ファ・ディール編(聖剣LOM)
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ほら。もう彼女の中で答えは決まってる。
言うのは簡単だった。だけど―……
ねえ、種を播いたのは誰?
《Tales of Mana》
ちらほらと南の方から春の足音が近づいてくる。それは勿論、ここガトの町も変わらなかった。
ただ、標高が高いぶんこの町に本格的な春の訪れを告げる薄紅色した花弁の便りが届くまではまだ少々時間がかかりそうであるけれど。
「……いきなり訪ねてきちゃったけど、ダナエ、非番かなー?」
そんな季節の境目。
うら若き乙女―……もといこのマナさんが、こんな標高も高くて空気も薄い町に来ているかと言いますと―……
気分。もう一度言おう。完璧にただの気紛れである。……半分は。じゃあ、もう半分はと言いますと……?
「……この前の修道女の人、きちんと帰れたかな?」
正直、関わったら最後、また面倒事に巻き込まれると、頭の奥から警鐘がけたたましく鳴り響いてるけど、このまま確かめないままというのも何だか落ち着かない。
あの日―……ダナエの事もあったし、一人で帰れるという彼女の言葉を信じてそのまま別れちゃったんだけど……よーく考えたら一回それやって失敗してるんだよね。……真珠ちゃんで。
その失敗で瑠璃は今だに真珠ちゃんと合流できていないわけだし……こっちとしても少しは責任感じてるわけで―……
まあ、気絶から覚めたばかりとはいえ、あの時の彼女は頭はしっかりと覚醒していて状況の理解も早かったし、きっと方向音痴の真珠ちゃんと同じ鉄は踏んでいないだろう。……たぶん。
「……ええい!やめやめ!」
そこまで考えて、あたしは一度自分の思考を切った。いくらあたしが一人悶々と考えたところで答えは出ないのだし、それにその答えは寺院へと行けば手っ取り早く確かめることができる。
だったら、やる事は決まっていて。
「行きますか」
誰に言うわけでもなく、所詮独り言と言われるあたしの呟きは岸壁にぶつかってごうごうと打ち寄せる烈風によりかき消され霧散していった。
「マナ!?マナじゃない!どうしたの、急に?」
「やっほー、ダナエ。遊びに来ちゃった!」
薄暗く湿った寺院の中は、天窓からうっすらと差し込んだ光によってそこかしこに光の柱がかかっていた。以前ここを訪れた時は初夏だったけれど、この寺院の空気はその時と何ら変わっていない。
静かで、厳かで、時が停滞して、淀んでる。
神聖な地であるこの場所で、そんな事を感じてしまうのは不敬だと思うから心の中に閉まっておくけれど。
「修道女の人に聞いたら、ダナエなら書庫にいるだろうって教えてもらってさ。……もしかして邪魔した?」
「……いいえ。丁度今、一息入れようかなって思っていたの。もう、ずっと文字と睨めっこしてたから肩こっちゃったわ」
うんと、一つ大きく伸びをして肩をほぐすダナエの動きに合わせて彼女の褐色の毛並みを彩っている大玉の鈴が涼しげな音を奏でる。
その先の机にはうず高く積まれた本の山。ダナエがどのくらいの間ここで調べ物をしていたのか正確に知る事は出来ないけれど、相当な時間格闘をしていたのだろうという事はその本の量から容易に推測できた。
「……そうだ。はい、ダナエ!これお土産!」
「……お土産?」
「そっ。いきなり押し掛けておいて何にも持ってきてないっていうのもあれでしょ?中はサイコロいちごのタルトだよ。味は……大丈夫!たぶん!」
「……その微妙な間が気になるんだけれど……」
じとっとしたダナエの視線が肌に当たりチクチクと通り過ぎていく。そんなダナエに対して、あたしは乾いた笑顔を貼りつけて数歩後ろに下がった。
……いや、味は絶対大丈夫なのよ。それは折り紙付き。だって―……
「……つまり、あなたが味見ついでに一切れ食べちゃった、と」
「あははは……そーとも言う」
書庫という事を忘れて喋っていたあたし達に、咎めるような視線が向けられていた事に気付いたのはもう少し後になってからだった。
「んじゃあ、あの日、ジャングルにいた修道女は無事帰ってきたんだ?」
「ええ。私はその日直接見たわけじゃないけど、マナが言った特徴の子は普通に寺院の中を歩いているのを見かけたし……ここにいるはずよ」
「そっか」
コツコツと、石畳のひんやりとした回廊に二人分の足音が規則正しく反響し、そして消えていく。
―……黒竜王アーウィン様は我らが王だ……―
「……どうしたの?マナ、急に立ち止まったりして?」
「ん?ああ、ごめんごめん!少し考え事してた」
そう答えれば、あたしよりも数歩前にいるダナエは一瞬不思議そうに小首を傾げていたけれど―……すぐにふっと小さく息を洩らし、くすくすと肩を震わせた。
「なあに?変なマナ。そんなところで立っていると後ろから誰かが来たらぶつかっちゃうんだから」
「まっさかー流石にこの寺院の中を緊急時でもないのに無遠慮に走る不届き者は―……」
あははっと、聞き流しながら振り返れば、ドンッという鈍い音とともに鈍痛がビリビリと体を駆け抜けた。……ん?えっ?鈍痛って!?ちょ、痛ぇえええ!!鼻とデコもろに打ったァアアア!?
「ちょっと……マナ、大丈夫……?!!あなたは―……!」
「……ッ!!誰だこんなところでボケッと突っ立ってる馬鹿者はッ!!……ッ!?お前は―……!」
「痛ァアアア!!ちょっと!廊下は走んなって学校で習わなかった―……!」
少々情けないけれど、ぶつかった衝撃で真っ赤になっているだろう鼻を押さえ、この原因になったであろう人物へと抗議の意味を込めて瞳を向ければ―……真っ先に飛び込んできたのは、健康的な褐色に焼けた引き締まった……おそらく男性と思われる六つに割れた見事な腹筋で。
……嫌な。ひじょーーーに嫌な予感がふつふつと沸き上がる。
止めときゃいいのに、ギチギチとまるで油の注さっていないブリキ人形のような鈍重な動きで視線を動かせば―……金なのか銀なのか、何とも言えない不思議な色をした男の長髪が零れ落ちてきた光を反射して煌めいていた。んでもって、んでもって……?
整った顔の眉間には幾重にも深々とした皺が刻まれ、その双眸はあのジャングルで会った時と同じように鋭く細められていて―……これって、これってやっぱり……!
「ぎゃあああああああ!!あの時の猥褻物!!?」
「……先程から黙って聞いていれば……ッ!!女ッ!!誰が猥褻物だ!!」
「スパッツ履いて闊歩してるあなた以外に誰がいるっていうのよ!もしかして、頭沸いてる!?さっさと豚箱ぶち込まれて臭い飯食ってくれば!!」
そう言い放てば、また一つ、猥褻物の眉間に新たな皺が刻まれた。
「……ねえ、“エスカデ”。マナ。あなた達何時の間にそんなに仲良くなったの……?」
「誰がこんな猥褻物と……!」
「誰がこんな生意気な小娘と……!」
ギリギリとお互いの視線が虚空を交差する。
そんな中、心底呆れ返ったと言わんばかりのダナエのため息があたし達二人に降り注いできたのは言うまでもない。
なんなんだよ!この歩くスパッツ人間はッ!!どう考えても大の男が下半身スパッツいっちょで闊歩するって公然猥褻じゃねーのかよ!?
……ん?でも、あれ?今ダナエ……”エスカデ”って言ってたよね?ってことは、エスカデってこれの名前か?ひょっとして。
そう思い直し、再び猥褻物改めエスカデとやらを見つめれば……うっわー……あからさまに目を逸らしやがったよ。こいつ。
猥褻物ことエスカデとの再会は最悪なものになった。
「……それで、エスカデ。どうして、ここに?」
「……どうでもいいだろう。ダナエ、貴様には関係ない」
ズズッ……という、重苦しい空気とは酷く不釣り合いなお茶をすする音が部屋の中に間抜けに広がる。そんな音を立てたのは勿論このあたしだが。
はい。所変わって寺院内の応接間。今現在、この場所は非常に重っ苦しい空気が場を支配しています。
不穏な空気の渦の中心にいるのはダナエとエスカデもとい猥褻物。さっきからこの二人の話はずっとこんな感じで平行線を辿ってばかりだった。
せっかくのお茶とサイコロいちごのタルトが不味くならないかね?こんな様子じゃ。なんてあさってな事を考えられるのは、所詮、あたしが部外者だからだろうか?
「……お前と話していても埒があかん。……マチルダは夢見の間だな?」
「……行って何をするつもり?」
「貴様には関係ない」
「……ちょっと、エスカデ!待ちなさいよ!!」
馬鹿にしたように鼻を鳴らし、乱暴に席を立った猥褻物を追い掛けるようにダナエも慌てて席を立つ。
さあて……部外者のあたしはどうすりゃいいんだか……
ズズッとまた一つ、呑気な音が部屋に生まれた。
「……ああ。マナ。……エスカデならこの中よ。でも、驚いたわ。あなた達、知り合いだったのね」
少し遅れてのんびりと二人を追い掛ければ、心なしか……いや、確実にげっそりとしているダナエの姿が視界に映る。この短時間の間に見事にやつれたダナエの後ろには、立派な天使のレリーフが刻まれた―……この寺院の中でもとりわけ立派で重厚な鉄の扉が外敵を阻むように口を閉じ鎮座していた。
「……ここって司祭の?」
「…そう。司祭のいる、通称夢見の間。前にも一度言ったわよね?ここには私の大切な幼なじみがいるって」
「……うん。聞いた」
司祭に対する修道女達の不平不満を聞きながら―……だけれど、ね。
「……エスカデも私の幼なじみなの。そして、勿論、マチルダとエスカデもね。エスカデ、ついさっきこの中へ入っていったわ。他の人は通すなって言われてたんだけどかまいわしないわ」
つっけんどんと、はっきりそう言い捨てたダナエに思わず苦笑いが零れる。
二人―……いや、三人の間にどんな確執があるかなんてあたしが知る由もないし……きっと想像する事も出来ないんだろう。
別にあの猥褻物には興味ないが、マチルダだっけ?ガトの司祭である人なら何か知ってるかもしれない。珠魅の事や妖精の事、そして悪魔の事。
今何が起きているのか、これから何が起きるのか―……それだけは知っておきたかった。
「……んじゃ、お言葉に甘えてお邪魔しますよ、と」
扉を軽く押せば、ギイイイ……と、重い鉄がこすれる音とともに眩しい光が一面を染め上げた。
「マチルダ……俺が奈落に落ちた日から十年しか経っていないはず……その十年で、何故お前はそんなに年老いたんだ」
一歩部屋へと足を踏み入れれば、その更に薄い壁一枚隔てた先から若い男の声が聞こえてくる。
そして、ヒューヒュー……という、まるで風鳴りのような頼りない誰かの息苦しそうな呼吸音も。
「エスカデ……生きていたのですね……大切な友達を二人、同時に失ったあの時から、まだ十年しか経っていないのですね……あなたと、そして―……」
もう一つの声は老婆のものだった。老婆が喋り終わるのとほぼ同時にギリッっという歯軋りのような音が響く。
「……アーウィンのことか?悪魔を気遣うのは止めろ。奴は己の野望のため、君から精霊力を奪ったんだ。君が十年でそんなにも年老いたのも悪魔のせいじゃないのか?」
アーウィン。
やっぱり繋がってたんだ。
あたしは一人、心の中でその言葉を反芻させた。
別に、特に驚きはしなかった。ある程度は予想していた事だし……そりゃあ、ダナエの幼なじみの司祭がお婆ちゃんだったっていうのは完璧予想外だったけど―……でも、この会話の通りだったら、何故どう見積もっても二十代そこそこのダナエとこの老婆が幼なじみであるかの説明は容易につくのだ。
精霊力は即ちその人の活力……生命力そのものだ。体内のマナの流れ……バランスが急激に崩れれば何が起こるか分かったもんじゃない。おそらく、このマチルダという女性はそれが老いという形で現れたのだろう。
「……アーウィンを責めないで……私、少しも不幸になっていません」
「……いい加減に目を覚ませッ!!」
穏やかにまるで小さな子供に諭すように、でも、はっきりと老婆はそう告げた。だけど、彼女の言葉が男に届くはずなんかなくて―……仕方ない、か。
スコーーンっと、実に小気味よい音が夢見の間を走る。あたしが投げた短刀の鞘は、寸分狂わずに男の頭にヒットし、そして次の瞬間、重力に従いカランカラン……と間抜けな音を立てて落ちていった。
「……どう?少しは頭冷えた?」
そうニヤリとした笑みを浮かべながら二人へと瞳を向ければ。
「……また、貴様かッ!!」
当然って言えば当然なんだけど、青筋を何本も浮かべながら肩を震わせる男と、唖然とした表情を浮かべて寝台に横たわっている老婆がいた。
うん。あたしってばナイスコントロール。
「……立ち聞きとは恐れ入るな。事情は飲み込めたか?」
「いや、さっぱりー」
秒速でそう言葉を返せば……おお!一旦収まったはずのエスカデの形相がまた見る見ると強ばっていくじゃないですか。
まあ、なんとなーく事情は分かったような気もするけど、ここですっとぼけてみるのも一興でしょ。……それに、上手く行けばもっと情報を引き出せるかもしれないし、ね。
そんなあたしの考えを知ってか知らずか―……エスカデは冷たく……そりゃあもう真冬のフィーグ雪原のように寒々しい笑みで笑ったのだった。
「……この寺院の司祭になるはずだった彼女を悪魔が呪い殺そうとしているんだ。お前の名を上げるには好都合な事件さ」
「名を上げるって……いや、興味ないから。それ。まっっったく。これっぽっちも」
また、脊髄反射のごとく秒速で答えを切り返せば―……苦虫噛み潰したってこういう顔のことだろうな。きっと。
「……マナあなたって人は……はぁ……エスカデ、あなたももういいでしょ?帰ってちょうだい」
そんなあたし達の様子を見兼ねたのか、大きく肩を落としたダナエが盛大なため息を吐いた後にそう告げる。
「いやあ、ダナエも苦労してるんだねえ」
……なんて、他人事のように声をかければ、言外に誰のせいだと言っているようなダナエのじとっとした視線が返ってくる。そんな彼女に対して、無言であの見るのもおぞましい腹筋スパッツ男を指差せば、今度は二人分のため息が返ってきたのでありました。間違ってはいないでしょ。間違っちゃ。
「……付き合いきれん。……俺は奈落で七賢人の一人、オールボンから剣を学んだ。悪魔を倒すのは賢人の意志だ」
「オールボンって―……」
今、エスカデの言ったオールボンって、あの七賢人のオールボンの事だよね?奈落の王とか煉獄の主とか言われてる?七賢人がそんな事をこの猥褻物もかくやという男に言ったわけ?
あの年がら年中ニートよろしく寝てたり、人様の家に勝手に不法侵入してお茶を飲んでいくような連中が?賢人がそんなに素直に職務をこなすなんて、それこそこんな天気のいい青空から大量の飴玉が降ってくるようなもんだ。つまり―……
「……ありえねー」
「……何か言ったか?」
「いいえー。何も」
本当はめちゃくちゃ言いたいことがあるけど、いいや黙ろう。今、この猥褻物と言い合ったところで平行線でただ不毛なだけだ。
「エスカデ……私、二人が生きていると知ってとても嬉しいの。それだけでいいじゃない」
今までただ静かに横たわり、あたし達のやり取りの一部始終を見守っていたマチルダがそっと口を開く。ここに来て、あたしは初めて彼女の顔をはっきりと見た。
幾重にも幾重にも、年輪のように刻まれた皺の奥では淡い緑色の瞳が穏やかな光を湛えていて―……朱と白に染め上げられた法衣から垣間見た彼女の手は、知猪木(しいのき)のようにゴツゴツとしていて―……とても、ダナエやエスカデと同年代の女性であるとは思えなかった。
「……忠告しておく。油断するな」
彼女の言葉が、心が、エスカデに届いたかは分からない。ただ、ギイイイ……という扉の開閉音だけが寂しくこだまをした。
鉄の扉が閉まると同時に老婆は天を仰ぎ、そして自らのゴツゴツとした両手で顔を覆い、嘆いた。「十年間、何もなかったのにどうして……」と。
「……ごめんね。マナ。せっかく来てくれたのにこんな事になっちゃって」
「……別にいいよ。それにちょっと聞きたい事もあったし」
「聞きたい事?」
「……アーウィンの事」
再び沈黙が生まれた。時間にしたらたぶん数秒。だけど、あたしにはその数秒がやけに長く感じられた。
「……いいわ。私が話す。マナがどうしてアーウィンの事を聞きたいのかは分からないけどね」
少し困ったように一度笑うと、ダナエは静かに語ってくれた。四人の昔話を―……
「アーウィンとエスカデ。私とマチルダ。四人は幼なじみだったの。マチルダは司祭の家に、エスカデは騎士の家に生まれて両家は王家を支える両輪だったわ。私の家は代々僧兵。この寺院を体を張って守ってきたの。……アーウィンは悪魔の血を引いていたの。生まれや育ちについてはよく分からない。でも、この世界、悪魔だとか、妖精だとか、そんな事にこだわる人なんかいないわ」
こだわらないね―……まあ、いいや。すごく引っ掛かるけど……無言で頷き、先を促す。
ダナエとエスカデ―……二人のやり取りをさっきからずっと見てて思っていた事だけど……あたしが今、二人に何を言ったって不毛なだけだろう。
だって、そうでしょう?たった一つの“正解”を持っている人にあたしが“別の解”を提示したところで何の意味もなさないんだから。
あたしの様子を確認すると、ダナエは再び言葉を紡ぐ。
マチルダもエスカデとアーウィン、どちらにも同じように接した事。エスカデがそれに嫉妬した事。嫉妬したエスカデはアーウィンを鉱山へと追込み、そこで奈落にアーウィンを突き落とそうとした事。そして―……
「自分も奈落に落ちたぁー!?」
「……ええ。何があったか私は直接見てないのだけれど、マチルダが言うにはあの日、エスカデも奈落に落ちたって―……って、マナ?」
ご……ごめん。空気を読めっていうのは分かる。非常に分かる。今は本や物語で言うならば、シリアスな場面であろう。 だけどさ―……
「……ッあははははっ!!ご、ごめん、ダナエ……限界……!自分が奈落ってあはははっ!何、あの猥褻物ドジっ子なわけー?何が、オールボンに剣を習ってきたよ……ッ……!ただ落ちた……だけ……ぷふふ……!」
だって、考えてみてほしい。筋肉馬鹿で美形でスパッツってだけでお腹一杯なのに、何、そのオプション!!これで笑うなって言うのが土台無理な話である。あんだけ自信満々だったのに落ちたのかよ、あのスパッツ。
「いや、あのね……ご……ごほん!!と、とにかく!エスカデはアーウィンが災いを起こすなんて言って回ってるけど、種を播いたのは彼なのよ!
ちょっと、マナ、聞いてる?」
「あははは……き、聞いてる。聞いてるよ。つまり、ダナエはエスカデが全部悪いって言いたいんでしょ?」
「え、ええ……」
ほら。もう彼女の中で答えは決まってる。
エスカデに否があるのは確かだろう。だけど、アーウィンは?マチルダは?自分は?他の可能性のことなんかこれっぽっちも考えてない。種を播いたのは、本当にエスカデだけ?
……そう言うのは簡単だった。だけど、それじゃ何の意味もない。彼ら自身がそこから少しでも動こうとしなければ―……見える景色は変わらない。声は届かない。
「キャアアアアアアアッ!!」
「!!!」
突如、つんざくような甲高い女の悲鳴が―……寺院全体を駆け抜た。それは明らかにこの寺院の修道女のもので。
悲鳴はどんどん大きくなる。それに合わせてダナエの、マチルダの顔からどんどん血の気が失われていくのが分かった。
「……ッ!!マチルダ!私、様子見てくる!!」
一体、今度は何が始まるんだか……ざわざわとした不愉快な感覚に蓋をするように心の中で軽口をたたいて、あたしも部屋を飛び出した。
何かが……何かとても大きな歯車が狂ったまま、上手く噛み合わないまま動きだしてしまったような、そんな感覚に苛われながら。