ファ・ディール編(聖剣LOM)
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「……と、思ったのですが一人ではやはり心細く……それを相談したら兄がここを教えてくれて―……」
……おい!……おい!!?いいけどね!別にいいけどね!!この際、居候が一人増えようが二人増えようがもう関係ないけどね!!
《Tales of Mana》
「……はあ」
今日も今日とてよく言えば牧歌的―……言い換えれば超ド田舎なドミナの町を風が渡っていく。冬というには暖かく、春というには少し寒い。そんな季節の境目。
「ししょー、またため息ついてる」
「……ああ、ごめんごめん。でっ、何の話だったっけ?」
自身の横から聞こえていた声に慌てて窓の外へと向けていた視線の先を戻せば、不機嫌という感情をありありと浮かばせている幼い顔が二つばかり目に入った。
「ししょー、せっかくレイチェルがケーキを作ってくれたってのにさっきからため息ばっかりだぞ!」
「そうですよ、マナさん!いくらレイチェルさんとマナさんがお友達だからってあんまりです!」
「……二人とも落ち着いて。マナも無理しなくてもいいよ?その……ドッグピーチパイって初めて作ったから―……お母さんならもっと上手に焼けると思うんだけど……ごめんね」
「違う、違う!違うからレイチェル!」
心なしか僅かに下がったレイチェルの形が整った柳眉。彼女の言葉にあたしは慌てて否定の言葉を口にした。
第一、ため息の理由はレイチェルの作ったパイの出来のせいじゃないのだから。レイチェルが謝る必要などそれこそ蟻の触角の先ほどもない。
紅茶の心地よい芳香が鼻腔を僅かにくすぐる。形は少し崩れているけれど、キラキラと飴色に輝くパイを一口口に運べば、何とも言えない香ばしいバターの風味と甘いシロップ漬けのドッグピーチが絶妙なハーモニーを舌の上で奏でた。……これ本当においしい!
「……そう?だったらいいんだけど―……」
ふんわりと柔らかく笑うレイチェルを見ると、こちらも自然と笑顔になってしまうのは仕方がないことである。
「ごめんねー……レイチェルのベッド占拠しちゃって」
「……ふふ。二人ともお昼はティーポやドゥエルと遊び通しだったもの。きっと疲れちゃったのね。」
冬の終わりの夕空を渡り鳥が列をなして渡っていく。窓が切り取った風景はとても優しかった。
「……よく寝てる。二人とも本当に小さい頃と変わらないね」
「寝てる分には静かなんだけどねー」
同じように閉じられた同じ色をした二対の瞳。同じ方向を向いて眠る双子の姉弟。一人が寝返りをうてば、それに合わせてもう一人も寝返りをうつ。
そんなコロナとバドにあたしもレイチェルもお互い声を押さえて笑い合った。
「さんて……でも、本当にレイチェルの家に泊まっていってもいいの?どーせユカちゃんの宿屋なんて年がら年中閑古鳥が鳴いてるみたいなもんだし、迷惑になっちゃうならそっちに泊まるけど?」
茜色に燃え上がっていた空が徐々に静かになっていく。いくらあたしの家とドミナは近いとはいえ街道を通って家に着く頃には空は完全に黒一色に塗り潰されているだろう。
あたし一人の足であれば夜の街道でも平気で帰れるんだけど―……生憎、大人のあたしと子供であるコロナとバドとでは体力に随分差があるわけで、今からドミナを出るとなると家に着くのは一人の時よりももっと遅い時間になってしまうだろう。
じゃあ、手っ取り早くアーティファクト使って飛べばよくね?って話になるんだけど、はい、アーティファクト忘れてきました。
そんなわけで、今日はドミナで一泊していく事になったわけである。
「いいの、気にしないで。お父さんとお母さん、今日は町内会の旅行で留守にしてるし、ティーポもドゥエルの家に泊まるって言ってたから。それに私もあの二人ともっとゆっくり話したいの。ほら、コロナもバドも前にドミナにいた時はまだ赤ちゃんだったじゃない?……時間の流れって早いね」
「……そうねー。一人だと全然気にならなかったけど、この二人を見てると時間の流れがすっごく実感できるかも」
ベッドからずれ落ちそうなブランケットをそっと二人に掛け直せば……まったく、この二人は起きてようが寝てようが元気が有り余ってんだから。
「……ふぅ」
「……えっ?」
「やっと、私の知ってるマナの顔見られたな、って。最近のマナ、また難しい顔をしてたのよ?」
話の趣旨が掴めずに思わずすっとんきょうな返事を返せば―……そんなあたしの様子を見たレイチェルは困ったように苦笑いして一度息を吐いた。
「三人でポルポタ旅行から帰ってきてから、だよ。前みたいに何か考えるような顔をよくするようになったの。そして、ついこの前、ガトから帰ってきてから余計に酷くなった」
確信を持ってはっきりとレイチェルは告げる。あたしはと言えば、その言葉に大きく目を見開いていた。
そうだ。レイチェルは昔っからこうだった。
レイチェルはけっして自己主張が激しいタイプではない。みんなでなにかする時も一歩下がって、聞き役に回ってくれる―……そんなタイプ。
そんなレイチェルだから、他人の心の動きにとても敏感で、下手すれば本人ですら気付いていないことに気付き、そして的確な助言をしてくれる。それがレイチェルという人間だった。
「……前にも言ったと思うけど、マナが何を抱えているのか無理には聞かないわ。でもね、疲れたら休んだり寄り掛かってもいいのよ?だって、そうでしょう?ここはマナの故郷で、そして、ドゥエルもティーポも私もマナの友達なんだから」
優しいソプラノが心地よく鼓膜を揺さ振る。その優しい声に、あたしは目を閉じて一度頷いた。
「……ありがとう、レイチェル」
「まあ、巻き込まれるなって言ったところでマナは自分から嬉々として飛び込んでいくってわかってるし、今更過ぎて他に言い様がないのよね。正直なところ」
「ぐっ……」
鋭い指摘に思わず言葉を詰まらせる。うっ……否定したい!したいけど……ッ!
「出来ないよね?だって、前科が山ほどあるから」
聖母なレイチェルちゃん帰ってこーい!
聖母のような微笑みから一転。じとっとこちらを睨むレイチェルにあたしはただたじろぐのだった。
「……はあ、いいわ。この話は取り敢えずここまでにしましょう。それにそろそろ夕ご飯の支度を始めなきゃいけないし。マナは明日は仕事の予定が入ってるんでしょ?手伝いはいいから休んでて」
「うーん……って言っても料理を作るだけでしょ?だったらあたしも手伝うよ。何もしないでただじっとしてるっていうのも、それはそれで拷問じゃない?」
「……前みたいに流血沙汰にならなきゃいいけど」
「何年前の話よ、それ。今は普通に出来ますよー」
「うん、知ってるわ。じゃあ、作りましょうか」
……ったく、いい性格してるわ、レイチェル。
小さな頃から変わらない親友の性格にあたしは一人苦笑いを浮かべるのだった。
そんなレイチェルの家から美味しそうなカレーの匂いが漂うのは、これから半刻ばかり先の話。
「そういえば、今回の仕事の内容は?」
「いやー、実はそれがさ~……」
++++++++++++++++++++
「……愛しのヴァレリ……あっしはオカシラを裏切ることは出来ないでやんす」
「また船に戻るのね……愛しのデイビッド」
「すまねえ、ヴァレリ!下っぱの海賊に自由なんかありゃしねえんだ!」
「……いいの。海賊に恋をした私がいけなかったの。ほら、デイビッド、見て!カニよ!アハッ!」
「ああ、カニでやんすね!何匹いる“カニ”?なんてね」
「……でっ?いつまでこのラブコメもどきを見てればいいわけ?」
「……シッ!黙るでやんす!見つかるでやんす!」
マドラ海岸。
港町ポルポタから近い常夏の気候にある青と白が見事なコントラストを描く美しいビーチ。
一体いきなり何語りだしてるんだと聞かれると困るけれど、とにかく、ここマドラ海岸が今回の仕事場なのである。
緯度の関係で容赦なく真上から照りつける太陽が砂と岩肌を焦がし、焼いていく。春の初めのドミナから一気に真夏の気候に飛んできて、しかも、やっていることはカップルのストーカー……ではなく尾行&素行調査。……帰ろっかな、わりと本気で。
焼けた岩肌の向こうで繰り広げられる胸焼けしかねない甘い雰囲気にあたしはひとりため息を吐くのだった。
って言うか、このご時世、妹のデートを本気で尾行する兄ってどうなのよ?
「何ため息吐いてるでやんすか!あっしはしっかり依頼料を払ってるんでやんすからしっかり働くでやんす!」
「はいはい。分かったわかった」
……とは言ってもこの灼熱地獄にただ立ちっぱなしで早一時間。どんな罰ゲームだ。これ。
「デイビッド……私ね……」
「どうかしたでやんすか?」
「……ん?流れが変わった?」
この灼熱地獄下でも変わらないキャッキャうふふな世界にいい加減吐き気を覚えてきた、まさにそんな時。二人の間に漂っていた甘ったるい空気が突如変わった。
あたし同様、それに気が付いたのか、今回の依頼主であるペンギンも今まで以上に意識を張り詰めて二人の様子を伺っている。
あっ、今更ですが、目の前のカップルもペンギンです、はい。……つまり、今の今までペンギン同士のイチャイヤを見せ付けられていたわけですよ!この炎天下で!
「……いいの!一人であたためるから。あなたは船に戻って!」
そして告げられる事実。
そう言い残すと、ヴァレリと呼ばれた女ペンギンは一目散へと走り去っていった。
あー……あたためるって、流石ペンギン。赤ちゃんは卵から生まれるってわけね。……ん?あれ?あたた……める?何をって……卵ォオオ!?
「あたためるって……卵でやんすか!?卵を生んだでやんすか!?」
「デイビッドォオオオオ!てめぇええ!よくも!よくもヴァレリをォオオオオ!!」
「うわっ!?ジャック!聞いて下せぇ!ヴァレリがあっしの子供を!子供を!!……グフッ!」
「うっせェエエエ!殺されてえのかデイビッドォオオオオ!!」
わっはーい。尾行はどうした尾行は。
陸に上がったペンギンにあるまじき俊敏さで岩影から飛び出し、華麗な飛び膝蹴りを披露した今回の依頼人もといジャックにあたしは無表情で拍手を送るのであった。……ってか、ペンギンってキレると口調変わるんかい。
「……まったく、自分から出ていっちゃ駄目でしょーが。でっ、どうするの?」
「どうするもこうするも、あっしの大事な大事な妹を傷物にしやがったこいつを文字通り海の藻屑に―……」
笑顔でなんてえげつないことを言ってくれてんだ。このペンギン。
ちらりと視線を下へと動かせば、白目をむいて泡を吹いているペンギンが一羽。
まだ暴れ足りないとばかりにいきり立っている依頼人―…ジャックの体を押さえ付けながら、あたしは心の中でこの哀れなペンギンの青年に対し手を合わせた。
「このペンギンの事は今は置いておきなさい。今は。それより、ヴァレリさんだっけ?あなたの妹さんはどうするの?」
「……はっ!!そうでやんす!ヴァレリ!ヴァレリはどこでやんすか!?」
……やはり、このタイプの人間を鎮めるにそいつが執着している人間の名前を聞かせてやるのが一番手っ取り早い。ようやく冷静さを取り戻したジャックにあたしは盛大に肩を降ろすのだった。
……ほんと、このタイプの鎮め方を知っててよかった。今回ばかりはあなたの癇癪にお礼を言っておくわ。ねえ?瑠璃くん?
「しっかし、この海岸にこんな海岸洞窟があったとわねー……」
「ここに来る観光客の目的はビーチでやんすからね。この洞窟を知らないのは当然でやんす。……しっかし、ヴァレリの奴……どうして洞窟なんかに―……」
湿った磯の香りが体全体を包む。砂浜と隣接する海岸洞窟へと一歩足を踏み入れれば、青い幻想的な風景があたし達を出迎えた。
「……それよりいいの?デイビッド海岸に置きっぱなしにしてきちゃったけど」
「大丈夫でやんす。あいつは昔っから体だけは頑丈でやんしたから」
先導するようにあたしの前方を走るジャックは、走る速度を緩めずに吐き捨てるようにそう言い切る。でも、この口振りからすると―……
「昔からの知り合いってわけね、あなた達」
「ただの腐れ縁でやんす。……昔はあいつも真っ当なペンギンだったでやんす。なのにあいつ、いきなり海賊になるなんて言いだして―……」
……なるほど。ジャックがデイビッドを認めようとしない理由はこれか。確かに兄の立場に立ってみれば、妹の恋人の職業が海賊だなんて認められるものではないのだろう。たとえ、それが自分の昔馴染みだとしても。
「ペンギンのくせに泳ぎも下手でどっか抜けてるけど、あいつはいい奴だと思ってたでやんす」
いや、昔馴染みだからこそ許せないのかもしれない。もはや独白に近いジャックの言葉を聞きながらあたしはそんな事を考えていた。
「……くそ!でも、なんでこの時期にこの洞窟なんでやんすか!今、この洞窟はヤバイって話なのに!」
「……ヤバイ?」
「……ああ、そういえば言ってなかったでやんすね。あっしも自分で確かめたわけじゃないんでやんすが……どうやら最近、この洞窟に妙なモンスターを住み着いたらしいんでやんす。おまけに、死を呼ぶ歌声まで聞こえだしたって話もあるし―……」
「死を呼ぶ……歌声?」
「……あっしら船乗りはあの歌声をそう呼んでるでやんす。あの歌を聞くと死に魅入られて船は暗いくらい海の底へと沈んでいくんでやんす」
……死?魅入られる?そして、船が沈む?この話って―……
「……ねえ、ジャック?その死を呼ぶ歌声ってまさかセイレーンの―……」
「……ってわけで、ちゃっちゃかそのカニの化け物を倒してやってくだせえ!先生!あっしはそこの影から力一杯応援してるでやんす!」
「はあ?」
「あでゅー!」
再び陸上のペンギンにあるまじき俊敏さをジャックが披露する。そして、隅にある大きな岩影に身をひそめるとこちらに向かってウインクを一つ飛ばし―……って、待て!今、さらっととんでもない事言ってなかった!?しかも、何だか背後からとっても生臭くって生暖かーい風がそよそよと―……
「結局、これかよォオオオオ!」
毎度お馴染みのこの光景。目を覆いたくなるその光景にあたしは叫びながら槍を構えるのだった。カニって!カニって!!この大きさは詐欺だろ!
「……ッ!?」
自分のはるか後方でカニ型モンスターが繰り出した光線が弾け飛ぶ。見た目は馬鹿でかいだけのカニだけれど、こいつはれっきとしたモンスター。世間一般なカニの常識なんかが通じるわけがない。分かってはいたけど、まさかマナを圧縮して光線を撃ってくるとは……
その動き自体はひどく鈍調なものだし、かわす事自体は簡単だが、なんせここは洞窟のど真ん中。何発もこれを撃たれて洞窟が耐え切れず崩落なんてしたら?―……笑えない!本気で笑えない!
でも、短期決戦を挑もうにもこう硬い外殻に守られているんじゃ、内側に響くような有効打はいれられ―……待って。硬い?何が?外殻が?
「なーんだ……簡単じゃん」
洞窟内のマナが震えだす。これはマナの圧縮が始まる合図。そして、マナを圧縮させるその瞬間、カニははさみの防御を解く!チャンスは一瞬……!
「!もらった!サイクロントレーサー!!」
深々とカニの目に突き刺さるあたしの槍。硬いのだったら柔らかいところを叩いてやればいい。なんとも安直かつ原始的な作戦だったけれど、まっ、終わりよければ全てよし!ってね。
カラン……と、乾いた音を立てて目に刺さっていた槍が落ちる。カニ型モンスターを形づくっていたマナ達は、薄暗い洞窟内に静かに霧散していった。
「ヴァレリ!もう君を離さないでやんす!二人はいつでも一緒やんす!」
「デイビッド!?どうやってここに!?ここは洞窟を通らなきゃ、潮の流れがキツくって泳いでくるのは難しいのに……」
「……泳いできたでやんす!ここは二人の思い出の場所でやんすから!」
暗い湿った洞窟から太陽の下へと足を踏みだせば、この太陽の眩しさに負けないくらいのまっぶしい光景があたし達を待っていた。
ちなみに、ジャックさんはあたしが羽交い締めして現在進行形で押さえ込んでおります。いや、あのさ、お前少しは空気読めよ。
「……もう、いい!デイビッド!辛くなるからやめて!」
「何を言うでやんすか!あっしが海賊をやめねぇ限り二人は一緒になれやしねぇ。だったら、迷うこたあねぇ!海賊なんざ今すぐにでも辞めちまうさ!」
きっぱりとそう宣言するデイビッドの顔には迷いの色は見て取れなかった。……少なくともこのデイビッドというペンギンがヴァレリを本気で愛しているのだというのは間違いないようだ。それは、まったく無関係な第三者のあたしにもありありと分かった。だけど―……
「んーん!船に戻って!子供の頃のあなたは毎日のように言ってたわ。
“あっしは広い海が見たいでやんす”って。覚えてる?」
「覚えてるでやんす!あっしがガキでやんした。現実を知らな過ぎたでやんす!」
「“海の怪物をなぎ倒してお宝を沢山持って帰るでやんす”“ヴァレリちゃんが海で怪物に襲われないように、あっしが残らず怪物を倒すでやんす”……そうも言ってたわ」
静かな浜辺に潮騒の規則正しい音だけがゆっくりと響き渡る。穏やかな海を一瞥すると、ヴァレリは再びデイビッドへと視線を戻した。何かを吹っ切るかのように一度かぶりを振り、真っ直ぐに前を見据えるヴァレリの瞳には強い光が宿っているようにあたしには思えた。
「んーん。違うの。いずれ卵を産んだ時の話をしただけ……馬鹿でしょう?私って。笑っていいのよ?」
「ヴァレリ……」
「寄らないで!あなたの事嫌いになりそうよ!もう行ってちょうだい!」
ピシャリと言い切るヴァレリの言葉にデイビッドの足が止まる。波の音がやけに大きく鼓膜を揺する。
「ヴァレリ……あっしは……!必ず戻るでやんす!十年後か……二十年後か……百年後かもしれねぇ……ペンギン百羽従えた海賊のカシラになって帰ってくるでやんす!それまで忘れるなでやんす!今日この日のことを覚えてやがれでやんす!あっしが戻ってくる日は!世界中の海から魔物が一匹もいなくなった日でやんす!……アバヨッ!」
そう最後に言い残して、デイビッドはヴァレリの前から去っていった。デイビッドのその言葉は、最初にヴァレリと共にいると宣言した時のものよりずっとずっと力強くて大きなものだった。
「デイビッド……卵は私一人であたためるわ……二人の幸せのために」
「……だってさ。諦めなさい、お兄ちゃん」
いつの間にか抵抗を止めていた妹思い過ぎる過保護な兄の肩をあたしは一度ポンと叩いた。これにて一件落着、ってね。
……だと思ってたんだけど!
依頼料片手にほくほく顔で家に帰ればとんでもないものが待っていたわけだけど!
それをあたしが知ることになるのは少しだけあとの話。
++++++++++++++++++++
「……っという事があったわけ。って、サボテン、あたしの話聞いてる?」
森人の双子とペンギンの少女が寝静まった頃。大きな木の下の小さな家。その二階にあたしの声が響く。
「カニバッシング?」
そんなあたしの声を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテンくん日記》
かいがんでかにばっしんぐ。
ぼくもちょっとやってみたいけど、それってすこし、かわいそう。
それにしても、ぺんぎんが、こいをするなんて、しらなかった!