、振り切るようにあたしは全速力で駆け出した。
でも、それでも歌は消えない。まるで……背中に出来る影がどこまでも追いかけて来るのと同じようにどこまでもどこまでも歌はあたしを追いかけてきた。
「……石碑……って、これ、刻まれてるの全部人の名前なんじゃ……
まさか、『奈落の印石』!?これから死ぬ者の名が刻まれるって言われている!?」
「……」
「……瑠璃。まさかとは思うけどこれがあなたの言っていた確かめたい事なの?」
「……」
「……沈黙は肯定と捉えるわよ」
突如開け、広がった視界の先。あたしの目に否が応にも飛び込んできたのは大きな一枚の黒曜石の石碑だった。
沈黙の音が響く。
あたしの問いに答えもせず、瑠璃は黒曜石に刻まれ文字を指でなぞりながら丹念に調べていた。
ポツリ……と、この時期に降る雨とは思えない氷のように冷たい雨があたし達を濡らす。凍えるような氷雨を受けながら、それでも瑠璃の手の動きは止まらない。そんな彼の後姿に湧き上がる感情は苛立ちにも似た嫌悪感だった。
仮に、この石が刻んでいる名前が本当に近い未来の死者の名前だとして、それを知って一体何になるというのだろうか。
遅かれ早かれ死は訪れる。死ほど平等で無慈悲なものをあたしは知らない。どんなに威張り腐った者だろうが、ちっぽけな虫だろうが、死からは逃れられない。それは絶対に犯せないこの世界のルール。決まり事。
じゃあ、あたしが今感じている嫌悪感は瑠璃がそのルールを犯そうとしていることに対して?死の運命を知ることでそれを捻じ曲げる事ができるから?……いいえ。それは違う
「ねえ、瑠璃。あなた、もしかしてこう考えてるんじゃない?真珠ちゃんがもうこの世にいないかもしれないって。それを確かめに来たのね」
「……それは」
「馬鹿ッ!!あなた真珠ちゃんの騎士でしょ!?それをなに!?ちょっと行方不明だからって守るどころか探す事も諦めて勝手に絶望して!!よりにもよって奈落ですって!?いい加減にしなさー……瑠璃ッ!!!!」
……戦士よ。貴様の力を試させてもらおう!!……
「……マナッ!!」
白い雷光に似た強い光が世界を白に塗りつぶす。その白の世界に滲むように現れた黒い影。光に焼かれた視界の中で辛うじて捉えたそれは、今まさに瑠璃に向かって凶刃を振り下ろそうとしていて……それを認識したあたしの体は自分でも驚くような行動をとった。……瑠璃を突き飛ばしたのだ。
体を焼けるような痛みが走る。……って、これもしかしなくてもあたし、ヤバくない?
徐々に遠く小さくなっていく瑠璃の声。瑠璃が名を呼ぶのと同時にあたしの意識は影へ影へと堕ちていった。
「これは……ポキール、このマナは……」
「どうやら君の所にも会いに来たようだね。君が思っているとおりさ、オールボン。彼女が、彼女こそが今回の”実り子”だよ」
「よりにもよってこの時期にここにこなくてもいいだろうに……しかも、早速ティアマットのドラグーンと接触しおって……」
「まあ、彼女がトラブルに巻き込まれるのはいつもの事さ」
「……それは、娘が”実り子”だからか?」
「う~ん……どちらかと言えば、”彼女”だから、もしくは”マナ”だからだろうね」
「……はあ。どちらにせよこれでまた仕事が増えるわけか……」
「ご愁傷様」
++++++++++++++++++++
「死にたてさ~ん、そいつには気を付けな……って、ずいぶん機嫌が悪そうだな。おい」
「おっっっかげさまで最悪よッ!!」
血の色をした岩石が形作る悪趣味な骸の回廊をズンズンと、肩を揺らして進む影が一つ。その正体は勿論あたし自身である。
嫌悪感と怒りを顕わにして歩くあたしに、空気を読まずに声を掛けた影はこいつで何人目だろうか。もう数えるのすら鬱陶しいから数えてはいないが、相当な数になるのは間違いない。
影……またの名をシャドールともいう奈落の住人。あらゆる存在の影とも言えるこいつらの役目は、死すべき魂の持ち主を奈落へと誘う事だ。
でっ、なんで健康優良児たるマナさんが、そんな影たちと奈落の一丁目で仲良く井戸端会議を繰り広げているかと言いますと……
「これもどれも、全部ぜーーんぶ!あなたのせいだからね!ラルクッ!!!」
「……言っただろう。何故自分かこうなったのか知りたければ俺と一緒に奈落の下層まで降りてもらう、と」
犬歯をむき出し唸るように言葉を吐き出せば、同行者の犬型の獣人は何度目になるか分からないその台詞を静かに返すだけだった。
「……目が覚めたか。俺はラルク。竜帝ティアマット様のドラグーンだ。……これ以上の事が知りたければ下層まで降りてもらおう……」
意識が戻ったあたしの耳に真っ先に飛び込んできたのは、見知らぬ獣人のそんな言葉だった。その時のあたしの混乱っぷりは是非推し測ってもらいたい。いや、今でも状況がまるで読めないのは一緒だけど。
「まあ、アンタたちが何者だろうが俺たちには関係ないけどね~俺は仕事が出来ればそれでいいし~さっき俺が言ったようにオールボンの許可を貰ってきたんだろ?」
「好きで貰ったわけじゃないんだけど。っうか、洗礼なんてあたしは絶対しな……」
「そ。じゃあ、洗礼するから口閉じて~大丈夫、少しゾクっとするだけだから~」
「んなっ!?人の話は最後まで……げほっゴホッ!!」
「だから口を閉じろって言ったのに~はい、これで洗礼終了。おつかれちゃ~ん。これで下層にも行けるようになったよ~んほらほら、後がつっかえてるからとっとと行く~」
頭上から乱暴に振り掛けられた青い焔の火の粉と灰が思いっきり気管に入る。熱さは感じないが所詮灰。不愉快以外の何ものでもない。
苦しそうに咳き込むめば、洗礼の係だというシャドールは心配する代わりに邪魔だと尻尾で追い払う動作をした。ニャロー……あとで覚えておけよ。
「……行こう。我が主がお待ちだ」
「ちょい待ち。まだ、肝心な事を教えてもらっていないんだけど。……さっき、あなたが洗礼の許可を貰うと言ってオールボンの部屋に行った時、オールボンが意味深な事を言っていたわね。七賢人の一人……まして、死者の王とも呼ばれている者が意味がないことを言うはずがないわ。……あなた、一体あたしに何をさせたいわけ?」
「……」
奈落の淀んだ大気がラルクの赤紫色のたてがみを、あたしの髪をもてあそぶ様に通り過ぎていく。
奈落の岸壁と同じ色をした甲冑の下に隠されたラルクの思惑は、彼の表情と同じ……隠されたままだ。
だが、あたしには知る権利がある。だってそうでしょ?わけもわからず奈落に引きずり込まれて、死者の洗礼まで無理やり受けさせられて……はい、そーですかなんて納得できるほどあたしはお気楽者ではない。それに……
『……ワシはオールボン。故あって奈落を管理している。ティアマットのドラグーンラルク。無用に人を連れてこられてもシャドールが増えるばかりで迷惑しておる……』
『……ドラグーンたる者、主の命には逆らえぬ……』
『……しかし、今回はまた随分と……ティアマットに伝えておけ。悪巧みはうまくいくかもしれぬが飼い犬に手を噛まれぬようにと、な……』
それになにより、さっきのラルクとオールボンの会話だ。これに引っかからない人間がいるのなら是非ともその尊顔を拝見したい。……どう考えても何かある。しかも、とてつもなくろくでもない事が、だ。
「……それは今知るべきことではない。どのみち我が主と会えば分かることだ」
「ふ~ん……あくまでシラを切るつもりってわけ」
「俺が話す必要性がないだけだ。……着いたようだな。ここで貴様の力を試させてもらう。覚悟はいいな?」
肝心な事をはぐらかし晦まそうとするラルクに対して募る嫌悪感がそのまま舌打ちとなって口からこぼれる。
徐々に凝集し濃くなる奈落の闇の集合体にあたしは背負っていた槍を構えた。あー!!もう!!戦えばいいんでしょ!やれば!!