ファ・ディール編(聖剣LOM)
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貴女も……そう思いますか?
私は、間違っている、と。
《Tales of Mana》
常時であれば痛い程の静寂に包まれているはずの寺院に乱雑な足音が響く。一つではない。二つ。三つ。四つ。数えきれないほどの足音が無数に重なり反響し合っていた。そんな足音の構成音の一つとして、あたしも、ダナエも薄暗い回廊を駆け抜ける。
ダナエの顔に浮かんでいるのは強い焦燥感。目指す場所は―……通称・祈りの間。
遠くでまた一つ誰かの悲鳴が生まれた。
何でその可能性を考えなかったのか。自分の浅慮さに内心反吐を吐く思いで、走る。
今はそんな事を考える時じゃない。一刻も早く、司祭の……彼女のところに!
「マチルダッ!!……キャァアア!!」
「……ッ!!」
重く閉ざされた扉を乱暴にこじ開ければ、そこでは予想通りの、でも、あまり当たっては欲しくなかった光景が待ち受けていた。……もっとも、それをはっきりと確かめられたのは、部屋に飛び込んだあたし達の体を強い烈風が容赦なく壁に叩きつけたその後で、だけれど。
「……あなた。ここの修道女じゃないわね」
まだ、痛みが残る体を無理矢理起こして……あたしはそれに問う。
あたしの視線の先には純白の法衣を身に纏った一人の修道女と、そして、ぐったりと力なく腕を地面へと向けて垂らしている司祭の姿。いくら彼女が体の軽い小柄な老婆の姿をしているとはいっても完全に気を失っている人間を、この体格の細い修道女が一人で軽がると持ち上げられるわけがない。……普通なら、ね。まして、この…この女のマナは―……
「……人間じゃない、わね?」
言い方こそ疑問系の形を取っているけど、一つの確信を持って言い切る。……それを聞くや否や修道女の美しい横顔には不気味な笑みが貼りついた。
「……我らが王のために」
その刹那、修道女と司祭の老婆は強い光に飲まれて消えた。耳障りな笑い声だけが残り、わだかまり、わずらわしく鼓膜を揺さ振っていた。
「……大丈夫?ダナエ?」
「……ええ。油断した。マナ……アイツ……ここの修道女じゃない……偽物だわ。……ごめん。少し力を貸して」
返事の代わりに、あたしは短く首を縦に振った。……ッたく!!なんでこんな見え見えな陽動に引っ掛かったかなーーー!!!自分!!
「……お前達!マチルダは!!マチルダはどうした!?」
「……攫われたわ」
混乱と悲鳴が無秩序に支配する寺院内を擦り抜けたその先にそいつは居た。入り口から差し込む光が逆光になってこちらからはシルエットしか分からないけれど―……確かにその声はスパッツ男のものだった。
一度何かを探すようにあたし達を一巡したスパッツ男の顔に浮かぶのはダナエに浮かんでいるものと同じ焦燥の念。だけど、すぐにそれは違う感情に塗り潰されて見えなくなった。
……エスカデの顔に今浮かんでいる感情。あたしの知っている言葉で表すのなら、それは―……怒り。
「どうしてマチルダがッ……!ダナエ!お前、司祭を守る家系じゃなかったのか!?何をしていたッ!!」
「……それはッ……!……あなただって騎士の家系の者でしょ!?十年も守るべき主君を放っておいて、今更どの面下げて戻ってきたっていうのよ!!」
二人の叫びはぶつかって空気を強く振動させる。
怒り。憎悪。嫌悪感。焦燥感。様々な色がかわるがわる二人の顔に寄せては引いていった―……って!違う違う!!そんなセンチなまとめに入ってる場合じゃないって!!
「ちょっと!二人とも違う違う!!今気にすべきところと盛大にズレてるから!」
このマナさんともあろう者が、危うく場の空気に飲まれるところだった……!
せっかく話が盛り上がってきたところで悪いけれど、今、最も気にしなきゃいけない点はそこじゃないはず。仲裁するつもりじゃないけれど、強引に二人の割って入れば二人とも大きく目を見開いてこちらを見ているのが分かった。
「喧嘩するのもいいし、お互い罵り合うのも勝手。でも、ほら!やる事やってから、ね」
だって、これで助けられませんでしたーなんて、それこそ目も当てられないでしょ?
「……って事で!そこのスパッツ!こっちにあなた以外の怪しい奴はいなかったわけ?」
ヒク……ッとスパッツの口角が引きつったのが分かる。そして、その眉間にはたいそう深い縦皺が幾重にも刻まれていて―……仕方ないじゃない。男で下半身スパッツ一丁なんて、あたしの美的感覚で言わせてもらえば十二分過ぎるほどに怪しいんだから。まあ、顔こそ盛大に顰めつつも言い返してこないところから思うに―……ようやくこいつにも自分が猥褻物だという自覚が沸いてきたという事なのか、はたまた言い返す気力もねえよと言う事なのか。
あたしとしては前者の理由で省みてもらっている方が、この先、視界の暴力が無くなる気がするので非常にありがたいんだけど。……んなわけないか。こいつの場合。
「……はあ……馬鹿には付き合い切れん。……来なかった。この入り口にはな。おい。マチルダはどうやって攫われた?」
「……消えた。光に飲まれてね。たぶん転移魔法の類だと思うけど」
スパッツの言葉に若干の引っ掛かりを覚えずにはいられないけれど、今は取り敢えず置いて―……あの時を思い出してそう答える。あたしってば大人。
「……って、だとするとやっぱりまずいか」
あの光が転移魔法の発露の結果起きたものだというなら色々まずい事になる。
そりゃあ、転移魔法は旅行に行く時なんか超便利なんだけど……即ち、それは今いるところから一瞬で遠くまで移動できるという事と同義なわけで―……しかも、結構な魔力を消費しなきゃ出来ないものだからそれを使えるという事イコール魔力が高いというわけで―……相手が既に遠くへ逃げ切っていれば、手掛かりが何もないこの状況ではこちらがゲームオーバー。また、仮に追い付けたとしても衝突は避けて通れないだろう。……うわっ。今の段階で目茶苦茶面倒な事になってんじゃん。
「……大丈夫。あれが転移の魔法ならまだ遠くには行ってないわ」
チリンと……涼しげな鈴の音が響く。その音とそして声はダナエから発せられたものだった。彼女の声には迷いはない。きっぱりと推測ではなく断定の形を取って彼女は言い切ったのだ。
「……根拠は?」
「……エスカデも知っていると思うけど、この寺院は聖域よ。何世代も前から強固な結界が幾重にも張られて守護されてる。この寺院の、尚且つその中心にいたマチルダを連れていったのよ?その状態で魔法が正常に発動すると思う?」
……なーるほどね。相手がいくら魔力が高くても相殺されてその力が弱まれば意味が無い、か。
確かに……ダナエの言うように、この寺院内に縦横無尽に張り巡らされている結界は破邪の力を持ったもので、破邪の力と対になるもの―……例えば、悪魔なんかがここで力を使えば力は著しく弱められてしまうだろう。
あたしの予想が正しければ、マチルダを攫っていったあの修道女。あいつは―……
「……分かった。あたしとスパッツで探してくる。だから、ダナエは修道女達をまとめてこの町の入り口を封鎖して」
「……なっ!?どうして!私も一緒に……!」
ダナエの訴えを乗せた叫びに似た声が再び空気を揺さ振る。大切な幼なじみが自分の目の前で攫われたというのに指を咥えて待っていろと言わんばかりのあたしの発言は、ダナエの気持ちを考えればけっして納得のいくものではないのだと思う。
あたしからしても、このスパッツ男と一緒に二人っきりで行動しなきゃいけないなんて―……それこそおぞましいの一言に尽きる。だけど。
「……足。さっきから引きずってる」
「……あっ」
たぶん、さっき壁に叩きつけられたときに痛めたのだろう。あの部屋を出た時から、ダナエは足を庇っていた。走るペースこそ部屋に入る前と変わらなかったけど、無理してる事なんて馬鹿でも分かる。
「……マチルダを助けるんでしょ?だったら失敗できない」
それに結界のおかげて力が弱まっているとはいえ、マチルダを攫っていったのは転移魔法を使える程の魔力を持っているのだ。祈りの間での事を考えるに、話し合いで穏便に事が進むとは思えない。……となると、やっぱり衝突は避けられない。
その時、もし、負傷している者が近くにいたら?
「……足手纏い……って事?」
「うん」
ダナエには悪いけれど―……ここは言い切るしかない。気持ちだけで万事が全て上手くいくなんて……絵空事に過ぎないから。
「戦力は多いに越したことはないって分かってる。だけど、今のダナエを連れていったら確実にこっちが不利になる。だから―……」
ダナエだって馬鹿じゃない。きっと頭では分かってるんだと思う。だけど、頭で理解する事と心が理解するのは、また別のものだから―……
時間にしたらほんの数秒後のことだと思う。ダナエが諦めたように一度息を洩らしたのは。そして―……
「……代わり、頼める?」
「……乗り掛かった船だから。まあ、なんとかしてみるよ」
ようやくダナエの表情に少しだけ柔らかさが戻ったように思えた。
++++++++++++++++++++
「ちょっと!何も置いていく事はないでしょうが!」
「……フン。無駄話が続きそうだったんでな。それに今はただでさえ時間が惜しい」
まるで虎の唸り声かと思うような乾いた風が、岩肌に、あたし達の体に容赦なく吹き付ける。標高が高いがために冷たい風は遠慮なくそこにいる者の体温を奪い去っていった。
「……くまなく探したつもりだが、ここは広すぎる。どこかに潜んでやり過ごす気でいるのかもしれないが―……そっちは?」
「来る途中、参道にいる守衛の人に聞いてみたけどそんな怪しい奴は見かけなかったってさ。少なくても正面からは出ていってない」
ギリッ……という強い歯軋りの音。その音を生み出した男はより一層眉間に皺を寄せ集め、ここにはいない誰かを睨んでいるように、あたしには見えた。
「……来て。ダナエが言ってた。この町の岸壁の洞窟の中には古い時代に高僧が瞑想のために使った部屋があるって。普段は封印されているけれど、転移魔法を使ったならそこにいるかもしれない」
「……確かに、封印されているとしても空間を渡れるのなら関係はないな。それに盲点だ。隠れてやり過ごす気ならうってつけだろう。……場所は?」
「……分かる。ついて来て」
……ここの警備だって万全じゃない。封印の間には出ず、警備の目を掻い潜って既に正面から抜け出している可能性も考えなければいけないのだろう。普通であれば。
だけど、それはないと断言できる。何故?……分かるから。あたしには。
赤茶けた土の上に残った真新しい二人分の足跡は、強く吹き付ける風によってあっという間に霧散して消えた。
++++++++++++++++++++
「……ッ!!」
あたしの真横、ほんの一歩分ほどの間を空けて大きな闇が生まれる。その中から姿を現したのはあたし達人間とは明確に異なる異形の者。人間から悪魔と呼ばれているそれは虚空の空気を黒に染め上げ、そしてその余波として生まれた衝撃波が湿った洞窟を一気に駆け抜けた。
「……ケケケケッ!誘い出されたとも知らずに、のこのこと」
美しい―……文字通り修道女の皮だった仮面は当の昔に剥がれ落ち、変わりに現われたのは腐臭を纏った醜悪な悪魔の姿。
「ケケ……ご丁寧なこった。ほらほら!早くしないともっと増えるぞ?」
「……ッ!!」
「……エスカデ、来ないでッ!!」
エスカデが強く体を強ばらせているのが、分かる。きっと、加勢しようと身構えた結果だろう。だけど、今来られては駄目なのだ。それだけは。何があっても。
「今、あなたが動いたら誰がマチルダを守るの!?」
頬の上を一筋、赤い液体が伝って重力に従い落ちていく。それは、この悪魔から生み出された使い魔によって付けられた傷から流れ出たものだった。
内心盛大に舌打ちしながら、急所目がけて突き出した突きは今日何度目のものだろう? もう数えるのなんて早々に諦めているから正確な数なんて分からなかった。……ああ!鬱陶しいな!!こいつ!!
大技で一気に持っていきたいのは山々だけど、この狭い室内じゃ気を失って倒れているマチルダを巻き込みかねない。いくらエスカデが彼女の傍にいるとはいえ―……リターンに対してリスクの方が大き過ぎる。
確かに多勢に無勢で現状はあたしに有利とは言えない。だけど、かと言ってエスカデが今こちらに来てしまうのだけは駄目だ。
理由は―……分からない。だけど、この悪魔の目的はマチルダだ。せっかく奴から彼女を引き離したのに無防備にするわけにはいかなかった。
もっとも……この悪魔、傷つけるつもりはないと口では言っているけれど―……気を失ってるマチルダが近くにいるにもかかわらず大技バンバン撃ってくるし使い魔まで召喚してくる所から考えるに、当たり前だが信用は出来ないだろう。
仮にこいつの言葉を信じたとして―……彼女を直接攻撃することはないかもしれない。だけど、その余波の影響は?身体能力が著しく低下している彼女が不慮の事態に一人で対処し切れるとはとても思えない。
だから、今、護衛であるエスカデを彼女から引き離すわけにはいかなかった。
可能であればとっとと彼女を安全な所まで避難させられればいいんだけど……非常にありがたくない事に、このすっとこ悪魔……部屋の入り口付近に結界なんてもん張りやがったから逃がしたくても逃がせないのが現状だった。
「ケケケケッ……よくもまあ……生きがいいな、お前は。大好きだぜ?そういう人間は」
「……あたしはあなたみたいな悪魔大ッ嫌いだけど、ねッ!!」
本日何度目か分からない不愉快な笑い声が頭上から降り注ぐ。そこを目がけて、あたしは槍を軸に思いっきり足を蹴り上げた。強く蹴りだされたあたしの足は―……チッ!!また外れかよッ!!
「……ハハハッ!!やっぱりお前最高だよ!!じゃなきゃ殺りがいもないもんなぁ?せいぜい楽しませてくれよ!!最期まで無駄に足掻いてなあ!」
あぁあああ!!ムカつく!!
……だけど、このままじゃいけない。……ふぅと、一度息吐いて、詰めに詰め寄っていた相手との間合いを離す。相手のペースに乗せられて乱されるのは馬鹿がすることだ。
深く息を吸えば、半ば飽和状態の頭に僅かばかり余裕が生まれたような気がした。
問題点は三つ。
一つ。マチルダの存在。彼女がいる限り大技は撃てない。……まあ、これはあたしさえ気を付ければいいことだから一先ず置いておく。
二つ。使い魔の存在。これは―……面倒だけど逐一始末していくしかないだろう。大元だけ叩ければいいんだけど、放置して挟まれたりでもしたら結構洒落にならない気がするからこればかりは仕方がない。幸いにして一回使い魔を出すと暫くタイムラグが発生するようだし……その隙を狙って大元をなんとかするしかないだろう。
三つ。……実はこれが一番の問題。それは―……
「チッ……!さっきっからちょこまかちょこまかと!!」
転移魔法を使っていたからある程度覚悟はしてたけど―……攻撃が当たりそうになると空間捻って逃げやがるもんだから、あと一歩のところであたしは地団駄を踏んでいた。まあ、それでも地道ーに地味ーに当たってはいますけど……これがまたダルい。さっきからずっと大技が使えないと嘆いていたのはこのためだ。せめて、相手がこっちに自分から接近してくれれば―……そう思った、まさにその時だった。
「……ケッ。そろそろ体に響いてきたな。まあ、いい。女、お前のマナ……分けてもらうぞ!!」
わぁお、ラッキー。
今までとは違い、自ら近づいて来るそれに、あたしが内心ほくそ笑んでる事に、相手は気付いていないようだった。
エスカデの怒鳴り声が湿度がたまり淀んだ室内にこだまする。叫び声の先にいるのはあたしと悪魔。自分の腕に深々と突き刺さった悪魔の触手から、体内のマナが吸い出されているのが倦怠感となって伝わってくる。そして、あたしの眼前には悪魔の醜悪な笑み。
「……フフッ」
喉の奥から僅かばかり声が漏れる。あたしが絶望して気でも触れたと勘違いしたのか、その声を聞いた悪魔はその笑みを更に深いものへと変えていった。
「……捕まえたッ!!」
ネビュラスソーサー!
あたしの叫び声と、そして悪魔の断末魔がほぼ同時に重なる。ゼロ距離から突き出された槍技は悪魔の急所を抉り、そして、悪魔は笑みを浮かべたまま奈落へと堕ちていった。
++++++++++++++++++++
「……エスカデ……聞いて」
まだ完全ではないけれど、静けさを取り戻した寺院の祈りの間に皺枯れた老婆の声が反響する。
「マチルダ、私が言うわ。あなたは静かにしてて……お願い」
その声から僅かに遅れて若い獣人の声が続いた。寝台に横たえられた老婆はそんな彼女に対して、否定の意味を込めて首を横に振る。
天窓からこぼれ落ちた光が部屋を―……老婆の枯れ木のような細い手を鮮明に映し出す。その手から生気を感じることは、少なくともあたしには出来なかった。
「……いいえ。私が言うわ。ねえ、エスカデ……私、司祭になんてなりたくなかった……自由でいたかったの……アーウィンは私を、規律づくめの生活から解放したかっただけなの」
老婆は告げる。
まるで、教典を説法するかのようにゆっくり、でも、はっきりと。
「いつまでも悪魔に心を奪われてるんじゃない!目を覚ませ!!アーウィンが君から奪った力、どんなふうに使うか、想像した事があるか!?……君は、間違っている!!」
だけど、その老婆の声は、この男にとって邪教の―……異教徒の教義のように聞こえたのだろう。激情の渦を伴った男の老婆に対する否定の叫びが耳を突いて揺さ振った。
「……もういい、出てって。マチルダも少し眠らないと。自分の身体の事、少しは分かってちょうだい」
「……君は昔から俺の話には耳をかさなかった。だが、悪魔にそれを与えるわけにはいかない」
ギイイ……と、重厚な鉄の扉が擦れ合って耳障りな悲鳴を上げる。鋭い。でも、どこか悲しい瞳を老婆に向けて、男は姿を消した。残ったのは、横たわりただ一点を静かに見つめている老婆と、疲れ切った獣人の女性と―……部外者のあたしだけ。
「……静寂だけが、私を愛してくれる」
不意に漏れ出た老婆の小さな呟き。なんら感情を伴っていない彼女の言葉は―……それは、獣人の女性にとって死刑宣告と同義だったのかもしれない。
「……いい加減にして!!あなたを失えば悲しむ人がいるってどうして分からないの!?あなたを守ろうとしている人はどうなるの!?」
激しい感情の渦のあとに生まれたのは静かな沈黙で―……彼女の問いに老婆はついに答えなかった。
「……ごめん。マチルダ……怒鳴ったりして。私、少し外で空気を吸ってくる。マナ……悪いけど私が戻ってくるまでの間、マチルダと一緒にいてあげて」
そう言い残すと、獣人―……ダナエはエスカデと同じように背を向けて部屋を去っていった。
「……貴女もそう思いますか?……私は間違っている、と」
「……あたしがあなたを否定すれば、あなたは満足するの?」
「……いいえ」
「……あたしがあなたを肯定すれば、あなたは満足するの?」
「……いいえ」
老婆はそれ以降―……口を閉ざした。
++++++++++++++++++++
「……という事があったわけ。……ねえ、サボテン……あたし、どうしたらいいと思う?」
森人の姉弟が寝静まった頃。大きな木の下の小さな家。その二階にあたしの声が響く。
「赤いじゅーたん」
そんなあたしの話を聞いたサボテンは一言、そう呟いた。
《サボテン君にっき》
ねこみみのおんなのひとと、
かみのながいおとこのひとが、
けんかして、
おばあさんがさらわれたらしい。
おばあさんをさがしてみつけたらしい。
よくあるはなしだとおもう。